赤城耕一の「アカギカメラ」
第63回:いまだ唯一無二。ズームマイクロニッコール70-180mmの矜持
2023年2月5日 09:00
あまり嬉しくなくなった誕生日を先月迎えまして、自分には多くの時間が残されていないなと自覚し、来し方行く末を考えつつ、今後積極的に使うことはないと想定されるカメラ、レンズの断捨離をはじめましたが、遅々として進みません。これまではあまり活躍しなかった機材だけど、今後、独自の個性を発揮した名作を生むかもしれないのではないかと期待してしまうからです。
これは非才な写真家に共通する特徴で、すぐに機材に頼ろうとするわけです。もっとも筆者はそれだけを頼りにこれまで生きてきたようなところがあります。
多少の言い訳をすれば、優れた機材は撮影者のメンタルを刺激し、創作活動を活性化させます。これは間違いないのですが、残念ながら筆者にはこの効果が長続きしないということがあります。ええ、言い換えれば飽きっぽいわけです。
で、毎度、機材を処分するか否かでロッカーから入れたり出したりを繰り返すことになるのですが、この中に手放すか否かを悩む筆頭格のレンズがあります。
これがAI AF Zoom Micro Nikkor ED 70-180mm F4.5-F5.6Dであります。そう、世界初のAFズームマクロ(マイクロ)レンズでありますね。
ズームレンズ黎明期は、収差のデパートみたいな製品も散見されました。焦点距離を変えることができる便利さと引き換えに、描写性能は単焦点レンズに劣ると、ずっと言われてきました。筆者もそう諭されて何十年も育ってきたわけですが、昨今のズームレンズの中には、単焦点レンズよりも高性能なんじゃないかという製品もあったりして驚かされます。
それでも筆者はもう年寄りですから、本レンズのように「マクロレンズだけどズーム」というのは、心の底からは納得できないわけです。ほら、信じてないじゃないか! と言われればそれでおしまいでありますが、年寄りは頑固な部分もあります。
解像力やコントラストはともかくとして、ズームレンズは歪曲収差が大きいのではという先入観があります。それに昔のズームレンズは、単焦点レンズに比べて最短撮影距離が遠いという印象がありました。のちにマクロ領域への切り替え式のレンズとか“寄れる”ズームレンズも出てきましたが、多くのズームレンズはマクロ領域の性能保証って、あまりしていなかったように思います。「寄ることはできますけど、無理しないでね。とくに周辺の画質とか見ちゃイヤ」みたいなニュアンスがあったのです。
直線は直線に写らねば、というのはマクロレンズに課せられた命題みたいなものですから、これは設計が大変だったのではないでしょうか?
先に報告しておけば、本レンズの歪曲収差の補正は見事です。先達の写真家たちは、マイクロニッコールレンズの愛用者が少なからずいらして、これはマクロ撮影分野だけではなく、一般のスナップやポートレートなどにも使用しており、優れた作品を発表していることもあります。
交換レンズにおける描写性能の基準は会社によっても違いはあると思います。特に品質に厳しく、厳格なニコンのことですから、間違いなく、「ニッコール」と胸を張って呼べるもの、その中でも「マイクロ」と呼べるものなど、細かく規定がありそうです。
基本的にこうした“唯一無二のレンズ”というのは、用意しておくと本誌連載のネタに困らない……という不純な理由じゃなくて、手放すと二度と手に入らないことも多いのです。このため使用頻度があまり高くなくても、このレンズは引き続き手元に置いておくことにいたしました。でも、昨今使用していなかったので、さて、どんなもんじゃろうのうということで、思い出すつもりで久しぶりに持ち出して撮影してみることにしました。
AI AF Zoom Micro Nikkor ED 70-180mm F4.5-F5.6Dは1997年登場です。ニコンF5登場の翌年ですね。AIですから、鏡胴に絞り環があります。もうこれだけで筆者なぞ安心してしまうタイプであります。
ニコンのアナウンスをみると、EDレンズを採用することで色収差を抑えたとあります。最短撮影距離はズーム全域で約0.37m、この時のワーキングディスタンスは約12cmとなっています。最大撮影倍率は70mm時に1/3.2倍、180mm時に約1/1.32倍です。おお、本格派のマクロ領域ですね。
レンズ構成は14群18枚で、かなりの枚数です。でもニコン・スーパーインテグレーテッド・コーティングが施されているのでヌケが良いとされています。このことに関しては少し気になるところもあるのですが、これは後述します。
ズームリングは回転式なのでフォーカリングと独立しております。直進式と異なり経年変化でスカスカになるということもないでしょう。フォーカスのA-M切り替えもリング式ですが、これは経験上、素材の経年変化なのかもしれませんが、割れるなどの危険があるため、優しく取り扱う必要があります。フォーカス制限切り替えスイッチもあります。
このレンズ、購入したのはいつ頃だったかすっかり忘れたのですが、発売からそう間をおいてはいないかと思われます。
本レンズはフィールドワークに適しているとされています。花とか、昆虫(筆者は少々弱含みです)に向くとされていますが、筆者はこうしたものは作例以外には撮らないので、なぜ購入したのでしょう。ご想像通りロクな理由じゃありません。やはり「マイクロ」で「ズーム」とは、おお、やるじゃねえかという、「ニッコールの粋」を試すために導入したんだと思います。
本誌の記事のために機材のブツ写真とかを撮ることも多いわけで、カメラを三脚につけっぱなしにした状態でも、カメラを動かさずに全体も部分アップも撮れるんじゃねえかという理由から選択したのだと思います。単なる怠惰です。ちゃんと三脚座があるのもメリットですね。
特徴的なのは、このレンズは至近距離でも極端に大きな露出倍数を考慮しなくて済むことです。全体繰り出しで至近距離にゆくに従い全長が伸びるマクロレンズとは違うわけですね。外部ストロボを使用するような場合でも、露出倍数で損をしたという印象はありません。
久しぶりに使用したこのレンズですが、細身ですし、カメラバッグへの収納や携行には優れますが、使い始めてみるとあれ? こんなに重かったっけか、とか、こんなにAFが遅かったっけか、という印象です。最新カメラに慣れてしまうと怖いですね。筆者が年寄りということもあるかもしれませんが。
鏡胴の縮緬塗装とか、作り込みは悪くありません。アタッチメントサイズは62mm。カメラボディはニコンDfを組み合わせましたけど、なんだかバランスは今ひとつです。
AFはカメラボディ側のモーターで駆動します。当然のことながらAFの動作音がしますね。どうしてもAFによるフォーカシングが必要な人は、カメラボディの選択に注意が必要です。ならミラーレスのZシリーズはどうかといえば、純正のFTZやFTZ IIではAFが沈黙したままです。これはとても残念です。
けれど、本レンズで信頼できるのは、合焦点がズーミングによって動かないことです。“ズーム”なんだからそれは当たり前だろと言われたら話はそれで終了ですが、昨今のズームレンズはMFで使用すると、このあたりが怪しいものも散見されます。AFで使用するのが前提なのだから実用上問題はないけど、本レンズの場合はズーミングによる合焦点移動にはとくに気を使われているように感じます。
また、最近の筆者は手ブレ補正機能命なんですが、残念ながら本レンズにはニコン独自の手ブレ補正機構である「VR」の内蔵はありません。これ、ちょっと惜しいですね。
さすがにマイクロニッコールを冠するレンズは伊達ではありません。ワイド端70mmとテレ端180mmでは性能変化を感じさせない印象です。絞りによる性能変化もうるさく見ないとわからないくらいわずかですね。開示されているMTFをみてもこれは証明されています。
ただ、これを書いていて思い出したのですが、本レンズを使用して、スタジオで白バックでポートレート撮影をしたことがあります、この時には若干ハレっぽい出来上がりになった記憶があります。実用上はほとんど問題ないですし、花とか昆虫とか撮るレンズをそんな使い方するなと怒られそうですが、構成枚数の多さなのか、鏡筒やミラーボックス内の内面反射なのかは分かりません。同様の使い方をする人は少ないかと思いますが、少し気をつけた方がいいかと思います。
大口径じゃないですが、そこは望遠マクロですから、ボケはそれなりに生かすことができます。しかもボケにクセを感じさせないのは、たいへん優れている点だと思いますよ。
すでにディスコンになってしまった本レンズですが、後継の「ズームマイクロニッコール」が登場してこないのはなぜでしょうか。ミラーレスになったらもっと設計しやすくなりそうなものですけど。それにライブビューやEVFなら、F値が大きくてもファインダーの明るさに影響しませんから、何の問題もないのに。
そういえば以前量販店で聞いた話ですが、このレンズはニコンとしても気合いが入っていたし、注目をされていたけれど、想定よりも数は出なかったとか。筆者の個人的な想像ではやはり、開放F値が少々大きいことがその理由なのでしょうか。
明るさは欲張らなくてもいいので、Zマウントの利点を生かして、新しいタイプの小型軽量なズームマイクロニッコールレンズが登場したら嬉しいように思うのですが、いかがなものでしょうか。