赤城耕一の「アカギカメラ」
第73回:望遠マクロの栄光再び? 新時代のズイコー90mmマクロ
2023年7月5日 09:00
マクロレンズといえば、むかしは標準レンズと同じクラスの焦点域において用意されていたものでした。
現在では90mm〜100mmクラスの中望遠域がマクロレンズの中心になっていると思います。一般的には「中望遠マクロレンズ」と呼ばれています。取り回しも良いため、マクロ領域の撮影のみならず万能レンズとしての特性を持っています。
それよりも長焦点域のマクロレンズは望遠マクロと呼ばれ、焦点距離180mm〜200mmクラスのものになります。
最近では種類が少ないようですが一眼レフ時代の交換レンズではニコン、キヤノン、シグマ、タムロンなどの望遠マクロレンズが有名でした。望遠マクロは焦点距離が長くなるわけですから、ボケ効果の強調や圧縮効果を得たいとか、ワーキングディスタンスが必要な撮影では大いなる威力を発揮しますが、性能の追求のためでしょうか、多くは一般の同クラスの単焦点望遠レンズよりも大きく重くなりました。
花も虫もそんなに本気では撮らないぜ、という人には望遠マクロはさほど必要ではないかもしれませんが、筆者自身はフィルムカメラ時代には男性のポートレートやスタジオ撮影に多用していました。多くのレンズはシャープでキリッとしたコントラストの高いヌケの良い描写だったからです。
望遠マクロレンズの多くは開放F値の大きな小口径ですが、撮影時に気合いを入れねばなりせん。
一眼レフの時はAFレンズであっても暗いファインダーを覗かねばなりません。これはAF撮影であったとしても結構な苦行でした。逆に「チャラい大口径レンズに踊らされることのない硬派なオレ」みたいな雰囲気を世間に演出できるチャンスかもしれません。示したところで、誰も見ていないし、自己満足以外の何ものでもありませんが。
そういえば、そのむかし、世界中のマクロレンズを集めるのが目標だというコレクターさんとお会いしたことがありました。ご本人はマクロ撮影に興味があるのではなく、マクロ=緻密という意識が強く刷り込まれているようでした。一般的な撮影においても徹底した緻密な描写に期待をしているのでしょう。
このマニアさんは実際にマクロレンズで主に何をお撮りになっていたかは聞きそびれてしまいましたけれど、でも数値的にも裏付けのあるマクロレンズはマニアさんには魅力的に映るんでしょうね。
自分の見たものを可能な限り緻密に描写したいという欲望は写真を志す人の誰もが持っているし、もちろん自己満足でもあるのですが、「あいつはレンズにうるさい」とか周囲に思われるようになるとレンズヲタクも極まれりです。でも、多くのマニアは蘊蓄だけは一人前ですが、光学のことなど本当は何も分かってはいないんです。これには筆者も含まれています。また嫌われるようなことを書いてしまいました。
かくいう筆者も、ろくに使いもしないのに、いくつかの望遠マクロを所有しています。変わったものでは本連載でも過去取り上げたことのあるズームマイクロニッコール70-180mm F4.5-5.6 Dとか、メディカルニッコール200mm F5.6などはヘンタイの代表格でした。特殊なマクロレンズに入るかもしれませんけど、使って面白いのです。
望遠マクロは必要な人には必要なレンズです。一部の人には必要なのです。けれど、誰しもが所有せねばならない一般的なレンズとは言い難いのです。
ところがですね、2023年のカメラグランプリのレンズ賞はOM SYSTEMのM.ZUIKO DIGITAL ED 90mm F3.5 Macro IS PROが受賞しました。これは少々マニアックな本格派の高性能望遠マクロレンズになります。
筆者も本レンズに少しだけ票を投じた記憶がありますが、昨今、注目度が低めなマイクロフォーサーズ規格への応援という意味が多少込められていたことは否めません。それでも35mmフルサイズ用の望遠マクロレンズにはない要素を成し遂げていることをきちんと評価したかったのです。
その特徴とは、レンズ単体で等倍を超える高い倍率で撮影できること、小型軽量であること、IS(手ブレ補正)を内蔵したことです。マクロ領域はオリンパスに任せておけ、という長年の思想は、当然のようにOM SYSTEMにも連綿と繋がっていることに安心しました。もちろん高画質描写への期待も高くなるわけです。
筆者も旅のロケでは、不意にマクロ領域の撮影を求められることがあります。マイクロフォーサーズ用の交換レンズの多くは本格派のマクロレンズでなくても寄れるものが多いので、普段はさほど心配していませんが、保険の意味と精緻な描写への期待を込めて、いずれかのマクロレンズをバッグに忍ばせておくことも多いのです。やはりマクロレンズを装着すると撮影に気合いが入ります。
M.ZUIKO DIGITAL ED 90mm F3.5 Macro IS PROは、35mm判の換算画角ですと180mm相当になります。言うまでもなく十分な望遠効果が得られる望遠レンズになるわけですが、とてもコンパクトです。ただ開放F値は3.5と平凡です。焦点距離とF値の関係かすれば、マクロ領域は別として通常撮影ではあまり大きなボケは期待できませんが、この仕様にOM SYSTEMの本気を見るのです。
撮影倍率は、レンズ単体で最大撮影倍率は2倍になります。となると35mm判換算で4倍相当(撮影範囲は8.7×6.5mm)にもなる高倍率マクロ撮影を可能としています。さらにテレコンバーターMC-20を組み合わせると8倍相当(撮影範囲は4.3×3.3mm)です。
筆者のようにジジイで老眼だと、等倍よりもさらに拡大できる撮影条件ですと被写体がどこにあるのか見失ってしまうほどで、現実とは異なる世界を垣間見ている感じがします。
これだけの高倍率でも、ミラーレスカメラではファインダーの視野が観察しやすいこともあり、マクロ領域の撮影をぐっと身近に感じますね。でも、撮影者側も、ただ気軽に拡大撮影できるからといって、それで満足して、おしまいにしてしまわないように注意せねばなりません。
本レンズの光学系は13群18枚とズームレンズみたいですね。特殊レンズとしてスーパーEDレンズ2枚、EDレンズ4枚、スーパーHRレンズ1枚、HRレンズ1枚が採用されています。OM SYSTEMの光学設計陣の総力を挙げて設計したという気持ちが伝わってまいります。
これに対応ボディと協調動作するIS(手ブレ補正)搭載で重量は453gなのですから驚きです。マイクロフォーサーズフォーマットの特性を生かし切った望遠マクロレンズといえます。
その使い勝手はどうでしょうか。筆者のように日頃は広角の単焦点レンズを装着したカメラで街を流すようなスタイルで撮影していると、単体の望遠レンズ一本勝負! みたいな撮影では当初はどうして良いかわからなくなったりします。とはいえ頑張ってみましたが作例は花だらけになってしまいました(笑)。
レンズ全長は少し長いので、望遠レンズであるという意識はあります。でも本レンズはマクロですから、明らかに気持ちに余裕が生まれます。最短撮影距離に事実上の制約がないものですから、モノの見方も変わってくるというわけです。
フォーカシングのスピードは素晴らしく速く、心地いいですねえ。大ボケから合焦するまでのスピードもいい感じです。エラーすると、どうしてもレンズの動きが大きくサーチするように最良の合焦点を探るのですが、動作にイラつくようなことは少ないですね。フォーカスリミッターも設けられているので、マクロ領域までサーチする必要があるかどうかで、撮影時にうまく設定を使い分けてみるといいんじゃないでしょうか。
EVF像を見ても、切れ込みがよく、コイツはスゲーという第一印象でした。大袈裟ではなくて。実際の撮影画像も鋭く、撮影距離や絞り設定での描写の違いはまずわかりません。
ただ、IS内蔵とはいえ、過信は禁物であり、少しでもシャープネスの低下を感じてしまうような時は迷わず三脚やスピードライトを使用すべきでしょう。本レンズには専用の三脚座は用意されていませんが、その気になればサードパーティ製品などを応用できるかもしれません。
ネイチャー分野だけではなく、ドキュメントやシリアスなスナップなどの分野ではこの鋭い描写性能は役立つのではないでしょうか。焦点距離からみてポートレートにも使いたくなりますね。でもさすがにシャープすぎるきらいがあるので、条件によっては、後の画像処理に気を使わねばならなくなるかもしれませんね。
そういえばフィルム時代のオリンパスOM一眼レフ用にズイコーマクロ90mm F2という名玉がありました。拙著「使うオリンパスOM」(双葉社)でも、OMユーザーは必ず購入せねばならない1本であると書いて、けっこうな論議となった記憶があります。これね、今だから言ってしまいますけど、かなり本音です(笑)。
これにはF2という大口径、しかも中望遠マクロという矛盾というか、逆転発想の企画に個性を感じたわけですが、今回のマイクロフォーサーズ用90mmはマクロ方向に、どストレートの本気であります。このため開放F値も3.5として、小型軽量と性能のバランスをとってきました。現在のOM SYSTEMには真面目な印象を持っています。でももう少し冒険してもいいと思うぞ。
筆者自身、虫関連はどうも弱含みですし、植物や花なども仕事や作例撮影以外ではほとんど撮ることはありませんが、先に申し上げたように、高い描写への期待を込めて、オリンパス/OM SYSTEMのマクロと名のつくレンズはほぼ手元に揃えてあります。
昭和時代のオリンパスのキャッチではありませんが「宇宙からバクテリアまで」を相手に仕事をしていた頃なら、M.ZUIKO DIGITAL ED 90mm F3.5 Macro IS PROは真っ先に手にしなければいけない1本となったはずです。
ここは再び望遠マクロ栄光の時代がやってくることを期待し、本レンズをお迎えするのが筋なのかもしれませんね。さて、どうするかなあ。