写真展レポート

篠山紀信氏60年の歩みを概観する展覧会「新・晴れた日」が東京都写真美術館でスタート

展示内容や作家自身が語る作品アプローチを紹介

篠山紀信氏。独自の手法“シノラマ”で撮影した作品「TOKYO NUDE 1986-92」の前で

東京都写真美術館は、6月1日より企画展示「新・晴れた日 篠山紀信」をスタートした。会期は8月15日まで。篠山氏自身の作品解説を聞く機会を得たので、会場の様子とともにお伝えしていきたい。

60年間にわたる活動を一望する展覧会

篠山紀信氏は1940年に東京で生まれ、日本大学藝術学部の写真学科在学中に広告写真家協会展APA賞を受賞(1961年)。広告制作会社「ライトパブリシティ」を経て、1968年よりフリーとして活動を開始した写真家。今回、大規模な作品展が開催されることになった東京都写真美術館では、第二期の重点収集作家として位置づけられている。作家活動は国内だけでなく、1976年のヴェネツィア・ビエンナーレ日本館の代表作家となるなど、国際的にも注目されている。

さて、企画展「新・晴れた日 篠山紀信」とはどのような展示になっているのかというと、氏の60年間におよぶキャリアを概観しようという、極めて野心的な内容となっている。何よりも報道関係者向けに開催された内覧会の席上で篠山氏自身、「60年間やってきたテーマを並べたら、見る人がわからなくなると思っていた」と、展覧会開催の打診を受けた時の心境を告白するほど、多彩な内容となっているからだ。

2階展示室より。壁面の一部だけだが、それでも「Isamu Noguchi」、「The Last Show」、「表に出ろぃっ!」と、全く方向性の異なる作品がならぶ

このように篠山氏が危惧を語る理由は、作品によってテーマが異なることはもちろん、撮影機材や技術・技法に至るまで、実に様々にアプローチを変えているからだ。篠山氏は「これまでは必ずテーマがありましたが、今回の展示は“篠山紀信”がテーマ。難しいと思いました」とコメント。続けて「それでやると、30〜40人が集まってきたグループ展みたいに見えると思っていた」と、展覧会の打診を受けた時の心境を振り返った。

作家自身が語る作品解説リーフレットも

作家としての活動を網羅的に紹介することが今回の展覧会のコンセプトだが、その核になっているのが、1974年に『アサヒグラフ』誌で連載され、後に写真集にまとめられた『晴れた日』だ。これを展覧会の軸とした背景について、本展担当学芸員の東京都写真美術館の関昭郎氏は「特殊な位置づけにある写真集だが、幅広い取材と構成、そしてそこにこそ篠山の表現と写真家としてのポジショニングを象徴する側面があることを重視」したからだと、同展図録の解説中で説明している。そしてまた、そうしたアプローチとしたことが、ポートレート作家としての側面に、あえて焦点を当てていない理由ともなっているのだいう。

自身の多彩な表現活動を振り返り、“好き勝手やってきた”から、見る人にとっては、よく分からない展覧会になるのでは、との危惧を表していた篠山氏だが、会場を見て、面白いと感じたとも語った。

同館が発行している美術館ニュース『eyes』(vol.105)がWebページ上で公開されており、篠山氏へのインタビューが掲載されているが、その中で氏は「今回の個展は70年代の〈晴れた日〉や〈家〉もあるし、バブル以降の東京の写真もある。時代がテーマだから幅広いんです。でも、『写真力』展みたいに有名人がたくさん出てくるわけじゃないから、もしかすると、よくわからない展覧会だね、ということになるかもしれない。でも、その難解さが面白い。時代時代に僕が抱く欲望が分からないと理解できない。そういう展覧会になるんじゃないかと思いますね」とコメントしている。

展覧会場では展示目録の代わりとして篠山氏自身による「作品解説」も配布されている。展示作品への理解を助けてくれることはもちろん、氏の軽妙な語りもユニークな、読み物としての面白さも備えた内容となっている。

展示構成(3階)

日本を代表する写真家でもある篠山氏。その60年間に及ぶ作家活動を展望するというだけに、その作品数も当然、膨大だ。そうした背景もあるのだろう、今回の展覧会では3階と2階の2フロア構成で展示会場が構成されている。

3階展示室では1960年代から1970年代の作品を紹介。1967年の「天井桟敷一座」からスタートし、1960年代の「日米安保条約反対デモ」、「Yuri」(1968年)、「誕生」(1968年)、「アド / バルーン」(1966年)、「怪談」(1969年)、「オレレ・オララ」(1971年)、「ハイ!マリー」(1972年)、「人形作家 四谷シモン」(1972〜73年)、「パリ」(1976年)、「晴れた日」(1974年)、「家」(1975年)、「『明星』表紙」(1972〜81年)などが並ぶ。

展覧会の核にもなっている「晴れた日」シリーズより。同シリーズは、朝日新聞社の週間誌『アサヒグラフ』に1974年5月から半年間にわたって掲載された連載シリーズ。グラフ誌とあるとおり、写真を中心に構成した内容で、参加カメラマンには、朝日新聞の写真部も加わっていた。

展示室の「晴れた日」シリーズは、日本で初めて小型ヨットで単独無寄港世界一周を果たした堀江謙一氏が潮岬沖240kmを航行する姿を捉えた写真からはじまっているが、こうした写真は、朝日新聞の社カメ(社員カメラマン)は絶対に撮らないものだったと篠山氏は言う。「ブレ・ボケはあったけど面白い写真が撮れた」と続ける篠山氏は、洋上に白い点のように浮かぶようにして堀江氏を捉えたことが、かえって同誌編集部に面白いと言ってもらうことができたのだと振り返った。その後、『アサヒグラフ』の表紙を飾る写真を手掛けていったことによせて、氏は朝日新聞では写真部から文句が出ていたが、自身は彼らの鼻をあかしてやることができたし、そういうつもりで挑んでいたのだと、当時の心境を告白した。

そうした中で、毎週のように写真を撮影し納めていった篠山氏。ある時は、ネタに困って明日から梅雨入りとなる空の様子を撮って、しのいだ週もあったのだと当時を振り返る。「明日から梅雨入りですなんて、そんな当たり前すぎる写真なんて誰も撮りませんでした」。だが、そうした写真もユニークなアプローチとして当時を賑わせていたのだろう。往時を語る篠山氏の目は実に楽しげだ。

展覧会のキービジュアルとなっている廃屋は、北海道苫小牧で撮影されたものだ。当時、北海道総合開発計画により大規模な開発が行われる中で買収が進み、人の気配がなくなった野原に廃屋が静止していたという。

「誕生」シリーズは、初めて個展を銀座のニコンサロンで開催した時の作品。当時『カメラ毎日』編集部の山岸章二氏に「本物の夏」を撮ってくるように、と促されて、徳之島で撮影した作品で構成されている。篠山氏自身も“記念すべき作品”だとしている。

「誕生」シリーズ

このほか、オノ・ヨーコ氏を捉えた作品や、青島幸男氏などのタレント議員を捉えた作品、引退直前の長嶋茂雄氏を捉えた作品、原子力船「むつ」や、沖縄の伊江島でアメリカ軍射爆訓練場を捉えた作品など、時代性を象徴する写真が多数ならぶ。

このほか、エイトバイテンで撮影された、雑誌『明星』の表紙を飾った作品群も展示されている。

展示構成(2階)

階をひとつ下りて、2階では1980年代から2010年代までの作品が展示されている。

展示作品は、「TOKYO NUDE」(1986〜92年)、「記憶の遠近術」(1992年)、「食」(1976〜81年)、バルテュス(1993年)、北生舞(1996年)、「人間関係」(1994年〜)、「少女たちのオキナワ」(1997年)、「TOKYO ADDICT」(2000年)、「20XX TOKYO」(2009年)、「Isamu Noguchi」(2009年)、「The Last Show」(2010年)、「表に出ろぃっ!」(2010年)、「ATOKATA」(2011年)、「TOKYO 2020」(2009〜18年)、「Noism『PLAY 2 PLAY—干渉する次元』」(2013年)、「快楽の館」(2016年)、「LOVE DOLL」(2017年)で構成されている。

3階展示室は、4面の壁面を使用して展示内容を構成。空間がゆったりととられており、作品も大サイズのため、鑑賞距離を広めにとってまわることができる

2階展示室に入ってすぐのところに展示されているのが、「TOKYO NUDE」シリーズだ。3台のモータードライブを装着した35mm判カメラを連結して、手持ちでシャッターを切っていくという手法で撮影された作品。パノラマ写真やシネラマという多面を接続して表現する技法を静止画に置き換えたというもので、「シノラマ」と名づけられた手法だ。シノラマは、その後「20XX TOKYO」や「快楽の館」、「LOVE DOLL」へと発展していく。

様々な表現方法をとっている篠山氏だが、『eyes』(vol.105)のインタビュー中で「カメラを決めるっていうのは、その連載の核を決めることです。カメラを決めれば表現がだいたい決まるし、本にするときにもまとめやすくなります」と語っている。まさに様々な媒体で撮影を担い、作品を発表してきたからこそのスタンスだといえるだろうか。そうした表現の意図や狙い、視点を読み解いていくのも、こうした大規模な展覧会ならではの楽しみだろう。

作品「表参道 結晶のいろ」(1990年)の前で。撮影場所は表参道裏で建造され、今はもう取り壊された「結晶のいろ」というビルでおこなったものだという。ちょうどバブル期に建てられたビルで、一度も使用されることがなかったのだという。これもまた、時代を象徴する写真となっているわけだ。

徹底した演出性に基づく作品アプローチについて、篠山氏は同じく『eyes』(vol.105)のインタビュー中で、「常に綺麗にしてやろうと思っています。綺麗にしてやれば読者が驚くだろう。泥くさくはできないですね」とコメントしているが、そうしたアプローチの背景には、戦争を経て、貧しかった時代を経験していることの、裏返しのようなものがあるのだとも語っている。

時代性と作家との関わり、篠山氏がどのように、それぞれの時代を捉えていったのか、という視点で会場を巡ってみるのも面白そうだ。

展覧会概要

所在地

東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内

会期

6月1日(火)〜8月15日(日)

開館時間

10時~18時
※木・金曜の夜間開館は休止
※入館は閉館時間の30分前まで

休館日

月曜日(月曜日が祝休日の場合は開館し、翌平日休館)、年末年始および臨時休館

観覧料

一般700円、学生560円、中高生・65歳以上350円

観覧について

当日入館チケットも用意される予定となっているが、新型コロナウイルスの感染拡大防止の観点から入場を制限する場合があるとして、同館ではオンライン予約サイトを利用した事前の日時予約を推奨している。入場時間枠は10時〜11時、11時〜12時、12時〜13時、13時〜14時、14時〜15時、15時〜16時、16時〜17時30分。
予約サイト:https://webket.jp/pc/ticket/index?fc=00349&ac=0000

本誌:宮澤孝周