赤城耕一の「アカギカメラ」

第49回:ライカに先んじたデジタル機「エプソンR-D1」の歴史的意義

目玉はふたつに腕は2本しかないのに、なぜ手元にカメラがたくさんあるのか。還暦もとっくに過ぎた今ごろやっと自覚した筆者でありまして、体重じゃない、全ての装備をもう少し身軽にするためにカメラの断捨離をしている最中であります。

ただですね、機種にもよりますけど、手放すタイミングを逸した、2世代くらい古くなったデジタルカメラだと、本日の日替わりランチの価格よりも安い買い取り価格になることもあります。

これならココロザシの高い若い人に差し上げたほうがマシじゃないかと思うこともありますが。若い人は最新鋭機種が良いだろうし、古いデジタルカメラはネコも跨いで通るみたいな感じかもしれませんねえ、ちょっと違うか。

で、なんでこんなことを最初に書いたかというと、断捨離機材の仕分け中に機材ロッカーの奥から、発掘されたんです変わり種のカメラが。その名はエプソンR-D1と申します。なんですかそれ、という反応を示した人は正常な写真表現者です。ご存じないのがフツーですね。

あらためて申し上げておきますと、このカメラは誰もが知っているプリンターメーカーのエプソンが2004年に発売した、世界初のレンズ交換式のレンジファインダーデジタル機であり、しかもライカMマウント互換でありました。これ、驚きの18年前ですぜ。

マウント部です。Mマウント互換です。通常はシャッター幕は閉じております。中央部重点測光ですからシャッター羽根の中央部は白くなっております。お尻の出っぱったレンズは装着NGですから注意せねばなりません。

この時、ライカよりもエプソンのほうが先んじて、レンジファインダーカメラの未来の方向性を示したわけです。2004年のフォトキナには筆者も赴きましたが、ライカのブースでは“ライカMのデジタルは、いま開発していますぜ”、的な内容が書かれた書類を手渡された記憶があります。エプソンR-D1がなかったらライカM8の登場はもう少し遅くなっていたのではないかと想像しますけどね。

その経緯を思い出して、こうした「歴史的カメラ」は手元にあったほうがいいんじゃないかということで、R-D1をロッカーに残しておいただけなのかもしれません。なんか、あまり説得力ないですねえ。すみません。

とはいえ、久しぶりの邂逅ということでR-D1誕生の歴史的意義を探るために、久しぶりに使用してみることにしました。

気持ちだけはロバート・フランクなので、車にカバーがかけてあると必ず撮影することになっております。球面レンズのウルトロン28mm F2を使用していますが、R-D1との相性は最高で、シャープネス、コントラスト、階調の出方も素晴らしいです。
R-D1 ULTRON 28mm F2(F11・1/1,400秒)ISO 400
片隅の光景です。ハイライト方向に露出の比重を置いていますが、シャドーの再現とつながりが素晴らしく。これ、想像以上でしたわ。
R-D1 ULTRON 28mm F2(F11・1/550秒)ISO 400

ただ、うちにある専用のバッテリーはすでに力尽きており使用できませんでした。調べたところ、NP-80なる、昔の富士フイルムのデジタルカメラに使用されていたものが使えるとのことなので早速注文して、充電して使用したところ、とりあえずは現時点では問題はなさそうに動いております。このあたり自己責任にてお願いしたいですが、バッテリーがないとただの家電ゴミになってしまいますねえ。

R-D1はマイナーチェンジされつつR-D1s、R-D1xと名前を変えますが、基本的なスペックは同じですね。マイナーチェンジしながら2014年まで息を繋いだといいますが、ロングセラーになったのはさほど数が出なかったからだと想像しますけれども。

カメラデザインとファインダーはコシナ・フォクトレンダーのベッサシリーズをベースにしています。レンジファインダーカメラとしての基本機能がしっかりしていなければ、エプソンだって、R-D1を作ろうとは思わなかったんじゃないかなあと想像します。ファインダーは実像距離計式ですが、驚くのは倍率が等倍であることです。

ブライトフレームは28/35/50mmを選択することができ、レバーによる手動切り替え式です。自動的に切り替わるMシリーズライカと比較すればかったるいと思うかもしれませんが、ライカスクリューマウントレンズをL-Mマウントアダプターリングを介して装着する場合は、レンズの焦点距離に応じて、それぞれアダプターを用意する必要はなくなりますね。またパララックスは自動補正されます。

エプソンらしいと思わせるところもあります。それは軍艦部をみると、時計のような指針式のメーター表示があることで、これがなかなか美しくびっくりします。ホワイトバランス、枚数カウンター、バッテリーの残量、ファイル形式が、アナログメーターのように針の先にて示されます。

それにしても、針ですよ針。デジタルなのになぜアナログなのさ、という疑問は置いておいても、松本零士さんの戦記コミックに出てくるような戦闘機のコックピット感がいいです。かつて同じような指針式を採用したニコン35Tiなんか、昔の水道メーターみたい(知っている読者はいないですね)でしたからねえ。気合いというかセンスが光りますね。

さらに驚くのは、フィルム巻き上げレバーそっくりなレバーがボディ右上にあることです。これ、シャッターチャージを行うためにあります。もちろんチャージしないとシャッターは切れません。デジタルカメラとしては唯一無二ですよね。

シャッターチャージレバーにシャッターダイヤルに、メーター型の各種の表示窓。スイッチを入れて、指針が動くさまが楽しいですね。

このレバーの存在を面白がることができ、操作が面倒であると感じるかどうかの価値観によって、個々のR-D1の評価が変わります。筆者はR-D1登場時にはこのレバーの存在には否定的でした。動作のシーケンスとしてさほど良い印象を受けなかったからです。

少し事例が異なりますがフィルム一眼レフがAF化されたとき、ミノルタα-9000とニコンF3 AFにはフィルム巻き上げレバーが残されました。しかし、フォーカシングが自動化されると、フィルムを手動で巻き上げる動作には違和感があったことを思い出しました。R-D1はMFではあるものの、デジタルカメラということもあり、シャッターチャージを自動化しない違和感はありましたね、正直なところ。

シャドーの面積が多かったのでマニュアル露出にして、ハイライト基準で撮影してみましたが、良い感じに再現されました。
R-D1 ULTRON 28mm F2(F8・1/1,000秒)ISO 400
都市の風景なんですが、もうちょっと淡白な再現をするんじゃないかと予想していたのですが、ヘンに情緒があります。
R-D1 ULTRON 28mm F2(F8・1/640秒)ISO 200

でもあれから筆者も歳を食ったためでしょうか、このギミックを逆に楽しめるようになりました。そういえば、ライカM7が登場した時に、写真家の奈良原一高さんが、面白い意見を述べています。ライカがデジタル化した暁には、巻き上げレバーもどきのものは残しておいて、巻き上げるとバッテリーに充電できるようにしておけばいいという意見を読んだことがあります。

今の一部のライカに用意された、フィンガーレストなるものは、フィルムライカを忘れられない人のために、言い換えると、おしゃぶりの取れない赤ちゃんのためにあるような感覚があります。もちろんこうしたアクセサリーは悪いことではありませんし、実用性も十分ですから非難すべきものではありませんが。

このチャージレバーの基部にはメインスイッチ、脇には大きめのシャッターダイヤルがあります。もう一つR-D1にはギミックがあります。それはフィルム巻き戻しノブに似た操作ノブが用意されていることです。

ブライトフレーム切り替えレバー。手動で設定します。左は各種のパラメーターを設定する時に使うノブです。ライカの巻き戻しノブみたいな形をしています。R-D1登場時は「ようやるわ」と思いましたが、今は本家のライカがM10以降は似たようなことをしておりますね。

ライカM10ではこの位置にあるノブはISO感度ダイヤルで、おー、よく考えたじゃんと思いましたが、R-D1ではすでにノブに着目していました。これは各種操作や設定変更時に使います。ISO感度ダイヤルはシャッタースピードダイヤルの中に表示窓があり、ダイヤルの周囲を持ち上げ設定します。これもフィルムカメラ時代のギミックといえばそうでしょうか。ただ、老眼だと、この数字は小さすぎてまったく見えないですね。

背面には2型のLCD(背面モニター)がありますね。もう絶望的な解像度で、果たして正確にフォーカシングできているかどうかはよくわかりません。面白いのはこのLCDは180度回転しますので、LCDをナイナイすることができますね。珍しくはないけど、雰囲気だけをいえば富士フイルムのX-Pro3な感じでしょうか。自信がある人は撮影画像を見ないわけですね。筆者は無理してLCDを隠したりしません。デジタルカメラでの撮影は効率重視ですからねえ。こういう現象が出来上がるまでのお楽しみを味わうのはフィルムカメラだけで十分であります。

センサーはAPS-CサイズのCCDで画素数は610万画素ですね。「ちょー古いじゃん、使い物になるのかぁ?」と思ったあなた。早合点はいけませんねえ。

筆者も久しぶりに使うものですから、シャッターチャージを始め、ちょっと戸惑いました。メニューの独自のアイコンとかね。設定などはお世辞にもわかりやすいとか使いやすいとか言えませんが、問題なく使えました。シャッター音もメカならではの“チャッ”と音がして良い感じに響きます。あ、そうだSDカードは2GB以下でないと使えません。筆者は机の引き出しの奥底から発掘しました。

各種のボタンは右側に集約されておりますが、見慣れないアイコンだったりするとおじさんは戸惑うわけです。とはいえ、とくに知らなくても、テキトーに押しても問題なく撮影できます。取説を読むのも面倒だし、気にしないことに。
メディアスロットは、特にドアの切り欠きがあるわけではなくて、爪を隙間に突っ込んでオープンする感じです。2GB以内の容量のSDカードでなければならないのですが、これ、今となっては結構入手するためのハードル高いです。

使う前は、画質は今と比べればボロボロなんじゃないかとふと頭をよぎりました。でも久しぶりに画を見てみると、なんかね、鮮鋭性を超えた、“画の厚み”みたいなものを感じるわけですよ。こういう特性をCCDの画がどうとかいう人がいますが、世界でも一線級のプリンターメーカーだからこそ可能にした画作りの技だと思いますけどね。問題なく使えますね。

今ふうに言えば、初期設定の状態でもしっかりと色にこだわって階調を再現していることから、まるでカラーネガから、スキルのしっかりしたオペレーターさんが焼いた高品位プリントみたいな感じなのです。これ、きちんと設定してプリントすると綺麗ですよ。

ISO 400のカラーネガから、ハイライトの調子を抑え気味にして濃厚なカラープリントを作ったというイメージです。600万画素でも細かいディテールを再現しますし密度の濃い描写です。アポランターは機材に応じて自分の仕事をこなします。
R-D1 APO-LANTHAR 35mm F2 Aspherical VM(F8・1/2,000秒)ISO 200

とくにシャドー方向の繋がりが初期設定のままでも良い感じですね。反面、ハイエストライトに至るまでの白の再現は少し飛びすぎかなあと思うことがありますが、こうした状況が予想される場合は、あらかじめ後処理を考えて露出を決めて撮ればいいいのではないかと。とにかく“たかが610万画素”などと決めつけない方がいいんじゃないですかねえ。

ただ、R-D1の高感度は最高ISO 1600です。ISO 800の設定で、ごく小さな星があるような画素欠損みたいなノイズが出たりしますね。もっとも、中庸感度専用のカメラとして開き直って使うのでもいいわけですね。シグマのDPシリーズみたいな例もあるわけですし。

目測で3mにセット。前を歩く人をパチっと、というMFのレンジファインダーカメラならではの撮影方法。ハイライト再現はもう少しだけ粘りたいところですけど、中間調からシャドーにかけての調子は本当にいいですね。
R-D1 ULTRON 28mm F2(F8・1/1,200秒)ISO 400
暗い条件だったのでISO 800設定で撮影していますが、シャドー部分に白い小さなポツポツがありますねえ。消してしまうかと思ったのですが、このままにします。
R-D1 ULTRON 28mm F2(F2.8・1/60秒)ISO 800
ここのところ、暑くてレンズ交換する気力が失せるというか(笑)。面倒なので、今回は多くの作例をこのコシナ・フォクトレンダー ウルトロン28mm F2の旧タイプレンズで撮影しましたが、非常に満足のゆく結果を得ることができました。とてもいいレンズです。

どことなくまったりした感じもあるのがR-D1のいいところで、レビュー仕事で、120コマ/秒がどうたらと騒いでいるカメラの対極にある感じがして、より好感が持てます。うちのライカM10-Pなんか、頼みもしないのに自動でシャッターチャージしますからねえ(笑)。レンジファインダーカメラとデジタルって、私たちが考えている以上に相性が良かったのかもしれませんね。

代替のバッテリーも永久に供給されるわけではないでしょうし、そうなればR-D1の命運も尽きることになりますが、ライカに先んじてデジタルレンジファインダーカメラを実現させたということは高く評価すべきですね。

フォクトレンダー史上最高性能の準広角レンズである、アポランター35mm F2 Aspherical VMも使いました。画素数600万でも使用する意味ありとみました。R-D1の像の厚みとマッチングが良い感じです。
おいおい600万画素程度のカメラに高性能のアポランターをつけてどうするのか?と言われてしまうかなあ。十分に高性能レンズの役に立ちますけどねえ。きちんと線の細い描写になります。
R-D1 APO-LANTHAR 35mm F2 Aspherical VM(F2.8・1/250秒)ISO 400
チリチリとしたシャープネス再現というよりも画像全体に気持ちを包み込むような余裕があるというか。かなりの明暗差でも階調の繋がりが自然です。
R-D1 APO-LANTHAR 35mm F2 Aspherical VM(F8・1/800秒)ISO 200

エプソンから、R-D1に賭ける十分な訴求力を感じたことは事実ですし、このシリーズがもっと定着していたならば、カメラ業界は今ごろはもっと柔軟で面白い展開になっていたかもしれませんがどうでしょうか。

そういえば筆者は見逃していたのですが、本年の1月には「R-D1 in Focus」というユーザー写真展とファンミーティングがR-D1ユーザー向けに開催されたそうですね。R-D1を忘れることのできない人が一定数は存在するということで、気持ちはわかります。

そこでは、幻となったR-D1の次世代機の構想も明らかにされたそうですが、EVF内蔵のこのカメラは、今後Mシリーズライカにラインアップされていてもおかしくない仕様だと思いますがどうなんでしょうか。R-D1の登場で慌ててライカM8を作ったように、いまのライカにもまた影響を与えたら面白いですよね。

赤城耕一

写真家。東京生まれ。エディトリアル、広告撮影では人物撮影がメイン。プライベートでは東京の路地裏を探検撮影中。カメラ雑誌各誌にて、最新デジタルカメラから戦前のライカまでを論評。ハウツー記事も執筆。著書に「定番カメラの名品レンズ」(小学館)、「レンズ至上主義!」(平凡社)など。最新刊は「フィルムカメラ放蕩記」(ホビージャパン)