東京エッジ~首都辺境を巡る写真紀行
第3回:水辺で憩う心地良さ、境界未定の曖昧さ——水元公園
2018年7月4日 12:52
川のほとりに住むのが好きである。これまで神田川、石神井川、多摩川、善福寺川と東京都内にあるいくつかの川のそばに暮らしてきた。
引っ越し先を探す時、近くに川があるかを確認するほどである。間取りや賃料、駅までの所用時間などと同様に私にとってはとても大切な事柄だった。20代、30代の私はランニングが日課だった。東京都内では基本的にはアスファルト道路を走るしかない。通常、車や人の多い狭いスペースを走ることになる。
そんな状況下で唯一、川辺は歩道が整備されていて走りやすく、僅かばかりであっても季節の移ろいや自然を感じることができる。気持ち良く走れるのだ。30代の大半を過ごした東京都葛飾区は、実に荒川、中川、江戸川といった3つの大きな河川に囲まれた水辺の町である。そんな葛飾区において唯一無二といってもいい独特な景観をもつ公園がある。水元公園だ。
都内唯一の「水郷」
梅雨入り前の時期に、およそ7年ぶりに水元公園を訪れた。水元公園へは最寄駅の常磐線JR金町駅からバスで10分程度。歩けない距離ではないが、20〜30分かかる。バスの本数は時間帯にもよるが、だいたい10分に1本程度あるので便利である。葛飾区立石に住んでいた頃にはよく訪れていた。
東京の北東部に位置する葛飾区はその一部を千葉県と埼玉県に接する。いわばエッジにある。葛飾と聞いてあまり馴染みがない方もいると思うが、長らく週刊少年ジャンプで連載された漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の舞台である亀有や、映画『男はつらいよ』シリーズの寅さんが旅の合間に立ち寄る妹のさくらが暮らす柴又がある所といえばぐっと親近感が増すのではないだろうか。
その葛飾区の中でも最も北東部にあるのが水元公園である。都内で唯一「水郷」の景観をもつ公園。広辞苑によれば、水郷とは水辺にある里、沼沢・河川の美によって有名な地とある。要するに湖沼の近くなどの低湿な水辺地域を指すようだ。水が多くある地ということである。
水元公園は小合溜(こあいだめ)に沿って整備された公園である。小合溜は小合溜井(こあいだめい)とも称される、江戸時代に造られた溜井のひとつ。「溜井」とは用水を確保するために河川を堰き止めて造った用水池のことであり、もともとは古利根川(中川)の一部で、享保14年(1729年)8代将軍、徳川吉宗の指示の元、紀州藩出身の井沢弥惣兵衛が水害防止、並びに灌漑用水を調整する遊水池として設けたものであった。
水元公園は東京都葛飾区と埼玉県三郷市の境にあり、小合溜を挟んで葛飾区側に水元公園、三郷市側にみさと公園がある。だが、その実境界線をどこで引くのかは正式に決まっておらず、県境の位置をめぐって葛飾区と三郷市が対立しているのが実情である。
三郷市は「もともと川を堰き止めて人工的に造った池なので、河川と同様に中央を境界とすべき」と主張し、葛飾区は「池全体が葛飾区に属する」との立場を示す。葛飾側の言い分は「小合溜ができた徳川吉宗の時代からすでにこちら側の領土だったと古文書に記されてあるから」というもの。もっとも境界線の問題は現代に始まったわけではなく、江戸時代の頃から、争いが絶えなかったという。
小合溜は葛飾側からすれば水害を防いでくれる有難い防波堤だが、三郷側からすれば、流れてほしい水をわざわざ堰き止めている障害のようなものであり、洪水時は決壊してくれた方が三郷側には助かる側面もあったようだ。両者が境界線についての協議のテーブルについたのは1960年代からで、依然、議論は平行線のままだが、実際は水利権や漁業権などがない場所なので、行政上の不都合はないようである。
ちなみに東京には3つの境界未確定地域があり、水元公園の小合溜はそのひとつ。あとの2つは東京湾と江戸川の分岐点である。どれもが水辺にまつわる場所。機会があれば他の2つにも触れてみたい。
水と空間に癒される
水元公園は水郷という特徴だけでなく、単純に公園としてみても様々な魅力がある。敷地面積は約96万3,013平方メートルで、東京23区内にある公園で一番大きい。東京ディズニーランドの約2倍である。しかも行政上では別だが、水郷景観として同一空間を造りだしている小合溜の対岸にある「みさと公園」まで含めるともっと広い。当時の石原都知事が視察に訪れた際、「東京にこんな広い公園があるとは驚いた」と述べたそうである。私が初めて水元公園を訪れた時に抱いた感想とまったく同じである。
東京って広い、まだまだ知らない顔がある。この連載の下地となっている東京のバラエティに富んだ様々な顔を紹介するというコンセプトは、すでにこの頃から醸成されつつあった。また石原都知事は水元公園を「ボートレースのメッカにしたい」とも語ったという。こんなに広くて魅惑的な空間、もっと有効活用しないと勿体ないと考えたのだろう。
木々に囲まれ多くの草花が生い茂る水元公園では、4月には桜が咲き、秋は紅葉が美しく、そして6月は水郷公園らしく花菖蒲が咲きそろう。訪れる人は花を鑑賞し、またある人は釣り糸を垂らす。めいめいが思い思いにゆったりとした時間が流れる水郷公園での時を楽しんでいる。
あれから知事も次から次へと変わり随分と経つが、結局ボートレースのメッカにはなっていないし、駒沢公園や代々木公園などに比べると知名度もいまひとつ。でも私は小さい娘と何度も通った水元公園が好きである。久しぶりに訪れてそう再認識した。
キャンプ場にバーベキュー広場、バードウォッチングのできる野鳥観察舎などもあって、休日や天気の良い日には多くの人が訪れるが、その広大さ故か、ちっともフラストレーションを感じない。そんな東京らしからぬ、ある種別世界の水元公園、自分で紹介しときながら言うのもあれだけど、メジャーにならなくていいぞ。これからもなんら変わることなく、知る人ぞ知る、地元民の憩いの場であってほしい。
本連載“東京エッジ”の展示が東京・丸の内で行われます
東京・丸の内のFUJIFILM Imaging Plazaにおいて、東京エッジ第2回「瑞穂町」の作品がプリントで展示されます。お近くにお越しの際は、ぜひお立ち寄りください。
展示期間
7月17日(火)〜7月31日(火)
営業時間
平日11時00分〜20時00分/土日祝日10時00分〜19時00分
住所
東京都千代田区丸の内2-1-1 丸ノ内 MY PLAZA 3階