カメラ用語の散歩道

第15回:像倍率と撮影倍率(前編)

新旧レンズの実例も交えて解説

OMデジタルソリューションズから撮影倍率2倍まで可能な90mmマクロが出され、マクロレンズに関する話題がいろいろ飛び交うようになってきたが、撮影倍率については35mm判換算がどうだとか、テレコンを装着するとどうだとか、いろいろややこしい。この機会に整理してやさしく解説をしてみたい。

なお、テーマの性質上どうしても数式を使うことになる。数式が出てきただけで拒否反応を起こす人も少なからずおられるだろうが、ほとんどは掛け算と割り算だけの簡単な数式なので、なんとか諦めずについてこられるよう、お願いする。

光学用語では「像倍率」、カメラ用語では「撮影倍率」

像倍率というのは、光学でいうと像の大きさをその元となる物体の大きさで割ったものである。つまり、物体の大きさをy、像の大きさをy’とすれば、像倍率M=y’/yだ。これはカメラに限らず光学全般に言えることだが、カメラの場合は「物体」は「被写体」、「像倍率」は「撮影倍率」ということになる。また、カメラの場合像は撮像面に結ぶ実像だが、他の光学機器では虚像の場合もある。

像倍率の求め方

さっそくだが、図1aを見てもらいたい。カメラでは被写体までの距離は撮像面から測るのが普通だが、像倍率を理解するにはこのように前側(ぜんそく)焦点Fと物体(被写体)との距離Zを考えるのが合理的である。同様に像側も後側(こうそく)焦点F’との距離Z’を考える。

図1a:像倍率(撮影倍率)を考える時、物体(被写体)までの距離は前側焦点Fから測り、像までの距離は後側焦点F’から測るようにするとよい。

ここで後側焦点F’は一般的に言われている「焦点」そのもので、撮影レンズに平行に入射した光線が1点に集まる点だ。つまり、無限遠の被写体の実像ができる点である。前側焦点Fはその逆で、この点から出てレンズに入った光線が屈折され、光軸に平行になって出てくるような点である。後側焦点F’とレンズとの距離を後側焦点距離f’と呼ぶが、これは一般的には「焦点距離」だ。同様に前側焦点Fとレンズとの距離が前側焦点距離fだが、通常はfとf’は等しいので単なる「焦点距離f」と考えて構わない。

さて、次は図1bだ。ここで昔学校で教わった幾何学を思い出してみよう。緑色に塗りつぶした2つの三角形は相似三角形である。ということは、y’とyの比は、fとZの比に等しい。前述したように像倍率Mは像の大きさy’を物体(被写体)の大きさyで割ったものであるから、それは結局のところ(前側)焦点距離fを前側焦点から物体(被写体)までの距離Zで割った値に等しいことになるのだ。

図1b:緑色に塗った三角形の相似から、撮影倍率は、【焦点距離】÷【前側焦点から被写体までの距離】となる。

【結論1】 M=f/Z

今度は図1cを見てみよう。同様に黄色に塗りつぶした2つの三角形は相似三角形であるので、像倍率Mが後側焦点F’と像との距離Z’を(後側)焦点距離f’で割った値に等しくなる。

図1c:黄色に塗った三角形の相似から、撮影倍率は、【後側焦点から像までの距離】÷【焦点距離】となる。

【結論2】 M=Z’/f’

物体(被写体)や像までの距離を、それぞれ前側焦点Fや後側焦点F’とすると、こんなに簡単な数式で像倍率が求められるのだ。

カメラにおける撮影倍率の意味

では、これらの式がカメラではどういう意味を持つのだろうか? これからは像倍率は撮影倍率、物体は被写体と表記する。また、前側焦点距離fと後側焦点距離f’は等しいので、まとめて焦点距離fとして説明をしていく。

まず【結論1】の式では被写体までの距離Zが分母に来ているので、これは「被写体が遠くにあれば像倍率は小さくなる」ということを表す。遠いものは小さく写るという、当たり前の事実を言っているのだ。そして通常の撮影ではZがfよりも大きいので、撮影倍率Mは1よりも小さいということだ。

一方でレンズの焦点距離fは分子にあるので焦点距離が長いほど撮影倍率が大きくなる。これも広角よりは標準レンズ、標準よりは望遠と、焦点距離が長いレンズほど被写体を大きく写すことができるという、当たり前のことを表現している。

【結論2】で後側焦点F’と像との距離Z’は、実はレンズを繰り出してピントを合わせたときの繰り出し量を表している。無限遠では後側焦点F’の位置に像があったのだが、有限の距離にある被写体の像がZ’だけ後方に移動したので、その分レンズを繰り出せばピントが合うわけだ。そして、この繰り出し量が大きいほど撮影倍率が大きくなる。撮影倍率が1となって被写体の大きさと像の大きさが等しくなった場合を「等倍撮影」というが、このとき繰り出し量は焦点距離と同じになる。

実際の写真レンズでは? 例1:キヤノン RF135mm F1.8 L IS USM

では、実際の写真レンズについて確認してみることにしよう。一例としてキヤノンRF 135mm F1.8 L IS USM(写真1)をとりあげてみる。このレンズは最大撮影倍率が0.26倍になっている。と、いうことはそのときの繰り出し量は焦点距離の0.26倍で35.1mmということだ。その時の撮影距離はどうなるか?

前述の【結論1】の式より被写体と前側焦点の距離Zはf/M、つまり135mm÷0.26で519mm。通常写真用のカメラの場合は撮影距離は撮像面から被写体までの距離で表すのが普通になっている。ということは図1aを参照すると、被写体から前側焦点までの距離Zに焦点距離を2倍したものと繰り出し量Z’を加えたもので、計算すると824mmとなる。しかし、このレンズの仕様表によると最短撮影距離は0.7m、つまり700mmになっているのだ。あれ、合わない!

写真1:キヤノン RF135mm F1.8 L IS USM

実はこれ、フォーカシングの方法に起因するものなのだ。最近のレンズ交換式カメラ用の交換レンズには、内焦式だとかリアフォーカスのように構成レンズの一部を動かしてフォーカシングするものが多い。それらのレンズはフォーカシングによって焦点距離が変化するのだ。レンズによってその程度は異なるが、至近距離では焦点距離がけっこう短くなっているケースが多い。このように撮影倍率を計算する際には、その短くなった焦点距離をもってこなくてはならないのだ。

実際の写真レンズでは? 例2:マイクロニッコール55mm F3.5

ではフォーカシングによって焦点距離が変化しない全群繰り出し方式のレンズではどうか? その例として少々古いがマイクロニッコールオート55mm F3.5(写真2)をみてみよう。このレンズは今でいうハーフマクロ、最大撮影倍率は0.5倍になっている。前述のキヤノンRF135mm F1.8と同様に0.5倍のときの撮影距離を計算してみると結果は247.5mm。一方で公表された最短撮影距離は24.1cm、つまり241mmとなっている。差は小さくなったが、まだぴったり来ない。残った6.5mmの差は何処から来たのか?

写真2:マイクロニッコールオート 55mm F3.5 Mリング付き(共立出版「ニコンFニコマートマニュアル」より)

種を明かすと、その差は主点間隔である。図1aなどでは撮影レンズを1枚の凸レンズで表現しているので前側焦点距離fも後側焦点距離f’も同じレンズの中心から測っているのだが、本当は前側焦点距離fはレンズの前側主点Hから前側焦点Fまでの距離であり、後側焦点距離f’は後側主点H’から後側焦点F’までの距離である。複数枚のレンズを組み合わせた写真レンズではこの2つの主点の位置が違うので、その違いの分だけ撮影距離の計算を修正しなくてはならない。

実際、このマイクロニッコールオート55mm F3.5の後側主点H’は、前側主点Hよりも6.4mmだけ前に出ている(図2)。従って撮影距離の計算の際にはこの6.4mmを差し引かなくてはならないのだ。それでも0.1mmだけ差が残るが、これはどこかで数字を丸めたときに生じたものだろう。

図2:マイクロニッコールオート55mm F3.5の主点や焦点の位置(共立出版「ニコンFニコマートマニュアル」より)

実をいうと全群繰り出し方式のレンズの例として、こんな古いレンズを持ち出したのは、主点や焦点の位置が公表されているからである。多くの場合、これらのデータはメーカーから公表されていない。だからここに示した数式を用いて撮影倍率と撮影距離の関係を計算しようとしても容易にはできない。ただ、一眼レフ用のレトロフォーカスのレンズなどを除けば2つの主点の間隔はせいぜい数mm程度なので、目安としては有効であると言えよう。

この関係を知っておけば、被写体の大きさと撮影距離に制限があるときに、何ミリのレンズを使えばよいか? というような場面で応用できる。

※編集部より:「受光素子と撮像素子(後編)」は、次回掲載します。

豊田堅二

(とよだけんじ)元カメラメーカー勤務。現在はカメラ雑誌などにカメラのメカニズムに関する記事を書いている。著書に「とよけん先生のカメラメカニズム講座」(日本カメラ社)、「カメラの雑学図鑑」(日本実業出版社)など。