写真展リアルタイムレポート

ライカQ3で撮る“妻であり、モデルであり”…コハラタケル写真展「撮縁」

ライカギャラリー東京/京都で8月27日まで

コハラタケルさん

ポートレートの撮り方はいくつもあるが、コハラタケルさんが求める中の一つは、モデルと撮影者が緊張感をもって向き合い、共に1枚の写真を作り上げていくことだ。

樹里さんとはモデルとして出会い、その後、結婚したことで、その関係性が変わった。本展をきっかけに、妻でありモデルである彼女と、新たな世界観を模索し始めた。

妻となり、変わる関係性

「一時、妻を撮ることはなくなっていたんです」とコハラさんは言う。

コハラさんにとって樹里さんは最高のモデル。撮影中、イメージを刺激してくれるパートナーだったが、妻となってしばらくすると、そうした関係が成り立たなくなった。

「モデルさんの中には孤独感やコンプレックスなどを抱えた人がいて、撮影を通した自己表現で昇華させていたと思います。彼女もその一人でした」

結婚後もその関係は続くと思っていたが、違った。かつてあった緊張関係が生まれなくなった。

「彼女の祖母が山梨に住んでいて、最初はそこで撮ろうと思っていました。場所の魅力で物語ができる。少なくとも撮影に1週間ほどかかると伝えると、『そんなに長いと疲れるからダメ』と断られました(笑)」

そこで妻と新たな「撮る、撮られる」の関係を探ることにした。

コハラさんが好きな写真家の一人に上田義彦さんがいて、彼が家族の日常を収めた写真集『at Home』はお気に入りの一冊だ。だが、彼が自分の妻を撮る時は、プライベートでくつろぎ、カメラを意識していない空間を選ばない。

「僕らの再出発である以上、作り込んだ写真をきちんと撮りたかった」

日常とは違う場に身を置く。猫を飼っているモデルの家を訪ねた。

「妻が猫を抱き、顔を寄せ合い、互いの片方の目をシンメトリーに置くアイデアが一つありました」。そうした一つのイメージに向かう中で、何らかの対話を試みる。

「臆病な性格の猫とは聞いていましたが、ずっとソファーの下から出てこない(笑)」

飼主が料理をし始めると、猫はゆっくりと台所に向かった。良い光が射し込む中で、後ろ姿と正面から何カットか収めている。

双子の子がいる知人の家では、子どもたちと妻が戯れていた。

「3人の顔を『団子三兄弟』みたいに撮れないかと思い、白い壁を背景に、外から光が射す時間を考えて撮りました」

コハラさんが思う良い写真は「違和感」が写り込んでいる1枚だ。多くの人が美しく、良い構図だと感じるだけの写真は、見た時の一瞬の心地好さはあっても、記憶に残らず、そこから広がる物語は生まれない。

「その違和感の正体を簡単には説明できないし、どう作り出せるのかはまだ分かっていません」

良いと思う写真を見つけた時、そのどこに惹かれたのか、気づいたことを書き出す。自ら撮った写真は何度も見返してきた。

「言葉を必要とせず、1枚の写真だけで物語を完結させたい気持ちは、写真を始めた当初から強く持ち続けていました」

「ライカQ3」がもたらす高揚感

コハラさんは大学を卒業後、建設業に進み、東日本大震災後、1年ほど、東北に赴任した。東京に戻ると、鬱状態になり休職。集団に属さず、一人で働けることからフリーライターを選んだ。

「クラウドワークスで案件を見ていると、記事に写真が入ると単価が少し高い。それでカメラを買い、写真を始めました」

フリーランスとして知名度を上げようと、それまで敬遠していたSNSにも手を伸ばした。プラットフォームは当時、最も勢いのあったInstagramを選んだ。

「フォロワーを伸ばすには、どれだけこのコミュニケーションツールに熱量を掛けられるかが重要だと僕は思っています」

良い写真を載せればフォロワーが上がるなら、プロ写真家が必ず上位に行くはずだが、そうはなっていない。

「通勤時間帯や昼の休憩など、アクセス数が伸びるゴールデンタイムがありますが、その時間に投稿して数を伸ばせるのは数万人以上のフォロワーを持つ人たちです」

投稿した時間ごとに、初動1時間、1日、1週間の伸びを分析するなど、四六時中、Instagramに労力と時間を費やした。

参考にした写真はすべてSNSから見つけた。雑誌や広告で見る写真は撮影技術を持ったプロだから撮れるもので、自分とは全く関係ないものと思っていたからだ。

「当時は洗練されたモデルを中心に配置したクールでスタイリッシュな写真が流行っていました。僕は日常感のある写真が好きで、その後、生まれた流れに偶然乗れたんだと思います」

Instagramでの写真のトレンドは押さえつつも、自分のテイストと、「違和感」を感じる写真は変わらず求め続けた。

始めた2016年ごろは、まだSNSでモデルと出会える環境になかったので、街でセルフポートレートを撮っていたそうだ。良い空間を選び、三脚を立て、しかるべき場所に自分が立つ。

「この撮影が今も僕の糧になっています。度胸も付いたし、誰かがモデルになってくれることが、どれほどありがたいことかを身に染みて知りました」

撮影するうちにフルサイズセンサーのカメラが欲しくなり、「ライカQ2」を購入した。シャドー部分を現像で持ち上げる時、ノイズの出方が気になり始めたことが理由の一つだった。

今回、「ライカQ3」を使い、画質やレンズの描写力など、さらに満足度は上がったが、コハラさんが何より気に入っている点は「このカメラがもたらす高揚感」だ。

撮影をする時、感覚がより鋭敏になり、モデルや目の前の風景から受ける刺激に敏感になる。それはコハラさんにとって何よりの武器だ。

SNSから生まれた新しい写真家がどんな世界を見せてくれるのか。今後が楽しみだ。

 ◇◇◇

コハラタケル 写真展 「撮縁(さつえん)」

会場:ライカギャラリー東京(ライカ銀座店2F)/ライカギャラリー京都(ライカ京都店2F)
会期:5月27日(土)~8月27日(日)
開催時間:11時00分~19時00分
休館日:月曜

(いちいやすのぶ)1963年、東京生まれ。コロナ禍でギャラリー巡りはなかなかしづらかったが、少し明るい兆しが見えてきた。そんな中でも新しいギャラリーはいくつも誕生している。東京フォト散歩でギャラリー情報の確認を。写真展の開催情報もお気軽にお寄せください。