写真展レポート

「覚醒する写真たち」今道子+佐藤時啓展

写真ならではの表現で知られる2名の現代作家

富士フイルム株式会社は、東京・六本木の複合型ショールーム施設「FUJIFILM SQUARE」内の写真歴史博物館において企画展「『覚醒する写真たち』今道子+佐藤時啓 写真の錬金術 二人の表現者」展を9月1日より開催している。会期は12月27日まで。なお、展示は今道子氏(Part1)と佐藤時啓氏(Part2)の2部構成となっており、10月30日にPart2に入れ替わる。

現役で活動する2名の作家を紹介

今回の企画展が開催されている写真歴史博物館とは、“写真の文化・カメラの歴史的進化を観て体感できる”場所。企画展示(プリント)のほか、同社の歴代フィルムやカメラ製品なども展示されている空間だ。

今回の展示では、今道子氏と佐藤時啓氏の2名が紹介されている。それぞれ、写真以外の美術分野で活動していたが、表現方法として写真に行き着いた現役の作家だ。

“歴史”を扱う展示空間という特性上、同スペースは故人となっている作家が取り扱われることが多い。直近の展覧会を見ても「明治に生きた“写真大尽” 鹿島清兵衛 物語」(2019年6月1日〜8月31日)や「色彩の聖域 エルンスト・ハース ザ・クリエイション」(2019年3月1日〜5月31日)となっている。こうした展示内容の特性上、現役の作家がとりあげられることは極めて稀で、今回展示されている2名の作家は、水越武氏「真昼の星」(2016年2月2日〜2016年5月31日)以来となる現役作家なのだそうだ。

このように、今回は現役で活動している作家の紹介となっているが、その意図や展覧会タイトルに込められた意味はどこにあるのだろうか。同展の企画を担当した大澤友貴氏(フォトクラシック)は、アートに近い両者の作品について「アートだから写真から離れているのではなく、むしろ写真の原点に近い」ものだと説明する。

展覧会の企画を担当した大澤友貴氏(フォトクラシック)

写真の原点を考えさせる

1960年〜70年代にかけて、日本では写真表現が熟成していったと説明する大澤氏。80年代の後半になると、現代美術でも写真を用いた作品が注目を集めるようになっていったのだと前置きして、今回とりあげた作家は、そうした潮流の中でも異色の写真家として登場したのだと続ける。

この頃の現代美術における写真の扱いは、あくまで“モノ”として扱われており、オブジェクト的に表現に採り入れられていたのに対して、今氏も佐藤氏も、ともに作品プリントの質の高さから写真界から評価を得ていた点に特徴があるのだという。そこには、創作表現を含んだ写真表現があり、またその点でそれまでの作品とは全く異なる表現へのアプローチがみられるのだと説明した。

今氏の作品では、魚を中心に野菜や果物を組み合わせて制作されたオブジェが被写体となっている。素材となっているものは、一般に市場で販売されている“生もの”だ。これらを組み合わせてオブジェを制作するため、撮影のために確保できる時間はごく限られたものとなる。それは時間との闘いであり、また非現実的な世界を現実のものとして写真に写し込むことであり、生と死を見つめる行為になっているのだと、大澤氏は指摘する。

「鮭+蝶+ハイヒール」(左)、「タコ+メロン」(右)

つまり、時間とともに劣化し変化しつづける非現実的につくりあげられたモチーフを、写真として写し止めることで、静止した時間を保存する、という写真ならではの特性を方法的にとりいれている、というわけだ。そして、その作品世界の完成度を高いプリント技術が支えている。

今氏は、鎌倉の海近くで生まれ育った。そのため魚には親しみを抱く一方で「綺麗だなと思う反面、怖くて気持ち悪くて掴めなかった」とも語っている。また、自分や身近な人が死んで「この世から体が無くなってしまうことが怖かった」とも語る。これらが、今氏にとっての生と死を見つめる目につながっている。

そのような視点から築き上げられたオブジェの世界。大澤氏は、そうした緻密な作業がうかがわれる完成度の高さとプリントの質の高さが両輪となり、グロテスクなものを超えて作品として完成しているのだと説明する。こうしたところに、本展の見どころだと大澤氏の説明する、写真の原点である“写し”て“止める”ことの本質がある、ということなのではないだろうか。

左側に配されている剣道面の作品は、今氏のセルフポートレート作品

光の表現に生命を見出す

2人目の作家、佐藤時啓氏は、彫刻を専門に鉄などを素材として「生命」をテーマに作品を制作してきた作家だ。その生命の要素のひとつとして光を表現しようとした時に、ペンライトの光跡を長時間露光で写し止める表現に行き着いた。

この手法について佐藤氏は「写真の構造である、光と時間という関係性と、私の感覚が矛盾することなく符号することに気が付いた」と語っていると、作家と長時間露光表現との関わりを紹介する大澤氏。作品は、作家自身がペンライトを持って動きまわったり、鏡を用いて光を反射させる行為を反復させてつくりあげられているのだと説明する。

展覧会では、このように光以外の動体は画面の中に写らないという長時間露光の特徴をとり入れた代表作の『光—呼吸』シリーズのほか、最新作である『Camera Lucisa』などが展示される予定となっている。

佐藤時啓氏の展示予定作品のひとつ。
《#1》 1988年 シリーズ〈光-呼吸〉より。©Tokihiro Sato

サブタイトルの“錬金術”にこめられた意味とは

両者の作品表現で共通している特徴は、現実に存在したモノ・事柄ながら、写真の中にしか存在しないものとして作品が成り立っている点にある。翻って言えば、それは「“この世にないもの”を存在させてい」ることなのだと、大澤氏は指摘している。

2名の写真家が写真を表現手段として選択し、そうした写真でしか存在させることのできないものの姿をつくりあげていったところに、写真の本質や原理といったものが見出されるのだという大澤氏。錬金術という展覧会の副題にこめられた意図とは、そうした写真によって新しく構築された表現のあり方を指しているというわけだ。

そしてそうした表現を支えているプリント技術が、2名の写真家を写真家として確立させており、アートと写真の境界上で活動している先駆として見つめ返す意味につながっているのだといえそうだ。

展覧会概要

展覧会名

FUJIFILM SQUARE 写真歴史博物館 企画写真展「覚醒する写真たち」今 道子+佐藤時啓

出展作家・タイトル

Part1:今道子「蘇生するものたち」
Part2:佐藤時啓「呼吸する光たち」

開催期間

Part1:2019年9月1日(日)~10月29日(火)
Part2:2019年10月30日(水)~12月27日(金)

開館時間

10時00分~19時00分
※入館は18時50分まで。会期中無休

会場

FUJIFILM SQUARE 写真歴史博物館
東京都港区赤坂9-7-3 東京ミッドタウン・ウエスト

入場料

無料

ギャラリートーク

今道子氏と佐藤時啓氏自身が語るギャラリートークも予定されている。場所は、展示スペース。それぞれ参加費は無料で、事前の申し込みも不要となっている。

今道子氏

2019年9月28日(土)14時00分~、16時00分~
2019年10月19日(土)14時00分~、16時00分~
※各回ともに約30分の予定

佐藤時啓氏

2019年11月16日(土)14時00分~、16時00分~
2019年12月14日(土)14時00分~、16時00分~
※各回ともに約30分の予定

本誌:宮澤孝周