写真展レポート

「見るほどに発見がある」松江泰治さんの新作を交えた作品展「マキエタCC」

東京都写真美術館 11月9日〜2022年1月23日

展示作品について解説する松江泰治さん

東京都写真美術館(東京・恵比寿)で世界各地の都市や地形を独自の視点で撮影している松江泰治さんの作品展「マキエタCC」が開催されている。会期は11月9日から2022年1月23日にかけて。松江さん自身による作品展の解説を聞く機会を得たので、展示の見所とともに、どのような作品展になっているのかを紹介していきたい。

今回の被写体は模型

展覧会タイトルに掲げられている「マキエタCC」とは、それぞれ松江さんの作品シリーズを指している。頭の「マキエタ」が今回の展示のために新たに手がけたシリーズで、後ろの「CC」とは、同名の写真集『CC』(大和ラヂエーター製作所、2005年)でも示された作品シリーズとなっている。CCとは都市の略記号である「City Code」からとられたもの。本展では、2つのシリーズ作品が渾然一体となった展示構成となっている。

では新作のマキエタとはどのような意味・意図に基づくものなのだろうか。シリーズタイトル名の由来について、松江さんはマキエタ(makieta)とはポーランド語で模型を意味する言葉なのだと語った。

「UIO 70846」について語る松江さん

制作に着手したのは2007年のことだという松江さん。同シリーズの撮影を進めていくにあたり、場所のリサーチを徹底して進めていったのだと続ける。調査にあたっては、日本語による調べ方では現地情報を見つけ出すことは難しかったとして、現地の言葉を用いて探していったのだという。マキエタという言葉にはそうした作業の中で行き当たったのだと話す。

では、なぜ模型なのか? という疑問に、一見すると空撮のように見えるが、マキエタシリーズではすべて模型を被写体にしているからだと続ける松江さん。2007年にエクアドル・キトの博物館に展示されていた模型との出会いから、本シリーズの着想を得たのだという。

[2021.11.16修正]記事初出時「マキエタ」シリーズの制作に着手した年を2017年と記載しておりましたが、2007年の誤りでした。お詫びして訂正いたします。

展示室より。左が「UIO 70846」、右が「UIO 70652」

細部を詳細に記録する意味

作品制作のアプローチは、被写体が模型に変わったこと以外はこれまでの手法に準じて進めていったのだという。その撮影では、画面内に地平線や空を含めないこと、被写体に影が発生しない順光で撮影する、などのルールを敷いて進めていったのだという。

展示室では、マキエタシリーズとCCシリーズが混ざり合うようにして配されており、会場内をめぐる中で次第に被写体が模型なのか、実在する都市を捉えたものなのかが渾然一体となってくる。

画面左下に設置されているのは映像作品。本展ではこうした映像作品が4点展示されている

展示室には静止画の作品とともに映像作品も展示されている。2010年より制作を開始したという、これらの映像作品は一見すると静止しているかに見えるが、人々や車の動きなど、細部で動きがあることに気づかされる。

上の展示室とは別の映像作品。密集する建築の中で、車の動きなどが確認できる

そうしてつくりあげられていった作品世界への誘いについて、松江さん自身、撮影中は細部に至るまで把握しているわけではないという。プリントした際に初めて細部への気づきや発見があるのだそうだ。また、続けて本物であるのか模型であるのか、ということ以上に、細部を自由に見て写真からの気づきを得てほしいのだと笑顔を見せた。

展示室より。左が「PAR 32515」、右は「PEN 21320」
「PAR 32515」の一部にぐっと寄ってみた。人々の様子まで子細に見てとることができる。こうした細部の観察から引き出されてくる気づきをどう楽しむか、が本展のポイントとなっている

見るほどに発見がある楽しさ

作品の鑑賞について、松江さんはマキエタシリーズを空撮だと思う人は確かに存在すると指摘。だが、それを模型を撮ったものだと否定することは、あえてしていないという。曰く、後からそれが模型だったのだと気づくことに、むしろ作品鑑賞の面白さがあるのだと続けた。そうしたユニークな鑑賞体験も本展を楽しむポイントになっているようだ。

展覧会場でも最大サイズの作品「LPB 1733」について語る松江さん
展示室の様子。作品の幅は実に4mで、1点もので仕上げられるフレームサイズとしてはこれが最大のものなのだという。壁面いっぱいをもちいて展示されているスケール感は圧巻だ。ぜひ解像の高さを楽しんでほしいと松江さん

同じように作品は全体にわたってピントが合っているパンフォーカスでつくられている。その意図についても、写真家が自ら見て欲しいとするポイントを限定するのではなく、この広大な都市景の中から細部を見渡す楽しさを感じて欲しいのだという。

展示室より。小ぶりのサイズに見えるが、いずれもかなりの大サイズでの展示となっている
上の展示作品のうち、右から2番目の作品細部に寄ったところ。十字架を象った墓標の中に星形のものがあることに気づく

何ともおおらかな姿勢だが、それは同時に鑑賞体験の再定義と言える側面も有している。見方や視点が定義づけされないため、鑑賞者の視点は都市景の中に彷徨い入ることになる。会場には東京などの見知った都市がある一方で、世界各国より実に様々な、未だ見たことのない都市の景色が広がっている。一度足を踏み入れたならば、思わず迷子になってしまいそうな体験。つい作品の前で寄ったり引いたりを繰り返してしまうことが請け合いなので、周囲にも気を配りつつ作中迷路に入り込むようにしたい。

展示室より。右奥の鑑賞者をみても作品の大きさが伝わってくると思う。大サイズでの展示だからこそ細部を見ていく楽しさも増すのだということに気づかされる

「模型」を精密に撮るからこその苦労

本シリーズの撮影にあたり、様々な都市模型と対峙してきたという松江さん。展示作品の多くは模型であるとは気づかないほど精巧な景色が広がっているが、そうした精密につくられた模型に出会うことは、実際にはとても難しかったのだという。

例えば、模型が展示されている場所。展示施設の照明が裸電球のように心許ないものであることも珍しくないのだという。また模型自体の精巧さなども国や地域によって様々。展示室を巡っていくと、空撮と見紛うほどの精巧さを示す模型や、模型らしい模型があったりするなど、そのバリエーションにも面白さが潜んでいることに気づかされる。

展示室の様子

こうした模型の意味あいも松江さんならではの捉え方がある。作品には主として「建物」が写されているが、マキエタとは「建物が集合した都市としての模型」を指しているのだという。その意味でもマキエタは単独で成立するシリーズなのではなく、CCに付随するシリーズとして位置付けているのだと、松江さんは続ける。

東京都写真美術館が発行している小冊子『eyes』(107号、2021年11月)に収められているインタビュー中で、松江さんは「僕が撮ろうとしているのは、模型というよりは都市の広がり。建物じゃなくて街並み。単独模型ではただの建築写真。都市や地形になっていないと風景に見えないというか、マキエタ作品にはならないんです。」と語っており、また「僕の作品はいわゆる風景ではなく、地形や建物の集合体に真正面から光が当たっている状況を撮っている。野外ならば太陽が正面を照らす時刻に撮る。風景というより光景だな。」と自身の作品制作態度を振り返っている。

そうして撮影してきた都市模型だが、その模型自体の出来は国や人々によって様々だったという。特に大きなサイズになってくると、分割してつくられるという制作上の制限があるとして、展覧会のイメージカットとしても用いられている写真でも、そうした分割線が写っているのだと指摘。こうした模型ならではのポイントが見られるように、どんなに精巧につくられた模型だとしても「何かがオカシイ」ポイントがあるのだと語った。

展示室より。左の作品が展覧会のメインビジュアルとして用いられている「TYO 90835」。2016年の東京オリンピック招致にあたり制作された模型を撮影したものなのだという。右は「TYO 90842」
「TYO 90835」の細部を観察していくと画面中央で亀裂が走っていることが確認できた。こうした分割線の発生が大型の模型では避けられないのだという

そうした模型ならではのポイントに「ユーモア」を感じさせられるという松江さん。精巧につくろうとしていながらも、現実の景色と並べるとどこかがおかしい。そうした「変なところ」が作品の大事な部分になっているのだと続ける。

同じく東京を捉えた作品から。模型といわれても、実際の空撮と見違えてしまうほど精巧につくられていることがわかる
展示室より。左が「BER 31119」、右は「QUL 30830」

世界各国のマキエタは、同時に世界各国の都市模型制作の技や工夫を白日のもとにさらけ出してもいる。細部の観察を通じて、都市模型そのものの世界観を見るといった楽しみ方もできそうだ。

概要

会期

2021年11月9日~2022年1月23日

所在地

東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内

休館日

毎週月曜日
※月曜日が祝休日の場合開館、翌平日休館、年末年始(12月28日〜1月4日、ただし1月2日、1月3日は臨時開館)

観覧料金

一般:700円、学生:560円、中高生・65歳以上:350円
※1月2日、1月3日は無料。また1月21日は開館記念日のため無料

本誌:宮澤孝周