赤城耕一の「アカギカメラ」

第99回:開放F2.2に感じる「COLOR-SKOPAR 50mm F2.2 VM」の心意気と、その良好な表現力

コシナ・フォクトレンダーのVMマウント(Mマウント互換)シリーズレンズは50mmの焦点距離、すなわち“標準レンズ” のみで8種類!(2024年8月現在。未発売のレンズ含む)もあります。過去に登場してディスコンになったものを含めると、さらに種類は多くなりますね。

なぜこんなにコシナ・フォクトレンダーの50mmレンズは多種類になったのでしょうか。

50mmなど1本あればよいではないかと思う方も多いと思いますが、筆者が思うにそれぞれに存在意義を持たせてあるから製品として成立しているのではないでしょうか。

一部ですが、フォクトレンダー50mmレンズの特性の例を挙げてみると、NOKTON 50mm F1 Asphericalのような超大口径のもの、収差をあえて残存させて個性的なボケ味を楽しめるHELIAR classic 50mm F1.5、光学性能を頂点を追求したAPO-LANTHAR 50mm F2 Aspherical、そして今回取り上げる明るいF値とコンパクトさのバランスを追求したCOLOR-SKOPAR 50mm F2.2など、同じ50mmという焦点距離のレンズで役割分担と個性を持たせているというところに注目しなければなりません。

インフ設定の風景。すばらしく緻密な描写をしますねえ。それでもAPO-LANTHARとは違う雰囲気があることに注目しています。
ライカM11-P/COLOR-SKOPAR 50mm F2.2 VM/マニュアル露出(1/2,000秒、F8.0)/ISO 400
歪曲収差は皆無。心地よい実直な線の描写で、明確に被写体を再現します。
ライカM11-P/COLOR-SKOPAR 50mm F2.2 VM/マニュアル露出(1/1,000秒、F13)/ISO 400
酷暑の強い日差しの中で撮影。苦労しました。ものすごくコントラスト高い状況ですが、階調の繋がり方がいいですねえ。
ライカM11-P/COLOR-SKOPAR 50mm F2.2 VM/マニュアル露出(1/1,000秒、F8.0)/ISO 200

筆者が写真をはじめたころは一眼レフカメラを購入する際、ほとんどの場合標準50mmがキットレンズとなっていたこともあり、まずはこれを使いこなせ、みたいなことはよく言われましたし、カメラ雑誌でも定期的に、3年に1度くらいは標準レンズ特集が組まれました。

標準ズームレンズの時代になっても、この特集は繰り返し行われた人気企画で読者の関心も高かったのでしょうし、筆者自身も執筆に参加して、読者のみなさまを煙に巻くような、もっともらしいようなことを書いた記憶があります。すみません。

以前はレンズメーカーの製品で50mm単体レンズといえば、マクロレンズが定番でしたけど、最近はF1.2やF1.4と開放Fナンバーのものも用意されるようになりました。50mmは標準レンズというより“交換レンズ”の一種類として認識されるようになったわけです。

各レンズの焦点距離の中で50mmが最も注目されるレンズであることは間違いないでしょう。平凡でありながらもその存在を無視することができなのです。35mm判以外のフォーマットでも50mm相当の画角のレンズに準じるかと思います。

筆者は35mmレンズフリークですが、その次に使用頻度の高いレンズを挙げてみよ、ということになると、これはまた50mmになりそうなのです。原点に戻るんです。土門拳先生すみません。教えを裏切りました。

今回COLOR-SKOPAR 50mm F2.2 VMに着目し、取り上げることにしたのは、小型軽量であることに加えて、開放F値がF2.2って、なによ? という疑問を持ったからであります。

お借りしたのはシルバータイプですが、ライカとよく似合ってしまいます。年寄りはシルバーが好きですから、胸を打たれております。
F2.2という見慣れないFナンバーがいいですねえ新鮮で。F2.8に絞るともうツッコミどころのない安定感抜群の描写になります。

本編に入る前にまたしても寄り道をしますけど、Mマウントで徹底して小型軽量化を追求した50mmレンズといえば筆者は軍事用に開発され1972年に登場したライカKE-7Aに採用されたELCAN 50mm F2のことを思い出します。製造は550本ほどということでその希少さから、人気があります。

「ELCAN」という名称はライツカナダ(ERNST LEITZ CANADA)の略称のはずで、本レンズ以外にも、SUMMICRONやSUMMILUXなどさまざまタイプのレンズを製造していますし、かつてはカナダ製ということで軽んじられていた部分もあるのですが、レンズの名称に「ELCAN」とエングレーブされると一気にそのブランド力が上がりました。ライカの力といえばそれで話はおしまいですが、筆者はなんだかなあと思うところもあるわけです。

ELCAN 50mm F2は50mmの焦点距離としてはとてもコンパクトで軽量です。全長は30mmほど。軍用カメラということで携行性重視なのでしょうか。

構成は貼り合わせ面のない4群4枚で、ずいぶんとシンプルな構成ですね。エルノスタータイプともいいます。

50mmとしてはとてもコンパクトなサイズの鏡胴です。筆者はもちろん所有はしていませんが、過去、数種の個体をお借りして撮影した経験があります。けれど、正直、この程度の性能かあと思った記憶があります。

フィルムで撮影していて整理が悪いこともあり、締切までにELCAN 50mm F2での画像は出てこなかったのは残念ですが、筆者の記憶では、画面中央のシャープさに比べ、周辺の画像が悪く、“周辺を捨てた” 印象が強いものでした。正直ごくフツーのSUMMICRON-M 50mm F2で撮影したほうが、ライカレンズ的な感動は大きいですね。もっともオールドレンズをお好きな方は周辺画像の描写が悪いことを高く評価したりするのですから、描写の評価は個人の嗜好の評価も大きいのです。

ちなみに現在LIGHT LENS LAB M 50mm f/2としてELCAN 50mm F2のレンズ構成と同じ設計のレンズも発売されていますが、本家と同様の写りをすると聞いています。

ご存知の通りレンズの明るさは、焦点距離とレンズ口径で決まります。同じ焦点距離のレンズであれば、口径が大きいレンズほど明るいレンズになります。コンパクトで大口径というのは理論的に矛盾してしまうことになります。

レンズ設計者はここで両者のバランスをとるために悩むわけですが、コンパクトで大口径となると、レンズの焦点距離を短めの40mmクラスにすると理論的にも性能面でもバランスがとれてくるようです。Mマウントレンズでいえば評価が高いM ROKKOR 40mm F2やSUMMICRON 40mm F2が挙げられるでしょうか。

開放FナンバーをF2近辺で、焦点距離50mmで全長は限りなく短く、軽量化し、かつ光学性能を満足させることはできないのかということで生まれたのがCOLOR-SKOPAR50mm F2.2 VMというわけですね。

珈琲店にて。店内に優しい外からの光が差しています。ポートレートにぴったりの描写力。背景のボケもクセがないのがいいですね。(協力:虎ノ珈琲店)
ライカM11-P/COLOR-SKOPAR 50mm F2.2 VM/マニュアル露出(1/500秒、F2.8)/ISO 1600
街スナップで絞り開放で撮影するって、夜の景色くらいですが、日陰の街でやってみました。ボケは大きくはないけど、自然ですね。
ライカM11-P/COLOR-SKOPAR 50mm F2.2 VM/マニュアル露出(1/250秒、F2.2)/ISO 200
古い建物の質感描写は個人的に気になるんですがクリアでよい感じです。
ライカM11-P/COLOR-SKOPAR 50mm F2.2 VM/マニュアル露出(1/1,000秒、F8.0)/ISO 400

筆者自身もレンズ構成図をみて驚いたのは、6群7枚という構成ながら、異常部分分散ガラスを3枚使用し、色収差を抑え込んでいるのに対して、非球面レンズを採用していないことなのです。デジタルで見苦しくなる色収差補正に気を使いながら、球面収差をはじめとする各種収差をコントロールするのだという方向で考えられているようです。

昨今では50mmで開放F値の明るいレンズのほとんどに非球面レンズが採用され、開放絞りから高画質になるように設計されていますが、本レンズは通常の球面レンズでの構成です。これも意図的なものでありましょう。

そういえば20年ほど前でしたか、コニカ(現コニカミノルタ)が独自の企画でライカスクリューマウントのヘキサノンレンズの製品をいくつか売り出したことがありましたが、これはすべて球面レンズで構成したということがウリでした。

非球面レンズを使えば、光学理論では性能向上に期待できたところですが、これは意図的に採用をしていない。企画した人が非球面レンズは嫌いという理由を聞いたことがあります。

インフ設定での都市風景、絞り開放。暮れゆく新宿ですが、中心点の解像力十分です。品のある描写です。
ライカM11-P/COLOR-SKOPAR 50mm F2.2 VM/マニュアル露出(1/4,000秒、F2.2)/ISO 400
先日の酒宴で、なぜ写真家は箒を撮るかということが議題になったのですが、とりあえず見つけると撮ります。フォックス・タルボットだって撮っています。厚みのある落ち着いた描写です。
ライカM11-P/COLOR-SKOPAR 50mm F2.2 VM/マニュアル露出(1/500秒、F5.6)/ISO 800

当時は非球面レンズを入れると開放からシャープすぎて味わいがなくなるとか、ボケにクセが出るというネガなイメージが都市伝説的に言われていて、筆者もよく理屈はわからないまま、そんなものなのかなと納得していたようなところがありました。今回、これらのヘキサノンレンズを思い出してしまいました。

また話が横道に逸れてしまいました。おまたせしましたが、ここまできてやっと本題のCOLOR-SKOPAR 50mm F2.2 VMの具体的な描写性能の話をします。

先に結論を申し上げると、昨今の50mmレンズの中では写りに感動した1本です。少々大げさかもしれませんが、数値性能を超えた奥行きがあるというか、描写に厚みが、力があるように思うわけです。凄みの中に優しさがあるというか。

ざわざわとした庭木を周囲に入れつつ、絞り開放で。筆者の見た目というか予想のつくボケの大きさです。
ライカM11-P/COLOR-SKOPAR 50mm F2.2 VM/マニュアル露出(1/3,000秒、F2.2)/ISO 64
街の洋品店にいた鹿。絞り開放。毛並みの描写もいいですし、合焦点に潤いがあります。
ライカM11-P/COLOR-SKOPAR 50mm F2.2 VM/マニュアル露出(1/320秒、F2.2)/ISO 400

コシナの50mmにはAPO-LANTHAR 50mm F2 Aspherical VMというスキのない超絶、頂点的な性能のレンズがありますが、“写真的”描写の楽しみという意味では、本レンズは十分に対抗することができ、存在感あるものかと思います。本レンズを使用すると数値性能が魅力ある写真描写のすべてではない、ということを思い知らされことになるわけです。息を止めて苦しくなるような厳密なピント合わせを強いられるAPO-LANTHAR 50mm F2のような撮影方法は必要ありません。

中途半端にみえる開放FナンバーF2.2はコシナ・フォクトレンダー基準を満たすための必然的なものに感じてきます。なによりも開放絞りで無理やりなんとか写しているという印象が皆無だからですね。

もちろん仔細にみれば開放絞りでは画面中央と周辺では差があるのでしょうが、これは当然のものとして受け入れることができます。

ボケ味もNOKTON 50mmに比べれば小さくなるのはあたりまえですが、どこか親しみやすい自然な違和感のないボケの再現性です。

全体の印象をいえば波風がたたない日々の平和な安心感を本レンズの描写に感じます。それでいて、安定感がある。言い換えれば人間味のある描写ということになりましょうか。とはいえ平凡なものではなく、どこかまろやかな気持ち、自己主張を感じるわけです。

外装は2種でシルバーとブラック。金属製フード付属。単体で全長は30mm、フード装着状態でも全長は40mmしかありません。ちなみにELCAN50mm F2と全長は同じですね。レンズ単体で重要は135gと、本レンズが送られてきたとき、箱の中に中身が入っているのか疑ったほどです。

街角にふいにバイクが現れました。50mmだと、ファインダーを覗かなくてもこれくらいのフレーミングに対応できます。
ライカM11-P/COLOR-SKOPAR 50mm F2.2 VM/マニュアル露出(1/3,000秒、F8.0)/ISO 400
ありふれた日常の中から、魅力あるものを抽出するという行為だと、35〜50mmのレンズは使いやすいですね。質感描写に優れます。
ライカM11-P/COLOR-SKOPAR 50mm F2.2 VM/マニュアル露出(1/1,000秒、F5.6)/ISO 200
距離計の連動範囲をこえ最短撮影距離設定。ライブビューで撮影していますが、性能面も問題ないですね。背景の手すりもよい感じでボケますね。
ライカM11-P/COLOR-SKOPAR 50mm F2.2 VM/マニュアル露出(1/3,000秒、F2.2)/ISO 64

最後にオマケの話をします。1961年(筆者の生年です)にキヤノンからライカスクリューマウント互換の50mm F2.2というレンズが登場しております。そう、スペックをみればCOLOR-SKOPAR 50mm F2.2 VMと同じです。

CANON 50mm F2.2。1961年1月発売、ライカスクリューマウント互換レンズ。4群5枚構成・最短撮影距離1m・全長33.2mm・質量164.5gというのが公式のデータです。mとftの両者が併記されているのはいいですね。
ライカM11-PにCanon 50mmF2.2 を装着してみました。このレンズも小さく、締まって見えるスタイリングです。
COLOR-SKOPAR 50mm F2.2とCANON 50mm F2.2を並べてみました。サイズ感は近いですが、デザイン時代の差も感じますね。

発売期間が短く、中古市場でも眼にする機会は少ないのですが、構成は4群5枚。クセノタールタイプのような構成です。ウワサによればキヤノンPと組み合わせて、自衛隊に納品されたという話もあって(ウラは取れていません)珍重されているみたいですが、それが事実ならばELCANみたいじゃあないですか。

今回、機材庫の奥から出土しましたので、急遽COLOR-SKOPAR 50mm F2.2 VMと簡単に撮り比べてみました。結果はごらんのとおりです。シャープネスは違いますが、意外によく写ります。描写性能の落とし所を探るために、通常のF値設定にとらわれることなく光学設計するのはアリだよねと思えてきました。

Canon VS COLOR-SKOPAR

Canon 50mm F2.2は筆者のバースデイイヤーレンズですから肩入れしたくなりますが、そうはいきません。

画像は全体にいかにも古いレンズだなあという雰囲気あります。コントラスト低く、合焦点もポヤポヤしております。色味は少し緑かかります。ボケ味のみは評価できます。モノクロのポートレートに向いているかもしれませんが、個人的にはこのレンズを探すなら、50mm F1.8の方をお勧めします。

Canon 50mm F2.2
ライカM11-P/Canon 50mm F2.2/マニュアル露出(1/1,000秒、F2.2)/ISO 400/WB: 太陽光

COLOR-SKOPAR 50mm F2.2は開放から余裕の描写をみせています。現代的で美しい写りです。合焦点はキリっとシャープだし、ボケも自然です。ただ、不思議なことにこちらの方が被写界深度が深く見えます。

COLOR-SKOPAR 50mm F2.2
ライカM11-P/Canon 50mm F2.2/マニュアル露出(1/1,000秒、F2.2)/ISO 400/WB: 太陽光
赤城耕一

1961年東京生まれ。東京工芸大学短期大学部写真技術科卒。一般雑誌や広告、PR誌の撮影をするかたわら、ライターとしてデジカメ Watchをはじめとする各種カメラ雑誌へ、メカニズムの論評、写真評、書評を寄稿している。またワークショップ講師、芸術系大学、専門学校などの講師を務める。日本作例写真家協会(JSPA)会長。著書に「アカギカメラ—偏愛だって、いいじゃない。」(インプレス)「フィルムカメラ放蕩記」(ホビージャパン)「赤城写真機診療所 MarkII」(玄光社)など多数。