赤城耕一の「アカギカメラ」

第74回:“よく写る”レンズで写真が上手くなる? 総勢50名のエルマー35展で感じたこと

お仕事でレンズのレビューを行うことが多い筆者ですが、自分で情けないと思うのは、稚拙な言葉でしか描写を語れないことです。

浅学非才ゆえに語彙が少ないのは仕方ありませんが、読者の受け止められ方に偏りを生まないか、毎回心配したりします。レビューは機械計測した数値を報告するわけではないのですから、評価する人の主観による“印象評価”になるわけですが、自分が法律だと自信を持って言えるわけもなく、言葉を選ぶ必要はありますが、現代レンズは一言でいえば全てよく写ります。

昨今はビギナーさんでさえ、カメラを購入したら、最新のキットレンズを使うだけではなく、どなたに知恵を吹き込まれたのかわかりませんが、怪しいオールドレンズに手を染めてしまう機会も多いようです。つまり“よく写らない”レンズを探す旅が始まります。こうなると描写の基準となる評価も曖昧なものになり、こちらもますます仕事がやりづらくなっております。

でもね、いつもこれは声高に叫んでおりますが、高価な大口径レンズや超高性能レンズ、希少なレンズ、ブランドレンズ、クセのあるオールドレンズで撮影しても、必ずしも優れた作品になるとは限らないということです。

もちろんレンズの描写性に何を求めるのか、どういう写りが好みかが自身でお分かりになるならば、個性ある描写を積極的に取り入れて、作品を作るのは良いことだと思いますが、ビギナーのみなさんがどのあたりにレンズ描写の快楽を求めているのかは、年寄りが聞いてもわからないことがあります。

まず最初は、現行レンズでもオールドレンズでもいいのでクセのない“よく写る”レンズを使い、収差エフェクトに頼ることなく、素直なアプローチで被写体に立ち向かい、写真制作を行うのが筋なのではないかと思うことがありますが、どうなのでしょうか。こうした考えも年寄り臭いでしょうか。

エルマー3.5cm F3.5。小型のレンズで、マウントはライカスクリュー。デザインも美しく単体で見ても魅力的。そういえば写真家の北井一夫さんがライカM5にエルマー3.5cm F3.5をつけてお使いになっているところを見たことがあるのです。大きめのM5とアンバランスなヘソみたいに見えるエルマーがとても良い感じでした。ただ、レンズ、カメラの時代非整合違反でライカ警察に通報されてしまうかもしれません

今回はなぜ冒頭にレンズ評価の話をしたかといえば、筆者は、いま東京は祐天寺にある写真・暗室バーの「Paper Pool」において、写真家の加納満さんが主催する「エルマー35展」という、参加人数50名という写真グループ展に参加しているからです。

写真展のコンセプトは、ライツ時代の古くからある広角レンズ「エルマー3.5cm(35mm) F3.5」で撮影した写真作品のみを展示するというもの。使用カメラはデジタルもフィルムもあります。カメラもライカとは限りません。カラーもモノクロもあります。特定のレンズを使用して撮影するという、いわゆる“機材縛り”がレギュレーションになっています。

主催者の加納さんは、コロナ禍の鬱々とした日々を送る中で、写真展を通じて何か楽しいことができないかと画策していました。まずは共通の機材を使用するという部分で注目してもらい、あとは写真制作に集中してもらおうじゃないかということで、あえて特別なレンズではない、エルマー3.5cm F3.5を使うという縛りを設け、グループ写真展を企画したわけです。それが今年で3回目を迎える人気企画に成長しました。

今でこそ、エルマー3.5cm F3.5はそれなりに存在感を示していますが、数年前はさほど注目もされておらず平凡な存在でした。製造本数が多いため、ありがたく思われていないこともあるようです。中古のライカ広角レンズとしては入手しやすい代表格で、スペック的に突出した部分がないこともあり、平たく言えばこれも“よく写る”のです。ただ、最近では希少な鏡筒の仕上げのものなどは驚くほど高価になっています。

ライカIIIfに装着。この組み合わせは好きですね。Mシリーズライカにつけた時のようなムリヤリ感がありません。でもIIIfは1950年に発売だから、本来はIIIcあたりに装着するのが筋なのかもしれませんね

この“よく写る”というのは、描写に強い個性があるわけではないという意味です。加納さんの思惑としては、レンズのクセ、描写エフェクトが使えないという平等性があり、かつ入手しやすい広角レンズであるという点も、エルマー3.5cm F3.5を選んだ理由だったようです。

先に述べたように写りの評価は、機械計測などを行わない限り主観によるものですが、参加者はエルマー3.5cm F3.5をどう扱い、表現に結びつけるかを考えることに集中することとなりました。

エルマー3.5cm F3.5はいわゆる極端な“クセ玉”ではありません。もちろん設計は古いので、出来上がった写真からはオールドレンズらしい残存収差が影響したレトロ描写も認められるのですが、それを積極的に語ることが「エルマー35展」の主たる目的ではないようです。シャープネスがどうとかボケ味がどうとか周辺画質がどうのという論議を行う写真展とは趣旨が異なるわけです。

驚いたことに参加されているみなさんはプロからアマチュアまでベテランもビギナーも職業も多様ですが、ココロザシはとても高く、「同じレンズで撮影した」という意識の共有によって強く繋がれているためか、中身を語れる作品ばかりが集まりました。撮影した被写体のデータを見たらたまたまエルマー3.5cm F3.5を使っていた、くらいのスタンスなのであります。これは加納さんの作戦が功を奏したということなのでしょう。

鈍い光の当たったステンレスが魅力で、どのように写るか試してみたのですが、光の拾い方がとてもいいと思います。ハイライトの再現に個性がありますね
ライカM10-P/Elmar 3.5cm F3.5/絞り優先AE(F6.3・1/1,000秒)/ISO 400
画面内に空や明るい場所の面積が多くなると周辺光量が少々足りないように感じることもあるのですが、逆に四隅からイメージが逃げてしまわないように抑え込んでいるような感じになります
ライカM10-P/Elmar 3.5cm F3.5/マニュアル露出(F9・1/1,500秒)/ISO 400
中心部はよく解像しており、周辺にいくにつれ微妙に落ちてゆきます。光は少々鈍かったのですが、コントラストにも影響はないようです
ライカM10-P/Elmar 3.5cm F3.5/絞り優先AE(F6.3・1/750秒)/ISO 400

エルマー3.5cm F3.5は1930年登場の歴史あるレンズであります。製造は戦争を挟んで1949年まで続けられていたそうなので、さまざまなバリエーションがあります。鏡筒の材質、仕上げとか、硝材、デザイン、刻印、距離計連動カムの有無とかコーティングの有無など、撮影結果に直接関わるスペックが異なるものもありますが、これもまたどれが良い悪いではないわけです。

レンズ構成は3群4枚の通称「テッサータイプ」になるのですが、もちろんレンズ枚数が少ないから性能が悪いというわけではありません。ほら、かつてのツァイスなんかテッサーを「鷹の目」とか評していたではないですか。長い間製造されたレンズですから、細かい改良点はあったと思いますが、描写の傾向は似た方向性になると思います。

筆者はこの連載でも何度か告白していますが、世界の35mmレンズを全て使いたいという、くだらない夢を持っておりました。35mmと書いてあれば、とにかくぜーんぶ欲しいわけです。性能が悪いとか、古いとかF値とか最新型とかも関係なく。妻にこの箇所を読まれるとマズいんですが、今回は勇気を持って告白してしまいました。

でもおまえ、結局は同じ焦点距離のレンズでも描写の違いにこだわっているじゃないかよ? と言われてしまいそうですが、細かい描写の蘊蓄よりも、単に、いつもの味わいとは異なる食事をしたいという程度のものです。毎日牛丼食べるのも辛いじゃないですか。

今日は都市風景を撮るから、チリチリしたエッジ描写をする最高性能の35mmを使いたいとか、明日は年配の女性を撮影せねばならないから少し軟らかな描写をする古めの35mmを、などと選びたいわけです。ええ、これも妄想にしかすぎないのですけれど。

当然、世界の35mmレンズを知るためにはエルマー3.5cm F3.5も所有せねばならない1本でした。ところが、これまでは他の35mmレンズとの戯れに忙しくて、なかなか機会が巡ってこなかったのです。どこかスペック的に敬遠していたこともあったのかもしれません。最近になり、とある同好の趣味人からお貸出しいただき、エルマー35展への参加も可能になったということです。使用した個体は製造番号から判断するに戦後に作られたもので、コーティングもあります。

で、お前のエルマー3.5cm F3.5の評価はどうか? ですよね。はい、まだまだ使用経験が浅い筆者の判断ですが、「よく写る。しかも気配が写る」というのが現時点でのの結論です。

広告主募集中の看板。昨今、都市部でも目立つようになりました。コロナ禍で出歩く人が一時的に減ったため、看板広告は効果が薄いという判断があるのでしょうか。おかげで不思議な光景になりました
ライカM10-P/Elmar 3.5cm F3.5/絞り優先AE(F9・1/1,000秒)/ISO 400
農家。四季折々にレンズを向けちゃうのですが、常に異なる雰囲気に撮れるのが謎です。中心はかなり鮮鋭で驚きますね
ライカM10-P/Elmar 3.5cm F3.5/マニュアル露出(F6.3・1/1,000秒)/ISO 400
難しい光線状態をうまく収めてもらった感があります。ヌケも悪くありませんが、調子が少々重たく感じるのがこのレンズの特性でもあります
ライカM10-P/Elmar 3.5cm F3.5/絞り優先AE(F9・1/1,000秒)/ISO 400

古い設計なのに中心部の解像力は高く感じます。周囲からの余計な光をうまくカットすると、ヌケもそれなりによくなりますが、現代レンズにはまったく及びません。これは経年変化によるクモリのためなのか、もともとの光学上の特性なのかよくわかりません。

周辺光量は落ちますが、どーんという感じではありません。解像力も四隅は落ちるものの、多少乱れたところで、文献複写をするわけでもなし。写真の内容とは関係ないから、これも大したことではありません。絞れば、周辺光量低下もさほど気にならなくなります。同時に画面の均質性が上がります。

ただ絞っても、独自の気配を感じることができるのは、中央部分と周辺の画質差があるからなのでは。木村伊兵衛流に言いますと「デッコマヒッコマ」があるということでしょう。知らない人はググってください。ああ、語彙が少ない自分を呪いたい(笑)。

レンズ描写を語るには開放絞りの写真で判断せねばダメという人も多いのですが、筆者はレビュー仕事でなければ、撮影目的や必要に応じてきちんと絞って撮影します。プライベートな写真制作ではレンズの味わいとやらを語ることはほとんどないからですが、エルマー3.5cm F3.5で撮影した画像はなんとなく区別できてしまいます。よく写るレンズという括りの中でも、それなりの個性があるということですね。

オールドなライカ35mmレンズの代表格である、ズミクロン35mm F2の1stの8枚構成のものと比較してどうよ、と語ることもできなくはありませんが、それに重要な意味を見出すことはできません。比較するなら最新鋭のアポ・ズミクロンM f2/35mm ASPH.あたりと撮り比べて明確にその違いをみた方が良さそうです。そんなバカなと言われるかもしれませんが、レンズのどちらが良い悪いかという言葉が写真制作おいては不毛であり、「よく写る」という描写のニュアンスがすぐに理解できると思います。

筆者がエルマー3.5cm F3.5で気になるのは、描写の問題よりも、絞り値がカメラの上部から確認できないことであります。

うちにあるエルマー3.5cm F3.5はメートル表記なので、とてもありがたいのですが、カメラに装着すると、距離目盛はカメラ上方向から確認できますが、絞りの設定の確認をすることができません。当たり前だろ、この時代のレンズで文句言うなと言われそうですけども。

どうしてこのことが気になるかといえば、筆者は日中晴天下でのスナップ撮影では、35mmクラスのレンズだと目測で距離設定することが多く、二重像の合致を見たり、ファインダーを正確に覗いてフォーカシングしません。だから、距離と絞りが同時にわからないと、目測作戦が立てづらいわけです。

エルマー3.5cm F3.5には専用のフードがあって、これも多種類あるのですが、いずれもなかなかの希少種ゆえに人気があります。「FLQOO」と呼ばれるA36のカブセタイプ。なかなか美しいブラックペイント仕上げです。「FOOKH」はエルマーの後継のズマロン3.5cm F3.5と兼用なのかな。これもシルバー仕上げで可愛いですね。うちにもあったはずですが、現在どこかにお出かけ中で、締切に間に合いませんでした。

専用フード「FLQOO」を装着してみました。象嵌ロゴ綺麗ですね。レンズサイズからすると深くて効果あります。もちろん画面がケラれたりするようなことはありません。あ、実際にお使いになるのならサードパーティ製のもので大丈夫です。ライカの人も怒らないと思います

フード病の人は間違いなくどちらかを押さえたいところですが、少々お高めです。ただの金属の輪っかなのに。これらのフードは見た目もさることながら、マジで余分な光をレンズ前面に入れない効果ありますぜ。他のアクセサリーとしては、絞り設定をサポートする絞りリングもあったはずですが、これも現在どこかにお出かけ中みたいです。

フードも絞りリングもサードパーティ品が用意されています。エルマーは製造本数が多いためでしょうか、こうした純正アクセサリーがあるのはいいですねえ。あ、レンズコレクターではない正統派の写真表現者は、サードパーティ製で十分です。

こうしたアクセサリーを使うことで、使用感は多少は向上はしますが、それでも現代のライカレンズと比較すれば、使いやすいとは言い難い。それも使いこなしの妙ということで許容する必要があります。

斜光線の条件だけど、フードを装着しますと余分な光をカットしてくれます。問題はない。四隅の微妙な光量の落ち方が好みです
ライカM10-P/Elmar 3.5cm F3.5/絞り優先AE(F6.3・1/180秒)/ISO 400
沖縄料理店の店頭。奥にゆくにつれ、微妙に光が少なくなってゆく条件です。とくに手は入れていませんがシャドーの調子もよい感じです。自然な落ち方なのはいいですね
ライカM10-P/Elmar 3.5cm F3.5/絞り優先AE(F4.5・1/45秒)/ISO 400
ライカは街で出会った事象をいち早く取り込むことに長けたツールであることは間違いないでしょう。常焦点距離設定はいつも2〜3mにおいています
ライカM10-P/Elmar 3.5cm F3.5/マニュアル露出(F9・1/1,000秒)/ISO 400

オールドレンズの味わいは、フィルムで撮影し、評価せよというご意見も少なからずいただくのですが、筆者はライカM10-Pを使い、制作に臨みました。デジタルのMシリーズライカは当初から、旧来のライカレンズが装着されることを考えて、イメージセンサーのカバーガラスを薄くするなどして、オールドレンズ使用に対する気配りを見せています。レンズの“素”の描写の見極めは、フィルムによる写真で判断するよりもたやすい場合があるわけです。

ライカM10-Pとエルマー3.5cm F3.5。昨今はこの組み合わせでの使用が多いですね。L-Mアダプターの35mm用を使用しています。ブライトフレームが出現し、パララックスも補正されます

数値性能が高いレンズを使用したからと言って、良い写真が撮れるわけではないことは読者の皆さんも、よくお分かりのことと思います。エルマー3.5cm F3.5という“よく写る”レンズを使い、同じココロザシを持つ仲間と、撮影を楽しめることができたのは本当に幸せなことでした。

拙作は7月19日(水)〜23日(日)の期間に展示しております。なお会場では本展の図録も販売しています。事前に電話にて空席状況を確認した上でお越しいただければ幸甚です。では、どうぞよろしくお願いします。

空飛ぶ木。大きな庭木を剪定しているところに偶然出会いました。逆光条件ですけど、問題ない写りをしました。雲の階調の再現性もいい感じで驚きです
ライカM10-P/Elmar 3.5cm F3.5/絞り優先AE(F9・1/4,000秒)/ISO 400
レンズの欠点を覆い隠すような気持ちでフレーミングしてみたわけですが、こうなるとレンズの特性などわからないですよね
ライカM10-P/Elmar 3.5cm F3.5/絞り優先AE(F9・1/1,500秒)/ISO 400
中心の描写はかなり良いのですが、絞り込んでも四隅の流れはわずかに残るようです。高周波成分の多い被写体だと周辺画質の低下が少々目立つことがあります
ライカM10-P/Elmar 3.5cm F3.5/マニュアル露出(F9・1/1,000秒)/ISO 400

エルマー35展

会期

・前期:2023年7月5日(水)〜16日(日)(終了しました)
・後期:2023年7月19日(水)〜23日(日)

営業時間

7月19日(水)・20日(木)・21日(金):18〜22時
7月22日(土):12〜22時
7月23日(日):12〜17時

会場

Paper Pool
東京都目黒区祐天寺2-16-10 たちばなビル2階
https://paperpool.wixsite.com/paperpool
※来店直前の予約は電話が確実

赤城耕一

写真家。東京生まれ。エディトリアル、広告撮影では人物撮影がメイン。プライベートでは東京の路地裏を探検撮影中。カメラ雑誌各誌にて、最新デジタルカメラから戦前のライカまでを論評。ハウツー記事も執筆。著書に「定番カメラの名品レンズ」(小学館)、「レンズ至上主義!」(平凡社)など。最新刊は「フィルムカメラ放蕩記」(ホビージャパン)