熱田護の「500GP-Plus」

第21回:2004年のミハエル・シューマッハ選手

EOS-1Ds EF600mm F4L USM(F4・1/250秒)ISO 100

連載21回目は2004年のシーズンを開幕戦から5連勝、そのままの勢いでドライバーズチャンピオンを獲得したミハエル・シューマッハと共に振り返ってみたいと思います。

この年は僕にとっても特別な年になりました。本格的にカメラをフィルムからデジタルに移行したのです。当時、F1の現場でも、多くのカメラマンはデジタル化を済ませていました。おそらく一番と言っていいほどに遅咲きのデジタルデビューでした。

なぜ、そんなにデジタル化が遅かったのかという理由は、ただただ画質の問題です。フィルムの最後の方は、ISO 50の富士フイルムのベルビアを使っていて、粒状性、色再現などが、そのクオリティーと同等か、あるいはそれ以上でなければ自分の写真を記録する先としてデジタルにすることに納得ができなかったからです。

そこに、EOS-1Dsというフルサイズで1,110万画素という一眼レフが、2002年末に発売になりました。翌年の2003年は様子見をしていたのですが(デジタルの波に抵抗をしたかったのかもしれません……)、自分なりに使えると判断をして、2004年から使うことにしました。

記憶が曖昧なところもありますが、やっぱり最初は戸惑いました。いま思い返すと、よくそんな状態で撮影したなぁ……。連写速度は3コマ/秒です。そして連続で10枚を撮るとバッファが一杯になってしまい、20~30秒ぐらいシャッターが切れなくなります。

例えば、スタートで少なめにシャッターを切ったとしても、そこでクラッシュがあったら、シャッターにいくら力と気持ちを込めて押し続けても何も記録できないという事態に陥ります。表彰式でも同様ですね。

しかし、写真は17年たったいま見ても、なかなかにキレイです。値段は記憶が正しければ、ちょうど100万円だったと思います。EOS R3が安く感じるぐらいです。もう、ビックリですよね。

EOS-1Ds EF600mm F4L USM(F20・1/125秒)ISO 100

現在、僕がF1の現場で使っているメインカメラはEOS R3です(F1による撮り下ろしはデジタルカメラマガジン12月号で見てくださいね)。そのコマ速度はなんと秒30コマ、2004年のEOS-1Dsが秒3コマですから、この17年間で、10倍も速くなったわけですね。

もちろん、この走行シーンでシャッターの押し方はまったく違います。EOS-1Dsでは「ここぞ!」というところで1枚を切るのみ、連写でアップ目が撮れればラッキーぐらいの感じでした。もちろん、AFの性能も異次元の進化をしていますから、ピントの合った写真の取れ高(撮れ高?)は、比較にならないほどの差があります。

実際の作業も、デジタルになったためにプレスルームで作業する時間が増えて、仕事量はどんどんカメラの進歩とともに多くなっています。そうですね……。フィルムの時代はその土地で美味しいご飯を街中に食べに行ってましたから。今はまったくそんな時間はありません。果たして、どちらが良かったのでしょうか?

EOS-1Ds EF14mm F2.8L USM(F20・1/250秒)ISO 50

この写真はベルギーGPでシューマッハ選手が優勝して、記者会見の後にプレスルームの下で大勢のファンが待っているところに、“テラスのここで万歳するに違いない”と山を張って待ち構えていたことで、撮影ができた写真です。

でも、正直にいうと、この時はストロボで撮る前提でセットしてあったのですが、いいタイミングで発光することなく、少しアンダーな写真として写っていて、後から明るく処理をした写真です。もちろん、劇的なシーンですから、シャッターを押しっぱなしにして、バッファはすぐにいっぱいになってしまっていたことをいまでも良く覚えています。

EOS-1Ds EF600mm F4L USM(F4・1/160秒)ISO 100

この年、フェラーリに乗るシューマッハ選手は、18戦中13勝という圧倒的な強さを見せて7度目のドライバーズチャンピオンを獲得します。まさにF1界のスーパースターといった感じで、どこに行っても大人気でした。しかし、これ以降にチャンピオンに返り咲くことはできませんでした。

EOS-1Ds EF600mm F4L USM(F11・1/500秒)ISO 100

ドイツGPのパルクフェルメで撮影をした1枚。

地元での優勝で、観客席に陣取るお客さんの視線はこの男1人に向けられていました。ほかには誰も勝てるような雰囲気すら感じられないほどに、圧倒的なオーラがシューマッハ選手の周りにはあったように感じます。指先が示すように、まさにNo.1という称号は彼のためにあったような感覚でした。

EOS-1Ds EF600mm F4L USM(F4・1/320秒)ISO 100

2004年の写真データを見返していて思うのは、走行シーンでも暗いガレージの中でもISO感度が100になっていること。
初めてのフルサイズのセンサーは、高感度ではノイズが出てくるという事もあるし、臨機応変にISO感度を変えることはないのではないかという、自分のフイルムで染み付いた感覚のせいだったのかもしれません。

EOS-1Ds EF70-200m F2.8L USM(F3.2・1/200秒)ISO 100

日本GPのパドックで、知り合いと話すシューマッハ選手の手。シューマッハ選手は、トレーニングで鍛え抜かれた体を常に維持していました。でも、それとは対照的にその手はどことなく優しさを感じるほど、繊細さを持ち合わせているようにも感じます。この日本GPも優勝を飾りました。

EOS-1Ds EF600mm F4L USM(F4.5・1/320秒)ISO 100

彼のドライバーズチャンピオン獲得を、日本製のブリヂストンタイヤとBBSホイールが支えていたことは確かです。

EOS-1Ds EF600mm F4L USM(F7.1・1/800秒)ISO 100

アメリカGPの表彰台で、3位入賞した佐藤琢磨選手を祝福するシューマッハ選手。僕にとって忘れられない、1シーンです。

ということで、次回は佐藤琢磨選手について書いてみたいと思います。

熱田護

(あつた まもる)1963年、三重県鈴鹿市生まれ。東京工芸大学短期大学部写真技術科卒業。85年ヴェガ インターナショナルに入社。坪内隆直氏に師事し、2輪世界GPを転戦。92年よりフリーランスとしてF1をはじめとするモータースポーツや市販車の撮影を行う。 広告のほか、雑誌「カーグラフィック」(カーグラフィック社)、「Number」(文藝春秋)、「デジタルカメラマガジン」(インプレス)などに作品を発表している。2019年にF1取材500戦をまとめた写真集『500GP』(インプレス)を発行。日本レース写真家協会(JRPA)会員、日本スポーツ写真協会(JSPA)会員。