山岸伸の写真のキモチ
第8回:銚子電鉄
名物アイドル車掌とコラボ。フォトブックで企業を応援
2021年5月3日 06:00
連載8回目の舞台は千葉県の銚子市です。利根川のほか、君ケ浜や犬吠埼、屏風ケ浦など、三方を川と海に囲まれるなど変化に富んだ地形が特徴。そうした中で、撮影や観光スポットとして銚子電鉄(正式名称は銚子電気鉄道)もよく知られています。厳しい経営状況という逆境を逆手にとり、ぬれ煎餅の販売や各種イベントの催行など、さまざまな施策を実施していることでも知られ、根強いファンがいる銚子電鉄。自虐的な話題づくりでも多くのファンを獲得しています。同電鉄がずっと気になっていたと話す山岸さん。写真家が鉄道と、どのように関わっていったのでしょうか。(編集部)
今回の被写体
銚子電鉄
千葉県銚子市新生町2丁目297番地に本社を置く鉄道会社で、正式な社名は銚子電気鉄道株式会社。大正12年7月に銚子鉄道株式会社として営業を開始し、昭和23年8月に現在の名称に社名を変更。営業当初より銚子駅〜外川駅間の約6.4km、9駅(銚子駅を除く)を結ぶ。
会社概要
縁が縁を呼び大きな企画に
ご存知の方も多いと思いますが僕は千葉県の出身で、前回の連載で紹介したOMデジタルソリューションズによるCP+2021 ONLINE配信映像撮影も、慣れ親しんだ九十九里の浜で撮影を行いました。国内外で撮影ロケに訪れている場所はたくさんありますが、それでも行ったことのない場所がある。銚子方面もそうした地のひとつでした。
今回の被写体は銚子電鉄ですが、「瞬間の顔」シリーズで同社社長に登場してもらったことが撮り始めるキッカケになりました。
銚子電鉄の経営難は度々報道されていますが、撮影で伺った時にも、いまや廃線の危機にあるといったことや、ぬれ煎餅の売り上げが鉄道収入を上回る勢いだ、といった話を聞きました。それでも同社はこれを逆手にとった様々な話題づくりを展開しています。テレビや雑誌でも取り上げられ話題となった「ぬれ煎餅」やスナック菓子の「まずい棒」を販売したことも有名です。厳しい状況なのに、ユーモラスな姿勢で切り抜けようとしています。そうした同社の姿勢に対して、写真を撮る立場として自分は何ができるのだろうか。厳しい状況の中で自分には何ができるだろうか。なんとか写真で応援できないものか。思案をめぐらして、まずは撮影会の実施を発案しました。撮影会では2名のモデルを起用して、車両やレトロ感のある駅舎と女の子の組み合わせを撮っていく場を設けました。
モデルをお願いしたのは、樋口光さんと、葉山あいりさん。樋口さんには学生服を着てもらい、電車との撮り合わせをプロデュースしています。なぜ、制服なのか? って思うかもしれませんが、彼女、ぴったりイメージがはまっているでしょ? やっぱり電車と制服の組み合わせは鉄板かつ定番です。対する葉山さんは春らしさを感じさせる淡い色合いの軽やかなイメージの普段着で。これに冬服も加えてバリエーションもつくってもらいました。
ちょっと脱線しますが、樋口光さんは香川県観音寺市の撮影でも登場してもらったモデルで、今年1月に新しくミニスカポリスに参入したメンバーです。この5月にオリンパスプラザ東京内のギャラリーで開催を予定している「瞬間の顔」展のすぐ隣でアシスタントの近井沙妃撮影による展示「MINISUKA POLICE トーキョーパトロール」(会期は同日程です)でも登場していますので、ぜひ一緒に見に来ていただければと思います。
撮影の主人公は話題の車掌さん
撮影会は、小さな集まりながら参加者に恵まれたものになりました。参加者各位もしっかりと撮れたようでしたが、どうしても僕は満足できませんでした。なぜかというと、撮影会を開催した日は、社長さんも驚くほどの利用客の姿があり、なかなか思ったような撮影結果が得られなかったから。「今度はぜひとも車両を貸し切って撮らせてもらいたい。」同社はそんな僕の要望を快く受け入れてくれ、撮影会の企画も、新しいステージに入っています。
経営が厳しい状況にあるとはいえ相手は鉄道会社ですから、応援企画といっても金額でいえば僕の提供できるものなんて微々たるものです。日々鉄道を走らせるための設備維持費はもちろん、従業員に支払うための給料、駅舎の整備など、そのコストは絶対的な規模が違いますから。
そして写真で出来ることにもまた、限界があります。それでも、小さなことからやっていくことが大切です。そこから次の展開へ、また違う展開へと、様々な方面に拡がっていったらいい。写真にはそうした力がある。そうした考え方自体はずっと僕の中にありました。そうして出た答えがフォトブックをつくろうということでした。キッカケはアイドル車掌の存在です。
企画のキッカケとなった車掌さんの名前は袖山里穂さん。銚子市の観光アテンダントを経て2014年に銚子電鉄に入社。初の女性車掌として経験を積む中で、2020年7月に運転士試験に合格したという人物です。最近ではYouTubeなどの動画に社長と一緒に登場するなど、積極的に宣伝活動をしています。先日は体調不良になった乗客の救助に協力したことで銚子署から感謝状を受けていました。彼女自身も一生銚子電鉄で勤めていきたいというくらい、同電鉄のファンなのだと話してくれました。
どちらかと言えば写真ファンのほうが多いのかな。全国各地から彼女を撮りに人々が集まってくるというほど、いま輝いている人物です。そんな彼女をメインにフォトブックをつくってみてはどうだろうか。その提案が受け入れられ、撮影会を終えた2週間後、再び僕は同地を訪れることになりました。
テーマは「袖山さんの1日」
撮影内容は、車掌として務める袖山さんの1日を追うものにすると決めていました。問題は、どこでどのように撮影していくのかということ。冒頭でもお伝えしたように銚子は馴染みが薄い土地でしたので、ロケハンは必須です。本番撮影の前日入りで、場所やシチュエーションの確認をしていきました。
ところで日頃から様々な人に撮られている彼女ですが、とはいえモデルとしての経験があるわけではありません。今回は通勤からはじまる彼女の業務風景を捉えることがテーマでしたが、撮影の序盤から終盤にかけての表情の変化も、ぜひ見てもらいたいポイントです。ここではエッセンスのみの掲載としていますが、ぜひフォトブックを手にとって、その変化を見てもらいたいと思っています。
さて、本番の撮影は、彼女が休日となる日でお願いしました。休日とはいえ、制服を着用している以上、第三者から見れば彼女は歴とした銚子電鉄に勤める職員の一人ということになります。勤務風景を撮ることが目的ですから内容的には問題ありませんが、慣れない撮影を進めながら、常に職員としても振る舞わなければなりませんから、彼女自身も難しさを感じていただろうと思います。疲れたからといって、座って休むわけにもいきませんからね。
まずは、序盤のカットです。どちらの表情にも若干の固さが感じられることがわかると思います。
続けて撮影を進めていく中で、彼女の表情も柔らかくなっていきました。それに、かなり自然体になってきていることが分かると思います。だんだん彼女の表情がよくなっていくのは、1日の撮影を通じて距離が近くなっていったから。時間を追って、自分との感覚が近づいていったことが大きいです。
応援の第一歩がスタート
瞬間の顔で協力してもらったり、撮影会を開いたり、フォトブックづくりをしたりと、銚子電鉄とはこの短い間で様々な取り組みで協力関係を築いてきました。ただ、ひとつだけ大きな問題が発生してしまいました。
実は今回の企画、赤字なんです(笑)。実際問題、笑いごとではないのですが、銚子電鉄を応援するという大目的に向かって、できることを全力でやった結果、かなりコストが発生してしまいました。やはりフォトブックづくりは費用がかかりますね。それに現地には前日入りもしていますから、宿泊費用だって発生していますし、僕だけじゃなくてアシスタントの分だってある。印刷コストも何とかならないものかと方々にかけあいましたが、それだって限界があります。
僕は職業カメラマンですから、黒字にすることを考えます。でも今回は別。フォトブック自体も、当初は電子書籍にすることも考えていましたが、それは難しいなと。手にとって見てもらうことができませんし、何より銚子電鉄の売店や、袖山さんの手を通じて渡してもらうことのほうが意義があると思ったからです。
袖山さん自身に持ち歩いてもらうためにも判型はA5を選びました。ボリュームは22ページの構成としました。これくらいのサイズなら、勤務中も持ち歩きやすいですし、その場でサインだって入れやすいでしょ? フォトブック自体がPRツールになるということです。
あと、フォトブックが完成したらポスターもつくって持っていこうと思っています。これも小さなところからできることのひとつですね。でも、確かにひろがっている。SNSでも告知を出したりしていますが、明日は子どもを連れていこうっていう人がいたりするように、確かな手応えが返ってきています。
ほかにもやりたいことは沢山。ポストカードをつくったり、お酒のラベルにしてみたりとか、アイデアは次々に湧いてきています。やっぱりこういった自分のもっているノウハウを活かして次に繋げていくっていうのが、カメラマンとしての仕事だと思いますから。
そうそう、頒布価格も手にしてもらいやすい値段にするつもりです。その分赤字の幅は大きくなってしまいますが(苦笑)。ともあれ、銚子電鉄を応援する第一歩です。銚子方面にお出かけになった際には、ぜひ銚子電鉄に乗って、写真集も手にとってください。オンライン販売もありますので、赤字の僕を救うという意味でも、どうかお願いします(笑)。