赤城耕一の「アカギカメラ」
第98回:目測カメラをデジタルで…ハッセルブラッド「SWC/M」+「CFV II 50C」で手間のかかる撮影の楽しさを再認識
2024年7月20日 09:00
ハッセルブラッドSWシリーズはは超広角専用カメラとして知られています。初号機のハッセルブラッドSWA(Supreme Wide Angle)は、1954年に登場しています。
ツァイスのビオゴン38mmF4.5レンズを搭載、このレンズは対称型設計のレンズのために、ミラー動作の駆動距離が必要な一眼レフには装着できないためレンズを固定した専用カメラにしたわけです。したがってハッセルのVシステムの中でも特別なところに位置する目測設定カメラとなりました。
次に登場するのは1959年に登場したSWCです。SWCはフィルム巻き上げがノブ式からクランク方式になり、フィルムを巻き上げると同時にシャッターチャージが行えるセルフコッキング方式が採用され便利になりました。うちで長年活躍したカメラでもあります。
1980年にはSWC/Mとして改良されインスタントフィルムバックが装着可能になります。おじいさん流に言い換えると「ポラが切れる」ようになったわけです。1983年にはモデル名は同じのままプロンターシャッターを採用し、鏡胴デザインも変更され操作性が向上します。
1989年には903SWCと名前が変わり、水準器がプラスチック製ファインダー内に組み込まれました。基本的な構造や性能に違いはありません。なんかファインダーの作り込みはいまひとつです。
最終モデルは2001年に登場する905SWC。これは搭載レンズのビオゴン38mmF4.5を無鉛化したものでした。環境問題の配慮からでしょう。でも、レンズマニアの中には鉛が入っているのほうがいいんだぜ、という人もいます。そうなの?
それにしても半世紀にわたり、このような決して使いやすいとはいえない中判カメラが、細かく改良され続け、現役を維持してきたことに驚きますね。価格も初号機登場時から、決して安いものではなかったわけで、感覚的にはカメラを買うというよりもレンズを買うという印象の方が強かったのかもしれません。
いずれのSWも、一眼レフではありませんからフォーカシングは基本的に目測で行い、ファインダーは外づけのファインダーを使用することになります。構図はボディに外付けされたビューファインダーを使用します。露出もフォーカス設定もすべて“勘”によるテキトーな世界がそこにあります。
とはいえ、じつは専用のスクリーンをバックにつけて、シャッターを開き、大判カメラのようにフォーカシングする方法もありますし、インスタントフィルムであらかじめフォーカスや露出をチェックするという方法があります。ただ、この作業のために速写性は犠牲になります。
筆者も長くSWCを愛用しておりまして、仕事でも私事でも活躍をしていただき、長いつき合いがありますが、意を決して、このたび今回紹介しますハッセルブラッドSWC/Mにお越しいただくことにしました。
ただ、先に述べましたように、SWCにはインスタントフィルムバックを装着することができません。これは三脚座がフィルムバックに干渉してしまうからです。さらに、とても残念なのは同じ理由でハッセルVシステムのデジタル化のために導入したデジタルバックCFV II 50Cを装着することもできません。これは現行のCFV 100Cも同様です。SWC/M以降の機種ならば、CFV II 50Cを装着することができます。
ビオゴン38mmの写りは本当にすばらしく、一眼レフ用のVシステムレンズの中には焦点距離の近いディスタゴン40mmもありますが、正直、こちらはビオゴンより性能は劣ります。とくに周辺部の描写を見ると、その差は歴然でした。描写の差が特別に写真の出来上がりに差がつくということはありませんが、筆者はこういうことが気になりはじめると夜も眠ることができません。
やってきたSWC/Mは、SWCよりも思いのほか使いやすくなっていました。入手した個体はプロンターシャッター搭載の改良型のビオゴンT*38mm F4.5がついています。
SWCの時についていたコンパーシャッターのやりづらかったシャッタースピードと絞り値の設定が簡便にできるようになりとても使いやすくなりました。
またうちのSWCはフィート表記のモデルだったので、目測設定時にはメートルを換算せねばならず、とっさに出現するような被写体をフォローするような場合に慌ててしまうことがありましたが、SWC/Mでは、両方の表記がありますので迅速に距離を設定することができました。
ただ、鏡筒のデザインやビルドクオリティに関しては、コンパーシャッター採用のモデルの方がローレットにも細やかな工作が行われ、非常に凝った美しい仕上げであることは確かです。
喜んで入手したばかりのSWC/Mに早速、手元のCFV II 50Cを装着し使い始めてみましたが、いくつか問題が出てきました。
フィルムでの使用は他のVシステムカメラと共通のマガジンを使用しているため、アパーチャーのサイズは56×56mmの正方形画面ですね。
ところが、手元にあるCFV II 50C、話題の新型1億画素のイメージセンサー搭載のCFV 100Cは33×44mmだからフォーマットは長方形画面になります。このことがまず第1の問題です。
正直フォーマットが変わることに違和感はないかと言われればウソになります。フィルム時代のハッセルVシステムといえば正方形フォーマットが代名詞のカメラみたいな印象でしたし、外づけのファインダーも、33×44フォーマットの枠があるわけではありませんから、フレーミング自体も“勘”になります。
筆者のような年寄りになると、最終的に仕上げる写真は1:1の正方形フォーマットにしたくなります。
もっともデジタルではトリミングや像の拡大も自由で良いと考えていますし画像自体は5,000万画素、CFV II100Cは一億画素ありますから、画像の鮮鋭さは犠牲になりません。このこともあって「正方形フォーマット」に“戻す”ことも自然に行うことができるようになりました。ただ、厳密にフレーミングしたいという場合には少々息苦しくなりますが、もともとそうした目的に使うカメラではないのでは。
第2の問題はフィルムとは異なり、5,000万画素、1億画素といった高精細のイメージセンサーの画像では、わずかなピンボケも許されないのではという気持ちになることです。
フィルム時代のSWCはフォーカスにさほど神経質になることなく、適当に絞りを効かして、被写界深度を深めにしてポンポン撮影し、それでさほど問題を感じなかったのですが、CFV II 50Cで撮影した画像を厳密に確認すると、なんだか画像がユルいのです。最初はビオゴン38mmがイメージセンサーの解像力に追いついていないのかしらと不安になってのですが、この理由は単純でした。つまり、あまりにも画像が精細なので、フォーカス合わせをきっちりと追い込んでからさらに、そこそこ絞り込まないと、ピンボケが目立ってしまうのです。ビオゴン38mmのポテンシャルをすべて引き出そうと考えるとかなりたいへんです。
ただ、フレーミングにしろフォーカシングにしろ、厳密に追い込むことも不可能ではありません。
シャッターをTに設定し、シャッターを開きっぱなしにして、CFV II 50Cをライブビュー設定にすれば、撮影画面は確認することができますし、画面をタップすれば一部を拡大表示することができますからフォーカスを正確に追い込むことができます。先に述べた、スクリーンを装着して、フレーミングやフォーカスを確認する方法をデジタルのチカラで置き換えようというわけです。
ただ、この撮影方法では手持ち撮影では辛いですし、撮影時間もかかってしまいますし、広角専用機を使って神経質な撮影になるのも意味がないので、筆者は正確な距離設定を行いたい場合は距離目盛りのあるMF一眼レフを撮影時に同時携行して、撮影前に被写体までの距離を測って、フォーカスリングの距離目盛りで撮影距離を確認し、SWC/Mの距離目盛りを使用して同じ距離に移し替えて設定したり、あるいはライツの単独距離計を使って、被写体までの距離を測るという超古典的な手段をとりました。被写体に手の届くような至近距離撮影では少し乱暴ですが、あらかじめ自分の腕の長さを測っておき、被写体までの距離の目安にするという方法もあります。
いずれも多少手間はかかりますが、これでほとんど問題はありませんでした。そして街中でのスナップ撮影ではガンガン絞って被写体に挑んだほうが得策だと考えるようになりました。
SWC/M+CFV II 50Cの組み合わせで撮影方法をあれこれ述べてきましたが、結局、筆者の場合は、撮り直しができる条件では、適当に距離をバラして数枚撮影し、モニターで画像を確認してフォーカスをチェックし、フォーカスが合っているコマを選べばいいやという方法も採用していますし、フレーミングも撮影後に適当にトリミングして体裁を整えればいいという考え方で被写体に接しています。
ハッセルブラッドには現行商品としてXCD38mmF2.5という高性能の単焦点広角レンズが用意されています。画角は35mm換算で30mmになります。
これを907X+CFV II 50Cに装着すれば、SWC/Mと同じ画角の写真を撮影できます。明らかにXCD38mmF2.5の光学性能はビオゴン38mmF4.5よりも高く、優れた描写が期待できますし、AEやAFによる恩恵を受けることができ、効率のよい写真制作をすることができます。
SWC/Mに搭載されている栄光のビオゴンT*38mm F4.5はフィルム時代には、あんなに描写に感激したのに、デジタルでは少し線が太く、中心と周辺では画質の差があるようで、あれほど感動したコントラストもやや低く感じますし、ヌケも今ひとつな欠点の目立つ画像になります。
今回はあいにくの梅雨空の下での撮影ですし、三脚を嫌いの筆者なので、多くのコマを日中シンクロさせて手持ち撮影しています。SWC/Mはレンズシャッターですからスピードライトが全速同調します。作例は基本的に未加工のデフォルトですが、一部だけレベル補正しております。もっと手を入れれば見映えはよくなりますね。またハッセルSWC/Mであることをどうしても忘れられないので、一部は正方形にトリミングしております。
SWC/M+CFV II 50Cを使うという真の意味はどこにあるのでしょうか。かなりのへそ曲りというか、変態さん、あるいはM的な性癖のある人のための組み合わせであることは間違いありません。ええ、テキトーな性格の筆者には、まさにぴったりの組み合わせですね。
でもね、クラシカルな個性的な写り、かつシャッターを切るまでの少し遠回りのアプローチによる写真制作に独自の楽しみと魅力があるわけです。本来、写真制作は非効率なものでした。一度やってみればわかります。いや、わからないほうが平和で幸せなのかもしれませんけれど。
それでもフルメカニカルの旧式な目測式カメラがデジタルの力を借りることで、生まれ変わるって楽しい。これが今回の結論になります。