写真展リアルタイムレポート

裸祭で撮った“人間の生々しさ”。甲斐啓二郎写真展「綺羅の晴れ着」

禅フォトギャラリーで4月22日まで

甲斐啓二郎さん。禅フォトギャラリーの入り口で

国内外には祭りの名のもとに、人と人とがぶつかり合い、格闘することを許される場がある。神木と称された木片などを求めて、他人を容赦なく押しのけ振り払う。喧嘩祭りや裸祭といわれる祭事だ。

「普段は現れることのない人間の生々しさ、暴力性など、自分が全く想像していなかったものが写っていた」と甲斐さんは言う。

2012年から国内外で格闘的な祭りを撮影してきた中で、本展では4つのはだか祭から選んだ写真を展示する。

異界との境界を行ったり来たり…

甲斐さんは2008年から浦和レッズのオフィシャルカメラマンとして活動していた。その傍らで、スポーツに関わる自分ならではのテーマが撮れないかと模索していたそうだ。

フリーターで働く若者を街の中で撮影したり、4回戦のボクサーを追ったこともある。

「イギリスでサッカーの原型だと言われる祭りがあると知り、行ってみました」

このシュローヴタイド・フットボール(Shrovetide Football)は町全体が競技場で、住民が一つのボールを蹴り合い、5kmほど離れたゴールを目指す。

この競技を撮るには自分も選手と同じピッチに立ち、ボールを追っていくしかなかった。

「これまでは試合の流れを予測しながら撮っていたのが、興奮する群集の中に入り、反射的にシャッターを切っていくことになりました。帰ってプリントにすると、自分が見えていなかった景色、想定していないものが写っていて面白かったんです」

仕事ではデジタルカメラを使っていたが、プライベートはマミヤ7とネガカラーの富士フイルムPRO 400Hを使う。このカメラと67判のプリントサイズが「自分の身体にフィットしている」からだ。

祭りの群集に入ってしまうと、毎回、ファインダーを覗いて撮ることはできない。フォーカスを2mや3mに設定し、置きピンで撮る。

フィルム1本で撮影できるのは10カット。現場には2台を持ち込むが、当然、フィルム交換が必要になる。撮影中は無我夢中で動いているから、何枚撮ったかは全く頭にないという。

「フィルムの巻き上げができなくなって気づく。そうすると一度、現場から離れてフィルムを入れ替えてまた戻る。その行為は異界との境界を行ったり来たりするようで、意識的ではないですが、写真にもそんな気配がどこか漂っている感じもします」

デジタルカメラを使えばもっと鮮明に写すことはできるが、このフィルムの写り具合と、「マニュアルカメラの不自由さが呼び込んでくれた偶然性が写真をいい方向に導いてくれた」と話す。

ちなみにざっと検索したところ、120フィルム5パックは海外通販で約1万円だ。

“裸祭”

祭りはネット検索や、本を読んでいて知った小さい祭りを調べて見つけてきた。秋田で2月に行なう六郷のカマクラは、始まる2時間以上前から現場に入り、関係者のような立ち位置を確保した。

「ただ今は地元の人口が減り、ほかの町から助っ人を頼んでいるので、部外者でも気軽に受け入れてくれるところが多いのでありがたい」

三重県津市の八雲神社で7月に執り行う「ざるやぶり神事」では、「祭りの中に入って撮りたい」と主催者に話すと、快く許可してくれて褌を渡された。

「裸になるのは実際、一瞬躊躇しました。岩手県奥州市の『黒石寺蘇民祭』でも参加登録をすれば褌で参加できるのですが、そちらは旧正月の7日、氷点下20度近い中だったので諦めました」

夏の裸祭に一歩入ると、熱気だけでなく、汗が飛び散り、濃厚な体の臭いが鼻腔にまとわりつく。その感覚はそれまでに感じたことのない違和感や恐怖心を湧き起こす。

「みんな怖さを感じていて、そこから逃れるために神木を一心に追うのかもしれない。体験すると、そんな思いも湧いてきました」

蘇民祭で撮った1枚には、写された人全員がばらばらの方向を見ているものがある。何かを見るというより、焦点が定まらず、虚空を見つめた感じだ。

「僕自身、撮った記憶もないカットです。何度見ても、不思議な感じのする写真です」

人間とは何か

祭りを撮る中で、アニミズムや仏教への関心が強くなり、いくつも関連する本を読んだ。

「撮影に役立てたいとかそんな考えは一切なく、知りたくなってくる。ただ、のめり込んでしまって、信者のようになってしまってはダメだとは思ってました」

甲斐さんの根底にあるのは「人間とは何か」という問いだ。このモチーフは、その疑問を受け止め、新たな気づきを与えてくれる。

「写真展を見に来てくれた人などから、僕が考えてもいなかった見方を教わることがあります」

イギリスのシュローヴタイド・フットボールを見た人は「彼らはボールではなく獲物を追っていて、これは狩猟なんだね」と指摘した。

「野蛮という表現をされて、僕自身ハッとしたこともありました。実際の現場では感じたことはありませんが、写真からエロティックなものを受け取る人もいます」

祭りの場に行くと、小さな疑問が生まれてきて、そういうところが撮れればいいと思う。

長野県の野沢温泉で催される道祖神祭りは十数年撮り続けている。最近ではニコン Z 7IIを使って動画を撮り始めたそうだ。

「動画はどうまとめるかも手探りの状態です。この題材はまだ撮り尽くしてはいないので、もうしばらく続けるつもりです」

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甲斐啓二郎写真展「綺羅の晴れ着」

会場:禅フォトギャラリー
会期:2023年3月25日(土)~4月22日(土)
開催時間:12時00分~19時00分
休館日:日曜、月曜、祝祭日

(いちいやすのぶ)1963年、東京生まれ。コロナ禍でギャラリー巡りはなかなかしづらかったが、少し明るい兆しが見えてきた。そんな中でも新しいギャラリーはいくつも誕生している。東京フォト散歩でギャラリー情報の確認を。写真展の開催情報もお気軽にお寄せください。