山岸伸の写真のキモチ

第6回:歩りえこ

山岸流 撮影と写真の関係を紹介

OM-D E-M1 Mark III / M.ZUIKO DIGITAL ED 25mm F1.2 PRO(35mm判換算50mm相当) / 絞り優先AE(F2・1/640秒・+0.3EV) / ISO 400

連載6回目となる今回のモデルは、旅作家としても活躍している、歩(あゆみ)りえこさんです。ロケーションは山岸さんが慣れ親しむ沖縄。歩りえこさんの活動内容も踏まえながら撮影に挑んだとのこと。モデルとの距離感やロケ時の流儀についても語ってくれました。(編集部)

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これまでの連載

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歩りえこ

世界五大陸94カ国を一人旅し、旅作家、レポーター、女優、ラジオパーソナリティ、旅行評論家、笑顔写真家としてボーダレスに活動する。その豊富な旅の経験から、旅作家としてメディアや講演に登場することが多い。民族衣装を着て現地人に溶け込み、現地の大家族宅に居候をしながらその土地の文化を直に体感することが多く、独自の国際交流を続けている。写真学校で学んだ経験を活かし、老若男女世界中の人々の笑顔を20年間撮り続け定期的に写真展を開催。現在、2児を持つシングルマザーとしての活動の場も広げている。

プロフィール(吉本興業Webサイトより)

撮影と写真の関係

彼女は、旅するアイドルこと“旅ドル”としての顔をもっています。著作物も多数あって、しかも写真も撮っている。とても多彩な才能の持ち主なんです。

そうしたことを踏まえて、まずは旅感を出すためにスタジオ前の道を利用して彼女を見下ろすアングルから撮影をスタートしました。歩いているだけでも旅をしている雰囲気が伝わると思います。ポイントはモデルを包み込むようにして前ボケを入れること。カメラ目線ではなく、何かを探しているように、ゆっくりと歩いてもらうと効果的かもしれません。

OM-D E-M1 Mark III / M.ZUIKO DIGITAL ED 25mm F1.2 PRO(35mm判換算50mm相当) / 絞り優先AE(F2.2・1/1,250秒・-0.3EV) / ISO 400

実は歩りえこさん、この撮影以前にも僕の事務所を訪ねてきてくれていました。もう十数年以上まえのことで、歩さんが20代の頃のことです。グラビアとして撮ってほしい、という相談だったことをよく覚えています。歩さんは写真の学校も出ていますので撮影だってお手のもの。でも、当時は「写真と旅」の時代でしたので、彼女も旅よりも写真のほうが強かったんです。だから被写体にはできませんでした。ですが、今は旅がメインになってきていて、写真は後からついてくるものになりました。だからこそ、今あらためて「旅する女の子」として撮りたくなった、というのが今回の背景です。

ただ歩さんは、とても2児の母とは思えないほどスタイルが良くって(笑)。それについひっぱられて、今回の撮影ではご覧いただいているような写真に仕上がりました。

写真を見てもらってもわかるとおり、彼女のチャームポイントは、やっぱりバストの大きさがひとつ大きなポイントです。その魅力を“盛ったりする”(グラビアでは手を入れることを、このように表現します)のではなく、過不足なく撮りきるってことが僕の仕事。つまり、本物をそのとおりに撮るってことに、力点をおいています。

OM-D E-M1 Mark III / M.ZUIKO DIGITAL ED 25mm F1.2 PRO(35mm判換算50mm相当) / 絞り優先AE(F2.2・1/250秒・+1.0EV) / ISO 400

とはいえ、そうして出来あがった写真に違和感を覚える、という人もいるかもしれません。それは時代の変化もあるし、社会とか個人の意識であったり、どこで撮影と写真の線を引くのかっていう違いもありますので、避けられないことです。ただ、僕は本人の魅力を引き出すのが自分の仕事だと思っていますから、そうやって撮影を続けていくことが、僕のことを見てくれている人に対しても、自身が元気に活動しているってことを伝えることになっていると信じています。

要は、表現の仕方の問題なんです。僕はあくまでも、本人を撮るんのではなくて、「写真を撮っている」んです。もちろん、本人を本人らしく、ということは変わりませんけれど、写真にするっていうのは、また違うことです。写真にした時の色の再現だって、僕のイメージになっていますから。

OM-D E-M1 Mark III / M.ZUIKO DIGITAL ED 25mm F1.2 PRO(35mm判換算50mm相当) / 絞り優先AE(F1.8・1/200秒・-1.0EV) / ISO 640

今書いたような違和感についても考えているのですが、現代では「写真であること」と“自己満足”との一線が、とてもわかりづらくなってきていると感じています。僕の考える写真って、そういった自己満足的なものとはちょっと違うんだということだけは、どうしても強調しておきたいなと思っています。

今回の撮影ですが、正直に言うと当初考えていたアプローチとは違っています。でも、だからこそ写真って続いていくんだと思います。モデルとの協力関係もありますからね。人と人の縁も、同じようにしてつながっていく。だからこそ、いろんなものが続いていくんだと考えています。モデルを務めてくれた歩さん自身だって、僕が撮ることでプラスになっていく何かを求めているはずですから。

OM-D E-M1X / M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO(60mm:35mm判換算120mm相当) / 絞り優先AE(F2.8・1/640秒・±0EV) / ISO 400

一通り、撮り終えた後も、歩さんとの関係は続いています。彼女は台湾にとても詳しいので、今後はグラビアの写真集じゃなくて、ムック本みたいなものを、一緒に作りたいねって夢を話し合っています。作家で写真家で、グラビアモデルでもある歩さん。ただ出来るっていうだけで、ここまで多彩な活動ができるかというと、それはとても難しいこと。誰でもできることじゃありません。だからこそ、彼女の才能とぶつかることに楽しさを感じているんでしょうね。

ロケーションを選ぶポイント

ところで今回の撮影は沖縄で実施しています。外ロケのほかにスタジオでも撮影していますが、実はこのスタジオ、東京都内と費用が変わらないんです。では、何でわざわざ沖縄まで行って、都内と同じ費用をかけてまで撮影をしているのか、ってところが気になってくると思います。でも理由は簡単。グラビアの撮影ではモデルが開放的な気分になってくれないとダメだからです。

移動にかかる時間だとか、飛行機に乗ることで徐々に気分も変わっていきますし、何より寒い時期に水着になるんなら、暖かいところに行かないと。それで撮影できる場所を探していくんですが、国内で撮影もできて暖かいところとなると、場所は沖縄と石垣島、それと宮古島くらいに限られてきます。もちろん、選択肢には屋久島だって入ってきますけど、そこまで自然と一体化しないと撮れないという内容でもありませんから、だったら沖縄で撮ろう、と。それに何度もお伝えしているように、女の子を撮る環境って、清潔なトイレと水、そして太陽が必要です。あとは安全な場所であるってことも最優先で確保しておきたい、大切なポイント。これが僕の考えるグラビア撮影で必要となる要素です。そうした要素が揃うことで、気分良く撮影をスタートさせることができる。表情やしぐさが大切なポートレートではとても大切なことですよね。

そして、安定した結果を残すためにはベースとなる場所が必要です。撮影日程が限られている中で、例えば「全身、バストアップ、顔の表情、風景的なシチュエーション」といった具合に、いくつかの要素を撮りきらなければいけないというケースがほとんどですから、確実に撮っていくためには、“撮影できる場所と、何が撮れるのか”をしっかり把握しておくことが大切なんです。

撮影で利用したコンテナハウス
コンテナハウスでの一コマ

もちろん、行き当たりばったりで写真が撮れるのであれば、それはとても幸せなことです。しかし、実際にはそう簡単ではありません。撮りたいカットがその場所と、その条件では撮れないということも多々あります。むしろ、自由ではないことの方が多いぐらいです。そうした時に、「だったら、この時間にあそこに行けば撮れるよね」という引き出しをいくつも持っているかどうか。それが写真家の力量だと思うんです。だから「常にキョロキョロして、良く見なさい」とアシスタントにも言っているんです。

OM-D E-M1 Mark III / M.ZUIKO DIGITAL ED 17mm F1.2 PRO(35mm判換算34mm相当) / 絞り優先AE(F1.2・1/1,000秒・-1.0EV) / ISO 400

移動中の車中からの1枚。わざわざ車を停めてまで撮ることはしません。通り過ぎていく中で撮っています。なぜ、こんなことをしているのかっていうと、僕は背景が分からない写真を撮るからです。それはもう、昔からの癖のようなものですね。しっかりと意識をして建物などを入れて撮ることをしないという意味です。だから、「これは“どこ”で撮ったものだ」とならないように、後からでもロケ地が分かるように記録をしています。次回、また来ようと思って残すのではありません。撮影では毎回、撮り切ってやろうという気持ちで、撮影に挑んでいますから。

撮影をするときに決めているルール

時間が限られている中で撮りきらないといけませんから、泊まる場所の選び方も大切です。沖縄だと、僕は那覇を起点にしています。環境も整っていますし、知り合いも多い。何かあってもすぐに東京へ帰れる立地性も外せません。

ホテルからはレンタカーで移動しますが、撮影場所の伊計島に行くまでは往復で4時間が必要です。ですから起床は6時。7時だと、遅い。だから朝食が6時半からはじまる場所に泊まる、というルールです。

その時間を使って街中で撮れればいいのかもしれませんが、ファッションの撮影ではありません。だから端へ端へと、人のいない方に向かっていく。街中での撮影は今とても厳しいですし、誰もいないところなんて、ありません。人の目を気にしないで撮影できるのは、本当に端の方になっちゃいましたね(笑)。

海辺に行ったとしても、自然にリラックスして楽しそうにしている写真だって、もう中々撮れません。だったら小川とか滝に行ったほうがいい。でもそうした場所も無くなりつつあります。天災で壊れていくものもあるし、開発で失われていくものもある。今、沖縄で自然を撮ることはとても困難になってきています。

今回、使用したコンテナハウスでの1コマです。腐食した鏡を利用して撮影しているのですが、光を見ることはもちろん、スタジオに到着したら、何がどこに置いてあるのか、とにかくキョロキョロして把握することが、バリエーションをつくっていくコツです。

Nikon Z 6 / NIKKOR Z 24-70mm f/2.8 S(59mm) / 絞り優先AE(F5.0・1/80秒・-0.3EV) / ISO 400

実は大きくてロケーションのいいビーチがあったのですが、今はそこに行くための道すらも塞がれてしまっています。やっぱり現地の人が不快な、イヤな体験をしたんだと思います。大切にロケ場所を残していかないといけないのですが、一方で撮影を楽しむ人が増えた影響でロケ場所が荒らされてしまう例もある。沖縄に行っても数カ所でしか撮らなかったってことだってあります。

OM-Dシステムを愛用する理由

僕の撮影スタイルについても少し説明してみたいと思います。実は僕、引いてから寄っていくタイプなんです。常にちょっと遠くからモデルを見て、観察しながら寄っていく。そのあたりは野生動物を撮る写真家と同じ感覚かもしれません。そういう意味で、M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PROを標準レンズのようにして使っていますが、距離感がピッタリだと感じています。

OM-D E-M1X / M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F2.8 PRO(73mm:35mm判換算146mm相当) / 絞り優先AE(F2.8・1/1,000秒・-0.7EV) / ISO 400

徐々に寄っていく僕の撮影スタイルだと、OMデジタルソリューションズのカメラって感覚的にとてもしっくりくるんです。40-150mmのほかには、F1.2の単焦点レンズ3本と気分によって魚眼が加わる感じです。ライフワークとして取り組んでいる「瞬間の顔」シリーズでも、M.ZUIKO DIGITAL ED 25mm F1.2 PROが大活躍しています。

昨今の新製品は高感度に強くなったとはいえ、僕の感覚ではせいぜいISO 800まで。ISO 3200なんて気の遠くなるような感度です。いつだったか、ISO感度オートで撮影してみたんですが、思っていた以上に高感度で撮影されてしまうことがありました。そうなると写真にならない。やっぱり、ISO感度は自分で決めて撮影するのが基本になります。ポートレートの場合は肌の質感が命ですからね。

許容限界のISO感度を見極めた上でモデルに自由に動いて下さいとお願いするのですが、そう言われても動けるわけがない。だからある程度指示を出していくわけですが、そうすると画が決まってきてしまう。まさに、今の僕の悩みです。撮影では、アシスタントやヘアメイク、衣装とワンユニットで撮影を進めていますが、自由にモデルと二人っきりのシチュエーションで撮ってみたいな、なんてことも思ったりしますね(笑)。

Nikon Z 6 / NIKKOR Z 24-70mm f/2.8 S(67mm) / プログラムAE(F6.3・1/500秒・-0.7EV) / ISO 1250

最終日のオフショットから。ホテルの部屋は窓から光がしっかりと入る場所を予約するようにしています。最後の保険として、何かあったときに撮れるようにしておくためです。

最終日のオフショットから。ホテルの部屋は窓から光がしっかりと入る場所をとるようにしています。何かあったときに撮れるようにしておくためです。地方スタジオだと部屋っぽいところが少ないので、ホテルも大事なロケ場所になります

地方のスタジオだと部屋っぽいところが少ないので、ホテルも大事なロケ場所になります。スタジオと違ってホテルは少しのんびりとした雰囲気がでますので、良い表情が引き出せることもあります。ということもあって、最近はどんな人でも最後はホテルで撮っています。

今回の撮影は全編を通して沖縄で実施していますが、2020年はこの地を何度も訪れることになりました。この際にとても思い出深い再会もあったのですが、それはまたの機会にでも。

歩りえこ「アムール」

映像も撮影しています。タイトルは「アムール」。「愛」を意味するフランス語です。歩りえこさん自身に名づけてもらいました。

(やまぎし しん) タレント、アイドル、俳優、女優などのポートレート撮影を中心に活躍。出版された写真集は400冊を超える。ここ10年ほどは、ばんえい競馬、賀茂別雷神社(上賀茂神社)、球体関節人形などにも撮影対象を広げる。企業人、政治家、スポーツ選手などを捉えた『瞬間の顔』シリーズでは、10年余りで延べ800組以上の男性を撮影。また、近年は台湾の龍山寺や台湾賓館などを継続的に撮影している。公益社団法人日本写真家協会会員、公益社団法人日本広告写真家協会会員。