交換レンズレビュー

ライカ ズミルックスM f1.4/50mm ASPH.

絞り開放の味わい健在 新旧タイプを実写で比較

ライカMシステムを代表するレンズのひとつ、“ズミルックスM f1.4/50mm”がモデルチェンジした。2004年に登場した従来型は、歴代のズミルックスf1.4/50mmで初めて非球面レンズと、ダブルヘリコイドによるフローティング機構を採用し、どのF値や撮影距離でも安定した描写性能を発揮するのが特徴だった。

今回の新モデルは、その基本となる光学系を受け継ぎながら、最短撮影距離を0.7mから0.45mへ短縮し、絞り羽根も9枚から11枚に増えている。ライカMレンズは、ズミルックスM f1.4/35mm ASPH.も0.4mまで寄れるようになったり、さらに以前はズミクロンM f2/35mm ASPH.でも絞り羽根の枚数が増えるなど、光学系は大きく変更せず、より現代的なアップデートが進んでいる。筆者は従来型のズミルックスM f1.4/50mm ASPH.を愛用しているので、新型と比較していこう。

一新された鏡筒デザイン

ライカM11に装着。鏡筒が太くなり、存在感が増した印象だ。

一見してすぐ感じるのが外観デザインの違いだ。従来はどちらかと言えば細長いイメージだったのだが、新型は太くなってずんぐりした印象だ。個人的にはアポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH.が大きくなったように見える。これはレンズの繰り出し量の違いがあるのかもしれない。

向かって右が筆者所有の従来型ズミルックスM f1.4/50mm ASPH.、左が新型だ。新型はフォーカスリングのローレットがなくなり、デザインが大きく変わった。

また新型のフォーカスリングにはローレットがなく、ピント合わせはフォーカスレバーのみで行う。そしてレンズフードも大きく変わった。どちらも内蔵式だが、従来は引き出した後にフードを時計回りに回転させてロックするのに対し、新型は反時計回りにフードを回すと伸びてくる。これは2012年のアポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH.から始まった方式。新しいズミルックスM f1.4/50mm ASPH.は、そうした現行Mレンズの外観デザインと操作性を反映しているように感じる。

フードを出した状態。アポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH.などと同じく、反時計方向に回転させると出てくる。回転の滑らかさはさすがライカだ。
マウント側を比べると、カムの色が異なっていた。従来型(右)は真鍮の金色だが、新型(左)は黒。内面反射防止のためかもしれない。また6bitコードは同じ。そのためExif情報のレンズ名も同じだ。

ライブビュー用の近接対応。最短0.7m→0.45mに

フォーカスレバーを無限遠から近距離方向へ回転させていくと、0.7mで軽いクリックがある。ご存知の方も多いと思うが、ライカMシステムのレンジファインダーは、測距できるのが0.7mまで(ライカM3は1m)。これより近距離側ではファインダーを覗いたままだとピント合わせができないことがわかるよう、クリックが設けられている。

0.7mより近距離はライブビュー撮影用で、背面モニターまたは外付けEVFのビゾフレックスを使用する。つまりライカM(Typ240)以降のライカMデジタル機に向けた機能ということになる。またライカとしては、純正アダプター経由でライカSLシステムに装着することも想定している。

実写で体感。絞り羽根が増えたメリットは?

従来型から大きく変わったところのひとつ、絞り羽根の枚数。従来型の9枚から11枚に増えた。形も円形に近い。

従来型との違いを感じたのが、絞ったときのボケだ。従来型の絞り羽根は9枚だが、新型は11枚に増え、円形に近くなっている。実は筆者は従来型を10年以上使っていて非常に気に入っているのだが、唯一不満に思っていたのが、この絞ったときのボケだ。絞り羽根の開口形状が影響して、点光源のボケがギザギザになってしまう。そのためボケを意識した撮影では、あえて絞り開放にして、ギザギザのボケを出さないようにすることもある。新型は明らかにボケが改善されたので、少し羨ましく感じた。

ボディはライカM11を使用。最大の記録サイズである6,000万画素で撮影している。レンズ構成は5群8枚で従来型と同じだ。基本的な描写性能もよく似ている。絞り開放はわずかに柔らかさがあるが、1段絞るだけでシャープさが増す。“ズミルックス”の名を冠するとおり、伝統的なライカらしさを感じる写りだ。

ボケの比較

画面右上のボケに注目。新型は絞っても完全な円形ではないものの、自然なボケだ。しかし従来型はギザギザしている。特にF2.8〜F5.6が目立つ。ボケ味は新型が圧倒的に有利だ。

※サムネイルはボケの部分を拡大。クリックすると全体を表示します。

F1.4
新型
従来型
F2
新型
従来型
F2.8
新型
従来型
F4
新型
従来型
F5.6
新型
従来型
F8
新型
従来型
F11
新型
従来型
F16
新型
従来型
従来型と絞り羽根を比べると、その違いがよくわかる。向かって右の従来型は、絞りの形がギザギザになっている。まるでノコギリの歯のようだ。

最短撮影距離(0.45m)で撮影

最短撮影距離0.45mも、絞り開放でややにじみが見られるが、従来型からヘリコイドの繰り出し量を増やしても描写性能がほとんど落ちない。撮影距離による画質変動を抑えるフローティング機構の効果がより出ているのだろう。1段絞るとコントラストが高まり、引き締まった写りになる。

絞り開放からF5.6まで撮り比べてみた。絞り開放はわずかににじみが見られ、柔らかい写りだ。ここでは花を撮ったが、ポートレートやテーブルフォトにも合いそうだ。F2に絞るとコントラストが上がり、メリハリのある写りになった。F2.8以降はにじみも感じられず、シャープさのある描写だ。

F1.4
F2
F2.8
F4
F5.6
0.45mまで近付けるようになった。今やライブビュー撮影やビゾフレックスEVFも当たり前の、現代のライカMシステムらしい仕様だ。ただし近距離ではフォーカスレバーが上方に来てやや操作しづらい。個人的には従来型のようなローレットを残してほしかった。

0.7m(距離計連動の最短)で比較

新型と従来型で0.7mによる撮影比較。絞りは開放。結果はどちらもほぼ同じ描写性能だ。角が取れたような柔らかい写りは、アポ・ズミクロンとは異なる味わいが楽しめる。

新型(0.7m)
従来型(0.7m)
0.7mのところでクリックがあり、ここまでレンジファインダーの距離計が対応する。このクリックのおかげで、距離目盛りを見なくても距離計連動の範囲がわかるのは、撮影していてとても便利だった。

コーティングも変化。逆光時に違いあり

また、新型と従来型のレンズ表面を見比べていて、コーティングが異なることに気付いた。新型の方がレンズ表面の反射が少なく、反射する色も赤系だ。対する従来型の反射は青緑系。もしかして逆光で差が出るのでは、と思って試したところ、案の定違いが出た。従来型はコーティングと同じ青緑系のゴーストが出て、フレアによりコントラストが低い。だが新型は赤系のゴーストでフレアが少なく、従来型より引き締まった写りだ。新型はコーティングの進化も感じられる結果となった。

逆光で比較

逆光での比較。強い光なのでさすがにどちらもゴーストが出ている。新型のゴーストが赤系なのに対し、従来型は青緑系だ。また太陽の周囲のフレアが新型の方が少なく、コントラストが高い。コーティングの違いが逆光での写りの違いに繋がっているようだ。

新型(F8)
従来型(F8)

味のある描写が、より使いやすく進化

近年、ライカMレンズの50mmと言えば、アポ・ズミクロンM f2/50mm ASPH.が話題に上るケースが多いように感じる。ライカMシステムにも4,000万画素を超える機種が登場し、よりレンズの解像力を意識する人が多くなったのだろう。確かにアポ・ズミクロンは絞り開放から極めて高い解像力が得られ、現代的な写りが魅力のレンズだ。

対してズミルックスは、少し絞るとアポ・ズミクロンに匹敵する解像力になるが、アポ・ズミクロンほど絞り開放から高い解像力や均質性は持たない。しかし、絞り開放のわずかに柔らかな描写にはズミルックスならではの味があり、昔ながらのライカレンズの伝統を感じさせる。表現に合わせた絞り値を選ぶ使い方には、アポ・ズミクロンとは異なる魅力がある。最短撮影距離を縮めて汎用性が高まり、ボケも改善された。新型ズミルックスM f1.4/50mm ASPH.だからこそ表現できる世界を堪能したい。

作品

遠景の描写。絞りはF5.6に設定した。窓枠がシャープに再現され、画面周辺でも甘さや流れのない高い解像力が得られた。

ライカM11/ズミルックスM f1.4/50mm ASPH./絞り優先AE(F5.6・1/320秒)/ISO 64

最短0.45mで絞り開放。ガラス越しにギターのミニチュアをクローズアップした。最短0.7mの従来型では撮れない写真だ。柔らかい描写で雰囲気のある仕上がりになった。

ライカM11/ズミルックスM f1.4/50mm ASPH./絞り優先AE(F1.4・1/320秒)/ISO 64

背景のボケに注目。従来型ではF2.8前後で点光源のボケがギザギザになったが、新型は円形に近く自然だ。これで安心して好きな絞り値を選べる。

ライカM11/ズミルックスM f1.4/50mm ASPH./絞り優先AE(F2.8・1/750秒)/ISO 64

建物の壁に反射する光に惹かれてレンズを向けた。解像感の高い、メリハリのある描写だ。従来型より鏡筒が太くなったものの軽快に撮り歩けるのは、コンパクトなレンジファインダーカメラ用レンズの楽しさだ。

ライカM11/ズミルックスM f1.4/50mm ASPH./絞り優先AE(F8・1/640秒)/ISO 64

絞り開放ではわずかに柔らかいのが、ズミルックスらしい味わい。色収差を抑えて究極のシャープさを目指したアポ・ズミクロンとは異なる、伝統的なライカを感じさせる描写。

ライカM11/ズミルックスM f1.4/50mm ASPH./絞り優先AE(F1.4・1/800秒)/ISO 64

50mmは肉眼に近い遠近感で撮れるので、街のスナップに使いやすい。ピントは自転車の車輪に合わせた。レンジファインダーカメラの二重像合致式距離計とブライトフレームによる構図決定は、一眼レフカメラともミラーレスカメラとも異なるクラシカルな趣。

ライカM11/ズミルックスM f1.4/50mm ASPH./絞り優先AE(F5.6・1/125秒)/ISO 64

0.7mより近くはライブビューに切り替える必要があるものの、従来型より撮影の自由度が高まり、構図決定に意識を集中させることができた。

ライカM11/ズミルックスM f1.4/50mm ASPH./絞り優先AE(F2.8・1/160秒)/ISO 64

ガラスに強い光が反射しているが、ゴーストやフレアは出ていない。具合的なアナウンスはないがコーティングも新しくなったようなので、その恩恵もありそうだ。画面に太陽が入るような条件でなければ、逆光でもコントラストの高い写真が撮れる。

ライカM11/ズミルックスM f1.4/50mm ASPH./絞り優先AE(F8・1/500秒)/ISO 64

住宅地を流れる川の夕暮れ。50mmのF1.4絞り開放は、街の雰囲気を感じさせるボケが得られた。またライカM11は6,000万画素ながら手ブレ補正は持たないので、F1.4の明るさはブレ防止にも使える。

ライカM11/ズミルックスM f1.4/50mm ASPH./絞り優先AE(F1.4・1/500秒)/ISO 64

(ふじいともひろ)1968年、東京生まれ。東京工芸大学短期大学部写真技術科卒業。1996年、コニカプラザで写真展「PEOPLE」を開催後フリー写真家になり、カメラ専門誌を中心に活動。公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員。