赤城耕一の「アカギカメラ」
第37回:無双のキヤノンEOS R3で撮る“日常”
2022年1月5日 09:00
新年あけましておめでとうございます。2022年になりました。この冬は経験したことのない寒い日が続いておりますが、みなさまお元気でお過ごしでしょうか。筆者も外になんか出ないで、ずっとお正月の続きをしていたいのですが、そういうわけにもいかず重い腰をあげました。なんとか気合い入れて『アカギカメラ』頑張ります。
新春一発めのネタはキヤノンEOS R3を選んでみました。はい、アカギにはまったく似合わないカメラです。ええ、みなさまにご指摘いただかなくても自分でもよくわかっています。EOS R3は動体撮影のために開発された頂点的なカメラであり、また本格派の動画カメラと言って良いほどの強力なスペックです。大きくスベる可能性がありますが、どうしても使用してみたくて今回は借りてしまいました。
どうしても、という理由はいくつかあるのですが、どうもSNSなどを眺めていると、昨今の話題はニコン Z 9の方に奪われた感にみえることも理由のひとつとしてあります。もちろんEOS R3も大人気ゆえに、現在でも簡単には入手できないみたいですが。
そこで量販店の顔馴染みの店員さんに、キヤノンEOS R3とニコン Z 9の人気の動向とかそれぞれの立ち位置を、販売する側から聞いてみました。そうしたら、ったく、そんなこともわからねえのかよ。という顔をして「ニコン Z 9はフラッグシップ機ですが、EOS R3は違いますよね」と冷たく言われました。この回答を得て、筆者は首がつりそうになるほど、うなづいてしまいました。
そう、熱血のキヤノンユーザーの皆さまは「1」の称号のついたEOS Rシリーズのフラッグシップをひたすらお待ちになっているようです。キヤノンのカメラは「1」がついていないとフラッグシップとは認められないわけですね。
それにしてもこういう超絶のハイスペックのカメラでは、鳥とかスポーツとかモータースポーツとかを撮らねば、すべてのポテンシャルは生かすことができないのですが、筆者はそうしたジャンルにはまったく関心がないものですから、本格的なレビューをお読みになりたい方はそちら方面に詳しい写真家のレビューを参考にしていただければと。『アサヒカメラ』があったころは無理にスポーツ撮影とかして、カメラのポテンシャルを試したものですが、寒いし、面倒だし、なんだか意欲が湧いてきません。
ただ、ひとつだけ言えることがあって、こういうカメラが35年前にあったならば、筆者の仕事のやり方は少し変わっていたかもしれません。筆者は過去、週刊誌とかグラフ誌の仕事をした経験があります。そのモチーフは森羅万象でありまして、西で事故が起これば現場に駆けつけ、東では料理写真を撮影、南ではスタジオでタレントのポートレート撮影して、北でラグビーの試合を撮影するような日々を送っていたことがあります。
いずれの撮影も、それらの専門カメラマンさんたちにはかないませんが、なんとか対価を得るように頑張りました。それでも苦手な撮影がありました。これがスポーツ撮影です。
スポーツ観戦は好きなんですが、撮影となると事情が違います。実際に人さまに見られる写真を撮るには、撮影のスキルとともに競技の知識や撮影経験の蓄積が含まれます。これにより結果が大きく異なってきますね。
お茶の間で一杯やりながらTVでスポーツ観戦して、ルールはすべてわかったような気になっていても、現場では予想もつかないことが起こります。もっともそこが商売のキモなわけで、この瞬間を押さえるのが大変です。ふだんは使わない超望遠レンズを振り回すように扱い、しかも当時はMFでの撮影ですぜ。フィルムは36コマしか撮れないし、フィルム交換している間にチャンスを逃すかもしれないし。もう三重苦でした。
あの頃にもしEOS R3があったとしたら、専門職カメラマンにはかなわないにせよ、4割くらいまでは追いつけたんじゃないかと、今回の試用を通じて妄想してしまいました。それくらいEOS R3は、カメラ任せの設定をしても筆者の能力を超えてしまうように動作する印象を持ちましたね。カメラ全体の印象としては、まずこれが結論となります。
デザイン的にはすでに見慣れたというか、EOS Rシリーズに共通して少し優しさがあるスタイリングという印象ですが、「Canon」ロゴのあたりの滑らかな曲線が、よくいえば女性的で柔らかいし、見方によってはアタマの薄いおっさんのオデコとかダルマみたいにも見えます。いずれも撫でたくなる印象ですのでこれは筆者としては好みです。
手にしてまず驚くのが、見た目よりも軽量に感じるということです。これはグリップ感がとても良いためですね。いわゆる“手のひらに吸いつく”感じです。この感触はなんだか久しぶりです。一眼レフのEOSフラッグシップもそんな印象がありましたが、それ以上ではないかと思います。EOS R用のRFレンズも大口径のものはそれなりの大きさ、重量がありますが、バランスがいいので、手にしている時に苦にならないわけですね。おそらく開放値F4クラスのズームレンズをセットとして考えれば、デジタル一眼レフのEOS-1D Xシリーズよりも携行性や収納性は良いんじゃないですかねえ。これも評価したいポイントですねえ。
ファインダーアイピースがやたらと大きいことも気に入りました。ファインダーは見やすく視野が大きく、自然な再現で心地よく感じます。一眼レフのそれと比較してどうかという意見も聞こえてきますが、筆者はさほど大きな問題には感じませんでしたし、ほぼ違和感なくファインダーを観察することができました。これだけでもEOS R3に対する好感度ポイントは大幅に上昇します。
AFフレームを自動選択にして撮影するということも、筆者はほとんどやらないのですが、設定してフレーミングをしてみると、EOS R3は筆者の思いがわかっているかのように、期待通りのところにフォーカシングされます。これは怖いくらいです。なぜ、キミはなぜ私のココロの内を知っているのだと、AFのエリアがまるで生き物のように主要被写体に張りつくように変化して、EOS R3が独自判断し「いまここを注視していますが、それでよろしかったですよね」という感じでフォーカス位置を知らせます。
追尾AFやマルチコントローラーの威力もレスポンスが良くて素晴らしいですね。ボタンとかダイヤルの動作感触も良い感じで、撮影とは関係のないところにまでお金をかけている印象を持ちました。こうした部分は趣味のアイテムとして見たときにも重要です。
話題の視線入力はどうでしょうか。うちはまだフィルムのEOS 7sが鋭意稼働中ですが、これに搭載されている視線入力を活用するにはそれなりのコツが必要なために、依頼仕事などでは本格的に使用したことがありません。海外にはEOS 7sをベースに視線入力機能を省略した兄弟機があるのですが、視線入力を使わない筆者は、一時これを本気で探していたことがあります。
視線入力を使いこなすコツとして、撮影者側には「ピントを合わせのために被写体を見つめる行為」と、「フレーミングするために画面全体や被写体を見つめる行為」のバランスをうまくとることが必要になります。
これは筆者の感覚が鈍いからかもしれませんが、被写体そのものと同時に周囲の状況も気になってしまうので、視線入力のミスが起こることがあります。あるいは飽きやすく移り気な性格が災いしているのかもしれません。主要被写体以外の意味のない画面の場所が突如として気になりはじめ、つい見つめてしまうとことでフォーカスを外すという現象も起きました。
ではEOS R3の視線入力はどうかということで、筆者の目に合わせてキャリブレーションを行い試してみました。EOS R3はEOS 7sよりはるかに優れていることはよく理解できました。20年の技術進化はものすごいものがあります。
筆者は眼鏡をかけていますが、それでも視線追従の反応はもう怖いくらいです。どこでキミは筆者の目を見ているのだろう、もしかするとどこかで視神経とEOS R3がケーブルで繋がっているのではないかというくらいの印象です。それにAF一眼レフからミラーレスになったことで、画面全域で被写体を追うことができますから、同じ視線入力といってもEOS 7sのそれとはまるで別モノ感があります。
ただ、視線入力に限らず、AE精度やコマ速度など、すべての機能に100パーセントはありません。キヤノンとしても視線入力はAF撮影の“サポート”という謙虚な位置付けにしていますね。ええ、よろしかったらお使いくださいみたいな。これは正解でしょう。スポーツ写真は再撮影することは不可能です。もし視線入力が本番撮影で一瞬だけでも機能しなかったら、どうするのだと考えただけで、背筋が凍る思いがします。
でも、EOS R3ではファインダーを覗きながらでもボタン1プッシュで視線入力に移行できます。うまく使いこなすことができれば、これまでにない写真を撮ることができるかもしれません。筆者の場合は視線入力のコツを掴む鍛錬をするよりも、撮影中にあれこれと画面の隅を見たくなる移り気で貧乏性な性格を矯正する方が先かもしれません。
画質面ではどうでしょう。EOS初の裏面照射型メモリ積層フルサイズCMOSで、24Mセンサー搭載らしいですが、筆者にとっては必要十分です。というか、撮影した画像をみると個人の感覚では、画素数を忘れてしまう高い品格を感じました。
45MセンサーのEOS R5も同時に使用してみましたが、2機種の立ち位置を見るに、通常撮影においては画質比較にあまり意味がないのではないかと。小商いのために自前のEOS R5で撮影すると画像サイズが大きく、後処理で手間がかかり後悔することがありますが、EOS R3はちょうど良い感じですね。スペックマニアの方や、ご同業の一部には“2,400万画素では足りない”という声もあるようですが、毎日のように畳一枚くらいの大きさのプリント出力でもしているのでしょうか。
筆者はRFレンズをあまり所有していないこともあり、今回もまた手持ちの古いEFレンズも使用しましたが、これもストレスなく使えました。優れたマウントアダプターのおかげもありますが、マウントは違えど、EF-RFマウントの整合感はとても良い感じがします。もちろんEOS R3のポテンシャルを極限まで引き出すにはRFレンズが必要ですが、昨今の仕事の状況ではモトを取ることが難しく、これが悩みでもあります。いや、実は何も困ってないわけです。旧レンズの性能で物足りなさを感じる部分はDPP(Digital Photo Profesional)のDigital Lens Optimizerで補正してしまえばよいという割り切った方法を取ることができるからで、きわめて合理的です。大きな声では言えませんが、最近は程度の良い中古EFレンズを見かける機会も多く、これもRFレンズ購入の妨げになっています(笑)。
先にAFの話も述べましたが、AE/AF追従で最高約30コマ/秒というのは、撮影者がそのスピード置いていかれる感覚です。一部のカメラでは意図的にコマ速度を落として使用している筆者であります。電子シャッターでは1/64,000秒の超高速シャッターを使うことができますね。もはや、どのような撮影で効果的なのかよくわかりませんが。メカシャッターを省略せずに搭載していることも良いと思いますね。スチルカメラでもあるのだという思想を感じるからです。ですのでメカシャッターは無駄になるとは思いません。人物撮影ではシャッター音がテンポを刻んでくれますし。音質にはもう少し高級感があってもいいとは思いますが、電子シャッター使用時に鳴らす「なんちゃってシャッター音」とは異なるホンモノ感があります。このこともお気に入りです。メカシャッターでもAE/AF追従で最高12コマ/秒ですから、これも筆者には持て余してしまうコマ速度です。
筆者のミラーレス機におけるカメラ評価というのは、1にデザイン、2にファインダーの見え方、3に使用感触や動作音、4でやっと動体撮影時のAF精度とかコマ速度などのスペックになります。つまりですね、EOS R3のように使用して気持ちのよいカメラというのは、たとえスポーツやヒコーキを撮る機会が少なくても、寂しい心のスキマを埋めるために必要なわけです。EOS R3は重量とか使い心地の良さも相まって、愛でることのできる珍しいミラーレス機であると言えるでしょう。
今回は筆者の得意とする身の周りの「日常」を相手に撮影してみるという、キヤノンの開発者にはガッカリされてしまいそうなモチーフを選んでいます。そんなものEOS R3で撮るなよ、という声が聞こえてまいります。周りから見たらつまらない路地裏の光景も、筆者は嬉々としてEOS R3で撮影することができました。これは個人的には重要な点です。
先日も空き地の脇に立てかけられた、薄汚いほうきが西日を浴びて良い感じなので、これを撮ろうとしたら、EOS R3の自動選択AFは、ほうきの柄に沿った形で、フォーカスエリアが整然と並ぶわけです。「おお! キミは私が何も言わないのに、フォーカスを合わせたい位置がよくわかったね」と感動してしまうわけです。おそらくEOS R3は、ほうきをモチーフに撮影したフォックス・タルボットの作品を学習しているに違いありません。たしかに「無双」ですねこれは。
——筆者はEOS R1(妄想名称)を手に、ある場所でお気に入りの被写体を見つけ、シャッターボタンを半押ししました。そうしたらファインダー内に写真の良否の点数が自動表示され、これが40点以下であったためにシャッターボタンがロックされるフールプルーフ機構が働き、撮影することができませんでした。
EOS R1からは冷たく怖い声で「もう少し右から狙え」とか「アングルを下に」という命令が聞こえてきます。うまく対応できずに途方にくれているところで ……目が醒めました。
初夢にしてはリアルでした。このまま機能が進化すると、おそらく今から10年以内にはこうしたカメラが出てきて、撮影者はただカメラを保持するだけの言いなりになるかもしれません(笑)。今年もどうぞよろしくお願いします。