切り貼りデジカメ実験室

キヤノンEOS M3で試す「露光間フォーカスシフト」

ふわっとした描写 見たことのない写真に!

今回もまた不思議な写真が撮れてしまった。夜の花だが、手前のサザンカと背景の両方にピントが合っている。それでいながら全体にソフトフォーカスで、しかも光跡が放射状に流れている。実はこれ、露光時間3.2秒の間に、レンズのピントをマクロから無限遠まで移動(シフト)させているのだ。撮影機材はキヤノンEOS M3にマウントアダプターを経由してキヤノンの「MACRO LENS FD 50mm F3.5」を装着した。MF時代のマクロレンズのほうがピントリングがなめらかで、この撮影方法には適しているのだ

深度合成と似て非なる撮影方法

前回の「『ニコンFペーパークラフト』をデジカメ化する」は連載史上もっとも手間の掛かった工作になったが、今回は一転してカメラやレンズは無改造で、なおかつ“普通でない撮り方”の新たな提案をしてみようと思う。

昔から「何とかとハサミは使いよう」と言われるが、カメラにも“普通に撮る”だけではない、隠された使用法がまだまだ存在するのだ。

そう言えば私は子供のころ、算数の計算問題が大の苦手だった反面、応用問題が好きだった。計算問題は「答えが1つ」だが、応用問題は「1つの答え」に対し「複数の解き方」があって、それが面白かったのだ。この考えは算数以外にもいろいろ応用できて、写真やカメラもまたしかりなのである。

例えば、「マクロ撮影では被写界深度が浅くなり背景がボケる」という写真のセオリーを突破する方法も、実際に1つではなくいくつかが存在する。

その代表が昆虫写真家の栗林慧さんが開発した「虫の目レンズ」であり、別の方法としては小檜山賢二さんにより始められ、最近ではオリンパスのデジカメに採り入れられた「深度合成」機能がある。

私もこの方面の研究はいろいろとしていて、本連載でも「二重焦点ズーム付きデジカメ」という方法を試したことがあった。

そして今回は、またちょっと違う方法を思い付いたので、さっそくチャレンジしてみたのである。手法としては単純で「露光中にピントをマクロから無限遠まで移動させる」というもので、とりあえず「露光間フォーカスシフト」と名付けてみた。

「ピントを移動させる」という点でオリンパスの深度合成機能に似ているが、今回試すのはデジタル合成なしのアナログ的手法である。

ピントリングも手動で回すことになるが、瞬時にこれを行うのは不可能に近い。そこでカメラを三脚に固定し、夜間の長時間露光と併用することにした。

使用カメラはキヤノン「EOS M3」をセレクトしてみた。しかしEOS M用レンズは露光中にピントリングを動かすことができない。そこで「MACRO LENS FD 50mm F3.5」を、マウントアダプター経由で装着することにした。

このレンズは1973年にキヤノンから発売されたFDマウントのマクロレンズで、当然ながらMF仕様だ。そしてこの時代のマクロレンズは、ピントリングがねっとりした感触でスムーズに回すことができるのだ。

まぁ、実を言えば自分が持っていたMACRO LENS FD 50mm F3.5をキヤノン純正デジカメで使ってみたくなって、そこから連載のアイデアをあれこれ考えてみたのだった(笑)。

ともかくこの手法は、頭で考えてもどう写るかは見当も付かない。そこでさっそくカメラをセッティングして、夜になるのを待って撮影に出掛けてみたのである。

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カメラとレンズのセッティング

EOS M3に、RAYQUAL(宮本製作所)製のマウントアダプター(左)を介して、MACRO FD 50mm F3.5(右)を装着する。MF時代のFDマウントレンズは、フランジバックの都合上、一眼レフカメラのEFマウントに装着すると無限遠が出なかった。しかしミラーレスカメラのEOS Mシリーズの登場によって、往年のFDレンズが最新のミラーレスカメラで楽しめるようになったのだ
EOS M3にMACRO FD 50mm F3.5を装着したところ。画角はライカ判換算80mm相当になる。しかしこのままではシャッターが切れず、メニューから「カスタムファンクションIII」に入り「レンズなしレリーズ」の項目を「する」に切り替える必要がある。しかしその他の基本的操作はしやすく、EOS M3はイマドキのミラーレスカメラとしてよくできている
MACRO FD 50mm F3.5はフローティング機構やインナーフォーカスを装備しておらず、単純な前群繰り出しフォーカスを採用している。このため最短撮影距離(23.2cm)で鏡筒が2.5cm繰り出す。最大撮影倍率は1/2倍だが、ライカ判換算で表記すると1/1.25倍となる。ピントリングの動きはねっとりした感触で、非常にスムーズだ
奥まった位置に小さなレンズが見える構造は、MF時代のマクロレンズとして標準的な仕様だ。レンズ銘板「S.S.C」の赤字は「スーパースペクトラコーティング」の略で、色の抜けがよく逆光に強いことを示している。描写も絞り開放からシャープなレンズだ
カメラを三脚に固定し、夜の街中に出掛けて「露光間フォーカスシフト」の技法を試してみることにした

テスト撮影

「露光間フォーカスシフト」を試す前に、まずはノーマルな「夜間マクロ撮影」をしてみた。被写体は近所の住宅街で見掛けたキクの花だ。ストロボは使わず、街灯の光のみで撮影している。シャッター速度は5秒だが、この夜は風もなくブレずに撮影することができた。絞り開放ながらシャープな描写で、MACRO FD 50mm F3.5の優秀さが現れている。

花に合焦。5秒 / F3.5 / ISO100 / マニュアル露出

同様の位置からピント位置を無限遠に移動して背景の街並みを撮ってみる。こちらのピントもなかなかシャープで感心する。

無限遠に合焦。5秒 / F3.5 / ISO100 / マニュアル露出

次に、今回の新手法である「露光間フォーカスシフト」を試してみる。露光時間5秒の間に、ピントリングをマクロから無限遠までぐるっと回転させている。その結果、手前の花と遠景の両方にピントが合いながら、全体にふわっとした描写の、これまで見たことのない写真になった。

「露光間フォーカスシフト」で撮影。5秒 / F3.5 / ISO100 / マニュアル露出

光のにじみが放射状に流れているのも独特だが、これは撮影倍率によってレンズの画角が変化するため起きた現象だ。

まとめと実写作品

「露光間フォーカスシフト」は頭で考えただけのアイデアでどう撮れるか不安だったが、実際に試した結果これまでにない写真が撮れることがわかった。

そこで気をよくした私は、「住宅地に植えられた夜の花」をテーマに、この手法によるシリーズ作品として撮影することにした。季節は11月も後半にさしかかっていたが、あらためて探してみるとけっこうな種類の花が咲いている。

実際に撮影してみると、この「露光間フォーカスシフト」はピントリングを回すタイミングがなかなか難しいことがわかってきた。ピントリングをゆっくり回しすぎると無限遠に至る前にシャッターが閉じてしまい、背景がボケて写る。逆に早く回しすぎると無限遠での露光時間が長くなり、背景だけがはっきり写りすぎてしまうのだ。

また、遅いシャッター速度で花を撮っているわけで、そうなると風による被写体ブレも問題となる。体感的に風が吹いてなくとも、ファインダーを覗くと微風で花が揺れていたりするのだ。そんなときは風が止むタイミングをひたすら待つか、もしくは風で揺れにくい花を見つけて撮るのがコツだと言える。

  • 作例のサムネイルをクリックすると、リサイズなし・補正なしの撮影画像をダウンロード後、800×600ピクセル前後の縮小画像を表示します。その後、クリックした箇所をピクセル等倍で表示します。
3.2秒 / F3.5 / ISO800 / マニュアル露出
4秒 / F3.5 / ISO100 / マニュアル露出
3.2秒 / F3.5 / ISO400 / マニュアル露出
3.2秒 / F3.5 / ISO100 / マニュアル露出
1.6秒 / F3.5 / ISO100 / マニュアル露出
2秒 / F3.5 / ISO100 / マニュアル露出
4秒 / F3.5 / ISO100 / マニュアル露出

この撮影法で光のにじみが放射状に流れるのは、撮影倍率によってレンズの画角が変化するためだ。MACRO FD 50mm F3.5は単純な前群繰り出しフォーカスを採用しており、最大撮影倍率1/2倍でレンズが25mm前進する。そしてこの時の画角は50mmより狭くなり、75mmレンズを無限遠で撮影した画角と同じになる。この性質はフローティングやインナーフォーカスを採用した現代のレンズとはちょっと異なる。

EOS M3の設定だが、露出モードはマニュアルで、適切と思われるシャッター速度になるようISO感度を調整した。WBはオートに任せている。MACRO FD 50mm F3.5は「露光間フォーカスシフト」の効果を高めるために、絞り開放F3.5に固定した。ピント合わせはEOS M3の「拡大モード」を使って精密に行える。ともかく苦労しながら同じ構図で何枚も撮り、その中から良いと思えるものを作品としてセレクトした。

今回の表現は写真における「ピントとボケ」がテーマだとも言えるが、実のところこれは自分にとって不可解な問題のひとつなのである。

いや「シャープなピントときれいなボケ」は写真ならではの表現であり、イマドキのデジタル一眼レフもミラーレスカメラも、そうした写真が撮れることを謳い文句にしている。しかし、私としては「写真とはこういうものだ」という自明性にどうしても疑問を持ってしまい、性懲りもなくいろいろな実験を繰り返してしまうのである。

糸崎公朗