インタビュー

キヤノンUSAが開発中。“デジカメ+VRヘッドセット”で使えるVR対面アプリ「Kokomo」の目指す姿

EOS Webcam Utility開発のその後

キヤノンU.S.A., Inc. イノベーションセンターの今野隆平氏(以下、CES会場写真はキヤノンUSA提供)

キヤノンが米国展示会「CES 2022」で発表した中では、1台のリモートカメラから複数視点が得られるWeb会議ソリューションの「AMLOS」が特に注目されていた。いっぽう民生用デジタルカメラの話題を主に扱う本誌としては、デジタルカメラと市販のVRヘッドセットを使ってVR対面コミュニケーションを可能とする「Kokomo Software By Canon(Kokomo)」も見逃せない。

聞けば、この「Kokomo」は2020年春に公開された「EOS Webcam Utility」と同じ担当者が開発しているとのことで、EOS Webcam Utility開発の後日談と、デジタルカメラを使った対面コミュニケーションの今後について、キヤノンU.S.A., Inc. イノベーションセンターの今野隆平氏(Senior Specialist)に聞いた。

キヤノンUSA今野氏にインタビュー

——今回発表されたKokomoについて、改めて概要を教えてください。

「Kokomo」は、“キヤノン製デジタルカメラ”と“市販のVRヘッドセット”という手軽な機材で、実写3D映像による仮想空間上の対面コミュニケーションを実現するVRプラットフォーム用アプリです。キヤノンUSAが開発を進めています。

対応するキヤノン製カメラで撮影した映像から、キヤノンUSAが長年培ってきた画像処理技術を用いてユーザーの姿を3Dで仮想空間に再現するとともに、市販のVRヘッドセットを用いて、仮想空間の中で相手や周囲を3Dで見ながら行うビデオ通話「ImmersiveCall」により、離れた場所にいる人同士で互いの姿を確認しながら、あたかも対面で会話しているかのような通話を楽しむことができます。

複数台のカメラやプロフェッショナルなセットアップが必要となる複雑なシステムを用意することなく、キヤノン製カメラ、市販のVRヘッドセット、スマートフォンという手軽な構成で仮想空間上の対面コミュニケーションを実現することにより、遠く離れて暮らす友人、家族、恋人同士など「人と直接会いたい」と願う全てのユーザーにとって使いやすいアプリの実現を目指しています。

使用イメージ

——Kokomoの開発がスタートした背景を教えてください。

キヤノンUSAは、2020年夏に社内で「ポストCOVIDプロジェクト」を立ち上げ、さまざまな取り組みを行ってきました。新型コロナウイルス感染拡大によるパンデミックを通じ、多くの人が私生活や仕事で人と繋がるために、当たり前のことのようにビデオ通話を活用するようになりました。一方、既存のビデオ通話は、実際にその場に一緒にいる友人や家族と対面で会話することの代わりにはならないと感じ、直接会って会話することのありがたみを改めて感じた人が多くいるのではないかと思います。

そこで、どこからでも「その場にいる」ことを実現できたらどうだろう、と考えて2020年10月に初期コンセプトを固めました。2020年11月に開発を開始し、2022年1月のCES 2022で初披露しました。開発スタートからここまで約1年というスピードで開発を進めており、2022年内の発売を目指しています。

——今野さんは「EOS Webcam Utility」にも携わっていました。

「EOS Webcam Utility」は、新型コロナウイルスの影響下で、「手軽に、より高画質な映像を利用したい」というニーズの高まりに対応すべく、カメラやパソコンの知識がなくても、インストールさえすれば存在すら意識せずに済むような、誰でも使えるシンプルで簡単なソフトウェアの提供をめざして開発を行いました。ベータ版のリリースを企画から約3週間という業界最速で行うなど、ニーズに即したソリューションをスピーディーに開発できたことで、2021年12月末時点で、世界で約300万ダウンロードという多くのお客様に受け入れていただく結果につながりました。

「Kokomo」も同様に、市場に近い場所で、ロックダウンにより直接人と会えないという課題を抱えるユーザーから実際の声を集めることで、ニーズに即したソリューションをスピーディーに開発することを目指しています。またそのニーズ以外にも、コロナ禍以前から海外赴任などで遠く離れて暮らす友人や家族と直接会いたいというニーズはあると思います。そのようなお客様の「直接人と会えない」というペインポイントを私たちの技術で解決し、新しいビジュアルコミュニケーションの形を提案していきたいと考えています。

——Kokomoの開発が2020年11月にスタートしたということは、「EOS Webcam Utility」が正式版になった頃には、すでにその先を見据えていたのでしょうか。

その通りです。「ポストCOVIDプロジェクト」がキヤノンUSAで立ち上がった2020年夏にはKokomoに繋がる構想づくりを始めており、「EOS Webcam Utility」の正式版をリリースした2020年9月にはコンセプトをほぼ固めていました。

——「EOS Webcam Utility Beta」は企画から約3週間でリリースしたとのことでしたが、結果も含めた社内的な反響や評価はいかがでしたか?

キヤノングループ全体の発明に関する社内表彰で、コロナ禍の需要にいち早く応えたことが表彰されました。開発に加え、トップマネジメント、知的財産、マーケティング、サービス、広報などの関係部門が一丸となって時間的ロスを排除し、通常手番を短縮したことで業界最速リリースに繋げることができました。

このキヤノンUSAが一丸となった活動の成功が一つのきっかけとなり、前述の「ポストCOVIDプロジェクト」が立ち上がり、CES 2022で開発発表した「Kokomo」に加え、ハイブリッドワークソリューション「AMLOS」などのプロジェクトに繋がっています。

また、EOS Webcam Utilityは2020年のグッドデザイン賞も受賞しており、自社でオンラインのユーザーフォーラムを運営し、ソーシャル時代にメーカーの目指すべき理想的なコミュニケーションスタイルを実現しているという点も評価されました。

——Kokomoの開発で注力しているポイントについて教えてください。

VRはエンターテインメントや観光、教育など幅広い産業において活用が広がっています。仮想空間上のコミュニケーションがアバターを介したソリューションが主流となる中、私たちは、自分自身の姿、表情、服装を映し出し、大切な相手の姿を見て視線を合わせることがコミュニケーションの中で大切だと考え、企画を始めました。キヤノンのカメラや画像処理技術を用いることで、VRヘッドセットを装着していることすら忘れてもらい、よりVRにリアリティを持たせたいと考え、人の実写にこだわっています。

——“大切な相手の姿を見て視線を合わせる”とのことですが、お互いにVRヘッドセットを装着しながら視線が合う仕組みがあるのでしょうか? そこに新技術などがあれば、教えてください。

開発中のため詳細についてはお話しすることができませんが、仮想空間上で“相手の姿を見て視線を合わせて対面コミュニケーションができる”ことをコンセプトに開発を進めています。

実際に「CES 2022」では、来場したお客様がキヤノンUSA社員と視線を合わせ、会話を行う形で体験展示を行いました。展示はお客様が一方通行でキヤノンUSA社員を見る形になりましたが、製品化の際はもちろん双方向で見られるようにすることを考えています。

約30年にわたりキヤノン製ハードウェアを活用した強力なソフトウェアソリューションを開発してきたカリフォルニア州アーバインオフィスのキヤノンUSAのソフトウェア開発技術を用いて実現していきますので、発売まで今しばらくお待ちください。

——Kokomoの対面通話は、1対1に限られるのでしょうか?

こちらも開発中のため詳細はお話しできませんが、まずは1対1の通話を目指しています。将来的に、友達数人や家族全員で会話ができるようにしたいと思っています。

——CESで行われた展示について詳しく教えてください。また、反響はいかがでしたか?

ブースでは来場者にVRヘッドセットを着用してもらい、カリフォルニア州マリブの絶景を望むトレーラートラックを再現した仮想空間のなかで、相手(キヤノンUSA社員)や周囲の風景を3Dで見ながらビデオ通話「ImmersiveCall」を体験していただきました。

実際に体験したお客様の様子を見ると、普段のビデオ通話では行わないような身振り手振りを交えた会話が行われるなど、Kokomoのコンセプトに対する手応えを感じています。また来場した他社の方から「我々もこのような体験ができるようなことを考えていた」という声も聞かれ、スピード感を持って開発することの重要性を実感しています。

CES 2022キヤノンブースの「Kokomo」コーナー

——VRヘッドセットは「Meta Quest」(旧Oculusシリーズ)が使えるのですね。

米Meta(旧Facebook)が手掛けるVRヘッドセット「Meta Quest」は、アメリカで最も広く利用されているVRプラットフォーム/VRヘッドセットであり、「Kokomo」の技術をサポートできることから、お客様にとって最適なプラットフォームであると判断しました。まずは「Meta Quest Store」での配信を予定しており、その他のプラットフォームについては、市場動向を注視し、適宜検討していきます。

——「手軽な機材で」ということは、対応するカメラは幅広い製品になりますか?

CES 2022での展示にあたり、「EOS M200」と「EOS R5」の対応を発表しましたが、具体的な対応機種は未定です。まず、この2機種を発表した意図は、手軽さがコンセプトの一つであるため、EOS M200のようなエントリー機種から幅広く対応することを目指しているというメッセージを込めています。

もちろん、「EOS R5」と「RF5.2mm F2.8 L DUAL FISHEYE」を用いることで、高画質な3Dの180度VR映像により、今までにない臨場感の高いVR通話体験をすることもできます。完全な対応機材リストは2022年内のリリース時に公開しますのでご期待ください。

——スマートフォンは、Kokomoでどのように使うのですか? パソコンがなくても使えるのでしょうか。

キヤノン製のカメラ、市販のヘッドセット、スマートフォンの手軽な機材だけで使えるように開発を進めており、パソコンは不要です。既存の通話アプリで親しみのあるスマートフォンを通話のトリガーにしており、スマートフォンにダウンロードした「Kokomo」アプリで登録したメンバーを選択して、ビデオ通話「ImmersiveCall」を開始します。

相手が着信を取ると「VRヘッドセットを装着してください」といったメッセージが表示されるため、会話の内容に適した仮想空間を指定し、互いにVRヘッドセットを装着して会話を開始するだけでコミュニケーションが始まるといった使い方を検討しています。

スマートフォンのKokomoアプリは、既存の通話アプリに近い操作系だという。開発中のため画面やUIは変更の可能性がある。
Kokomo - Say Hello to Realistic Face-to-Face VR

——Kokomoはソリューションとして販売されるのでしょうか。もしくは、EOS Webcam Utilityのように一般ユーザーにも配布されるのでしょうか。

まずはVRプラットフォーム「Meta Quest Store」を通じた提供を検討していますが、どのように提供するか価格や販売方法については未定です。2022年内の発売を目指して、お客様の声を集めています。

——「Kokomo」の名前も特徴的ですね。

ある英語の曲の歌詞が製品コンセプトに近く、インスパイアされました。アメリカでは有名な曲で、ある来場者からはインスパイア元の曲を「この曲、知っているか?」と会期中に紹介されることもありました。親しみを持ってもらえたらと思っています。

——年内リリースに向け開発中とのことですが、今後の展望があれば教えてください。

開発中のため詳細はお話しできませんが、キヤノンのカメラやキヤノンUSAの画像処理技術を用いて開発を進めていきます。例えば、通話の背景となるVR空間は、細部まで高画質・高精度に美しい色彩を描き出す「EOS R5」や、キヤノンのソフトウェア「Digital Photo Professional」を用いて、2,000枚以上の画像を繋ぎ合わせて制作しています。

CESの会場ではカリフォルニア州マリブの絶景を望むトレーラートラックをVR空間に再現しましたが、将来的には人と直接会ったり話すのに良い場所をVR空間として増やしていくことも考えています。たとえば、ニューヨークのルーフトップバー、ハワイのビーチなど、話す内容に合わせた空間や、行ってみたい空間など、VRには広がりがあります。今回のCESの展示のフィードバックに加え、今後も継続的にお客様の声を聞きながら、開発を進めていきます。

本誌:鈴木誠