特別企画

ライカの「プラチナプリント ワークショップ」

"500年もつ”アナログ技法 久保元幸氏が手ほどき

東京・銀座のライカプロフェッショナルストア東京で、「ライカアカデミー プラチナプリント ワークショップ」が開催された。

このワークショップは参加者の撮影データをもとにしたインクジェットネガを使い、プラチナプリントの焼き付け、現像、仕上げまでを体験するという趣旨。各自が11×14インチの作品1点を制作する。

講師は久保元幸氏(アマナサルト)。ライカ銀座店がオープンした2006年から「ライカプレミアムプリント」という予約制サービスで銀塩プリントを担当している。これまでもプラチナプリントの相談受付やワークショップは行っていたが、今回初めてライカストアの店内でワークショップを実施することとなった。

当日はアシスタントとして写真家の森谷修氏も参加。プラチナプリントの専用暗室を持ち、作品集「熊野」でプラチナプリントの写真展を開催した経験を有する。参加者は定員5名で、久保氏、森谷氏のそれぞれにマンツーマンでじっくり質問できる環境が整っていた。

久保元幸氏(右)、森谷修氏(左)。

プラチナプリントとは?

プラチナ&パラジウムプリント(白金印画法)は1873年に誕生。同じく1873年誕生のゼラチンシルバープリント(銀塩印画法)と比べて耐久性が高く、強制劣化テストで500年もつと言われている。見た目の印象は、黒が濃く、潰れそうで潰れないシャドー部の階調性が特徴になっている。

久保氏いわくプラチナプリントはシンプルな技法で、追求するほどにプリントのクオリティーが高まっていくところに魅力があるという。用紙の自由度が高いほか、現像液を反復使用できるなど環境負荷が少ない点もポイント。

一般的にアナログプリントというと、真っ暗な部屋に赤いセーフライトを小さく灯しながら暗室作業を行う銀塩写真のイメージがあるが、プラチナプリントは紫外線で露光するため、太陽光を遮れば白熱灯のもとで作業できる。手元や足下が見えにくいといった不安感がないのは新鮮だった。

作業中の様子。筆者も含め暗室経験が少ない人には、この明るさが心強いはず。

感光液を塗って、印画紙を作る

まずは、写真を焼き付ける印画紙を制作する。参加者自身がシュウ酸第2鉄(Fo)、塩化パラジウム(Pd)、塩化第1白金酸カリウム(Pt)を調合して感光液を作り、用意された紙に刷毛で塗っていく。

3つの液をスポイトで1滴ずつ数えながら混ぜ、紙の上に落とす。
刷毛を使って、ネガの画像サイズより少し広めに感光液を塗る。11×14インチの紙に、8×10インチサイズの画像を露光する。
仕上がりの例。手塗りのためフチは真っ直ぐにならないが、これぞ手作業という魅力がある。露光時にマスクして、フチを出さないことも可能。
プラチナプリント制作時には湿度が必要なため、加湿器の上に紙をかざし、湿気を含ませてから感光液を塗った。
感光液を塗った後はドライヤーの冷風で乾燥させる。こうしたひとつひとつの手作業にも、アナログの楽しさが感じられる。

紫外線で露光

プラチナプリントにはプリントと同寸のネガが必要。参加者が仕上げたJPEGデータをもとに久保氏が制作したインクジェットネガ(通称デジネガ)を用いて密着露光を行う。このデジネガは透明なフィルムにインクジェットプリンターで黒く出力したもので、プリント環境や使用する現像液に合わせたトーンカーブを適用して作られる。

印画紙とデジネガを紫外線露光機にセット。ガラスで押さえたあと、バキューム機構で平坦性を確保する。
3分半の密着露光。露光時間で濃度をコントロールしない点は、銀塩写真の感覚とは異なる。
露光が終わると、すでに像の一部が見えている。

銀塩写真では露光した印画紙を現像液に浸けると少しずつ像が現れるが、プラチナプリントの場合は一瞬で像が現れる。部屋が明るいため、像の浮き上がる様子もよく見える。

現像液が触れる瞬間。2秒ほどの様子を連写で撮影した。

現像液に2分浸けた後は、3つのバットに5分ずつ通して洗浄する。最後に水洗用のバットに移して、当日の作業はここまでとなる。久保氏が水洗後のプリントを預かって乾燥とフラットニングを行い、約2週間後にプリントの手渡しとレビュー(こちらは1人ずつ実施)を受けるところまでが今回のワークショップだ。

プラチナプリントは、既存の印画紙とはまた異なる独特の質感と価値を持つ手法として現在注目されている。取材でお邪魔した会には、写真家のハービー・山口さんと山口大輝さんが親子で参加していた。「69歳でプラチナプリント初体験。久保さんの技術を研究しに来ました」(ハービーさん)、「とても楽しかったです。デジネガ制作から学べるワークショップもぜひ開催してください」(大輝さん)。

並んで作業する、ハービー・山口さん(右)と山口大輝さん(左)。
プリント1枚目の調子を見るハービーさん。銀塩プロセスとの違いが新鮮だったという。
水洗直後の大輝さんの作品。濃い黒と、存在感のあるフチがプラチナプリントらしさ。

銀塩写真のプロセスとの違いで興味深かったのは、銀塩であればテストプリントを見ながら露光時間などを調節して狙った調子に仕上げていくが、プラチナプリントはデジネガの時点で仕上がりがほぼ決まっているところ。プリントが思った濃さにならない場合は感光液を塗る時の紙の湿度などが影響している可能性が高く、露光や現像時間の増減では変化がほとんど与えられない。

逆にいうと、時間や温度の管理が銀塩ほどシビアでないため、アナログプロセスが初めてという人でも作業の技術的ハードルは低く感じられるかもしれない。液温は20度以上であれば概ね大丈夫だそうだ。ちなみに現像液を50度といった高温にすると、ブラウンの色調に仕上がるという。また、金で調色するとピンクになるといった手法についても、プリントの実物を示しながら説明を受けられた。

通常の現像(右)と、高温の現像液を使った場合(左)。

今後もアナログワークショップを開催。店頭でプリントの相談も

ライカプロフェッショナルストア東京では、このプラチナプリントのワークショップを今後も開催予定。またワークショップとは別に、プラチナプリントについてのアドバイスや注文も随時受け付けている。また、久保氏によるカウンセリングを通じて顧客の写真に対する思いを銀塩印画紙に込め、1枚1枚手作業で作り上げる「ライカ プレミアムプリントサービス」も隔週土曜日に予約制にて受け付けている。

ライカの製品ラインナップも現在はほぼ全てがデジタルカメラとなったが、今でもフィルムのM型ライカを販売していたり、デジタル写真のアナログプリントをサービスとして提供するなど、時流に急かされない部分が確かにある。格式高い銀座の路面店内に印画紙のバットを並べるアナログなワークショップもまた、写真文化があってこそのカメラだというライカらしさの一面と言えるだろう。

制作協力:ライカカメラジャパン株式会社

本誌:鈴木誠