インタビュー

デジタルカメラとドット絵の関係

キヤノンUIデザイナーに聞く、その歴史と“見やすさ”の秘密

古く、カメラはレンズキャップの付け外しで露光量を制御したが、感光材料の進化により露光量をシビアにコントロールする必要が生じると、機械仕掛けの動作加減を制御するリングやダイヤルが主役となる。

そしてデジタルカメラの時代になると、コンピュータさながらのディスプレイがカメラ本体に搭載され、撮影画像のプレビューのみならず、色味や画作りに関する詳細設定までもが直感的に行えるようになった。

そんな現在のデジタルカメラのUI(ユーザーインターフェース)デザインに欠かせない“ドット絵”(ここでは便宜的に、モニターのドットで再現されるものをこう総称する)についての歴史を紐解いてみたい。今回はキヤノンのUIデザイナー 中村安紗美氏に、カメラとドット絵の関係と、その歴史について解説してもらった。

メニューの情報量は、昔も変わらず

デジタルカメラに備わる背面モニターは、以下のように約20年で大型・高精細化した。撮影画像をプレビューする目的では大きな違いがあるが(解像度のみならず、視野角の狭さも懐かしい)、文字やアイコンを扱うメニュー画面に限っていえば、画面が高解像度になっても情報量はあまり変わらない印象を受ける。

左:EOS-1D(2001年。2.0型・約12万ドット)のメニュー画面
右:EOS R5(2020年。3.2型・約210万ドット)のメニュー画面
細かく言えば、現在の背面モニターではこれらをベクターグラフィックスとして表示している。

しかし実際のところは、20年前の液晶パネルでも十分に文字やアイコンで情報表示ができていたこと自体が、ドット絵へのこだわりがあってこその賜物だったという。

EOS-1Dが搭載していたアイコン

同社におけるドット絵のはじまりは、ワープロ事業を手がけていた1980年代に遡る。一例としてパーソナルステーション「NAVI」のアイコン(各32×32ドット)を紹介する。随所に見られる懐かしさはさておき、解像度が低く小さなアイコンでも視認性を確保するための工夫が感じられる。

パーソナルステーション「NAVI」(1988年)
NAVIに搭載されていたアイコンの一例。

液晶モニターと表示パネルの比較。ドット絵とベクターグラフィックス

最新のEOS R5では、3.2型・約210万ドットの背面モニターと共に、上面右手側に128×128ドットの表示パネルが備わる。背面モニターは高解像度なためベクターグラフィックスを使っているが、解像度の高くない表示パネルには引き続きドットグラフィックスが用いられる。

EOS R5の表示パネル(128×128ドット)
EOS R5の背面モニター表示。この高精細なモニター上で見たアイコンのイメージを、ドットで違和感なく再現することが求められる。

こうした低解像度のパネルは、まさにドット絵の腕の見せ所だろう。高解像度な背面モニターに表示するベクターグラフィックスと見比べても違和感がないことを目指したドットグラフィックスが求められ、長年積み重ねてきた“ドット絵”の知見がここに生きてくる。

同じアイコンを、ベクターグラフィックス(上)とドットグラフィックス(下)で比較。

ドット絵、こだわりの実例を覗く

ドットアイコンの制作風景。

前述の通り、ベクターグラフィックスが使えるようになったことでアイコンの表現力は高まったが、何の工夫もなくドット絵で表現しようとすると、アイコンのエッジがぼけるなど、画面上での見映えがよくない仕上がりになってしまうのだという。そこで「ピクセルパーフェクト」という状態を目指して、多数の試作パターンを比較するそうだ。

用語解説

・ピクセルパーフェクト
ベクターグラフィックスでデザインされたアイコンを、画面上で1ピクセルのズレもなく完璧に再現すること。ピクセルパーフェクトにすることで、サイズが小さく解像度の低いパネルでも、クリアで鮮明な画像表示になる。

左:ピクセルパーフェクトの状態
右:ピクセルパーフェクトではない状態

アイコンのデザインにも、技あり

ここまではアイコン表示の美しさに関する技を見てきたが、アイコンのデザインそのものにもプロの技がある。ここでは「逆光補正」と「ポートレートリライティング」を例にとる。

左:逆光補正のアイコン
右:ポートレートリライティングのアイコン

逆光補正は、太陽が被写体となる人物の背後にあり、顔が暗くなってしまっている状態(=逆光)をイメージさせる必要がある。このアイコンでは太陽と人物がきっちり分離して見えるように描かれ、人物の顔に影が落ちている様子も表現されている。

また、ポートレートリライティングでは、顔検出の顔アイコンに、照明を当てているイメージを表現している。

ちなみにポートレートリライティングとは、EOS R5で人物を撮影した場合、撮影後のカメラ内の処理で被写体に仮想の光源を当てて、顔や体の明るさを補正できる機能。仮想光源は位置、強度、範囲を任意で設定可能。今のところEOS R5のみで使える最新機能だ。

このどちらのアイコンも、要素の省略と強調を突き詰めて考えられたもので、今回話を聞いたデザイナーいわく「ドット絵にこだわっていると、少ない要素で物事の本質をうまく表現できるようになる」とのことだった。

また、アイコンを作る際に、スケッチからアイコン化するためのプロセスも見せてもらった。要素の省略と強調、誤解のないような表現など、さまざまな知見が詰まっていることがわかり興味深い。

上のスケッチが、下のアイコンになる。

こういったデザイン的な観点で要素を取捨選択していくと、他人に伝えるための写真もより上手に構成できるかもしれないと思った。

CIPAのガイドラインをどうドット絵に落とし込むか

さらに細かい技が用いられる例として、既存のイラストをドット絵に落とし込む過程を見ていく。

一般社団法人カメラ映像機器工業会(CIPA)の標準化委員会が制定した、「デジタルカメラの図記号に関するガイドライン」というものがある。カメラの基本的な機能のアイコンが世界共通で認識されることを目的にしたもので、39項目が提示されている。マクロの花マークや発光禁止など、お馴染みのアイコンも多いだろう。

これを元に、「日陰」(日陰に対応したホワイトバランス制御の方式やモードを示す表示に使用する)をアイコン化したものが次だ。

左:CIPA 中央:キヤノン(ベクター) 右:キヤノン(ドット)

パッと見は同じだが、よく見ると、小さな画面でも見やすいように細部の調整(影が屋根のひさしにかかっているなど)を行い、ドット絵のほうでは線の太さやカーブにも手が入っている。「単なるラスタライズ(機械的なドット変換)ではない」というのがデザイナーのこだわりポイントだそうだ。

Q&A:ドット絵の担当デザイナーに質問

——カメラのドット絵を作る際に気を付けているのはどんなことですか?
カメラという機器の特性上、シャッターチャンスを逃さないために、要素を整理し、画面の情報を瞬時に読み取りやすいデザインにする必要があります。また屋外での使用を考慮し、明瞭さ・視認性に気を付けてデザインしています。

——カメラの新機種が出て背面モニターの解像度が変わると、ドット絵は作り直しなのですか? また、EVF用にも別途制作しているのですか?
はい。同じデザインであっても解像度(アイコンサイズ)が違えば、その表示するサイズに合わせて微調整をします。EVF用も同じように、背面モニター用とは別にパネル解像度に合わせた調整を行います。

——カメラ本体のUI以外に手がけているデザインには、どんなものがありますか?
PCやスマートフォンのアプリUIデザインや、最近ではfotomotiという写真の撮り方コミュニティのWebサービスのデザインなども手掛けています。

——アイコンは、全世界共通なのですか? 国によって伝わりやすさが違うといった事情はありますか?
全世界共通のものを使用しています。国と地域固有の文化などで解釈が変わるようなものは基本的に使っていません。

おまけ:「あつまれ どうぶつの森」マイデザイン(32×32ドット)

キヤノン、カメラ、ドット絵とくれば無視できないのは、“あつ森”ことNintendo Switch「あつまれ どうぶつの森」の話題。ゲーム内のキャラクターが着る服にカメラのデザインを施すことで、まるでカメラを首から提げているように見えるというお楽しみ要素だ。

これの公開当時、街では品薄で手に入らないEOS R5が、ゲームの中では潤沢に手に入るとあって……かどうかはわからないが、とにかく記事への注目が高かったため、筆者の印象に残っている。

聞けば、この一連の“あつ森マイデザイン”もキヤノン製品のドット絵を担当するデザイナーが手がけたもので、ここに紹介したノウハウが反映されたものだそうだ。あつ森のマイデザインでは32×32マスを自由にデザインできるが、一度に使える色が16色に限られていたり、隣り合うマスに色によって独特な自動補正機能が働いたりと、なかなか一筋縄ではいかないらしい。

このマイデザインに関するツイートなどをいろいろ見ていると、「かわいい」というコメントが寄せられている。現在では各ドットが見えないような高精細ディスプレイも一般化しているが、そんな中で解像度の制約を“味わい”や“温かみ”として楽しめるドット絵の文化は、むしろ最新の音楽にローファイサウンドが多く聞かれるような、一周回った新しさが見直されつつあるのかもしれない。

デジタルカメラも、あらゆる撮影に不満のない高性能品が手軽に手に入るようになり、逆に“写りすぎる”という、ある意味で贅沢極まりない批判さえ受けるような状況にある。ひょっとすると、ドット絵のようなローファイな質感、些末なディテールが沈んで残ったモチーフの世界に、伸び悩みが叫ばれるカメラ市場のヒントがあるのだろうか。そんな、大きすぎるほど抽象的なテーマを、小さなドットの集まりから考えさせられる機会となった。

本誌:鈴木誠