赤城耕一の「アカギカメラ」

第63回:いまだ唯一無二。ズームマイクロニッコール70-180mmの矜持

あまり嬉しくなくなった誕生日を先月迎えまして、自分には多くの時間が残されていないなと自覚し、来し方行く末を考えつつ、今後積極的に使うことはないと想定されるカメラ、レンズの断捨離をはじめましたが、遅々として進みません。これまではあまり活躍しなかった機材だけど、今後、独自の個性を発揮した名作を生むかもしれないのではないかと期待してしまうからです。

これは非才な写真家に共通する特徴で、すぐに機材に頼ろうとするわけです。もっとも筆者はそれだけを頼りにこれまで生きてきたようなところがあります。

多少の言い訳をすれば、優れた機材は撮影者のメンタルを刺激し、創作活動を活性化させます。これは間違いないのですが、残念ながら筆者にはこの効果が長続きしないということがあります。ええ、言い換えれば飽きっぽいわけです。

で、毎度、機材を処分するか否かでロッカーから入れたり出したりを繰り返すことになるのですが、この中に手放すか否かを悩む筆頭格のレンズがあります。

これがAI AF Zoom Micro Nikkor ED 70-180mm F4.5-F5.6Dであります。そう、世界初のAFズームマクロ(マイクロ)レンズでありますね。

ズームレンズ黎明期は、収差のデパートみたいな製品も散見されました。焦点距離を変えることができる便利さと引き換えに、描写性能は単焦点レンズに劣ると、ずっと言われてきました。筆者もそう諭されて何十年も育ってきたわけですが、昨今のズームレンズの中には、単焦点レンズよりも高性能なんじゃないかという製品もあったりして驚かされます。

それでも筆者はもう年寄りですから、本レンズのように「マクロレンズだけどズーム」というのは、心の底からは納得できないわけです。ほら、信じてないじゃないか! と言われればそれでおしまいでありますが、年寄りは頑固な部分もあります。

大好きな鉄塔 武蔵野線(の近くですね)。碍子の再現性なんか泣きそうですね。カメラはニコンDfなんですが、すごく高画素のカメラで撮ったとウソついても大丈夫そうかも。
ニコンDf AI AF Zoom Micro Nikkor ED 70-180mm F4.5-F5.6D(F10・1/1,000秒)ISO 400 150mm
被写体自体のエッジが立っていないと、高性能レンズでもユルく見えるんじゃねえかということで撮影してみましたが、十分にシャープネスを感じますね。
ニコンDf AI AF Zoom Micro Nikkor ED 70-180mm F4.5-F5.6D(F8・1/1,600秒)ISO 200 180mm

解像力やコントラストはともかくとして、ズームレンズは歪曲収差が大きいのではという先入観があります。それに昔のズームレンズは、単焦点レンズに比べて最短撮影距離が遠いという印象がありました。のちにマクロ領域への切り替え式のレンズとか“寄れる”ズームレンズも出てきましたが、多くのズームレンズはマクロ領域の性能保証って、あまりしていなかったように思います。「寄ることはできますけど、無理しないでね。とくに周辺の画質とか見ちゃイヤ」みたいなニュアンスがあったのです。

直線は直線に写らねば、というのはマクロレンズに課せられた命題みたいなものですから、これは設計が大変だったのではないでしょうか?

歪曲収差はどうよ? ってことで確認してみると、テレ端ではごくわずかな糸巻き型でしょうかねえ。気になる人は後で簡単に補正できますね。
ニコンDf AI AF Zoom Micro Nikkor ED 70-180mm F4.5-F5.6D(F8・1/2,500秒)ISO 400 180mm

先に報告しておけば、本レンズの歪曲収差の補正は見事です。先達の写真家たちは、マイクロニッコールレンズの愛用者が少なからずいらして、これはマクロ撮影分野だけではなく、一般のスナップやポートレートなどにも使用しており、優れた作品を発表していることもあります。

交換レンズにおける描写性能の基準は会社によっても違いはあると思います。特に品質に厳しく、厳格なニコンのことですから、間違いなく、「ニッコール」と胸を張って呼べるもの、その中でも「マイクロ」と呼べるものなど、細かく規定がありそうです。

基本的にこうした“唯一無二のレンズ”というのは、用意しておくと本誌連載のネタに困らない……という不純な理由じゃなくて、手放すと二度と手に入らないことも多いのです。このため使用頻度があまり高くなくても、このレンズは引き続き手元に置いておくことにいたしました。でも、昨今使用していなかったので、さて、どんなもんじゃろうのうということで、思い出すつもりで久しぶりに持ち出して撮影してみることにしました。

AIタイプですので鏡胴のマウント付近に絞り環があります

AI AF Zoom Micro Nikkor ED 70-180mm F4.5-F5.6Dは1997年登場です。ニコンF5登場の翌年ですね。AIですから、鏡胴に絞り環があります。もうこれだけで筆者なぞ安心してしまうタイプであります。

ニコンのアナウンスをみると、EDレンズを採用することで色収差を抑えたとあります。最短撮影距離はズーム全域で約0.37m、この時のワーキングディスタンスは約12cmとなっています。最大撮影倍率は70mm時に1/3.2倍、180mm時に約1/1.32倍です。おお、本格派のマクロ領域ですね。

撮影距離目盛とともにワーキングディスタンスも表示されるので、マクロ撮影時にライティングを考える場合は有用です

レンズ構成は14群18枚で、かなりの枚数です。でもニコン・スーパーインテグレーテッド・コーティングが施されているのでヌケが良いとされています。このことに関しては少し気になるところもあるのですが、これは後述します。

ズームリングは回転式なのでフォーカリングと独立しております。直進式と異なり経年変化でスカスカになるということもないでしょう。フォーカスのA-M切り替えもリング式ですが、これは経験上、素材の経年変化なのかもしれませんが、割れるなどの危険があるため、優しく取り扱う必要があります。フォーカス制限切り替えスイッチもあります。

フォーカス制限切り替えスイッチ。フォーカス駆動範囲を切り分けることでAF時間を短縮します

このレンズ、購入したのはいつ頃だったかすっかり忘れたのですが、発売からそう間をおいてはいないかと思われます。

本レンズはフィールドワークに適しているとされています。花とか、昆虫(筆者は少々弱含みです)に向くとされていますが、筆者はこうしたものは作例以外には撮らないので、なぜ購入したのでしょう。ご想像通りロクな理由じゃありません。やはり「マイクロ」で「ズーム」とは、おお、やるじゃねえかという、「ニッコールの粋」を試すために導入したんだと思います。

本誌の記事のために機材のブツ写真とかを撮ることも多いわけで、カメラを三脚につけっぱなしにした状態でも、カメラを動かさずに全体も部分アップも撮れるんじゃねえかという理由から選択したのだと思います。単なる怠惰です。ちゃんと三脚座があるのもメリットですね。

特徴的なのは、このレンズは至近距離でも極端に大きな露出倍数を考慮しなくて済むことです。全体繰り出しで至近距離にゆくに従い全長が伸びるマクロレンズとは違うわけですね。外部ストロボを使用するような場合でも、露出倍数で損をしたという印象はありません。

本レンズは花のために生まれたことがアナウンスされているので、いちおう正統派の使い方をしてみました。ものすごくシャープですね。コントラストが高いのも特筆すべき点です。
ニコンDf AI AF Zoom Micro Nikkor ED 70-180mm F4.5-F5.6D(F7.1・1/1,250秒)ISO 400 180mm

久しぶりに使用したこのレンズですが、細身ですし、カメラバッグへの収納や携行には優れますが、使い始めてみるとあれ? こんなに重かったっけか、とか、こんなにAFが遅かったっけか、という印象です。最新カメラに慣れてしまうと怖いですね。筆者が年寄りということもあるかもしれませんが。

鏡胴の縮緬塗装とか、作り込みは悪くありません。アタッチメントサイズは62mm。カメラボディはニコンDfを組み合わせましたけど、なんだかバランスは今ひとつです。

AFはカメラボディ側のモーターで駆動します。当然のことながらAFの動作音がしますね。どうしてもAFによるフォーカシングが必要な人は、カメラボディの選択に注意が必要です。ならミラーレスのZシリーズはどうかといえば、純正のFTZやFTZ IIではAFが沈黙したままです。これはとても残念です。

けれど、本レンズで信頼できるのは、合焦点がズーミングによって動かないことです。“ズーム”なんだからそれは当たり前だろと言われたら話はそれで終了ですが、昨今のズームレンズはMFで使用すると、このあたりが怪しいものも散見されます。AFで使用するのが前提なのだから実用上問題はないけど、本レンズの場合はズーミングによる合焦点移動にはとくに気を使われているように感じます。

また、最近の筆者は手ブレ補正機能命なんですが、残念ながら本レンズにはニコン独自の手ブレ補正機構である「VR」の内蔵はありません。これ、ちょっと惜しいですね。

さすがにマイクロニッコールを冠するレンズは伊達ではありません。ワイド端70mmとテレ端180mmでは性能変化を感じさせない印象です。絞りによる性能変化もうるさく見ないとわからないくらいわずかですね。開示されているMTFをみてもこれは証明されています。

マクロレンズの正統的な使い方で、ググッと寄って撮影。見事なシャープネスです。ワイド端ですが寄っていますからボケは大きくなりますが、これも自然でクセがありません。
ニコンDf AI AF Zoom Micro Nikkor ED 70-180mm F4.5-F5.6D(F5.6・1/3,200秒)ISO 400 70mm
無限遠の描写もなんのその。その昔、ツァイスのマクロプラナー120mm F5.6は風景は撮れなくはないけど、無限遠の設定の時は必ず絞り込めと言われていたことを思い出しました。本レンズは撮影距離とか絞りとか性能に関係ない印象です。
ニコンDf AI AF Zoom Micro Nikkor ED 70-180mm F4.5-F5.6D(F10・1/1,250秒)ISO 400 180mm

ただ、これを書いていて思い出したのですが、本レンズを使用して、スタジオで白バックでポートレート撮影をしたことがあります、この時には若干ハレっぽい出来上がりになった記憶があります。実用上はほとんど問題ないですし、花とか昆虫とか撮るレンズをそんな使い方するなと怒られそうですが、構成枚数の多さなのか、鏡筒やミラーボックス内の内面反射なのかは分かりません。同様の使い方をする人は少ないかと思いますが、少し気をつけた方がいいかと思います。

大口径じゃないですが、そこは望遠マクロですから、ボケはそれなりに生かすことができます。しかもボケにクセを感じさせないのは、たいへん優れている点だと思いますよ。

逆光でもレンズに余分な光が入らなければ良好な結果になります。これも見た目が自然なことに感激します。ストレートな再現性といいますか。
ニコンDf AI AF Zoom Micro Nikkor ED 70-180mm F4.5-F5.6D(F6.3・1/1,250秒)ISO 400 135mm
ディテール描写も素敵です。緻密な再現性が欲しい時に安心して使えるレンズで感心します。ボケ味は悪くありませんね。歪曲収差もバッチリです。
ニコンDf AI AF Zoom Micro Nikkor ED 70-180mm F4.5-F5.6D(F6.3・1/1,000秒)ISO 200 85mm
では前ボケはどうよ、ということで確認してみましたが、これも悪くはありません。もちろん大口径レンズのそれとは異なりますが、見た目の感覚に近いわけです。
ニコンDf AI AF Zoom Micro Nikkor ED 70-180mm F4.5-F5.6D(F7.1・1/1,000秒)ISO 400 180mm

すでにディスコンになってしまった本レンズですが、後継の「ズームマイクロニッコール」が登場してこないのはなぜでしょうか。ミラーレスになったらもっと設計しやすくなりそうなものですけど。それにライブビューやEVFなら、F値が大きくてもファインダーの明るさに影響しませんから、何の問題もないのに。

そういえば以前量販店で聞いた話ですが、このレンズはニコンとしても気合いが入っていたし、注目をされていたけれど、想定よりも数は出なかったとか。筆者の個人的な想像ではやはり、開放F値が少々大きいことがその理由なのでしょうか。

明るさは欲張らなくてもいいので、Zマウントの利点を生かして、新しいタイプの小型軽量なズームマイクロニッコールレンズが登場したら嬉しいように思うのですが、いかがなものでしょうか。

最近、こちらもトシ食ってきたせいか、広角レンズで街に切り込んでゆくというよりも、中望遠レンズで見つめるくらいが心地よくなってまいりました。マクロレンズだけど、問題なくフツーの望遠レンズとして使えます。
ニコンDf AI AF Zoom Micro Nikkor ED 70-180mm F4.5-F5.6D(F8・1/2,500秒)ISO 400 180mm
痕跡。こういう被写体は徹底したシャープネスを求めたくなりますが、間違いのない描写をしますねえ。フィルム時代のレンズとは思えないですね。
ニコンDf AI AF Zoom Micro Nikkor ED 70-180mm F4.5-F5.6D(F11・1/500秒)ISO 400 100mm
赤城耕一

写真家。東京生まれ。エディトリアル、広告撮影では人物撮影がメイン。プライベートでは東京の路地裏を探検撮影中。カメラ雑誌各誌にて、最新デジタルカメラから戦前のライカまでを論評。ハウツー記事も執筆。著書に「定番カメラの名品レンズ」(小学館)、「レンズ至上主義!」(平凡社)など。最新刊は「フィルムカメラ放蕩記」(ホビージャパン)