赤城耕一の「アカギカメラ」
第50回:衝撃のデビューから17年。デジタルモジュールRの真実
2022年7月20日 09:00
「アカギカメラ」も今回で50回めになりました。これまで続けてこられたのも読者の皆さまの応援があったからでございます。ありがとうございます。では、50回めもさっそく始めさせて頂きます。
先日、うちで活躍してもらっておりますライカM10-Pくんのセンサーのお掃除と距離計調整依頼のために東京のライカ銀座店を訪れたのですが、ここでメンテナンス担当の方から悲しい話を聞き、肩を落として帰ってきました。
その話とはライカRシステム、いやライカフレックスをはじめとするライカフィルム一眼レフのメンテナンスはすでに受け付けていないと聞いたからです! いやあ、この話はフォローしてなかったなあ、なんだか泣きそうです。
ライツ時代のメカニカルのライカフレックスシリーズは、フルメカニカル一眼レフカメラですから、軽微な故障ならば、カメラ修理専門会社とか個人のカメラ修理人に依頼することもできますが、ライカR3以降のAE機は壊れてしまうと諦めるしかなさそうです。
正直なところ、うちでは現在もライカフレックスシリーズが初代からSL2まで頑張っていますから、これらの機種を使用すればフィルム撮影ではなんら問題ないわけですし、筆者の寿命が尽きてもココロザシのある方に受け継がれれば、将来にわたって活躍してくれることは間違いないとは思います。もっとも、Rシリーズも故障がなく頑張ってくれている機種は手元にもまだあります。
ライカRマウントレンズも、ライカフレックスをはじめR-Lマウントアダプターを使うことで、ライカSLシリーズやパナソニックのSシリーズ、シグマのfpシリーズに装着すれば問題なく撮影できますので、それこそ未来永劫使うことができるはず。さまざまなカタチの異なるカメラに装着されようとも、その血脈が途絶えてしまうことはなさそうです。
でもね、こちらは年寄りですからね、けっこう意固地なわけです。クラシックなライカRマウントレンズだって、デジタルで使えるんだからいいじゃねえかよ、と判断をするのは簡単ですが、Rマウントレンズはフィルム時代の古い設計です。レンズ本来のポテンシャルを引き出すには、フィルムでもデジタルでもそれなりのコツが必要になるわけです。ちょっと偉そうですね、すみません。
毎度のことながら回りくどい始まりになってしまい申し訳ありませんが、じつはですね、前回のエプソンR-D1に引き続き、今回もヘンなものが仕事場の機材ロッカーの奥底から“発掘”されましたので、これをネタとして今回も報告することにいたします。
このヘンなものとは何か。「ライカ デジタルモジュールR」であります。「なんですかそれは?」と思った人は正しい人生の歩み方をしているので、ここから先はお読みにならない方がよろしいかと思います。「カメラバカにつける薬」(飯田ともき著・インプレス)と同様に、カメラ病が重篤化する危険があります。
それでも、はじめてしまった手前、一応は説明しておくことにしますね。
デジタルモジュールRとは往時のライカカメラ社が、ライカRシステムの延命というか、生き残りをかけて開発した、デジタルカメラバックのことです。ほらぁ? 知らない方がよかったでしょう。知っている人、大丈夫ですか? もうこれまでさんざんカメラを買ったのに、まだこんなゲテモノに興味があるんですか? いや、言葉が過ぎましたね。筆者に人のことなど言えるわけもありません。
デジタルモジュールRを最初に見たのは、ドイツのケルンで開催されていたフォトキナ2004のことでした。ライカM8登場の2年前ですね。発売されたのは2005年だと思います。
当時のライカとしてはレンジファインダーカメラのMシリーズよりも一眼レフカメラのRシリーズを先駆的なカメラとして打ち出したかったのでしょうか。でも、MF一眼レフだからぜんぜん先駆的ではないですな(笑)。
いや、これも当時聞いた話でありまして、国によってはMシリーズライカよりもRシリーズの方がウケが良いのだよという話を聞いた記憶があります。世界は広いのです。でもウラは取れていませんので、そのまま鵜呑みにしないでください。
もう少し具体的な話を進めることにします。デジタルモジュールRはライカR8/R9専用のデジタルバックです。搭載センサーは画素数1,000万、26.4×17.6mmサイズのコダックCCDであります。APS-Cより少し大きいもののAPS-H(30.2×16.7mm)のサイズに少し足りないみたいですが、感覚的にはAPS-Hの使用感でいいと思います。35mm判換算での画角は、装着したレンズの焦点距離の1.37倍相当となります。
デジタルバックですから、簡単にいえばフィルムのアパーチャー部分にセンサーを位置させて、カメラ部の機構を使用して露光しちゃえという機構です。ライカとしては35mmフルサイズにしたかったのでしょうが、後付けタイプのモジュラーでは35mmフルサイズのセンサーだとアパーチャー部分に入らないという理由もあったようです。
感覚的には昔の35mm一眼レフの裏蓋を交換して取り付ける、サードパーティ製のインスタントフィルムバックを想起していただければ様式はわかると思います。デジタルのデバイスはデンマークのイマコン社製です。イマコンはもう会社自体がないみたいですねえ。なんだかデジタルは儚いなあ。
筆者がデジタルモジュールRを最初に見た時は、正直震えました。さすがライカだ!と。なぜならしつこく、いや、今もですが、ライカRシステムを使用しているからということもありますし、フィルムとデジタルのハイブリッドカメラとして使用できるのが当時としては夢のように思えました。ただ、デジタル専用の一眼レフカメラとして開発した方が、カメラの名前としてまだ記憶には残ったかもしれないですねえ、どうなんだろう。
デジタルバックのシステムとしては、本連載でも紹介したハッセルブラッド907X+CFV II 50Cみたいですよね。
いや、ハッセルに限らず少し前は「中判フィルム一眼レフ+デジタルバック」は定番的なアイテムで、高価ですが珍しさはありませんでしたねえ。35mmカメラにもフィルム一眼レフをベースにしたデジタル一眼レフは黎明期からありましたけど、モジュールにして脱着させることができるのは驚きでした。
ライカR8/R9は、マルチモードAEのフィルム一眼レフです。ただ、モータードライブ内蔵ではないので、単体でのフィルム巻き上げはレバー式です。大きなシャッターダイヤルがとても目立ちますね。ペンタプリズムはボディに沈み込ませている、いわゆる「ジャミラ」型であることもユニークで、個人的には好きなデザインです。
ライカR7まではミノルタXDをベースにしていた部分もあるのですが、ライカR8からはライカカメラ社の完全オリジナル設計として、話題になったことをよく覚えています。でも当時も疑問に思いました。MFだし、フィルムも手動巻き上げだからモーターも内蔵されてはいないのに、なぜこんなに大きく、ボディが分厚いのかと疑問を持ったのです。これは以下の理由ではないかと。
デジタルモジュールRは先に登場したライカR8/R9のモータードライブに全体のフォルムがそっくりなのです。グリップ部にシャッターボタンがあるのも同じ。まるでモードラ内部をくりぬき、デジタル用のデバイスを突っ込んだと想像してもらえばいいかもしれません。おそらくライカR8の開発時に、このデジタルモジュールRはアクセサリーとして同時に用意される予定だったのではないのかと思われます。
デジタルモジュールRでは、シャッターチャージは内蔵のモーターによって行われるので、使用感や動作音はモータードライブつきのライカR8/R9と同じなのです。これ、動作的にはかなり心地いいですね。ミラーの昇降音があるのは一眼レフの特性だし、縦走りのフォーカルプレーンシャッターを搭載していることは、現在のメカシャッターがなくなりつつあるミラーレス機とは相反する要件にも感じます。
また、前回の連載で紹介しましたエプソンR-D1のようにシャッターチャージを手巻きで行うという少々やり過ぎ(笑)なギミックも採用されず、撮影アイテムとしてもUIもなかなか合理的にできています。
ファインダースクリーンは、デジタルモジュールRのセンサーサイズに合わせて撮影範囲を示す枠のあるものが用意されました。Mシリーズライカのブライトフレームを思わせるような形です。
中央にはスプリットマイクロプリズムが採用されていますが、そこはMF一眼レフですから、マット面でのフォーカスの切れ込みも悪くないのです。そんなに明るくはありませんし、一眼レフですから装着レンズの明るさにファインダーの見え方は左右されます。
ボディ上部にある液晶パネルは小さなフィルムカウンター窓(ライカR9のみ)だけで、デジタル設定はモジュールの背面モニターを見ながらダイヤルやボタンで行います。
背面モニターの下には情報表示パネルが位置しています。モニターでも一部の設定を行いますが、ISO感度やホワイトバランスなどの基本設定は下部表示パネルの左側にあるダイヤルのメニューを見ながら行います。これ、すごいアナログ感ですが、わかりやすいですね。
デジタルジュールRには、ローパスフィルターが省略されていますので、1,000万画素とはいえ、CCDセンサーの力を出し切った精細かつ濃厚な再現の画像を得られることに驚きました。ただ、モアレ軽減の機能はカメラ内での処理のみで、ダイヤルにも「モアレ」メニューがありますが、これはJPEG設定時にしか機能しません。
ここで、話は本題と離れますが、過日、国内の一流カメラメーカーの画像処理のエンジニアとお話しする機会に恵まれたので、筆者は「CCD搭載のカメラは独自の階調再現をするとして、今も人気ですね」と質問してみました。
このエンジニアさん、えらく困惑した顔をして「画像の特性はCCDやCMOSのデバイスの特性だけではなく、画像処理エンジンによる影響の方が大きいのですよ」と一笑に付されてしまいました。おい、“CCD信者”よ大概にせよ、ということらしいですよ。ええ、今後は筆者も心しときますね、以上コボレ話でございました。
筆者はかなり無理をしてデジタルモジュールRを入手したものの、そのポテンシャルを最大限に発揮させてあげることはできませんでした。
仕事の現場では効率を重視しますし、1台だけでは、万が一の故障などに対応することができず、極めてリスキーだからです。デジタルモジュールR登場の同年の2005年にはキヤノンEOS 5Dが登場したことも、デジタル一眼レフによる仕事カメラの変革としては大きかったと思いますね。このため、筆者の中でも存在がフェードアウトしていったようなところがあります。これは時代的に仕方ないかなあ。
実際にデジタルモジュールRにお越しいただいたのはもう少し後になりますけども、ライカRレンズをアダプターなどを使用せずダイレクトに装着できることに、なんだか感激した記憶があるのです。
引っ張り出したデジタルモジュールR用に用意した3本のバッテリーをそれぞれ充電したところ、動作ギリギリのパワーが残っていたものが1つだけあり、あとはお亡くなりになっていました。これは残念でした。ま、古いバッテリーなんてこんなものですし、今さら引っ張り出して使おうってのが間違いなのです。と、一生懸命謙虚なところをみせる筆者なのでした。
というわけで代替品を見つけることもできす、その1本のバッテリーを充電しながら撮影するという面倒なことになりました。しかも1回のバッテリー充電で30カット程度しかシャッターを切ることができず、作例撮影にはえらく苦労してしまい、心が折れそうになりました。まあ、36枚撮りのフィルムを使用したと考えて、我慢すればいいのですが、それでも騙し騙し使う感覚でした。不満足ながらも数本のレンズを使えたので、ここにご報告しております。
今回の撮影は、作例で参考になりそうな被写体を見つけたら、そこではじめて電源をオンにして、バッテリーがダウンする前に撮影を完了するの繰り返しでした。シャッター切ったらすぐに電源オフ、みたいな。写っているのをモニターで確認したいのですが、バッテリーの消費を抑えるために我慢しました。それに1.8型のモニターを見たところで、どのように写っているのかが微妙にわかる程度です(笑)。なんだか黎明期のデジタルカメラのレビューを思い出しました。当時も、バッテリーのダウンと競争しながら撮影してましたから。
ちなみにデジタルモジュールRの記録メディアはSDカードですが、エプソンR-D1と同様に2GB以下のカードしか使用することができません。シングルスロットだし、これもまた今となってはハードルが高いよなあ。
それでもライカR9やデジタルモジュールRが現行品だった当時とはまた異なる感覚で使用することができましたし、久しぶりに使用したので懐かしく、意外と楽しむことができました。UIがモータードライブ感覚で使えるし、MFであることも気にならず、バッテリーの問題を除けば、一連の操作に対してはそれほどのストレスはないのです。さすがにアサインメントに使うのは難しいでしょうけど、なんとか今後はバッテリーを調達し、デジタルモジュールRの延命を図ろうと考えています。
もしバッテリーの復活が叶わないのなら、潔く諦め、カメラ部の問題がなければ通常のフィルムのライカR9として復帰してもらって使用すればいいわけです。これこそが真のハイブリッドカメラと呼べるのかもしれません。
冒頭の繰り返しになりますが、カメラ部が壊れても大丈夫です。私にはライカフレックスシリーズがついていますから、ライカRレンズは使用することができます。もちろん実用的なデジタルの使用ではR-LアダプターでLマウントのミラーレス機に使えばいいのでしょうし、他のマウントに変換するアダプターも無数にあるでしょう。
「おまえ、そうまでしてライカRを使いたいのか?」ですか? ええ、使いたいです。私自身、重篤なカメラ病に罹患していることは自覚しております。
すでに申し上げたとおりライカRレンズはフィルム時代のものですから、デジタルで本来の描写性能が楽しめるのかはわかりません。とくに異なるカメラメーカーのデジタルカメラですと、センサー前のカバーガラスが画像に悪さをする可能性が出てきます。
もっともライカRマウントは、時代ごとに連動カムの数が変わります。これまで発売されたすべてのRレンズでTTLメーターが機能したり、AEで撮影できるわけでははありません。けれどそこはデジタルだから、気に食わない場合は時間さえあれば撮り直しすることができます。
最終的にはライカRマウントレンズはROM付きになったので、後期の製品では、レンズ情報も多少はデジタルモジュールR側で読み取るなどして画質の改善などもあったのかもしれません。今となってはよくわかりませんけど。
しつこいようですが筆者としては、そのカメラがディスコンになったからといって、「はい、そうですか」と簡単にライカR、いや“ライカの35mm一眼レフ”すべてを諦めてしまうわけにはいきません。フィルムでの使用は問題ない。でもデジタルでどうするのか。デジタルモジュールRを用意したのはライカカメラ社の矜持、いや責任だったのではないかと考えたいのです。
残念ながら後継モデルが続きませんでしたが、デジタルでももう少しRマウントのカメラで引っ張って欲しかったですねえ。この魅力、わかります? ぜんぜんわかりませんよね。あなたは健康体です。ご安心ください。