赤城耕一の「アカギカメラ」
第15回:小口径(?)レンズのススメ
2021年2月5日 09:00
前回、脅威の開放F0.8という大口径レンズ、コシナ・フォクトレンダーのスーパーノクトン29mm F0.8を取り上げたんだけど、私は人と異なり、ヘソが変な位置についているので、今回は小口径レンズ(そんな言葉はないだろうと言われてしまいそうですが、ここでは便宜的に使います)の話をすることにします。
直接のきっかけは、シグマの24mm F3.5 DG DNを使用してからなのです。このレンズ、えらく平凡なスペックながらも、高い描写能力を持っています。大口径レンズにはステータスがあるけど、この撮影画像をみていると「レンズの魅力って、F値の明るさだけじゃねえんだぜ」と思い始めました。これは描写力も当然重視するけど、鏡胴の質感、フードの形状、カメラと組み合わせた時のデザイン面での美しさなど、総合評価になります。
それにしても、スペックだけをみればひと昔前の平凡なスペックのF値の暗い単焦点レンズって売れるんですかねえ? 大丈夫なんですか? ってシグマの山木社長にあらためてお尋ねしたくなるわけです。はい、大きなお世話ですね。すみません。
誰が言い出したのでしょうか。開放F2.8通しの超広角ズーム、標準ズーム、望遠ズーム3本を揃えることを大三元といいます。単焦点のレンズがこれらのF値と同等、あるいは暗かったりすると存在意義を問われかねませんが、シグマがきっちりと製品化したことは喜ばしい限り。なるほど、実写をしてみると納得できます。
さらにこのレンズを使い始めて思い出したのは、初代キヤノンEOS 5Dが登場した時、標準ズームレンズとしてキットとなったEF24-105mm F4L IS USMのことです。最初はおいおいー"標準"ズームレンズなのに開放F値が4ってマジかよ〜みたいな感じでした。ズーミングでのF値変動がないのはさすがの気配りですけど、どことなく標準ズームレンズのワイド端はどんなに廉価なレンズでもF3.5じゃないとダメという取り決め、いや、思い込みがありました。でもね、キヤノンが誇る「Lレンズ」でしたし、IS(手ブレ補正機構)も内蔵しているし、細かいツッコミどころはなきにしもあらずでしたが、描写にしても大きさや使い勝手にしても、全体として好印象だったわけです。
使い始めてみると、開放F値がF4ということはいつの間にか忘れてしまいました。EOS 5Dが高感度領域にも高い性能を誇っていたから、実際には低照度下での撮影であればISO感度を高く設定すれば済んでしまいます。大きなボケを得たいとかいう要求がない限りは、大口径レンズを使う必然って薄くなりつつあったのではないかと。
ちなみに24-105mm F4というスペックのズームレンズは他のメーカーにも採用されていますから、現在ではとてもバランスの良い標準ズームレンズという存在になったわけですが、描写的な安定感としては、焦点距離の領域、ズーム比やF値など、侮れないスペックだと思います。
少し古い話ですが、『アサヒカメラ』の「ニューフェース診断室」のドクターを写真家の柳沢信さんが稲村隆正さんとふたりで勤められていたころだと記憶していますが、柳沢さんは「良いレンズとは暗い(F値の大きい)単焦点レンズ」であると定義づけられていました。
柳沢さんのように、都市の風景や北国の町のスナップなどを撮影する写真家にとっては、大口径レンズは必然ではないのだろうなあとは思いましたが、往時の大口径レンズの一部には、「おいおい、おまえさ、少し無理して設計しているんじゃね?」みたいな製品も散見されたことは事実であって、この発言は皮肉が込められているだろうなあと思いました。けれど、その昔は描写性能については廉価な小口径のレンズにもアドバンテージがあったはずなのです。
ところで、大口径レンズの定義がきちんと定められていないのに、"小口径"レンズの定義なんてあるわけもないのですが、フィルム時代からの35mm判カメラ用の交換レンズからみると、私の独断と偏見で解釈してしまうと、開放値F3.5よりF値が大きくなるレンズなのかなあと考えています。つまり、3.5より数値が大きくなると開放F値に対するステータスが乏しくなる印象があります。
かつて。そうですね、1970年代の中ごろまででしょうか。35mm一眼レフの交換レンズの三種の神器レンズとは、28mm、50mm、135mmの3本でした。これで身の周りの世界が全て見えると信じられたし、誰も疑ってはいませんでした。
ですので、庶民的アマチュアカメラマンは一眼レフカメラを買った時に自動的についてくる(キットレンズなんていいませんでしたね)50mm F1.8(あるいはF2)と28mm F3.5と135mm F3.5の3本を揃えると、システム的としてはアガリだったし、世界は制覇できると考えたわけですね。これはあながち間違いではありませんでした。でもね、なんか美徳にはかける感じがしました。
それがちょっとお金持ちの方々になると 3種の神器は50mm F1.4と28mm F2、135mm F2.8だったりするわけです。これでも十分にステータスがあったし、見せびらかすことができました。写真少年だった私にとっても憧れの存在でした。貧しさは恥ではありませんが美徳ではないのです。
もちろんレンズの開放F値によって写真の内容が変わるはずもありません。でも、当たり前のことですが一眼レフは装着レンズの開放F値によってファインダーの明るさが左右されるものですから、F値が大きくなるとファインダーが暗くなり、フォーカシングに難儀したレンズも少なからず存在したわけです。とくにF値の大きな広角レンズを一眼レフに装着すると、室内や夜に撮影する気力がなくなるほどでしたから。
一眼レフはAF化に伴いファインダーが明るくなってゆきます。フォーカシングはAFに任せるんだから、フォーカスの頂点の見極めより、明るさを追求したように方向を転換したようにも思えました。こうなるとファインダーのピントのヤマが掴みづらくなります。また、今のミラーレス機だとファインダーの明るさが開放F値では左右されないから小口径のレンズでもファインダーが暗くなることはありませんのでストレスなく使えるのはありがたいのですが、大口径のレンズを使っても眼球が踊り出すような快楽がありません。なんというか、人間とはかくも贅沢なものですなあ。
特殊な魚眼とか、超広角とか、マクロとか超望遠とかのレンズだと、F4どころかF5.6とかF6.3とかF8とかF11などの開放F値のレンズも珍しくない時代がありましたが、これは昔の光学設計技術やレンズ加工がまだ発展途上で、硝材の種類も少なかったからやむを得ないところがあるのでしょう。もともとこうした特殊なレンズは誰しもが必要とする売れ筋のレンズじゃないから、そうそうモデルチェンジするわけでもなし、一般的なレンズと異なり力が入っていなかったのかもしれないですけどね。
今さらそんなことを書くなよ、と言われちゃうけど、少しレンズの明るさについておさらいをしておくと、F値とはレンズから入る光の量を表した数値ですね。実際の写真に及ぼす影響としては、ボケや被写界深度をコントロールできます。
F値は小さいほどレンズから取り込む光量は多くなり、ボケ量も大きくなる特徴があります。F値を求めるには公式は、基本的に焦点距離 ÷ 有効口径 = F値となります。
仮に焦点距離が1200mmの超望遠レンズともなれば、頑張ってレンズの有効口径を大きくしたとても、F値はかなり大きくなってしまいます。F11あたりが当たり前でしょうか。これに伴いファインダーなんか、悪い冗談じゃないかってほど暗くなり、MF一眼レフ時代にこれでピントを合わせるなんて神業と思えたわけです。
現在もこれは当然ですけど、大口径レンズは高価で、小口径レンズは廉価です。大口径レンズは、明るさを求めること、それに伴う収差の増大を補正するためにレンズ枚数が多くなり、非球面レンズや特殊な硝材を使うなどすればコストが増してしまい、しかも製品は大きく重くなります。もちろん中には例外もあります。ライカ社の復刻レンズ、ズマロンM 28mm F5.6みたいに、F値が暗いのにすげー高いレンズもありますけど、この理由はここで述べるのは野暮というものでしょう。
シグマ24mm F3.5 DG DNと似た魅力的な小口径レンズって、ウチにもなかったかなあと思って、防湿庫や機材ロッカーを探し始めたところ、いくつかのレンズが出て参りましたので、ここからは新旧のレンズを入り乱れてご紹介したいと思います。ええ、決してコレクションしていたわけじゃありません、表現の多様性を求め、自分の表現に合ったレンズを探すために仕方なく集まってきたみたいです。開放絞りなど、ろくに使いもしないのに大口径レンズの開放絞りの描写を語るのもなんだかリアリティがありません。実用的には「小口径レンズ」を使うのが現実的なのです。手持ちの小口径レンズは他にもありそうな気がしますが、発見すると憂鬱になりそうなので、今回はこのあたりで勘弁してもらってと。機会がありますればまたお会いした時にでも。
Nikkor-T 10.5cm F4
3群3枚のトリプレットタイプ。当初はニコンSマウントでしたが、ニコンFの登場後にFマウント版が発売されました。自動絞り機構はなく、プリセット絞りです。現代人には使いづらいですぜ。でもね、この形のユニークさがアブないですね。素晴らしく軽量なので"マウンテンニッコール"と呼ばれたりします。山で写すとなれば撮影以外にもいろいろと注意が必要だから、絞りを絞り忘れたりするんじゃないのかねえ。だからお勧めしませんよ。3群3枚なのにえらくよく写ります。デジタルでもまず問題なく、画像の均質性もいいですね。本当はレンズの枚数なんか3枚で十分なんじゃないかと思ってしまう危険があります。
ZEISS Tele-Tessar T* 4/85 ZM
3群5枚構成とシンプルなレンズ構成。とてもコンパクト、重量は310g。Mマウント互換ですけど、現在ライカMには内蔵のフレームに85mmがないので、今回は90mmのフレームで代用してみましたが、多少広めには写るもののまず問題はないですね。仕様には特別に凝ったところはないのですが、撮影画像を見ると描写性能の高さにたまげます。歪曲はおそらくゼロなんじゃないかなあ。真っ直ぐです。ヌケの良さが素晴らしく、開放からコントラスト高い。周辺まで画質が変わりません。とにかく欠点が出てこない。絞りによる画質変化がないのが欠点ですかねえ?(笑)。でもこれ、F4と無理をしない明るさにしたのは間違いなく正解だと思います。
オルソスチグマット35mm F4.5
ドイツのシュタインハイル社のレンズです。ライカスクリューマウントですがライカ製レンズとはフォーカスリングの回転方向が逆。フォーカスリングにレバーが2つありまして、これがミッキーマウスの耳に似ていると。そうかなあ。使いやすくないよなあ(笑)。レンズ構成はわかりません。周辺光量の低下は大きめ。おい、開放F値が4.5なのにしっかりしてくれよと言いたくなるほどですね。画面四隅どころか端がユルく、絞っても怪しい。でも中央はシャープです。色再現は温調で地味ですね。このレンズを入手したらこの描写にハマる条件の被写体を探して歩くことになるんじゃないのかなあ。ご苦労さまです。
オリオン28mm F6
F6.3じゃなくてF6なんですね。ロシアレンズです。ライカスクリューマウントです。作り込み悪いですね。アルミの鏡胴ですが軽いです。これ、最初に使用したのが30年前ですが、最初はモノクロフィルムで撮影してみたんです。そしたら現像に失敗したみたいに薄いネガができて、大失敗したかと思いました。ええ、原因は周辺光量が圧倒的に足りないからですね。ですので、光線状態によってはご覧のようにこの世の終焉みたいな画が撮れます。意外にも鮮鋭性は高いんですよね。お好きですか?使いこなしはあなた次第ですが、大切なものを撮影するときは、同時に現代の28mmレンズでも撮影しておきましょう。
SIGMA dp0 Quattro
ちょっと番外編になりますが、SIGMA dp0 Quattroを今回の小口径レンズの選択のひとつに入れてみました。このdpシリーズは、すべてAPS-CサイズのFoveonセンサーに最適化された専用設計の単焦点レンズを搭載しているところに惹かれますね。交換レンズを頑張って設計しても厳密には使うカメラで画質が変わるわけで、本来のポテンシャルがデジタルでも発揮できるかどうかなんてわからないんですよね。さらにフィルム時代のクラシックなレンズなんか、センサー前のカバーガラスの影響を大きく受けるものもあります。本レンズの実焦点距離は14mmで開放F値が4です。暗いです。これも高画質追求のため。ご存知のとおり現時点では高感度にも弱く、手ブレ補正機構も搭載しているわけではないので、撮影時には気合いが必要です。とくにモノクロ再現が素晴らしく好きなので、この代わりになるものが現時点ではないわけです。