写真展レポート

沖縄の土地・歴史と向き合い続ける作家が捉えた豊穣なイメージの世界とは

山城知佳子さん「リフレーミング」展より

新作《リフレーミング》でダンスを披露した出演者とともに。右から2番目の赤い服を着ている女性が山城さん

映像と写真を通じて、2000年代から作家活動をつづけている山城知佳子さんの個展が東京都写真美術館で開催されている。会期は10月10日まで。今回、作家による作品解説と展示を体感する機会を得た。展示の見所や作家自身が語る作品のポイントを紹介していきたい。

沖縄の歴史や状況と向き合う

展示室に入った瞬間から、あるいは展示室ドア前に設置されている作品が、それぞれに様々な問いかけを見るものに対して発している。

東京都写真美術館で開催されている「リフレーミング」展は、公立美術館としては初だという山城知佳子さんの個展。山城さんは沖縄で生まれ、現在も同地で暮らしながら同地ならではの土地性や歴史と向き合っている作家だ。

展示構成は、展覧会タイトルにもなっている最新作《リフレーミング》に加えて、同館が収蔵している山城作品を中心に過去の代表作を組み合わせる形でつくりあげられている。作品は映像8点と写真21点の計29点(東京都写真美術館が収蔵している作品は26点)で構成。いわば、作家の現在地を出発点から俯瞰的に捉えることができる内容というわけだ。

一番目の展示室。奥のスクリーンに映し出されている作品は《アーサ女》。水の音と人の息遣いが展示室内で通奏低音のように響く

ここで作家である山城さんの来歴をふりかえっておきたい。前記したとおり山城さんは1976年に沖縄県の那覇市で生まれた。1999年に沖縄県立芸術大学美術工芸学部美術学科絵画専攻(油画)を卒業。2002年には同大学大学院造形芸術研究科環境造形専攻を修了。この年に作家活動の原点ともいえる映像作品《BORDER》を発表した。

《BORDER》では、米軍基地のフェンスが登場するが、このフェンス自体、こちら側とあちら側を隔てる境界線そのものだ。これをもって「ボーダー」とすることは容易だが、それは作品の一面性を捉えただけに過ぎない。本作品がつくられた2002年は、名護市辺野古沖を埋め立てて飛行場を建設する計画がもちあがった頃のことだった。

映像中でステップを踏む女性は山城さん自身だ。その身体パフォーマンスが、いわば媒介となり映像に見るものを誘う。この身体表現が山城作品のひとつの特徴となっているわけだが、初期作品ですでに基盤となる要素が揃っていることが見てとれる。

《BORDER》の一場面

現在も沖縄の地に住む作家の眼差しは、故郷である土地の歴史や現実と向き合う中で築きあげられていったものなのだという。その同時代批評としての眼差しは、展示紹介文でも用いられている表現だが、まさに“絶妙なバランス”で作品中に沈潜している。

無論、視覚・映像作品ゆえに、「見えているもの・聞こえているもの」が作品の全てだ。アイスを無心で舐めている映像や、墓前でダンスを踊り続ける作家自身の姿、泥にまみれながら、その泥に声なき声を求めようとする人々の姿、水とそこからきた人の姿、そして踊り。これら作品は解釈が開かれているが故に、見る者との関係性がひろがっていく。では作家はどのような意図で新作を手がけていったのだろうか。

《リフレーミング》の一場面

《リフレーミング》に寄せて

新作の上映時間は33分22秒。撮影の舞台は沖縄県名護市安和地区を含めた北部のエリアだ。3面スクリーンによる上映を想定した上で撮影を進めていったのだという。台本は映画のように細かい内容とするのではなく大きな流れをつくるにとどめ、各パフォーマーが現場風景の中に身を置いて形づくられていくものに委ねていったのだそうだ。いわば即興的な内容にあわせて、台本をその場で書き直しながらつくりあげていったのだと、その作品アプローチが語られた。

新作《リフレーミング》についてコメントする山城さん
《リフレーミング》展示室。正面の大スクリーンの両脇に小スクリーンが設置。3面でそれぞれ異なる映像が上映されている

キャスティングはダンスやパフォーマンスで活躍している人々に加えて、沖縄芝居や現地の住人にも出演を依頼。ドキュメンタリー性や記録性にもつながる布陣にしていったのだという。“それぞれの出演者がつくりだす芝居が物語の流れをつくっていく”という側面に期待していたと、配役についてコメントした。

人物はたくさん出てくるが、人物自体が主役なのではないと話す山城さん。人間と自然を分けるのではなく、「人間と自然の一体感」を捉えていったのだと続ける。

作中では、「探究」と「発端」という2人の人物によるボクシングダンスが繰り広げられる。山城さんは、この場面が作品のひとつの見せ場だと指摘する。作中で硬直していきかけた身体を、2人の人物がともに動かしていく中で、ほぐれていく感覚。そうした点が見せ場なのだと山城さんは続ける。

これら演者と一体となる名護市の安和地区はカルスト地形で知られる、石灰質に富んだ山野が鉱山資源として開発されている場所だ。そこにはアメリカからの大量の資本と技術者によって設立されたセメント会社が存在する。土地の多くは、この会社が所有・管理し、麓には数件の家からなる集落があるのだという。山は常に切り崩され、また海はその土砂で埋め立てられていく。そうした常に変容し続ける風景が背景にひろがっている。

こうした沖縄の今の風景と、海と山とを、演者がつないでいく。劇中では人々は「サンゴから生まれてきた」のだということが語られる。それと同時に水槽の中のサンゴが死滅していく様子を「どうしようもないんだ」と語られる場面がある。こうした場面でも現実世界の状況がオーバーラップする。

身体感覚を研ぎ澄ますようにして

展覧会図録解説によると、山城さんの作品制作は、ひとつの作品が完成に近づくにつれて、その制作の過程で新しいビジョンが見えてくるものなのだと説明されている。これは作家自身が繰り返し語っていることであり、それ故に制作途中の偶然や出会いもまた、必然として作品に取り込まれていくのだという。

展覧会では作家が「記憶/声の継承」というテーマに一区切りをつけることになったという《土の人》(2016年)も上映されている。空から降ってきた泥とともに「声」が落ちてきたとして、その声に人々が耳をすましている。一人の男がその「声」が形づくった「詩」に耳を傾け、その「種」を植えようとして穴を掘るも、地響きとともに堀った穴に落ちてしまう。そしてたどり着いた先は激しい銃撃が行き交う場所だった、という展開となっている。

同展担当学芸員は、今回の展示室が地下1階であることによせて、ここで象徴的に扱われている「穴」になぞらえて、地下にもぐっていく身体感覚もポイントだと話す。また展示室では各展示をつなぐようにして小型のモニターが設置されており、展示内容全体をつなぐ役割を果たすよう意図したのだという。

新作のタイトルとなっている「リフレーミング」とは、心理カウンセリングやセラピーで用いられている方法で、物事をとらえる枠組みを変えて行動や思考に変化をあたえるスキルのことなのだそうだ。

視覚だけではなく、身体感覚全体で作品と向き合うことになる本展覧会。土地や歴史と向き合うことの意味も鑑賞者に問いかける内容となっている。

概要

開催場所

東京都写真美術館
東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内

会期

2021年8月17日(火)~10月10日(日)

休館日

毎週月曜日、9月21日
※8月30日、9月20日は開館

観覧料金

一般700円、学生560円、中高生・65歳以上350円

来館時の注意点

同館では現在、新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から、入場制限が実施されている。展覧会はオンラインでの日時指定予約も可能となっており、同館では事前の予約を推奨している。

本誌:宮澤孝周