山岸伸の「写真のキモチ」

第47回:幸福駅ハッピーセレモニー

100組の「幸福の顔」

2008年から2011年にかけ、幸福駅ハッピーセレモニーで模擬結婚式を挙げる100組のウェディングフォトを撮影した山岸さん。きっかけは観光大使として写真で役に立ちたいという思いから。当時を振り返りお話を聞きました。(聞き手・文:近井沙妃)

幸福駅
「愛の国から幸福へ」のキャッチフレーズで有名になった愛国駅と幸福駅。当時2つの駅は旧国鉄広尾線で結ばれており、その縁起の良いネーミングから「幸福ゆき」切符が幸せのパスポートとして今でも大人気。廃線まで活躍した2両のディーゼルカー、プラットホーム、駅舎が保存され、現在は「鉄道公園」として親しまれている。

写真で役に立ちたい

北海道帯広市には2006年からばんえい競馬を撮り始めて通うようになった。そして帯広市観光大使(現、とかち観光大使)に任命された後、当時の帯広市長 砂川敏文さんが東京に来た際に「ご飯でも」とお誘いを受け食事に。そこで「観光大使として何か写真でお手伝いできることはないでしょうか」とたずねたところ、幸福駅ハッピーセレモニーという幸福駅でウェディング体験をしながら素敵な思い出作りができるイベントを2002年から開催しているという。

「その写真、ぜひ僕に撮らせてください」ということで、市のWebサイトで予約を受け付け、僕が一番最初に撮影をしたのは2008年の4月末。ところがその日、さすが北海道帯広市というだけあって天気はなんとみぞれ雪。春の雪に驚いたんだけど、それでもみなさんが来てくれて、みぞれが降る中撮影できた。

その時の人たちがすごく喜んでくれたから「また撮りたい」って気持ちが膨らんで、2011年7月まで12回にわたり合計100組を撮影させてもらった。そして自分の写真に対して「幸福の顔」とタイトルをつけたんだ。

第8代帯広市長 砂川敏文さんと参加者の方々

参加者は公式Webサイトで予約をし、当日レンタル衣装に着替え、記念証に署名をして「幸福の鐘」を鳴らし、幸福駅内の撮影スポットでウェディングフォトを撮影。後に運営側で写真をプリントしてお渡しするという流れ。

ウェディングの衣装は寄付で集まったもので当時は3~4種類の中から選んでいたと思う。参加料は3,000円程だが、僕の撮影自体は自らの意思でボランティア。観光大使として何か写真で役に立ちたいと思ったら、写真を撮ることしかできなかったからだ。

撮影環境も整っていて、お弁当の差し入れをいただいたり、中川昭一先生がご存命の頃は顔を出してくれたり、心からやってよかったなと感じる状況で撮影を重ねていった。帯広市観光課の方々、観光コンベンション協会の方々、幸福駅で働いている方々のたくさんの協力で成り立っていた。

幸福駅ハッピーセレモニーを主催する帯広観光コンベンション協会の櫻井さんと

僕の活動を知った地方のテレビ局も取材をしてくれて認知度が上がり、帯広市外や本州の端から来てくれる参加者も出てきて盛り上がるだけ盛り上がったね。

テレビ局の取材風景

参加者には結婚式を挙げていない方、2度目の結婚式の方、再婚の方、お子さんがいる方、一生に一度ウェディングドレスを着てみたい方など、とにかく様々な理由で多くの方が来てくれた。運営側が用意する記念証やアンケート以外に、僕は僕で簡単なアンケートや「あなたにとって幸福とは?」という質問、将来的に写真集・写真展など何かをするときのために写真の使用許可を一筆貰うようにしていた。

セレモニーの中で記念証を書くご夫妻
僕が用意したアンケート兼写真の使用許可書
写真左でレフ板を持つのは当時のチーフアシスタント、山口君。面白い話だけど髪型とかそういうのでなんだか時代がわかるよね(笑)
写真右端に写っているのはアシスタントのジ君。ジ君はブラジルからの留学生で当時の山岸事務所は今と雰囲気がまた違ったね。2人とも体力があって優秀な助手たちだった

撮ることで感じる幸福

幸福駅の駅舎と電車とグリーンと、素敵な背景でウェディングフォトを撮らせてもらった。特に夏なんかは爽やかで気持ちよく、最高のウェディング写真が撮れた。雪の降る季節もあったけど、それはそれで”らしさ”を感じた。

幸福駅でハッピーセレモニーをしていると、幸福駅を見に来た人が「あれ? 何をしているんだろう?」って集まってきて、2人が幸せの鐘をつくと拍手が沸いてその場にいるみんなに祝福される。あの光景は本当の結婚式だと思えるぐらいの良さがあった。

小野さんご夫妻。展示保存されているキハ22を背景に
首藤さんご夫妻。背景の駅舎は2013年11月にリニューアルされる前の旧駅舎。これもまた記録である
森さんご夫妻とご子息。記念証を描きながらのひとコマ
松橋さんご夫妻。夏の幸福駅周辺にはたくさんのひまわりが咲く

ウェディングフォトとして正しいものなのかはわからないが、あくまでもこの場所で僕が「幸福」をテーマに撮った僕なりのウェディングフォト。そして幸福駅で幸福の顔を撮っているとき、私も幸福だったことは確かな事実。

幸福駅、リニューアルオープン

その後、駅舎は老朽化が進んでいたため「古くて新しい」をコンセプトに駅舎とその周辺が交通公園 ふれあい広場としてリニューアルされることに。幸福駅ハッピーセレモニーを撮影したご縁で2013年11月のリニューアルオープンの日に呼んでいただき、米沢市長やみなさんとテープカット。テープカットは人生初めてではなかったけれど、幸福駅が新しく生まれ変わる瞬間に呼んでもらえたということは僕にとって大切な思い出のひとつとなった。

左から2番目は衆議院議員 中川郁子先生、3番目は第9代帯広市長 米沢則寿さん、僕は8番目ですがこうしてみると背が低いですね(笑)

テープカットの後には大規模なハッピーセレモニーが行われた。僕はゲストで参加したのでウェディングフォトは撮っていないけれど、リニューアルオープンにふさわしく幸せな時間が流れた。

保存展示されているキハ22の車内では、写真家山岸伸「幸福の顔」特別写真展を開催。大きな会場での写真展もたくさんやってきたけど、このような形と環境で写真を展示できることは特別嬉しい。

保存展示されているキハ22の前で
同日、どんな時でも応援してくれる北海道新聞の守屋さんと

常設される意味と喜び

今も一部の写真が車内に飾られている。少し前に訪れたとき、プリントが年月を経て変色したり紙が曲がったりしていたから「写真て、こういうのって嫌だよね」って一言言ったら、いつの間にか綺麗なプリントに交換してくれていたんだ。

やっぱりオリジナルプリントを飾るんだったら綺麗に飾ってもらった方が嬉しい。走らない幸福駅の電車の中、入場料無料で電車も見ながら写真も見れるってすごくいいね。最近僕がよく口にしている「写真は記憶と記録だ」って言葉。僕が撮影した人たちも、ここに訪れた人たちも、この写真を見た人も、それぞれ感じることがあるんじゃないかな。

現在は一部の写真が飾られているけど、今後写真が入れ替わっていくのもいいかもしれない

いいことが続いてほしい

幸福駅ハッピーセレモニーの現在が気になり調べると、今でも引き続き実施されていた。僕の活動もその長い歴史の一部として少しでもお手伝いできたということが嬉しく、当時とは少し形が変わっているかもしれないが「写真が人の役に立つ」ということが何よりだと思う。長く続くレールというのを凄く意識していているんだ。どうか続けて欲しい。いいことはなるべくずっと、続いて欲しい。

また特別企画で、来年でも再来年でも僕が撮るってことがあってもいいなと思うけど、ウェディングフォトを撮る人たちがきちんといるだろうし、それを邪魔すると悪いからね。100組の人たちが今どうなっているかは連絡を取っていないからわからないけど、やっぱりみんな後に続く人たちも幸せになっていって欲しいなと心から思う。

車内に設置されている記念写真用のパネルで妻の佐藤倫子と記念写真。この場所に一緒に来れたことがまた嬉しい

今までも、これからも、幸福駅と

自分は帯広の人間じゃないが僕のスケジュールに合わせて友人知人が帯広に来ると、一番最初に「幸福駅に連れて行って」と言われ連れて行ったことが何度かあって、愛国駅から幸福駅行きの切符を持ちたいとか、幸福駅という場所に様々な思いがある人がたくさんいる。

僕も幸福っていうキーワードとレトロな佇まいにすごく惹かれるというか、とかち帯広空港に降りたら市の方の車に乗せてもらって幸福駅に必ず寄らせてもらって自販機でガラナを飲むのが自分の決まりみたいになっている。幸福駅に行くようになってから電車の車内や匂いが好きになったりもして。

僕を観光大使に任命してくれた故 中川昭一先生の故郷である帯広。写真でお返しというつもりでばんえい競馬も含めて一生懸命撮らせてもらっているが、そのうち幸福駅の車両を借りて東京からロケに行きたいなと今は企画を思案中。もっともっとこれからも幸福駅を盛り上げていきたい。

(やまぎし しん) タレント、アイドル、俳優、女優などのポートレート撮影を中心に活躍。出版された写真集は400冊を超える。ここ10年ほどは、ばんえい競馬、賀茂別雷神社(上賀茂神社)、球体関節人形などにも撮影対象を広げる。企業人、政治家、スポーツ選手などを捉えた『瞬間の顔』シリーズでは、15年をかけて総撮影人数1,000人を達成。また、近年は台湾の龍山寺や台湾賓館などを継続的に撮影している。公益社団法人日本写真家協会会員、公益社団法人日本広告写真家協会会員。