赤城耕一の「アカギカメラ」

第81回:“真っ黒”の美しさを発見。「LUMIX S5IIX」がやってきた

カメラはあくまでも撮影者の陰に隠れていなければならない道具でありカメラそのものが目立ってはいけないのでは。真面目な写真表現者はこう考えています。

ライカM型のブラックペイントを代表するようなレンジファインダーカメラは目立たない、動作音が小さいということから、今日に至るまでスナップに向いた代表格カメラといわれています。

アンリ・カルティエ・ブレッソンはライカのボディのみならず、クローム仕上げしかなかった外付けの35mmのファインダーも自分でカスタマイズして黒く染めていたとか、三木淳は戦場で使用するためにニコンSを頼んで黒く塗らせたみたいな話があります。スナイパーから狙われないようにするためだと、どこかで読みました。

筆者自身もずいぶん前のことですが、ロゴを塗りつぶした真っ黒なトプコンREスーパーを神戸の中古カメラ店で手に入れたことがありました。これはプライスカードに米海軍仕様と書いてありました。カメラのキズなどはあまり気にしない筆者なのですが、すげー汚いカメラで、異常に安かったのですが、その出自がNAVY由来のものかどうかは証明する術がありません。洋上で黒いカメラを使用しても意味はあるのでしょうか。

神戸の某中古カメラ店でみつけた“NAVY仕様”といわれるトプコンREスーパー。ブラックは意外と数が少ないのですが不人気(笑)です。お店の人からは珍しいぜと言われましたが、資料とか探すと、ちょっと怪しさがありますので本機がそれだと明言はしません。それより、それなりの大きさだったペンタプリズム部の「TOPCON」ロゴを塗りつぶすってすごくないすか

最近でもペンタックスのK-3 Mark IIIを真っ黒にした限定のモデルとか、K-3 Mark III Monochromeとか、LUMIX S5がベースになっていると言われているライカSL2-Sは栄光の「LEICA」ロゴを黒色で埋めておりますね。ライカなのに見せびらかすことのできない稀有なモデルというわけであります。闇に潜んで事象と擦過するために用意されたのかもしれません。

いずれの話もいつものとおり調べることなく記憶だけで書いていますが、真偽はわかりません。都市伝説かもしれません。筆者も適当な伝聞で書いているので信憑性は薄く、信じないようにお願いします。

筆者はジジイになってから、カメラはシルバー派になりました。あれほどブラックペイントのライカには指先に感じるやさしい温もりがあるとか、塗装が剥げて真鍮が出ることで、撮影者とカメラの歴史を刻む。などと気持ち悪いことを書いていましたが、そうした熱は醒めてしまい、すっかり転向してしまったわけです。

がんばって買った高いライカなら、見せびらかしたほうが溜飲が下がるんじゃないかと考えている人もいるかもしれませんが、ジジイの持っているカメラなんか誰も気にしませんよ。

単にこれまでの経験上ブラックボディでも目立たない効果は薄いんじゃないか、ステルス化はそんなにないんじゃないかということに気づいただけで、ならフツーの白いカメラで年寄りらしくゆったり撮影している方がいいんじゃないかというだけであります。筆者としても残りの人生も見えてきたわけですし。

シリアルナンバー118万台のM4ブラックペイントを頑張って購入しても、カメラ上部の「Leica」の筆記体ロゴをパーマセルで貼って、街に潜む表現者を気取るという人は少数だと思います。

出番はカメラ比べの忘年会の時にあるわけですから、その機会が来るまで防湿庫の中で静かに待ちます。それまでに木村伊兵衛の愛機のM4のシリアルナンバーは暗記しておき、俺のは何番違いだ、とかソラで言えないといけません。見せびらかせねばモトはとれませんので。

他の理由でカメラを目立たなくしている人もいます。購入したデジタルカメラを下取りに出す時、少しでも高値で売れるように、キズを防止するためボディ周りをガチガチにパーマセルで固めるという、これは別の意味で実用派の方々ですね。ええ、すごくセコイ感じがしますが、気持ちはわからなくはありません。

ちなみにカメラ前面のデカいロゴは筆者もパーマセルを貼ったりしてます。写り込みを防ぐってこともあるんですけど、ブランドに溺れない正しい写真表現者の姿勢を示したいからです。カメラ前面に機種名が書いてあるだけで引くんですよね。ニコン Z fの前面ロゴなしバージョンとか出ないかしら。

で、例によって余計な話で冒頭から思い切り引っ張っておりますが、もうこれで終わりにしたいくらいです。でももう少し続けますね。

本題は何かと申しますとですね、LUMIX S5IIXの話でもどうかと。ま、早い話、このたびこの人にうちに来て頂いたわけであります。そうです。もう写真家の才能が見えたのでこれからは動画専門カメラマンとして生きていこうと考えたわけであります。

嘘です。動画撮影はマイクロフォーサーズ機の方が簡便であると個人的には考えているのでLUMIX S5IIXに感激したのは、「LUMIX」や「S5IIX」のロゴを塗りつぶしたその佇まいでありますね。先に申したように、目立たないわけではないのですが、それなりの気合いを感じます。単に黒ずくめにしただけなのに。

表に出ているロゴや機種名が黒く塗りつぶされていると、試作機か内緒のテストカメラに見えてきます。すごく古い話で恐縮ですが、キヤノンのT90というMF一眼レフのマルチモードAEの試作機にはブランドや機種名がなく、一線級のカメラマンに依頼してテスト撮影していたと記憶しております
各種ボタン、ダイヤルとかの表記も目立たないように薄いグレーになっています。筆者も加齢による目玉の感度性能低下があるので正直、光の条件によっては見づらいのですが、多機能なカメラでも自分の撮影設定ってある程度は決まっているので、あれこれいじくることはないため問題はなく。実用上はさほど困らないわけです

「また始まったよ、お前シルバーのカメラが好きとかさっき言ったじゃねえかよ」ええ、たしかに言いましたが、LUMIX S5はそれなりに依頼仕事にも使用して、かなり好結果をもたらしています。気持ちの中では、もう一台増やすか、後継機を待ち望んでいたというわけです。

もう一台増やすならば少しでも外観が変わっていたほうがいいじゃないですか。そこで登場してきたのはS5IIとS5IIXで、後者は動画性能もさることながら、黒ずくめのとんがった印象を受けまして、カメラはシルバー派であると宣言してしまった筆者のココロにも刺さってしまったわけです。ああ、苦しい言い訳でありますが、ここまで徹底すると開き直って真っ黒いカメラって、けっこうカッコよかったのだということにも気づきました。ライカのブラックペイントみたいに珍重はされないのも嬉しいです。

片隅の光景。筆者の好物が揃いました。ブロック塀とか古ぼけたポストとかカラーコーンを被写体にしたことで描写力を感じてしまうというのもヘンな話です。色再現も厚みがあってよい感じですね
LUMIX S5IIX/28-70mm F2.8 DG DN/絞り優先AE(50mm・F8・1/2,000秒・-0.7EV)/ISO 400
素直な描写のようでいて、品格を感じる再現だと個人的には思っています。スナップショットは標準から中望遠域の焦点距離のレンズでも楽しいのではないかと最近考え始めており、あれこれ望遠ズームなんかも探しています
LUMIX S5IIX/28-70mm F2.8 DG DN/絞り優先AE(50mm・F8・1/2,000秒・-0.7EV)/ISO 400
遠方にみえるのは「時の鐘」。観光名所ではなくて、街の中の単なる日常の景色としてみてみました。さまざまな要素が入り込んできますが、落ち着いた調子がよいと思います
LUMIX S5IIX/28-70mm F2.8 DG DN/絞り優先AE(51mm・F10・1/1,250秒・-0.7EV)/ISO 400

S5のサブカメラとして、これまでシグマfpを愛用してきたのですが、さすがにそれぞれの設計思想というか目的が異なる方向のカメラなので、スペックの良し悪しではなくて、いざ現場に出てみますと、さすがにこれはサブとしてはどうかと思っていたこともあります。それぞれのカメラだけを使う条件なら気にならないんですけど。

LUMIX S5II、S5IIXでは、イメージセンサーや画像処理エンジンを一新。LUMIX初の像面位相差AFを採用したとあります。LUMIXがこれまで像面位相差AFを搭載しなかったのは、画素欠損により画質に影響が生じるためとして避けてきた経緯があったわけですが、他社の像面位相差AFを搭載したカメラで、画素欠損が問題とされたことは聞いていなかったので、パナソニックはなんて真面目な会社なんだろうと思っておりました。

欠損した穴ボコを埋めなきゃならんなあというイメージだったんですかねえ。筆者なんか単純ですから、わからなければなんでもアリじゃんとか思ってしまう方です。エンジニアのみなさんの気持ちを汲み取ることができませんでした。

筆者自身は高速で動く被写体を撮影する機会はあまりありませんので、AFの速度とか食いつき感とか反応が鈍い方でして、S5に特に不安があったわけではなく、満足はしておりました。逆に像面位相差AFを採用していなくても、コントラストAFすなわちDFD技術に基づいた空間認識AFって、なかなかやるじゃんとか思っていたわけです。

早い話がこれまでの筆者の撮影仕事においてS5を使用していて、何も困っていないわけです。サブカメラいや、メインカメラに同じS5をもう一台という考えも頭をもたげましたが、後継モデルはそれなりには気になるのは当然のことです。今回は意外にも早い登場だったねという印象です。

博物館の中なので光線状態はあまりよくないけど、丹念に光を拾って繋げてくるような印象です。エッジにキレを感じますし、コントラストも良い感じです。AWBも良い感じに色を拾うのを手助けしてくれています
LUMIX S5IIX/28-70mm F2.8 DG DN/絞り優先AE(70mm・F2.8・1/250秒・-1EV)/ISO 3200
晩秋の斜光線が階段の影を大胆にみせています。説明無用という写真が撮れたときの楽しさもあるんですが、壁の影だけを生かして写真が成立するってことは稀なのです
LUMIX S5IIX/28-70mm F2.8 DG DN/絞り優先AE(70mm・F8・1/1,000秒・-0.3EV)/ISO 400

これまで数回S5とS5IIXを併用してみましたが、予想通り、ほとんど違和感なく同時に使用することができました。バックアップツール、サブカメラとして問題なく活躍してくれました。これでLUMIX S5シリーズは筆者の完全なる戦力となったわけであります。

S5II/S5IIXのイメージセンサーは、新開発の像面位相差AF対応2,420万画素。画像処理エンジンは新ヴィーナスエンジンを採用ということで、「L² Technology」というライカカメラ社との協業によるものとアナウンスされております。いうまでもなくパナソニックはライカと仲良しですからね。

本題とは関係ありませんが、LUMIX S5がライカSL2-Sのベース機になっているとすれば、SL2-Sの後継機はS5II/S5IIXがベースとなり、像面位相差もばっちり入るんじゃないでしょうか。すみません。余計なことを書きました。妄想です。独り言なんで気にされませんように。

で、LUMIX S5IIXに話を戻しますと、S5IIと比べてLUMIX S5IIXのみに搭載されている機能は、ライブ配信(無線ライブ配信、USBテザリング、有線ライブ配信)とハイグレード動画記録性能(USB-SSD、ALL-Intra動画記録、ProRes動画記録)です。RAW動画のHDMI出力も当然可能です。USB-SSD記録は本気の動画撮影にはとても重宝することでしょう。でもねー、高性能ですけど筆者クラスだとフルサイズの動画は荷が重たいです。

背面のモニターはバリアングル。動画を主に置いた「意識」は各部から感じられますね。でも全体のデザインを含めてスチルカメラとしての機能も十分で、なかなかの満足度をみせています。この機能のままフラットタイプのものとか出せないかしら

S5IIXの実際の使い勝手はどうでしょうか。起動は相変わらずの遅さですね。電源を入れたと同時に、ココロの中で「はい1、2の3」と毎回叫んでいますが、それでも筆者の使い方では起動の遅さもそう問題にはなりません。

グリップ感は個人的には気に入っておりますよ。電子シャッターのローリング歪みは確かに抑えられています。でもメカシャッターの動作音は個人的にはけっこう気に入っておりますから余程のことがない限り電子シャッターの出番はないかなー。

モニュメント。ハイライト基調に露出を与えています。シャドーも自然にあがって来るのは高く評価したい点です。階調再現の豊富さが奥行きを与えるので中身のない写真でもそれなりには見えます
LUMIX S5IIX/35mm F2 DG DN/絞り優先AE(F2.2・1/6,400秒・-1EV)/ISO 100
グレーの世界。配管。モノトーンな風景であり、色の助けはありません。ハイライトがよい感じに描写されますね。ディテールの再現性も優れます。今度似たような被写体に出会ったらモノクロも試します
LUMIX S5IIX/LUMIX S 20-60mm F3.5-5.6/絞り優先AE(20mm・F8・1/2,000秒・-0.7EV)/ISO 400

AFは先に申し上げたとおり筆者の使い方では、像面位相差AFのありがたみがわかりづらいのですが、自動選択にしておいても気持ちよくフォーカスはキマり撮影はサクサクと進行します。撮影者より先回りして、あらかじめ全部セットしておきました、はいシャッターをどうぞ!みたいな図々さはなく、寄り添う感じがあります。

AFの動作にも楽しみがあるのは、S5のジョイステックは4方向の律儀な動きだったのに対して、S5II/S5IIXは8方向、つまり斜めにも動くので、これも使いやすくなっていたことでしょうか。それでもAFの被写体認識の性能はどんどん向上しますので、ジョイスティック操作の出番は減りつつあるイメージです。操作の楽しみという意味でも残しておいてもらってありがたいですけどね。

画質はクリアで心地よい印象を受けました。晩秋の光質もあってか、硬めの光の条件が多くなりましたが、デフォルトでも階調豊富で見ていて楽しいです。露出精度の高さも良い点です。ただし、背面側のダイヤルが携行中に服と擦れて動きやすいのはいただけません。筆者はこのダイヤルに露出補正を割り当てているのですが、ファインダーを覗いた瞬間に-5EV補正とかになっていると暴れたくなります。暴れませんけど。

LUMIX S5IIXは全般的に好印象な結果になりました。業務が楽しくなりそうなカメラって最近少ないこともあり、あちこち引きずり回しております。

繁華街。鈍い朝の光の中でも色をきっちり拾ってゆきますね。こういう条件で信頼できる色再現をすると、カメラを見直す良いきっかけとなります
LUMIX S5IIX/24mm F3.5 DG DN/絞り優先AE(F8・1/160秒・-0.3EV)/ISO 400
廃棄物なのか、ディスプレイなのか。街を歩いていたら、偶然にへんな光景に出会うこともあるわけで、携行性のよいフルサイズカメラという意味でもLUMIX S5系カメラは筆者の中でも評価高いす
LUMIX S5IIX/28-70mm F2.8 DG DN/絞り優先AE(50mm・F10・1/320秒)/ISO 100
都心上空を飛ぶ飛行機に注目する人はほとんどいなくなりましたが、年寄りには気になる被写体です。再開発中の新宿西口を地下から見てみようという試みであります
LUMIX S5IIX/LUMIX S 20-60mm F3.5-5.6/絞り優先AE(20mm・F8・1/1,000秒・-1EV)/ISO 400
赤城耕一

写真家。東京生まれ。エディトリアル、広告撮影では人物撮影がメイン。プライベートでは東京の路地裏を探検撮影中。カメラ雑誌各誌にて、最新デジタルカメラから戦前のライカまでを論評。ハウツー記事も執筆。著書に「定番カメラの名品レンズ」(小学館)、「レンズ至上主義!」(平凡社)など。最新刊は「フィルムカメラ放蕩記」(ホビージャパン)