ミニレポート

富士フイルムXシリーズ用NOKTON 35mm F1.2(後編):柔らかな開放描写×絞りに応じた描写の変化が魅力。ピントピークも把握しやすい、スナップ好適レンズ

株式会社コシナより、富士フイルムXマウント用の「NOKTON 35mm F1.2」が、この9月に発売される。同社が手がけるVoigtländer(フォクトレンダー)シリーズとしては初となるXマウント用だが、その描写はいったいどのような世界を見せてくれるのだろうか。X-Pro3に装着して感触を確かめていった。後編となる今回は、階調再現や逆光時の独特な描写などの面から本レンズの個性を探っていった。

階調描写

今回、様々な状況・視点から撮り進めていく中で、かなり階調再現性の高いレンズなのではないか、という印象が高まっていった。Xシリーズの暗部の粘りはこれまでも感じていたことなのだが、幾分かハイライト側はトビやすいように感じていたからだ。

それが本レンズでは、ハイライト側がかなり粘るのだ。富士フイルムのカメラではダイナミックレンジを100、200、400の3種類で設定できるが、広げるほどにノイズが増加する、という側面も有している。このこともあり基本的に筆者はDR100から設定を変更することはないのだが、この素の状態でも白トビが少ないと感じられた。

このカットは斜め上方から白壁に強い光が当たっているシーンだが、白がトビそうなギリギリのラインで階調を維持していることが見て取れる。感覚的には純正レンズでも、ここまでのハイライト側の粘りは見られなかったのでは、と感じたほどだ。

X-Pro3 / NOKTON 35mm F1.2 / 絞り優先AE(F1.2・1/8,000秒・-0.7EV) / ISO 160

別の場面での検証カット。この場面も輝度差が激しいシーンだが、シャッターの日が当たっている部分でディティールがよく保持されていることがわかる。

X-Pro3 / NOKTON 35mm F1.2 / 絞り優先AE(F5.6・1/200秒・-1.3EV) / ISO 160

高架下のシーンから。さすがに画面奥のハイライト部は白トビしてしまっているが、強烈な光の印象が伝わる、季節感が感じられるカットに仕上がっているように思う。左側のコンクリート壁のヌメっとした質感描写も見事だ。

X-Pro3 / NOKTON 35mm F1.2 / 絞り優先AE(F2.8・1/250秒・±0EV) / ISO 160

原色の混ざるシーンでのコントラスト・階調再現性も高い。年季の入った遊具を捉えてみたが、素直な発色で、立体感をより強調してくれている。

X-Pro3 / NOKTON 35mm F1.2 / 絞り優先AE(F2・1/400秒・±0EV) / ISO 160

前編で掲載していたダクトからホースがのぞいていた場面を別角度から。赤サビのトーンも豊かで印象的な仕上がりが得られた。光を丁寧にすくってくれるという感覚があり、感覚的な印象以上の仕上がりを引き出してくれるレンズなのではないだろか。

X-Pro3 / NOKTON 35mm F1.2 / 絞り優先AE(F2・1/8,000秒・-0.7EV) / ISO 160

歪曲等はどうか

コシナの製品Webページによると、「富士フイルムのXシステムカメラのイメージセンサーに最適化された光学系を実装」しているとされており、また「カメラの光学補正機能に依存することなく画像周辺部まで高い解像を保ち、色被りなどの現象も抑制されています」との説明がある。

そこでまず、直線を基調にしたビルを利用して歪曲をチェックしてみたが、周辺部に至るまで気持ちいいくらい直線が直線として再現された。コンパクトサイズながら、光学性能での妥協はしていないということなのだろう。

X-Pro3 / NOKTON 35mm F1.2 / 絞り優先AE(F5.6・1/105秒・±0EV) / ISO 160

もう1点直線基調の例を。空の青とビルの白のコントラストが印象的だ。絞り開放で撮影しているが、このカットでは若干の周辺光量落ちが確認できる。

X-Pro3 / NOKTON 35mm F1.2 / 絞り優先AE(F1.2・1/7,000秒・±0EV) / ISO 160

ボケ感

ボケは前後ともに素直な印象だ。画面周辺部に至るまで均質なボケ方となっており、端正かつスッキリとしたイメージにまとめやすい。溶けかたも急峻ではなく、ゆるやかに像が溶けていくイメージ。が、APS-Cということもあり、場面によってはある程度の形状を判別できるレベルでもある。このカットではAPS-Cの深度とのマッチングの良さが感じられる。

X-Pro3 / NOKTON 35mm F1.2 / 絞り優先AE(F1.2・1/1,800秒・+0.3EV) / ISO 160

APS-Cセンサーらしい深度があるとはいえ、F1.2のピント面は薄い。これに加えてボケの遷移がなだらかな点が関係しているのだろうか、妙に立体感のあるカットが得られた。ともすればもっと大きなセンサーで捉えたのでは、と思えるような雰囲気がある。

X-Pro3 / NOKTON 35mm F1.2 / 絞り優先AE(F1.2・1/550秒・±0EV) / ISO 160

開放側で捉える立体感はちょっと病みつきになりそうな描写だ。髪の毛や衣類の柔らかさも印象的。遠景の強い光があたっている柱のエッジに若干の色収差が認められるが、補正のしやすい範囲内だろう。

X-Pro3 / NOKTON 35mm F1.2 / 絞り優先AE(F1.2・1/2,000秒・±0EV) / ISO 160

逆光

逆光耐性を見ていった。画面右側に太陽を配しているが、フレア・ゴーストは発生しているものの、極端な破綻はみられない。むしろ夏の光の印象そのものといった感触で、積極的にいかしていきたいと思える描写だ。光芒の出方にも柔らかさがある。

X-Pro3 / NOKTON 35mm F1.2 / 絞り優先AE(F4・1/800秒・±0EV) / ISO 160

同じく画面に太陽を入れた。このシーンでは色つきのあるフレアが発生。若干のコントラストの低下はあるが、破綻は見られない。オールドレンズ的な表現にはなるが、像の流れや極端なコントラスト低下がないため、表現としてもとりいれやすそうだ。この場面ではほぼ目測で撮影しているが、全体の雰囲気を見ながらフワッと撮る、といった使い方も面白そうな感触。

X-Pro3 / NOKTON 35mm F1.2 / 絞り優先AE(F1.2・1/5,000秒・±0EV) / ISO 160

フィルムシミュレーションとのマッチング

絞りで描写が変化し、また開放側の柔らかさが特徴のレンズだが、一方で豊かな階調再現も嬉しいポイントだと感じた。こういった点もあり、絞りを変え、立ち上がってきた像や目の前の印象にあわせて、よりフィルムシミュレーションを変えて試してみる、といった使い方を様々な場面で繰り返していた。AFレンズの場合は、さっと撮って移動が基本だったが、ピントを合わせている間に、試してみたいイメージが固まっていく、という感覚だ。

この場面ではクラシックネガを使用。絞りはF4にしている。金属質の面と、ガラス面の腐食したような質感、トーンのバランスを優先した。ざらざらとした質感が伝わってくるような描写が得られた。本レンズの最短撮影距離は0.3m。「あともう1歩」にも応えてくれるため、開放F値とあわせて、寄り引き絞りの掛け合わせで様々な表現が楽しめる。

X-Pro3 / NOKTON 35mm F1.2 / 絞り優先AE(F4・1/210秒・-1.0EV) / ISO 160

赤一色の塗面が、光と影の影響で複雑な模様をつくりだしていた。色彩感を際立たせようとVelviaに設定。赤が飽和することなく再現できた。これもトーンの豊かさがあってこそだろう。

X-Pro3 / NOKTON 35mm F1.2 / 絞り優先AE(F2・1/2,200秒・-0.7EV) / ISO 160

改めてクラシックネガに設定。路面に落ちる影と色のバランスが面白い。白の表現性も良く、この画づくりとのマッチングの良さを感じた。

X-Pro3 / NOKTON 35mm F1.2 / 絞り優先AE(F4・1/480秒・-0.3EV) / ISO 160

まとめ

コシナが手がけるフォクトレンダーシリーズは、どの製品も個性が豊かで、使用を通じて開発者もきっと楽しんでつくっているのだろうな、と思わされることが多い。

メーカーによれば本レンズの開発にあたっては、マウントアダプターを介してVMマウントのNOKTON classic 35mm F1.4を装着して楽しんでむXシリーズユーザーの姿があったとのことだが、実は筆者自身もそうしたユーザーの一人だった。

そうした経験もあったことから、Xマウント用の設計で、しかもF1.2の明るさのレンズとして登場した本レンズには、どこかウズウズするものをすら感じていた。実際に手に取ってみると、小ぶりながら塊感のある質感で、短めな鏡筒はボディに装着したままでもバッグへの収まりが良く、撮り歩きでのマッチングの良さが際立つ感触だった。

今回はX-Pro3との組み合わせで試用していったが、前記したようにX-T二桁シリーズやX-Eシリーズのように、よりコンパクトなボディとの組み合わせでもハンドリング良く撮り進めていくことができるだろう。ちなみにX-E3にマウントアダプターを介してNOKTON classic 40mm F1.4を装着した際のバランスは、すこぶる良かった記憶がある。

ちなみに電気通信対応ボディが一部機種に限られているが、これは本レンズでは富士フイルムの映像撮影用レンズMKXシリーズを参考に開発されているためとのこと。つまり、MKXシリーズレンズを認識するボディが、本レンズでも電気通信に対応しているとのこと。裏を返せば、富士フイルム側でMKXシリーズレンズに対応するファームウェアアップデートが非対応モデルに対してリリースされれば、電気通信への対応が期待できる、というわけだ。

1点だけ注意したい点としては、純正AFレンズは手前側に絞りリング、レンズ先端側にフォーカスリングをそれぞれ配したデザインとなっているが、本レンズでは手前側がフォーカスリング、先端側が絞りリングとなっていることが挙げられる。純正AFレンズに手が慣れていたためか、つい逆のリングに手がいってしまう場面があった。

これはどちらの操作を優先した設計か、という違いによるものだろう。AFレンズではピントリングを直接操作する機会は多くないため、より操作頻度の高い絞りリングが手前にきている、というわけだ。この点は慣れが解消してくれる。

総じて撮影がひじょうに楽しくなるレンズ、というのが筆者の抱いた感想だった。フォーカスを合わせる中で被写体との対話があり、その間で撮り方やイメージを考えることができる。よりその1枚を撮ることに目と頭を使うため、ひとつひとつのシーンが濃密になる、というのも面白いところ。MFレンズならではのメリットであると感じられた。

また、最短撮影距離が短いところも嬉しいポイントだ。30cmまで寄れることもあり、テーブルフォトなどで独特の柔らかさをいかした撮り方も面白い。大きなメリットだが、注意点がないわけではない。X-Pro3に限られることだが、最短撮影距離が短いため、パララックス補正の移動量が大きく、慣れないうちは視差が大きく感じられることだ。AFレンズであればOVFでも特段問題はないものの、本レンズの場合はOVFならではのアバウトなフレーミングとともにピント面の把握も難しさが増す。OVFでの使いこなしには、ある程度の習熟が必要だと感じられた。

X-Pro3をOVF表示にした状態。移動量およびフレームサイズの変動が大きく見えるが、これは最短撮影距離が0.3mと短く、また撮影距離が近いため。メーカーへも確認したが、意図した動作とのことだった

ピント面の立ち上がりや山は把握しやすいので、EVFであればピント合わせはそこまで難しくないはずだ。少なくともNOKTON classicシリーズのような滲み方がないこともあり、合焦面の判別は格段にしやすい印象を抱いた。開放側の描写も独特で、立体感のある描写を得られる点が特徴だが、F2くらいに絞って、速写性をあげていくというのも使い方としてアリだろう。日中ピーカンだと、メカシャッターの速度では1/8,000秒でもF1.2で撮り続けるには遅いくらい。その点で電子シャッターの最高速がハイエンド機からエントリー機まで高めのXシリーズボディは、確かにF1.2クラスのレンズを扱いやすいボディなのだと言っても差し支えないだろう。

APS-Cの被写界深度の有用性も前記したとおり。スナップや日常の撮影に新しい視点をもたらしてくれる1本だろう。

本誌:宮澤孝周