新製品レビュー
PENTAX HD PENTAX-D FA★85mmF1.4ED SDM AW
湿度や空気感も写しとめる、目の延長となる自然な描写が魅力
2020年8月12日 12:00
ペンタックスユーザー待望の中望遠レンズ「HD PENTAX-D FA★ 85mmF1.4ED SDM AW」が2020年6月に発売された。以前からロードマップ上でその存在自体は公表されていたものの、長らく具体的なスペックやデザインが公開されていなかった。やきもきしながら、先日公開されたCP+2020の展示予定内容を伝える動画をチェックしていた方も多いのではないだろうか。
デジタル対応の新世代85mm
本レンズは、製品を紹介しているメーカーのWebページでも「特にポートレート撮影で重要とされる歪曲収差に関しては約4mでほぼ0%(Zero Distortion)を実現したほか、パープルフリンジの発生も効果的に抑制」したと紹介されているように、かなり気合の入った1本である。
レンズ構成は10群12枚と、現代レンズらしい複雑な光学設計となっている。さらに構成レンズにはスーパーEDガラスを3枚、ガラスモールド非球面レンズを1枚使用するという贅沢な設計である点も特徴。また、レンズ最前面には凹レンズを採用するなど、一眼レフカメラ用の中望遠レンズという枠組みの中からみても、珍しい設計となっている。コーティングに関してみても、PENTAXでは定番になりつつあるゴーストやフレアーに強いHDコーティング、油汚れなどにも強いSPコーティングが施されている。
ところでPENTAXの現行レンズラインアップを見てみると、フィルム時代から名玉と呼ばれているsmc PENTAX-FA 77mmF1.8 Limitedのほか、smc PENTAX-D FA MACRO 100mmF2.8 WRが、中望遠単焦点レンズの選択肢となっていることに気づく。どちらの製品も独特の魅力を有しているレンズであり、今なお色褪せない味わい深い描写をもたらしてくれる製品だが、本レンズのようにデジタル時代に即したレンズは、PENTAXユーザーにとって、待ちに待った最新設計の中望遠レンズとして迎えられていることだろう。ポートレートを主体に撮影している筆者自身も楽しみにしていた1本である。
さて、実際に実物を見てみると、約95×123.5mmのサイズ感は85mmのレンズらしからぬ大きさだと感じることだろう。フードをつけるとさらに巨大になり、重さも約1,355gと現代の大口径レンズのトレンド、あるいはそれ以上のサイズ・重量となる。
このように第一印象から強烈なインパクトを撮影者にもたらす本レンズであるが、実際に撮影で使用していくと、かえって安定してホールドできることに気づく。これは今回組み合わせていたK-1 Mark IIとサイズおよび重量のバランスが優れていることが一因だと思う。実際には総重量約2.3kg(K-1 Mark IIの重量はバッテリーとSDカード込みで約1,010g)の機材を振り回しているわけだが、その太さのためか、しっかりと支えることができるのだ。
ピントリングも幅広でAF後にピントの微調整ができるクイックシフトフォーカスにも対応している。
フードのつくりも良好だ。取りつけた際にレンズと一体になり、なめらかな曲線を描く造形もさることながら、深めであることから、遮光効果の高さは折り紙つきだ。また、内側も溝を設けたタイプではなく、マット塗装を施すことで、内面での乱反射を抑制するつくりとなっている。
レンズとの接合部分もビス止めによって補強されており、強度面での安心感も高い。ほかにもフード先端部分はPENTAXの伝統ともいえるラバーの縁取りが施されていて、レンズ側を下向きにしてカメラをおくシーンへの配慮も盛りこまれている。総じてレンズの金額にみあった、用と美を高い次元で両立させたデザインとなっており、これだけでも嬉しいポイントだ。
作例[ポートレート編]
撮影当日は雨模様で全体的に雲でディフューズされたフラットな光源下での実施となった。コントラストの低下などを心配していたが、それは杞憂であった。次のカットを見ていただければわかるとおり、ピントが合った面は高細密に芯のある描写をし、ピント面から後ろにかけて溶けるように、ある程度のディティールは残しつつボケていく。しかも、線の細い上品な描写でだ。しっとりとした湿度感のある描写で、その場の空気感すらも伝えてくれている。
このカットだけを見ても、モデルから階段下にかけての柔らかく溶けていく感じや、濡れた地面からの湿度感を感じていただけるのではないだろうか。壁の苔の質感にも、ぜひ注目してもらいたい。モデルと背景との分離も良好だ。
雨の中、傘をさしてもらってのカット。コントラストの低下も見られず、色ノリも良い。絞り開放F1.4でモデル手前の瞳にピントを合わせているが、背景に配した半透明の傘までの距離が短いにもかかわらず、なだらかなボケとなっていることがわかる。大口径中望遠レンズのアドバンテージは近景での圧縮効果でもいきる。
引き気味で膝上からを撮影。モデル右側に消失点をつくって、圧縮効果で背景を引き寄せた。中望遠の利点を生かした立体感をつくりだすことを狙っている。絞りはF1.8にセット。絞り開放だと口径食の影響で画面周辺部の光源ボケがすこしツブレ気味となってしまうが、わずかに絞りこむだけで、きれいな円形になる。濡れた地面も光源ボケをつくりだすのに功を奏している。
横フレーミングで空と海を大きく入れ込んだシチュエーションだ。モデルに自由に動いてもらうことで、スナップ的な表現にした。動きながらのカットだが、AFの合焦速度が速く、狙った瞬間をしっかりと捉えることができる。K-1 Mark IIのファインダー性能もさることながら、瞬間をしっかりと狙っていける点に光学ファインダーならではの優位点があると、改めて感じる。小気味よい速度での合焦に加え、ピント精度も高く、高いフォーカス制御性能が実感できる。
カフェの店内でローライトとなる条件をテストした。光源はタングステン光。外は変わらずの薄曇りだ。薄暗い中での撮影だったが、開放F値の明るさに助けられ、テンポよく撮影できた。
窓側での撮影となったが、店内と外の輝度差が大きい場合に発生しがちなパープルフリンジの発生は認められない。こうした条件だと白いニットの場合は、とくに厳しい撮影条件となるのが通常だが、徹底的にパープルフリンジを抑制したというレンズ設計のポイントに偽りなし、といった印象だ。条件を気にすることなくシャッタータイミングに意識を集中できる。
85mm F1.4クラスのレンズになってくると、背景をボカしがちだが、あえて圧縮効果で背景を引っぱったり、どのようなロケーションで撮影しているのか、といった情報を入れることも使いこなしのポイントだ。
晴れ間でのカットだが、髪の毛のトップ部分と白いニットの縁取りに注目してほしい。パープルフリンジの発生がみられないだけでなく、線の細い描写で細かな質感をしっかりと再現していることが見て取っていただけることだろう。背景の流水に反射した点光源も綺麗だ。
本レンズの最短撮影距離は0.85mだ。このカットでは、ほぼこの最短撮影距離でモデルにぐっと寄っていった。
ここまで寄るとさすがにボケ量は大きくなるのだが、モデルから背景のグリーンにかけての溶けていくかのようなボケ足は、作品表現の幅を広げてくれことだろう。
寄りの状態から上方に大きな空間をつくった。モデルにはわざとフレーム外に目線をなげてもらい、視線の先を想像してもらえるようなカットにした。風になびく髪の毛1本1本も細かく解像しており、先の作例同様に線の細い描写がみてとれることと思う。
引きで全身を入れ込んでの撮影。深いグリーンのワンピースに、ワンポイントで生成りのストールを肩がけしてもらった。
モデルとの距離は、およそ2〜3mほど。全身をフレームに収める場合、これくらいの距離で、かつF2.8くらいまで絞ることになるけれども、距離がある分、背景の情報量が適度なバランスになってくれる。モデル側の立ち位置は固定して、撮影者側の動きで画面構成を整えた。
特筆すべきは、顔が空の方向を向いてるいるのに極端な白とびもせず、しっかりと肌のトーンがでていること。レンズ性能の良さもあるが、K-1 Mark IIのセンサーとのマッチングの良さもあるのだろう。木々の隙間からの点光源も綺麗な円形を保っていて美しい。
モデルにしゃがんでもらい、手前の瞳にピントを合わせた。鼻筋から奥の瞳が完全にボケており、立体感のある描写だ。
こうした状況で時に注意しなくてはいけないのが、撮影者側のちょっとした前後の動きでもピントが外れてしまうということだ。シビアなピント面の調整では一旦AFでピントの当たりをとってから、臨機応変にクイックシフトフォーカスを利用して撮影者側の位置にあわせて微調整していくといいだろう。
背景に花と噴水を入れ込んでの撮影。彩のある背景とアンニュイな表情で構成することで、優しい感じのカットにした。右上からモデルの肩をすかして日がさしているのだが、ハイライト部分のディテールはしっかりと残っている。曇天とはいえ、地面からの反射光もあるため、露出バランスがあばれやすいけれども、ここではあえて露出補正をせずに撮影している。噴水の位置はモデルよりも後方にあるが、圧縮効果で引き寄せている。
中望遠レンズの醍醐味は、被写体後方のボケだけでなく、前ボケを入れられるワーキングディスタンスの長さにもあると感じている。前ボケ自体は標準レンズなどでもつくることができるが、ウェストアップでの撮影だとそれなりに寄って撮影することになる。
85mmの焦点距離は被写体との距離をある程度確保できるため、被写体とカメラの間に邪魔な要素がある場合でもボカしてしまうことができる。本レンズは、前ボケと後ボケがともに素直な描写で、ともにうるさいボケになることもない。同じ85mmであっても、ボケの出方によってはこうした表現方法をとることが難しいものもある中、本レンズは、シチュエーションを選ばない“万能性”のある使い勝手も魅力だ。
なめらかな描写が特徴ではあるものの、要素によっては前ボケがうるさく感じられるシーンもでてくることだろう。そうした時は、主とする被写体に重ならない撮影ポジションを撮影者自らが動いて探すと、解決できる場合が多い。
夕暮れ近くに洋館をバックに圧縮効果をいかして撮影。横位置のフレーミングとしたが、街中で撮影するポートレートと同じように、“いまどのような場所や時間で撮影しているのか”を表現するために、背景のボケ具合を調整した。また、後ろに灯りだしたライトの玉ボケを整えてアクセントにいかすために絞り値はF2とした。
絞り値別の描写の変化
ここまでポートレート撮影を主として、背景の整理やボケの形状を整える点から絞り値の調整にふれてきた。以下では、絞り値別のボケ具合を確認している。
開放のF1.4だと若干周辺光量の落ち込みがみられるものの、嫌味のない、ごく自然な落ち方である。作品づくりでは積極的に使っていける“味”と捉えてよい。解像のピークはF4辺り。モデルと背景の解像感がほどよいバランスだ。F5.6は、背景をよりくっきり出したいときに有効だろう。
作例[スナップ編]
ここまでポートレートを主体に描写性能をみてきたが、スナップでの使い勝手や描写についてもみていきたい。
まず、中望遠の焦点距離はスナップ撮影でも重宝する。自分が見たものをその場で切りとったり、被写体に寄れない状況でも有効だ。例えば、マクロ的に寄りたいものの足元が悪い状況では、遠目から被写体をクローズアップして撮影することもできる。
作例は筆者がよく散歩する小川で、川岸に咲いていた花を捉えたものだ。橋の上からだけ撮影することができる状況だったが、中望遠のボケ感をいかしつつ、被写体をクローズアップできた。ピントは花のシベに合わせて背景はアンダー気味に撮影しているが、全体的に立体感がでている。
夕暮れ時の強い逆光でもコントラストの低下やフレア・ゴーストは確認できない。髪の毛トップの部分とアスファルトの照り返し部分も飛ばずにかなりねばっていて、細かいディティールも残っている。
車のヘッドランプ周りを正面から。メタルパーツ部分から塗装の深い色味まで再現している。2枚目は最短撮影距離近くまで寄って撮影。
泳ぎまわる子鴨を捉えた。絞りはF1.4だが合焦面である瞳から、頭頂部およびくちばしの鼻の穴あたりまでシャープに描き出している。柔らかな羽毛や揺れる水の質感まで、その場の印象を、実際に見た印象以上にまとめあげてくれている。合焦面からのボケ描写はとても自然で、不自然さも一切感じさせないものとなっている。
イルミネーションで彩られた夜景を背景に。口径が大きく、また複雑なレンズ構成となっている本レンズであるが、点光源の中に非球面レンズ特有の年輪模様が入らないのは見事だ。口径食も中望遠としてはかなり少なめであることも特筆すべきポイントだろう。
まとめ
今年は梅雨が長く、今回の撮影もまたあいにくの雨天での実施となった。光線状態がフラットになるため、全体的なコントラストの低下を憂慮していたものの、予想に反して本レンズの高い描写性能を実感することとなった。
結論が先となるが、総じて“光の描写が巧みなレンズ”というのが本レンズから受ける印象だ。曇天のフラットな光線状態下での作例ではあるけれども、その場の空気感や梅雨時の湿度感さえも感じとっていただけたのではないかと思う。
F1.4の薄いピント面であっても、ピントピークが掴みやすいK-1 Mark IIのファインダー性能とあいまって、しっかりと「F1.4から使っていけるレンズ」に仕上がっていることが実感できた。
光学ファインダーを覗いての撮影はやはり楽しい。筆者にとっても、これからの撮影現場で主力となって活躍してくれるであろう中望遠レンズだ。
モデル:ちゃんめい
撮影協力:CANTIK-MANIS