東京エッジ~首都辺境を巡る写真紀行
第2回:住宅地の中にある茶畑——瑞穂町
2018年5月28日 12:00
そもそも私がこの連載『東京エッジ〜首都辺境を巡る写真紀行』を始めようと思ったのは、今回のテーマ『瑞穂町』が関係している。
子供の頃から地図が好きだった私は、折をみては地図を眺めて行ったことのない場所に思いを馳せていた。それは大人になっても変わらず、むしろ写真家という職業を選んだ結果より拍車がかかることとなった。
ひとつ変わったのは、この先行くかどうか分からない地の果てのような場所の地図を眺めるより、具体的に訪れそうな近場の地図をより見るようになったことだ。1回目の原稿でも書いたが、若かりし頃アルバイトで東京中の建築現場をめぐり、暇を見つけては写真を撮るため当て所なく東京をうろついていた私は、東京の地理に関しては随分と詳しい気でいた。6年前に高尾に越して来てからは、比較的近くである「あきる野市」や「日の出町」といった渋い自治体にもよく出掛けている。
そんな私だから、東京でもう知らない所はないだろうと高を括っていたら、まだあった。
聞けば、娘の友達がいたく遠い所から学校に通っているという。
「なんて駅?」
「箱根ヶ崎」
「箱根ヶ崎!? どこやねんそれ」
瑞穂町。東京都北西部に位置し、北を埼玉県入間市と所沢市、東は武蔵村山市、南は福生市と羽村市、西は青梅市に接する。人口3万3,455人(2018年4月1日現在)。面積は16.9平方kmで、伊豆諸島の島々を含む、東京都全自治体62(23区、26市、5町、8村)の中で37番目の大きさ。意外や意外、もっと小さいと思っていたらそうでもなかった。国立市や武蔵野市の方が小さい。
ちなみに1番大きい自治体は奥多摩町で実に東京都全体の1割を占める。2番目に大きいのが八王子市で、1番小さいのは伊豆諸島の利島村。島を除けば1番小さいのは狛江市。
37位とは微妙な大きさだ。扱いづらい。瑞穂町、一体なにをフックにして書けば良いのだろう? どうしようかと模索していると、東京都で狭山茶を栽培していることが分かった。
狭山茶とは埼玉県入間市から東京都西部にかかる、狭山丘陵を中心とした地域で栽培されている茶葉の名称で、一説に「色の静岡、香りの宇治、味の狭山」と謳われているとのこと。とりわけ東京で栽培されているものは東京狭山茶と呼ばれ、東京狭山茶は瑞穂町、武蔵村山市、東大和市、青梅市などで生産されていて、生産量は瑞穂町がトップ。狭山茶は知っていたが、東京都に茶畑があるとは知らなかった。
まずは茶畑を見に行こう。瑞穂町に行く目的ができた。
狭山丘陵と狭山茶
さてどうやって行くか。車で行ったほうが瑞穂町の全体像は掴める。だが、写真家は足で稼ぐもの。自らの足で歩いてフィールドワークするのが基本だ。そうでないと細かな機微に気づかない。やはり電車で行こう。
瑞穂町へは東京都八王子市から埼玉県の北西部を抜けて群馬県の高崎市まで往くJR八高線で行ける。止まる駅は箱根ヶ崎。なんと瑞穂町にある唯一の駅である。東京の自治体で駅がひとつしかないというのは結構驚きである。
八王子から各駅停車の電車に乗って5番目の駅が箱根ヶ崎で、所要時間は21分。電車の本数は、朝と夕方のラッシュ時を除けば、基本的には上り下り両線ともに1時間に2本しかない。30分に1本とはなかなかである。東口駅前はロータリーになっていて、コンビニと交番はあるが飲食店はない。
瑞穂町には5月の中旬に3度訪れた。色々と歩いた結果、印象に残ったのはまずは町の北西部に位置する狭山丘陵だった。丘陵とはなだらかな起伏や小山(丘)の続く地形のことで、狭山丘陵は埼玉県と東京都の県境に東西11km、南北4km、総面積3,500haの規模で広がる。埼玉県所沢市と入間市、東京都東村山市、東大和市、武蔵村山市、西多摩郡瑞穂町の5市1町に跨っている。狭山丘陵は「となりのトトロ」の舞台のモデルとなったことでも有名である。
狭山丘陵は最も高い地点で標高194mしかなく、それ故歩いていてもたいして疲れず、適度に整備されているので危険もない。まさに町から近い里山といった趣で、豊かな自然林が残されていて心地良く、森林浴にはもってこいだと思った。訪れた頃は風邪気味で体調が芳しくなかったので、とても良いリフレッシュになった。
一番の目的である茶畑を求めて、駅から北西に歩いていると、茶畑が現れ次第に増えてきたが、気づかないうちに埼玉県入間市に入っていた。「あれ? いつ入ったんやろ」と注意深く戻って行くと、県境が分かった。しかしそこには標識などはなく、相当意識していないとどこが境界線なのかさっぱり分からない。川を挟んでいるなどの明確な場所でもないかぎり案外そんなものなのだろう。
連載タイトル『東京エッジ』というからには、東京都の端っこにも行っておこうと、他の場所も訪れてみたが、やはりここからが埼玉県入間市ですよと示すようなものはなかった。実際は住宅街にある何気ない1本の道を挟んで、こちら側が東京都、そちら側が埼玉県といった案配で、普通に住宅が続いていた。小さい頃からずっと一緒に遊んできた向かいに住んでいる幼馴染みと学校が違う、しかも県レベルで、などということが起こり得るのか、なんて想像しながら散策していた。
近頃はどこにでも監視カメラが設置されていて撮影がしづらい。特に住宅街などでは。別に悪いことをしているわけではないのだが、怪しい人がうろうろしていると通報されそうで怖い。事実カメラを始めた頃に通報されて警察がやって来たことがあった。その頃は金髪に丸サングラスと今よりも随分と格好が怪しかったので仕方がない面もあった。オウム真理教が世間を騒がせていた時期でもあったし。
近頃は日本といえども犯罪が増え、特に子供を狙ったような、世間の監視の目は厳しい。良いことではあるけれど、写真家にはなにかと世知辛い世の中である。とりわけスナップ写真が撮りづらい。
茶畑は平らな住宅街の中に案外普通に存在していて、大きさはそれほどでもない。ひとつのブロックが小さく、次のブロックとの間に家が建っていたりする。それが瑞穂町の茶畑の実情のようだ。ただ逆に新鮮に映る。東京らしいというか。東京の茶畑とはこういうものなのだという。
東京なのに東京ではない“どこか”
瑞穂町を訪れる前、まだ何も分からず検索していた頃に出合ったワードで気になるものがあった。「ザ・モールみずほ16」。なんだこのシンプルかつ強力なネーミング。ここへは必ず行ってみようと思っていた。
1階と2階がショッピングスペースで3階が駐車場の、そのモールは国道16号沿いにあった。
国道16号は東京環状とも呼ばれ、横浜市、相模原市、八王子市、さいたま市、千葉市などの首都30〜40kmの主要都市をぐるりと円状に結ぶ延べ240kmに及ぶ道路である。その日は土曜日の午後だったこともあり家族連れが多かった。他には主婦と若いカップルに外国人。おそらく横田基地勤務のアメリカ人だろう。
ここは一体どこなんだ? というある種の当惑、東京ではないどこか。といって行き交う人々の話す方言が聞こえてきたりだとか、特産品を販売しているなどの、その土地特有の地方らしさが見て取れるわけでもない。当たり前だ。ここは東京なのだから。
私が暮らす高尾もある意味、東京っぽくないとも言えるが、実際に暮らしている分馴染みがあるから違和感はない。どこにいても自分がその場にしっくりときている安心感がある。しかしここにはない。収まりの悪さを感じる。自分がよそ者なのだと認識させられる。
ただ道を歩いているだけならそうでもなかったが、人々の生活に寄り添うモールに入ったせいだろう。いっそ銀座や浅草などの観光地であれば、もっと堂々と異邦人、つまり観光客でいられる。あるいは新宿や渋谷などの大きな街であれば他所からやって来た異邦人だらけなので疎外感はない。瑞穂町はそのどちらでもない。ここでは私の立ち位置は覚束ない。私は生活者でもなければ観光客でもない。
観光地でなかろうと、大都市でなかろうと、そこにも確実に人々の生活はあって、でも自分はその生活にまったく関係がない身、そんな自分が今ここにいる。故に居心地の悪さを感じたのだろう。せっかく来たのだからとフードコートでモスバーガーを食べ、早々にモールを後にした。だがモールを訪れたことによって、瑞穂町の暮らしが少し見えた気がした。ここも東京なのだ。
富士山に見守られ
瑞穂町には富士山がある。「富士山」「富士山入口」というバス停があり、駒形富士山という住所まである。おそらく狭山丘陵の西端に浅間神社があるからだと思われる。浅間神社とは富士山の神様、コノハナサクヤ姫命を祀ってある神社で、全国に約1,300の社がある。
私は富士山に妙に縁がある。厳冬期を含む1月から12月までのすべての月に、何十回となく登っているし、『不二之山』(亜紀書房)という写真集も出版している。
夕刻、駅に向かって歩いていると、空が茜色に染まりとても美しかったのでそれを写真に撮りたくなった。できれば遠くに見えている奥多摩の山々も含めて撮りたいと、高い所を探していると、ちょうど良い具合に歩道橋があった。そこから撮ろうと上がってみると、建物が邪魔して下からは見えなかった富士山が見えた。なるほどそういうことか。合点がいった。
振り返るとそこには浅間神社がある狭山丘陵の小高い丘が見える。神社からは木々が生い茂って見通しが悪く見えなかったが、なんのことはない、やはりこの地からも富士山が見えたのかと納得した。浅間神社があり、地名に富士山がある理由がはっきりした。
自分にとって馴染み深い富士山が見えたことにより、モールで感じた疎外感は霧散した。富士山信仰が盛んだった江戸時代、この地に暮らした人々の想いとシンクロしたからかもしれない。社会は大きく変容したが、寝て起き、食べ働き、子供を育てる、もっといえばただ生まれて死んでいく、そういう人々の暮らしぶりと、それにまつわる人々の想いは、200年、300年ぐらいのスパンでは、それほど大きく変わることはないだろう。
東京には富士山にまつわる場所がたくさんある。いずれそれらもこの連載で紹介したいと思う。
本連載“東京エッジ”の展示が東京・丸の内で行われます
※2018年7月5日更新
東京・丸の内のFUJIFILM Imaging Plazaにおいて、東京エッジ第2回「瑞穂町」の作品がプリントで展示されます。お近くにお越しの際は、ぜひお立ち寄りください。
展示期間
7月17日(火)〜7月31日(火)
営業時間
平日11時00分〜20時00分/土日祝日10時00分〜19時00分
住所
東京都千代田区丸の内2-1-1 丸ノ内 MY PLAZA 3階