東京エッジ~首都辺境を巡る写真紀行

第1回:東京都で最も天空に近い場所——雲取山

雲取山頂より関東平野を望む。空気が澄んだ日には遠く東京湾まで見渡せる。手前に見える特徴的な山は大岳山。高いビルがなかった時代、その山は東京湾からも見えたという。そのため漁師達が方角の指針とした山。

現在、私は東京の山国・高尾に暮らしている。

終焉がすぐそこまで来ていたが、といってもまだまだ日本中がバブル景気に沸いていた1991年1月に上京して早27年。生まれてから20歳までを和歌山で過ごした私も、もう人生の半分以上を東京で暮らしている。もはや東京人といっても過言ではない。あえて反論は聞き流す。

その27年間、東の端から西の端まで、東京の様々な場所に暮らした。写真だけでは食えない20代の頃にやっていた荷揚げ屋という建築資材を運ぶアルバイトで東京中の現場を渡り歩いた経緯もある。

その頃から一口に「東京」といっても色々な顔があるなーと感じていた。いつかそれを写真と文章で表してみたいと。2020年には東京オリンピックも開催される。この1、2年、内外を問わず東京は益々注目されていくことだろう。

この連載は一般的に人々が抱く東京のイメージからこぼれ落ちた、一風変わった東京の側面を、写真と文章で表していきたいと考えている。多分に私の独断と偏見によるものになると思われるが、あしからず。あなたの知らない東京があるかもしれない。あまり力み過ぎず、ゆるく長くを目指すことにする。

関東随一の霊場

さて第1回目は東京都で最も天空に近い場所、最高峰「雲取山」(くもとりやま)。東京に「山」という印象はあまりないかもしれないが、国土の76%を山で覆われた世界でも有数の山国である日本、その首都東京も例外ではない。立派な山がある。標高2,017m。北緯35度51分20秒、東経138度56分38秒、奥多摩の最奥部にして東京、埼玉、山梨の県境に位置する。

山梨側から雲取山へ向かう稜線上にある飛龍山を望む。雲間から光が射して神々しい。「雲取山」の山名の由来のように本当に雲に手が届きそうだ。
X-H1 / XF35mmF1.4 R / 35mm(53mm相当) / 絞り優先AE(1/600秒・F11・-0.7EV) / ISO 200

雲取山頂にあった銅板のプレート。360度、全方位の山々を表している。それぐらい雲取山頂からの見晴らしは素晴らしい。
X-H1 / XF35mmF1.4 R / 35mm(53mm相当) / 絞り優先AE(1/220秒・F9.0・±0.0EV) / ISO 200

山頂にて撮影。雲取山に登るのは6度目。折本編集長の命で今後この連載では必ず1枚私自身の写真が載る予定。撮って出し、旬に取材してますよという証故だろうか(笑)
X-H1 / XF35mmF1.4 R / 絞り優先AE(1/800秒・F5.6・±0EV) / ISO 200

名前の由来は、雲をも手に取れるぐらい高峰だというところからきている説や、私の生まれ故郷、和歌山県にある小雲取山(こくもとりやま)からとったとされる説などがある。

小雲取山は熊野本宮大社と那智大社を結ぶ熊野古道の途中にあり、熊野古道最大の難所とされている山越えの辺りである。近くには大雲取山もある。那智大社には全長133mの日本一の落差と水量を誇る那智の滝を御神体とする飛龍神社がある。それほどまでの聖地中の聖地である熊野になぞらえた山、それが雲取山、高峰にて霊山であるということである。

それを裏付けるように、雲取山への埼玉県側の登山口は三峰神社となっている。仕事柄様々な場所に行くが、個人的には関東随一の霊場だと捉えている。

最近では訪れる人が随分と増えたが、下界と隔絶された標高1,102mの山の上に立つ神社は山の気配に包まれ、神聖で厳かな雰囲気に満ちている。三峰とは三峰神社の奥の院である妙法ヶ岳(1,332m)、雲取山へ向かう途中にある白岩山(1,921m)、そして雲取山(2,017m)の三山を指している。

三峰神社の神殿。壮麗かつ荘厳な佇まい。山々の空気と相まって特別な空間を創り出している。私が初めて登った9年前と比べて訪れるひとは格段に増えた。
X-H1 / XF35mmF1.4 R / 35mm(53mm相当) / 絞り優先AE(1/350秒・F1.4・±0EV) / ISO 200

埼玉県側だけではない。山梨県から雲取山へ向かうルートも信仰と歴史に彩られている。

山梨から雲取山へ向かう縦走路の始まりは、金峰山(きんぷさん・2,599m)である。金峰山は古くは金峯山と表記された信仰の山であり、山頂には五丈岩と呼ばれる特徴的な形をした巨岩が鎮座する。奈良県を南北に貫く、紀伊半島の背骨ともいえる大峰山脈、そのうちの吉野山から山上ヶ岳までの連峰を称して金峯山と呼ぶ。また吉野には日本固有の宗教、修験道の本尊である蔵王権現を祀る金峯山修験本宗の総本山「金峯山寺(きんぷせんじ)」がある。名前の響きが同じであり、金峰山は明らかにそれらの影響を受けた山だと思われる。

その大峰山脈を伝って、奈良県の吉野から和歌山県の熊野まで勤行しながらひたすら歩く、大峯奥駈(おおみねおくがけ)修行なるものがあるが、それを模して関東の山伏は山梨県の金峰山から東京都の雲取山までを歩いたとも言われている。大峯奥駈修行に過去7度参加している私も実際にこの道を歩いてみたが、山また山を往くその道は、確かに行程の長さといい、きつさといい、似ているなと感じた。

雲取山はやはり和歌山の小雲取山の位置づけ、つまり熊野にあたるようだ。ともかくこの山域もまた霊山なのである。

夕暮れ時の柔らかい光をフィルムシミュレーション「エテルナ」で表現。森の気配を感じる。
X-H1 / XF35mmF1.4 R / 35mm(53mm相当) / 絞り優先AE(1/8,000秒・F1.4・±0EV) / ISO 200

フィルムシミュレーション「エテルナ」で撮影。冬枯れ模様にはエテルナがよく合う。またひとつX-H1を使う理由が見つかった。
X-H1 / XF35mmF1.4 R / 35mm(53mm相当) / 絞り優先AE(1/4,400秒・F1.4・-0.3EV) / ISO 200

深い山で出会う野生動物の姿

雲取山へは東西南北、四方から登山口がある。私はそのすべてから登っている。山梨県と東京都の境にある南面の登山口、鴨沢から登るのが一般的である。東京側としては奥多摩駅から直接山に入っていく東面ルート、あるいは通好みとして奥多摩町の日原集落から上がる渋いルートもある。東京の山と侮るなかれ。どこから登ってもなかなかに山深い、趣のある山である。

近年、繁殖力が強く、天敵のいない鹿はどの山でも増え続けているが、ここ雲取山も例外ではない。よく見かける。東京都は保護の目的からツキノワグマの狩猟を禁止していることもあり、意外に知られていないが、奥多摩の山々にはツキノワグマがたくさんいる。もちろん猪も。東京の山にツキノワグマ、猪、鹿がいるのだ。しかも数多く。

雲取山頂直下で出合った鹿。この登山道周辺は狩猟禁止のためか人を恐れる素振りもなく、しばらく私のそばにいた。
X-H1 / XF35mmF1.4 R / 35mm(53mm相当) / 絞り優先AE(1/800秒・F2.0・±0EV) / ISO 200

かつては狼もいた。オオカミは「大神」とされ、畑などを荒らす害獣などから守ってくれる、神の眷属として奥多摩、秩父地方の山間部では尊崇されていた。三峰神社や御岳山にある武蔵御嶽神社はいうにおよばず釜山神社、武甲山御嶽神社、両神神社など、雲取山周辺の山々にある神社の狛犬が、獅子や狐ではなく、狼なのはそのためである。

三峰神社に鎮座する狛犬のオオカミ。大神(オオカミ)はこの地(秩父・奥多摩)では畑を害獣から守ってくれる神の眷属として人々から尊崇されている。
X-H1 / XF35mmF1.4 R / 35mm(53mm相当) / 絞り優先AE(1/1,400秒・F1.4・±0EV) / ISO 200

狼のお札は、現在でも魔除け、盗難避け、火災避けとして重宝されている。事実私も自宅に狼の護符を貼ってあるし、近所の家の玄関脇に貼ってあるのを見かけたことがある。秩父だけでなく東京の山国では未だに狼信仰が根強く残っているのだ。この2018年の現代において尚。ロマンである。

新宿から奥多摩まで電車で2時間弱、そこからの山登りと、都心からだとそれなりに遠く労力も必要だが、そこには「ここも東京なのか」と思うような景観が広がっている。

様々な物語に彩られた自然豊かな東京の別天地、雲取山。個人的には訪れる人が少なく、空気が澄んで見晴らしの良い晩秋から冬がお勧めだ。間に遮るものがないため、山頂からは日本一の霊峰富士山も綺麗に望める。

どの山よりも一際高く聳える富士山。山国日本の最高峰に相応しい。まさに日本一の山。遮るものがない故、雲取山頂からはその様子がよく分かる。
X-H1 / XF90mmF2 R LM WR / 90mm(135mm相当) / 絞り優先AE(1/125秒・F11・±0EV) / ISO 250

井賀孝

1970年和歌山生まれ。写真家。ブラジリアン柔術黒帯。主な著書に富士山写真集『不二之山』(亜紀書房)、修験道の世界に身を投じて描いた『山をはしる』(亜紀書房)などがある。最新作は『VALE TUDO』格闘大国ブラジル写真紀行(竹書房)。