山岸伸の写真のキモチ

第1回:秦瑞穂

1人の被写体を10年間、撮影することの意味

ポートレートの巨匠として数々のグラビアや雑誌の表紙を飾ってきた、日本を代表するカメラマン・山岸伸さんの連載がスタートします。ポートレートの第一人者としての顔のほか、昨今では北海道・帯広のばんえい競馬や球体関節人形、賀茂別雷神社(上賀茂神社)を取材したドキュメンタリーなど、写真家としての活動も続けている山岸さん。この連載では、写真のことや撮影のこと、モデルさんを含め、これまで関わってきた人々のことなどを「写真のキモチ」と題して語っていただきます。第1回は秦瑞穂さん。約10年にわたって撮り続けてきた秦さんの写真を見ながら、撮影にかける思いを語っていただきました。(編集部)

被写体の“ぜんぶ”を伝える

今回は10年前〜最新の彼女の写真からセレクトしてみました。実は今回ご紹介している内容、小学館から秦さんのデジタル写真集を出版するにあたって、過去に撮影した写真を整理するところからはじまっています。

彼女のことは2010年から、もう10年にわたって撮り続けています。テレビ朝日の「秘湯ロマン」にレギュラーで出演していますので、見たことがあるという人もきっといらっしゃるだろうと思います。

秦瑞穂
1989年、長野県生まれ。テレビ朝日「秘湯ロマン」、映画、ラジオなどに出演中。

最新のカットは沖縄で撮影してきました。冒頭のカットは最終日の撮影を終えた翌日、朝食をとって帰路につく直前に撮影したものです。

ロケ中に宿泊していたホテルは、朝カーテンを開けると“いい光”が入ってくることがわかっていました。ですので、前日の夜に彼女をこの光のもとで撮らせてほしいとお願いしていたんです。

なぜ最終日のあとで、なお撮影を実施したのか、不思議に感じられるかもしれません。実は撮影を終えた後、何か心残りのようなものがあったんです。10年間撮り続けている子だから、「何か違う」という感覚があった、というわけです。

僕が抱いている彼女のイメージは“清楚である”ということ。だからこそ、どうしても「秦ちゃんのナチュラルな顔がほしい」という思いが根底にありました。撮影は当然仕事としてやっていますが、僕自身が納得できるものであるようにしたいし、モデルである彼女本人にとっても、それを第一だと考えているからです。

女の子の場合、顔・目線・正面・後ろ、人間を全部表現しないといけません。顔だけ撮って全部わかる、ってくらいの人ならいいですけど、かといってアップばかりだとすぐにお腹いっぱいになってしまう。グラビアの場合、引きも寄りも必要ですし、2ページにわたって1枚のカットが使われることもある。だから縦位置と横位置での撮影は必須。今の人だと寄りのカットを「ちょっと」と感じてしまうこともあるかもしれませんが、やっぱり、それは僕にとって必要なカットなんです。

それと、撮影する側と撮影される側の納得感のほかにも、彼女のマネージャーが納得するものである必要がありますし、クライアントの存在もあります。だからこそ、“彼女をしっかりと伝える”カットを撮って仕上げとしたかった、というワケです。

あらためて冒頭のカットをご覧いただくとわかると思いますが、撮影は自然光で進めています。撮影時に特別なことはしていません。その時間、その場所に“いい光が入ってくる”ことがわかっていましたから。メイクも彼女に自前でやってもらっていました。撮影に要した時間は、およそ15分ほど。前日にお願いした段階で自分の中でイメージは固まっていました。結果として彼女も僕もお気に入りの1枚になりました。

自然光だけで撮るということ

ロケは自然光で撮影しています。撮影では余計なものを使わないように心がけ、常にいい光が差すところを選んで撮るようにしているんです。

このカットを撮影した時は、外が見えるから彼女も気持ちよかったんだと思います。場所は、コテージのお風呂を使っているんですが、部屋の内装はほとんどが白一色で統一されていました。そうした白い部屋の中で、お風呂とトイレにだけこの青のラインがあったんですね。この色をいかしたいと思ったんです。

いい光があるところを求めていくと、ほとんどがサイド光という条件になってきます。このカットでは、サイドから差し込む柔らかい光をいかしています。布をかけてあるところには木製のベンチがありますが、淡い光にベンチのウッディな感じが合わないかな、という判断で布をかけています。

今回のロケは沖縄で実施しています。であればこそ、青空は欠かせません。この空の青さを出しつつ、水モノを入れていきたいと考えました。トップから光が入ってきていて露出差が難しい条件でしたが、空の青色と白い雲が白飛びしないように注意をはらって撮影しています。

木漏れ日の光を利用して撮影。モデルを横にして撮影するために、テーブルを用意している。自然光を利用したナチュラルな表現をしたいので、レフ板で顔を軽く照らす程度にとどめている

画づくり機能を利用することも

さて、ここからは10年前のカットをお見せしていきましょう。まずは、ちょっと変化をつけたものから。実はこのカット、カメラの画づくり機能を利用したものです。

この時使用していたカメラは、オリンパスのOM-D E-M5。アートフィルター「トイフォト」を使って表現しています。オリンパスの歴代のカメラも所有していますが、このアートフィルターが面白くて。

狙いは、四隅が落ち込む効果の出方を利用して、彼女を浮き立たせること。後からフィルターの効果を適用するのではなく、最初からこの効果を見越してポージングや撮影位置をとっていました。このイメージのために利用したフィルターだった、ともいえます。彼女を画面のど真ん中に配して、もっともっと彼女を浮き立たせていく、という狙いがありました。

こうした横位置で撮る際には、ポーズをとった彼女たちが痛くないように、汚れたりすることがないように配慮して環境を整えていくことも、現場では大切なポイントです。それが結果的に枚数をしっかり撮っていくことにつながってくわけです。

被写体を様々な角度から捉えていく

僕は被写体を最低でも180度から観察して撮るようにしています。動いて表情やアングルを探していき、さらにズームレンズを使って寄り引きも加えていきます。

こう撮ってもいい、ああ撮ってもいいという感じ。画面に変化を出して、さらにバリエーションを撮っていくためには、アングルを変えていくことがやっぱり重要です。

同じ場所で10ページとか20ページ分の撮影をしていますので、バリエーションをつくっていかなければなりません。今はよく写るカメラが多くなってきていますので、アイデアがないと撮れないと感じています。動きまわって被写体を観察して、いい光をみつけて撮り進めていく。それが表現の幅を広げることにつながっていくのだと考えています。

僕自身は決め打ちでの撮影はできないなと思っています。だからこそ様々な視点をもって全体から被写体を見て撮ることを大切にしているんです。

縦と横の使い分けも重要。写真はこの使い分けの中での表現になりますから、光の質が違うだけ常に撮りわけるようにしています。

女の子を撮るときにモノをもたせるな、と言っています。そう考えていくと、縦位置ってとたんに難しくなってきます。モノを持つとそちらに目がいってしまうし、かといって何もないと手の行き場がなくなって、ただ立っているだけになってしまうこともありますから。

ちなみに、この場面ではブランコに手をかけてもらっていますが、少し左肩を落としてもらっています。光は被写体の後ろからまわっている半逆光の状態。柔らかさを出すように撮影しています。

10年にわたる撮影をふりかえって

10年という時間的な経過はありますが、彼女からは変わらない美しさを感じます。今回のロケで“清楚なイメージ”を伝えるカットを粘って撮影したのも、それだけ彼女を見て、撮ってきたから。時間の蓄積と彼女を見てきた蓄積が、撮らせた内容でもあったと思います。

アートフィルターを使ったカットがあったりするところも、面白い部分だと思います。当時は新しいカメラが手もとにきたら新しいものを使いたい。そして使ったらすぐに出したい、という思いがありました。今はそうした感覚もだいぶ落ち着いてきましたが(笑)。

そうした中でも今回、時代の変化を感じさせるシーンがありました。実は彼女、自分のカメラをロケに持ってきていたんです。

ロケ撮影後のワンシーン

なんでわざわざ重たいカメラを持ち歩いているのかというと、自分の記憶に残すためなんです。そしてもうひとつ重要なのが、自身のSNSにキレイな写真を投稿する、ということ。もちろん、載せる時には場所や内容は伏せるようにお願いしていますけれども、今は撮られる側であった彼女たちも発信していくことをとても大切にしています。それは宣伝というよりも、彼女たち自身が仕事をしていることを数多くのフォロワーに対して伝えている、という意味あいのほうが強いと感じています。

今、撮られる側であった彼女たちにとっても撮られることの意味、発信していくことの重要性が高まっています。撮るヒントも大切ですが、そうした彼女たちの「今」も感じとっていってもらえたらと思います。

山岸伸

(やまぎし しん) 1950年、千葉県生まれ。タレント、アイドル、俳優、女優などのポートレート撮影を中心に活躍。出版された写真集は400冊を超える。ここ10年ほどは、ばんえい競馬、賀茂別雷神社(上賀茂神社)、球体関節人形などにも撮影対象を広げる。企業人、政治家、スポーツ選手などを捉えた『瞬間の顔』シリーズでは、10年余りで延べ800組以上の男性を撮影。また、近年は台湾の龍山寺や台湾賓館などを継続的に撮影している。公益社団法人日本写真家協会会員、公益社団法人日本広告写真家協会会員。