特別企画

野口純一×竹田津実 二人の動物写真家が語る

フルサイズミラーレスが捉えた「アフリカ ケニアの野生」

野口純一さん(左)と竹田津実さん(右)。同じ北海道に住む者同士、同じくキタキツネやサバンナの動物を愛する動物写真家として、対談は盛り上がった。

12月4日に公開されたドキュメンタリー動画「α Universe 野生動物写真家 with α」はご覧いただけただろうか。ソニーのフルサイズミラーレス α9と、FE 400mm F2.8 GM OSSという最新の望遠レンズを手にした動物写真家の野口純一さんが、ライオンとチーターに狙いを定めてアフリカロケを敢行。その模様を収録したものだ。最先端のミラーレスカメラと動物撮影の関係性、そして撮影にかける野口さんの思いが伝わる内容となっている。

そのとき撮影された作品のいくつかを観ながら、実際のところをさらに野口さんに聞いてみた。

ただ話をうかがうだけではなく、獣医師・動物写真家として高名な竹田津実さんにも同席してもらい、アフリカのことや、ライオンやチーターといったアフリカの動物ことも一緒にうかがった。世代は違えど2人とも同じ動物写真家同士ということで、終始和やかな雰囲気で進んだ。

野口純一

1968年、埼玉県生まれ。北海道在住。2輪、4輪のエンジニア時代にバイクツーリングで訪れた北海道に惹かれ、2000年に移住。キタキツネの撮影をきっかけに、2002年より写真家として活動を開始。北海道を中心に国内外の野生動物を撮影し、雑誌やカレンダー等の各種媒体に作品を提供。野生動物に関する深い知識と豊富な経験に基づく的確で粘り強い撮影スタイルから生み出される、力強く美しい作品には定評がある。

竹田津実

1937年、大分県生まれ。獣医師、写真家。1963年より北海道小清水町において、活動を始め、現在、上川群東川町在住。映画「キタキツネ物語」企画・動物監督。著書「子きづねヘレンが残したもの」(偕成社)が2006年3月「子ぎつねヘレン」として映画化。「えぞ王国」、「オホーツクの十二か月」(産経児童出版文化賞)、「アフリカ」(旅の文化賞)、「北国からの動物記」シリーズなど多数。2016年にこれまでのキタキツネ作品の集大成ともいえる「恋文 ぼくときつねの物語」(アリス館)が出版。

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撮影:野口純一
α9 / FE 400mm F2.8 GM OSS + 1.4X テレコンバーター / 560mm / 絞り優先AE(1/2,000秒・F4.0・±0.0EV) / ISO 1250

――今回は野口さんの写真を見ながら、アフリカの動物や動物写真のことをお二人で語り合ってもらいたいと思います。まず、動画の中でも特に印象的な作品のひとつがこれでした。どのような思いで撮られたのでしょう

野口:これはマサイマラで撮った写真です。私の経験として、チーターがヌーの成獣を襲っているのは珍しいので、かなり興奮して撮影したのを憶えています。写真としては「チーターのハンティングシーン」ではなく「チーターに襲われているヌー」を主題として撮影しています。5頭のチーターが一斉にのしかかって、引き倒そうとしているところで、懸命に、倒れまいと踏ん張っているヌーの表情に着目しました。

竹田津:ぼくもアフリカは長いのですが、こういった写真は初めて見ました。チーターが成獣のヌーを襲うというのは、以前は聞いたことが無い。少しずつですが、彼らのハンティングの技術が進化しているということなのかもしれないですね。

このチーターは親子でしょう。チーターが家族以外のグループとハンティングをすることはないですし、兄弟だけでは統制が取れるか怪しいので、この中に統率役の母親がいると思います。

野口:母親が子どもたちの前にまだ生きているガゼルを連れてきて、狩りの練習をさせているのは見かけました。

竹田津:しかし良い写真ですねえ。そもそも珍しいシーンであることに加え、ヌーの顔が真正面に来ているのがいいですね。獲物の方も、ある時点から自分の運命を悟って、ある種恍惚とした顔つきになるんですよ。

――目にしっかりピントが来ています。

野口:止まっているように見えますが、実はチーター、ヌーともに激しく動き回っています。そこである程度広いAFエリアにして連写しています。チーターの斑紋ではなく、ヌーの目にピントがあったのはまさに自分の意図通りでした。AF性能と高速連写の賜物です。

――被写体まではどのくらいの距離なのですか?

野口:かなり近いです。1.4倍のテレコンを入れた状態で、560mm相当なので、結構至近距離です。マサイマラって、我々はあまり自由に動けないんですよ。トレイルのある場所を外れることができません。外出できる時間にも制限があって、朝の6時半から夕方の6時半までしか行動できない。それ以外の時間はキャンプにいなくてはいけない規則になっている。そういった場所なので、車から近い場所でこのシーンに遭遇できたのは幸運でした。

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撮影:野口純一
α9 / FE 400mm F2.8 GM OSS + 1.4X テレコンバーター / 560mm / 絞り優先AE(1/1,500秒・F4.0・-1.0EV) / ISO 800

野口:先ほどのチーター群れです。ヌーに襲いかかかる直前の様子ですね。配置がそれぞれの役割を持っている組織的な動きに見えたので、面白いなと思いました。

竹田津:構図がいいですね。やはり(サバンナは)乾季の方が写真が良い気がしますね。雨季だと緑が強すぎる気がする。僕は乾季の方が好きですね。

――こういった静かなシーンでも連写をするものなのですか?

野口:連写といっても2、3コマ撮っておいた中の1枚ですね。現地はハエが飛んでるので、それが写り込んでしまうとよくないなということで、止まっている被写体を撮る時もある程度は連写しています。α9のEVFはブラックアウトフリーなので、一眼レフカメラよりも気負わず連写できます。

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撮影:野口純一
α9 / FE 400mm F2.8 GM OSS + 2.0X テレコンバーター / 800mm / 絞り優先AE(1/1,000秒・F5.6・±0.0EV) / ISO 1600

――これもインパクトのある作品です。

野口:血液の濡れた感じと、それ以外の毛並みの質感の違いを表現できたらいいなと思いました。

竹田津:食事の後、仲間同士で顔を舐め合って、徐々に赤みが引いていくんです。しかもチーターは4日に1度くらいしか食事をしないので、このシーンに出会えるのも非常に稀ですよ。普段とは違う世界、違う顔を見た感じがして、すごく興味深いですね。

――2.0X テレコンバーターを使って撮っていますね。画質やAF速度はどうでした?

野口:400mmが2倍になり800mmという超望遠になっています。FE 400mm F2.8 GM OSSのすごいところは、テレコンバーターを使っても画質やフォーカス速度の低下が少ないこと。

竹田津:今思えば、僕らの時代は機材の発展とともに、写真が良くなってきたという時代だった。これだけ機材が良くなると、写真家の資質がより問われる時代になったと言うことができるかもしれませんね。

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撮影:野口純一
α9 / FE 400mm F2.8 GM OSS / 400mm / 絞り優先AE(1/1,000秒・F2.8・-0.3EV) / ISO 400

野口:太陽が出てすぐの時間帯で撮影した写真です。輪郭の出た写真が撮れる時間は短くて、ここから太陽がちょっとでも上っちゃうと、この色も消えてしまう。

――フレアが出てもおかしくない光線状態ですが、まったく出ていないですね。

野口:そこは私も心配したところなんですが、逆光にも非常に強くて、コントラストもはっきり出てて。良く写ってくれました。太陽が構図のすぐ上にあるのですが、こういったシーンでも安心して使えるレンズです。

竹田津:これもいい写真ですね。光線の状態によって写真の見え方はものすごく変わってくるのですが、行動範囲に制限があって、光に対し、取り手側が柔軟にポジションを変えることはできない。そういった意味では、写し止めるのが非常に難しい作品だと推察します。

――竹田津さんの作品にも、こういうテイストの写真が多いですよね。

竹田津:ああ、それはキツネが朝と夕方に活動する動物だから、という部分が大きいです。

撮影:竹田津実

竹田津:僕自身も朝と夕方は好きで、マサイマラでも規則が厳しくない時分では、結構柔軟に動いてもらったものでした。今はその辺もずいぶん厳しくなってしまいました。

野口:罰則が強化されていますね。レンジャーに違反を3回検挙されたら、そのドライバーは生涯、国立公園・保護区内でその仕事に従事することができなくなります。一生涯ですよ? なので今回の撮影も、非常に制約の多い環境下でのトライになりました。

竹田津:「昔の写真は良い」と言ってくださる方もいるのだけど、昔は自由に動けたからこそ撮れた部分があるんですよ(笑)。今はその環境の制約を、機材の機能や性能がサポートしてくれているのかもしれませんね。もちろんその分、撮影者の腕も問われますが。

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撮影:野口純一
α9 / FE 400mm F2.8 GM OSS / 400mm / 絞り優先AE(1/500秒・F2.8・±0.0EV) / ISO 100

竹田津:やっぱり逆光はいいですねえ。

――こういった親子がふれあうシーンもよく見かけるものなのですか?

竹田津:光線の状態という意味では朝か夕方という時間帯ですが、親子はあまり目立つところには出ないですね。出てもすぐ後ろに藪があったりとか、隠れやすい場所にいる感じです。

野口:ここも草の丈が高い場所だったのですが、なんとか抜けるポジションを見つけて撮ることができました。

――猫の毛づくろいみたいなこともするものなんですね。

竹田津:まあ猫だね(笑)

野口:大きい猫ですよね。ライオンはやっぱりいいですよね。この写真も優しいシーンなんですけど、よく見ると母親にも真新しい傷があったりもして。作品としては「厳しい生活の中の、ホッとするひととき」というイメージで撮っています。優しいだけでも、厳しいだけでもなく、幸せな瞬間がある。

竹田津:いいシーンに出くわすのも、写真家の資質ですよ。

野口:FE 400mm F2.8 GM OSSのいいところは、背景がちゃんとボケるところですね。この写真の背景って、結構ざわざわした場所だったのですが、ボケてくれたおかげであまり気にならなくなっている。これがF5.6だともう少しごちゃごちゃしてしまったのかな、と思います。

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撮影:野口純一
α9 / FE 400mm F2.8 GM OSS / 400mm / 絞り優先AE(1/2,500秒・F2.8・-1.0EV) / ISO 500

――オスライオンの威厳と性格が出ている作品です。ポートレートといっても良いかと思いました。

野口:そうですね。ライオンって、個体によって顔つきが違うんですよ。このライオンはすごくいい顔してるなと思って、張り付いて撮っていました。

竹田津:同じオスライオンの中にも、ハンサムなやつはいるし、そうでないやつもいます。たてがみが黒々していてものすごくいい感じの個体を見つけたら、わくわくしますよ。今日一日、こいつと一緒に居たいと思えるし。

野口:ワイルドライフの写真は、被写体からもらったものを写すしかないので、被写体自体の力に左右されてしまう。そこはすごく気を遣う部分です。

――解像感が高く、ボケも柔らかですね。

野口:FE 400mm F2.8 GM OSSは今までにないレンズ構成なのですが、きれいにボケてくれますし、ピント面もキレが良いです。毛並みも硬いのや細いのまで、その違いもしっかり写し出してくれてるので、非常に良いですね。

竹田津:白い顎の質感もいい感じに出てますね。

――ISO 500で撮っています。感度は高めで撮ってるんですか?

野口:ある程度は上げていますね。α9は高感度ノイズをあまり気にしなくていいカメラなので、ぶらして失敗するよりは、感度を上げてますね。動物って急に動くので、動くならその瞬間を撮りたいし。だからシャッタースピードが上げられるように、感度は余裕を持って高めに設定することが多いです。

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撮影:野口純一
α9 / FE 400mm F2.8 GM OSS / 400mm / 絞り優先AE(1/4,000秒・F2.8・-1.0EV) / ISO 800

野口:オスライオン同士の争いです。今回の撮影で一番狙っていたものです。これを撮るためにほぼすべての日程を使いました。α9で高速連写した中の1枚ですね。

竹田津:群れの乗っ取りをやっているところですか?

野口:同じプライド(群れ)の2頭のはずなんですが、どうも前日にも一悶着あったらしくて、新しい傷のある個体だったんですね。メスをめぐって奪い合いの対決だったようです。ライオンって日中はゴロゴロしてることが多いんですけど、このプライドにはそんな雰囲気の個体はいなくて、緊張感がありました。なので夜が明けて動けるようになったらすぐこの群れのところに行って、張り付いていました。オス同士の争いに遭遇するのは今回が初めてだったので、興奮しました。

竹田津:同じ群れのオス同士の争いはとても珍しいんです。じゃれ合うのではなく、本気で戦っている。群れの乗っ取りをかけた争いだったとしても、そうそうタイミング良く撮れるものではありませんよ。よくぞ撮られました。

――目が釣り上がり、双方が牙をむき出している瞬間が捉えられていますね。α9の実力が出ている作品です。

野口:私はそれほど連写するスタイルではないのですが、こういったシーンに出会うと、違います。連写で大量のカットを押さえます。やはり約20コマ/秒の威力は大きいですね。AFもしっかり合いますし。

――EVFを見ながら撮ったのですか?

野口:そうですね。遅延も気にならなかったし、ブラックアウトもないので快適に使えました。EVFだと自分の設定がそのまま反映されるので、我々のようなプロでも恩恵は大きいです。高速連写もブラックアウトフリーにより、さらに生きてくる気がします。

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撮影:野口純一
α9 / FE 400mm F2.8 GM OSS / 400mm / 絞り優先AE(1/3,200秒・F2.8・-1.0EV) / ISO 200

――この作品も目が印象的です。こういった瞬間を撮るのは難しいのでは?

野口:このときは、視線がもらえるまでかなり長時間粘って、視線がこっちに向きつつ、迫力のある表情になる瞬間を待ちました。食べてるときって夢中なので、チャンスが少ないんですよ。

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――α9は同じクラスの一眼レフカメラより軽くて小さいのですが、だからこそ撮れた、とか、気持ちが上がっていった、とかそういう感覚はありましたか? FE 400mm F2.8 GM OSSもこれまでの400mmに比べるとものすごく軽いですし。

野口:僕らのやっている撮影って、三脚を据えて待つような性質ではなく、1日中カメラを身につけているわけですよ。僕の場合は撮影に出たら途中でキャンプに戻ったりしないので、1日のうち12時間。カメラが軽いことで機材に意識や体力を取られることがないので、やはり「軽さ」はものすごく影響が大きいです。

重たいレンズを12時間も振り回していると、どうしても後半で疲れてきてしまうし、そうなると集中力も削がれてしまいます。やっぱり、1kg違ったらずいぶん違いますよ。例えば5kgのものを1日に何百回も振り回していたら、それってほとんどウェイトトレーニングじゃないですか。「軽さ」は武器ですよ。

竹田津:仕事で使うのは、単焦点レンズが多いんですか?

野口:そうですね。ズームも便利なんですが、やはり上がりが違うので。

――1日当たりどのくらい撮ったのでしょうか。

野口:天候とか日にもよるので一概にはなんとも言えないのですが、撮れないときは丸1日で100回もシャッターを切らなかったりはしました。いいシーンがあれば、その間は何枚でも撮るという感じでしたね。

――バッテリーの持ちは心配になりませんでしたか?

野口:確かにちょっと心配だったので、予備のバッテリーを10個持っていきました。でも予備は1個も使わなかった。縦位置グリップ(VG-C3EM)に入れた2個だけで、だいたい朝から晩まで持ちましたね。もちろん、気温が高くて機材に有利だったというのは影響していると思いますが。ただ、純粋な枚数だけじゃなくて、フォーカスさせて待つとか、シャッターは切らないけどレンズを駆動させるという状況は多かったのですが、それでも問題なく撮影はこなせましたね。

竹田津:今までのカメラと比べ、作品に変化を感じましたか?

野口:先ほど見た「オスのライオン同士の争い」がそうなんですが、ギリギリ撮れるかどうか、間に合うかどうかというシーンで大抵間に合わせてくれたので、カメラに助けてもらった部分は大きいと思いますね。少なくとも、撮影中にカメラの反応を待ってた結果撮り逃した、ということはなかったです。カメラに楽をさせてもらったとも言えます。

昔はいかに素早くフィルム交換をするか、なんて練習もしてたんですけどね。フィルム残量を気にして「あと5枚残ってるけど今取り替えとこう」なんて判断もあったのですが、今はそういう心配もないですし。

竹田津:昔といえば、僕は写真甲子園の審査を22年くらいやってるんですが、若い人たちの写真を見ると、決して写真が上手くなってるわけではないんですよ。時代によって写真の流行はあるけれども、写真そのものの上手さは昔も今もあまり変わらない。でも機材は圧倒的によくなってる。それにいま写真を撮るといったら「作品作り」ですが、僕らの世代は、本を作るための「写真原稿」なんですね。それでお金が入るというシステムの中に生きていましたから。それは弱点でもありました。写真の在り方はどんどん変わっていて、面白い世界に入ってると思います。

――お二人の話を聞いて、カメラの可能性が作品の幅を広げることに改めて気づかされました。そして竹田津さんのいわれる通り、何をどう撮るか? という写真家そのものの資質と腕が問われる時代になってきているように思います。本日はありがとうございました。

制作協力:ソニーマーケティング株式会社

デジカメ Watch編集部