赤城耕一の「アカギカメラ」
第38回:軽さより画質に感動。2泊3日の「ライカM11」実写レポート
2022年1月20日 09:00
ライカM10登場から5年、後継機のライカM11が登場しました。日本国内の発売は1月21日ですから明日ですね。いち早く新しいライカを入手しないと気が済まないあなた、118万8,000円の準備は大丈夫でしょうか? 大丈夫ですね? 明日にはライカM11を首から提げ、ニコニコしながら銀座のホコ天を歩くわけですね。とても羨ましいです。
Mシリーズがデジタル化されたのは2006年のライカM8からで、途中、製品名に数字が冠されていないライカM(Typ240)があるので、ライカM11で5世代目となりますか。開発のスタートは2018年とアナウンスされています。ライカM10と見比べて、ぱっと見はどこが変わったのかと思うほど、外観の印象は同じです。細かい仕様は本誌にも既報されていますので詳細はそちらを参照いただくとして、主な特徴だけ挙げておきましょう。
ライカM11の主なスペックの特徴は、6,030万画素の35mmフルサイズ裏面照射型CMOSセンサーを搭載していること。記録画素数は60MP、36MP、18MPの3種から選択できます。新たに電子シャッターでの撮影を可能とし、その際はシャッタースピードも最高1/16,000秒となって無音撮影ができます。64GBの内蔵メモリーや、有線接続でiOS端末との高速通信が可能になるなどの進化も注目点です。
ライカM10に続いて動画撮影機能はありませんから、そうした最新機能を使いたい方はミラーレスのライカSLシリーズに任せちゃおうという割り切りがあるようですね。これはこれでライカ全体のシステムの役割分担としてもいい方向だと思います。
先に外観の印象は大きく変わらないと申し上げましたが、すみません、大きな違いがありましたね。ライカM11からはついにベースプレートがなくなりました。
これは1954年のライカM3からの伝統、いやライカ誕生時からのお約束ごとであり、デジタルになっても踏襲されたMシリーズのお作法です。バッテリーやSDカードへのアクセスが早くなっても、少しだけ残念感があります。最も筆者は、ライカM8登場時にベースプレートを採用したことについて、「ここまでやるのか」と理解はしつつも、なんだかフィルムのMに媚びているような印象もあり、あまり評価しなかったような記憶がありますが、後にはあって当然と考えるようになりました。時は人間の価値観を変えてしまいますので、これまで存在したものがなくなると、少し不安になります。ブライトフレームの採光窓がなくなった時と同様の喪失感があります。
で、ここからが今回の本題となりますが、とりあえず触って、撮りましたよライカM11。プロトタイプ、しかもお帰りもお急ぎで滞在は2泊3日。お相手するのが難しかったので、最小限のお手合わせになりました。もう少し時間をかけ、ツッコんで撮影できたらよかったのですが。今後、落ち着いたところで、まじめな識者の方がしっかりとした検証をされることでしょうから少しお待ちください。ここからはプロローグという感覚でご覧いただければと。
うちにいらしていただいたのは、マットなペイントが施されたブラックモデルでした。ライカカメラ社も強力にアナウンスしていますが、従来より軽量化されたモデルということです。
材質はマグネシウムとアルミニウムからできており重量は530gですが、筆者はぼーっと生きているためか、軽量化にはほとんど気づかなかったのです。これは今もなお(もともと軽量な)フィルムMやスクリューマウントライカと日々戯れていることが主な理由だと思います。ですので口が裂けても「衝撃!ライカM11は驚きの軽量化を達成」みたいなことは言うことができません。
ただ、ひたすら心配しているのは、ライカM11をしばらく使用したのちに、このブラックの塗装が剥げたらどのような地金の色が出現するのかということだけであります。もうこれだけで夜も眠れません。ちなみにシルバークロームボディは真鍮製なので、伝統的素材にこだわるライカマンであれば、従来と同様の重量でもこちらを選ばねばなりませんね。まあ、それでも今のバカデカい35mmフルサイズミラーレス機と比較すれば小さいものです。
そういえばライカMレンズのシルバーモデルも素材は真鍮製で重いものが多いですね。これはアルミだとメッキの乗りが悪いというこだわりからと聞いていました。筆者はカメラ、レンズの軽量化は間違いなく正義だと信じていますが、ライカの場合は少し異なる価値観で考える必要があります。お約束のLeica赤バッジもつけられています。これも2年後に登場する“ライカM11-P”では省略される可能性がありますね。わからないけど。でもシルバーが真鍮製ならば、ブラックも真鍮製にする余地が残されているわけですね。
さて、まずライカM11を使うにはバッテリーを入れねばなりませんが、これが従来と比較すると結構デカく、容量も64%アップの1,800mAhと大きいそうなのです。今回はまだ予備バッテリーがないので、ドキドキしながら撮影に出かけましたが、よほどの大量コマ数を撮影しないかぎり、筆者程度のスナップ撮影量ならば一日中持ちそうなイメージです。なお底部のUSB Type-C端子に電源アダプターやモバイルバッテリーを接続して、充電・給電することも可能です。
くどいようですが、先に申し上げたベースプレート省略問題について、バッテリーのもちが良いのならベースプレートが存在しても着脱の頻度が低くなり問題ないのではという考え方もあります。問題はその存在です。実際に使っているときはもちろん、そんなものなくても気にならないのですが、カメラ仲間の飲み会でライカM11を見せびらかすとき、ベースプレートを外すパフォーマンスができないのは残念ですね。テーブルにこぼしたビールの上にうっかりライカM11を置いてしまうようなようなことにも、今後は注意が必要になるでしょう。ああ、ベースプレート問題だけで多くの字数を使いました。次、行きます。
ファインダーはライカM10から変化がないようです。ということは1958年登場のライカM2の頃から、光学系の基本的な仕組みには変わりがない、もう改良の余地がない完成度が高いものであるということです。見やすく二重像のコントラストも高く、二重像周りも明確ですから、上下像合致で素早く正確にフォーカシングできます。ただし、画面中央でしかフォーカシングはできないという伝統も守られています。と、いうことは、大口径レンズなどを使用する場合、フォーカシングした後に構図を変えるとコサイン誤差の発生の恐れがあり、狙ったところのフォーカシングから外れる心配はあいかわらず存在します。もっとも、こんなことを恐れていては、ライカMシリーズを使う意味がありません。
ただ、ライブビューが可能になったライカM(Typ240)からは、ライカカメラ社として「ビゾフレックス」と呼ぶ着脱式のEVFを用意し、ライカM11にも新型の「ビゾフレックス2」が用意されています。今回はこのビゾフレックスを試すことができませんでした。ライカの公式PVではラルフ・ギブソンがビゾフレックスを装着したライカM11+アポ・ズミクロンM 35mm F2 ASPH.でレンジファインダーの最短撮影距離よりも短い距離設定を行い、テーブルフォトを撮影するというパフォーマンスをみせてくれました。これは見ただけでもビゾフレックスが欲しくなります。
このビゾフレックスという外付けEVFの存在については、否定的な人もいるようです。これはおそらくデザイン面についてが主なところです。わからなくもありませんが、見せびらかすときは取り外せば済むことです。新型のビソフレックスは角形で大きくなった印象ですが、表示画像は鮮鋭になっているようです。「Mシリーズカメラを便利にしてどうするのだ」という意見も古くからのライカユーザーの共通した認識ですが、基本機能を変えることなく、付加するわけですから、この考え方はかつての光学式のビゾフレックスと同様の思想性があると考えてよいのではないでしょうか。往時から、「M型ライカを一眼レフ化」する素直ではない行為については論議があったものです。
レンズの種類や撮影条件によって、レンジファインダー、背面モニターのライブビュー、ビゾフレックスEVFを使い分けることができること、筆者はこのことが、Mシリーズのデジタル化の最大の恩恵ではないかと考えているくらいです。アポ・ズミクロン M 35mm F2 ASPH.のように、距離計連動範囲を超えた至近距離設定が可能なMレンズは今後増えるのではないかと予想しています。ビゾフレックスがあることで、レンジファインダーカメラの“寄れない”というウィークポイントをうまくカバーしたわけで、筆者としてはポイントは高いのです。
さてライカM11を実際に使います。まずはISO感度を合わせますが、ISO 64がベース感度です。これは良いのですがダイヤルには「100」が見当たりません。100に設定したい場合はメニューから選ぶ必要があります。もちろんISOオートのために「A」ポジションもあります。最高感度はISO 50000まで設定可能です。メニュー画面からあらかじめ記録画素数を60MP、36MP、18MPの3種から選びます。RAW(DNG)とJPEGで画像を記録することが可能です。RAWの記録画素数を減らしても画角は変わりません。
また、60MPの高解像度を生かし、ライブビューモードでデジタルズーム撮影が可能です。倍率を1.3倍または1.8倍から選択し、こちらもDNGとJPEGで記録できます。DNGではセンサー全域を使って記録された画像データがすべて残されますから、画像処理時にデジタルズームを解除した写真制作も可能になります。こういうフレキシビリティも良いかと思います。
電源を入れますと、コトリと小さな音がして、メカシャッターが開きます。これが基本状態です。電子シャッターにも対応し、無音撮影が可能になりました。ブレッソンや木村伊兵衛なら泣いて喜んだかもしれません。しかし、電子シャッターでは動体が被写体の場合にはローリング歪み発生の可能性はあります。これは今回時間的な問題でしっかりと検証できませんでした。
それでも1/16,000秒の高速シャッターを使えば、みなさん大好きノクティルックス50mm F1.2を明るい昼間に開放絞りで使用できるかもしれません。ファインダーと同様に、シャッターも撮影条件や目的によりメカと電子を使い分ければ良いという考え方でいいと思います。メカシャッターでの動作音も静粛で、筆者はけっこう気に入っています。
ライカM11からはセンサー像面での測光になっているので、メカシャッター幕の反射率を考慮する必要がないため、シャッター幕面は黒色です。センサー像面での測光はより正確な露光が得られるとされていますが、この恩恵はありそうです。筆者が使用しているライカM9やライカM10-Pも時として不自然にAE設定時の露出が暴れるという経験をしていますが、ライカM11は試用中にそうした現象は起こりませんでした。もっとも気に食わないことが起きたとしても、ライカではなく使用者の思い違いかもしれないので、すぐに怒ったりしてはいけません。これがライカユーザーに共通した資質でありますね。
さてと、画質面ですね。60MPという高画素を生かすには、最新のライカMレンズを使うべしとアナウンスされています。もちろん理屈ではそうです。超高性能のアポ・ズミクロンシリーズを使うなどして、ライカM11のポテンシャルを生かしきる方向も正しいかと思います。
逆にクラシックなライカレンズを使う場合は18MPの設定が良いとされていますが、こうした画素数と新旧レンズの関係による組み合わせは、筆者の印象ではあまり気にしなくて良いという印象を持ちました。むしろ、古いライカレンズやサードパーティの交換レンズを使って60MPで撮影しても、素晴らしくよく写るという印象を抱きました。
一番小さな18MPという画素数はライカM9と同じですが、私はこの時点で画素数的には満足していましたし、画素数選択も表現や撮影条件、目的により使い分けたいところで、これもまた使いこなしの妙というやつですね。
18M、36M、60Mそれぞれで同条件で撮影し比較してみました。モニター上で拡大していけばそれぞれの違いはわかりますけれど、A3ノビ程度のプリントでは画素数の違いはわからないと思います。それより画調の良さ、それぞれの違いのなさの方に注目すべきで、個人的にはハイライト部分の再現性がとても良い印象を持ちました。(アポ・ズミクロンM F2/50mm ASPH.・F4・ISO 64。サムネイルをクリックで等倍データを表示)
超高感度での再現性の違いを見るために、18MPと60MPで同じものを撮影しました。ISO 6400程度では判別がつかなかったのでISO 25000設定にしたところ、シャドーの再現が18MPでは少しだけ優れるのではないかという結論を得ました。高感度のノイズの違いは両者ともに違いがわかりません。(アポ・ズミクロンM F2/50mm ASPH.・F5.6。サムネイルをクリックで等倍データを表示)
筆者が今回短い時間ながら軽く試写しただけでも、ライカM11の画質からは、これまでのMシリーズライカにないチカラのある品格を感じ取ることができました。これは不思議なことで、レンズの性能や画素数だけの問題ではないようです。60MPでも36MPでも18MPでも同様の共通した艶っぽい印象を持ったからです。画像処理エンジン「LEICA MAESTRO III」のおかげもあるのでしょうし、品格を感じさせるのは階調再現の豊富さかと思います。
公式発表では、ISO 64設定で15ストップの広ダイナミックレンジを実現とあります。これはライカM11のDNGファイルをPhotoshopで開き、露光量やレベル補正を大きく動かしたことだけでもすぐにわかってきます。大袈裟にいうと露光量を大きく変えても「いずれのコマでもお好みで使えてしまう」という印象です。これは情報量が増えていることを意味しているわけで、60MPの高画素によって、ただひたすら鮮鋭さだけをウリにしているというわけではないわけです。
ライカMマウントレンズには、サードパーティからマウントアダプターが多数用意され、昨今ではユニバーサルマウント的な存在となり、ライカMシリーズ以外のカメラで楽しまれている例も珍しくありません。けれど、ライカで撮影した場合と画質が異なって感じることもありますね。これはライカMシリーズが他社のカメラよりもセンサー前のカバーガラスを極薄にすることで、レンズの特性を活かしているからということもありそうです。純正同士の組み合わせが絶対であるとはいいませんが、ライカMシリーズの画質の評価の裏づけには、そうした理由もあるということです。
伝統のスタイリングや大きさを踏襲したまま、かつ他の最新デジタルカメラに並ぶかそれ以上の高画質を追求することは、ライカカメラ社にはカメラを一から新設計するより難しい縛りがあると想像されます。レンジファインダーが収まるスペースも変えようがありません。
ライカM11でも、伝統のMシリーズから大きく道が外れるということはありませんでした。これには安堵したところもあります。もっともライカM11では電子シャッターでの撮影も可能となり、かつ撮像面での測光も行うことができます。高性能のビゾフレックスが用意されたことも気になります。
筆者の勝手な予想では、レンジファインダーを省き、EVFを内蔵、あるいは着脱式にしたMマウント互換のミラーレスカメラが兄弟機として用意されてもおかしくはない段階に入ったようにも思うわけです。ベースプレートを省いたのは、情緒性に傾くことのない合理的な考え方を持ったプロの要望によるものかもしれません。同様に今後、利便性の高いEVFを最大限に応用しようと考えてもおかしくはありません。
また、すでにサードパーティ製のマウントアダプターではMマウントレンズをAF化する試みも普通に行われ、製品化されています。機能面での発展の余地が少ないとされるMシリーズライカですが、やることはたくさんあるわけで、ライカM11のお披露目では“M11はライカのマイルストーン”と述べた社主カウフマン氏の言葉が印象に残りました。