写真を巡る、今日の読書

第1回:最近学生に薦めた本から、三冊

写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。

“愛すべき本の数々”をご紹介

 編集部から「写真に関連した本の連載を行うように」との依頼を受けまして、今日から隔週にて毎回三冊の本をご紹介していきたいと思います。私自身、「ブルータス」あたりの雑誌で組まれる様々な選者によるオススメ本特集や、松岡正剛の「千夜千冊」といったブックナビゲーションを眺めるのは好きなので、まあそこまでとはいかないまでも自分なりに愛すべき本の数々をまとめていきたいと思っています。

 さて、第一回目の選書というのはなかなか迷うもので、本棚や書店の新刊コーナーを眺めつつ色々と考えたのですが、今回は写真を勉強する学生に最近薦めた本を中心にいくつか挙げてみたいと思います。

『土門拳の写真撮影入門』都築政昭(ポプラ新書・2017年)

まずは、「土門拳の写真撮影入門」。土門拳と言えばダヴィッド社の「写真作法」を始め、自身がまとめた名著が多くあり、その他にも各種雑誌などに写真に関するエッセイを膨大に寄稿していることで知られています。様々な写真家がいますが、これほど自身の写真観や写真技法についてつぶさに書き残した作家も珍しいのではないでしょうか。それだけにその全てを読むのは中々大変ですが、今回紹介する書籍はそれらを第三者の視点からまとめた、いわばオールタイムベスト版やダイジェスト版と言えるようなものです。

「ねらったモチーフはトコトンまで撮る。確実に写ったと思っても、まだ撮る。いい写真ができたと思っても、まだ撮る。撮れた上にも撮ろうとする」(第2章第6条より)といった言葉に代表される土門の気合いと執念は、あっさりと撮影を終えて撮った気になってしまう写真を始めたばかりの学生には、すべからく学ぶべき姿勢のひとつだと言えるでしょう。読んでいるだけで心の奥からエネルギーが満ちてくるような、魂の込められた言葉がこれでもかと紹介された本です。

精神論だけでなく、それを支える具体的な撮影方法や機材選びについて解説されているところも興味深い点です。この本で関心を持ったら、是非他の著書も含めて深掘りしてみてほしいと思います。

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『科学と科学者のはなし:寺田寅彦エッセイ集』池内了 編(岩波少年文庫・2000年)

二冊目は、「科学と科学者のはなし:寺田寅彦エッセイ集」。寺田寅彦は、物理学者として、そして文学者としても活躍した人物です。夏目漱石の弟子としても知られ、自然科学に通じた数多くの優れた随筆を残しています。読んでみると分かるのですが、その書き筋というのが極めて緻密で、物事や現象の隅々まで分析するように細かな描写で、目の前の世界をテキストに書き起こしています。

多くの人がそう評すように、私がその文章を初めて読んだ時にも、「これは写真だ」と感じたものです。文体も程よく流麗で、それでいて硬くも易しくもなく、明快明晰。写真について考えるときや、ステートメントを書くときなどにも良い参考になる文章だと思います。

本書は宇宙論・天体物理学者の池内了氏が、様々なエッセイの中から、特に中学生や高校生に向けて選んだ構成となっています。例えば「線香花火」の章では、詩的に、あるいは音楽的にその様を書き表しつつ、その仕組みの不思議さと興味深さを物理学の観点から記しています。他にも、茶碗の湯の観察の仕方や、人魂について、とんぼがステッキに止まる規則性など、日常における様々な事柄から、科学的な視点の持ち方や面白さが語られます。

これらを読んでからそれぞれのモチーフをレンズで眺めてみると、きっと今までとは全く別の、生き生きとした世界の運動が感じられるはずです。

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『あいたくて ききたくて 旅にでる』小野和子(PUMPQUAKES・2020年)

今日最後に紹介するのは、「あいたくて ききたくて 旅にでる」。著者である小野和子氏が宮城県を中心に、東北に伝わる様々な民話を求め歩く「民話採訪」を行なった、自身の旅の記録をまとめたものです。仙台出身の私にとっては、語られる物語や描写される風景、方言がより自然に入ってくるというところもあると思いますが、文体には独特の没入感があり、読み進めるうちに引き込まれていく鮮やかで深い世界観を多くの人が感じられる本だと思います。

長い時を超えて口承で継がれてきた民話を求め、様々な場と人を訪ねるその旅が収められた優れた記録であり、物語であり、ドキュメンタリーとなるこの本のコンセプトが持つ射程と視座は、写真を志す者にとっても非常に興味深いものになるでしょう。何よりもひとつひとつの話が面白く、幼い頃布団の中で昔話を聞いたときのあの期待感や喜びが甦るような、不思議な高揚感を備えた本であると思います。

また、2008年から宮城県をベースに制作を行なっている写真家の志賀理江子さんが、写真と文章を寄稿しています。枕元に置いて、一晩ごとに一話ずつ読んでみてはいかがでしょうか。

大和田良

(おおわだりょう):1978年仙台市生まれ、東京在住。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業、同大学院メディアアート専攻修了。2005年、スイスエリゼ美術館による「ReGeneration.50Photographers of Tomorrow」に選出され、以降国内外で作品を多数発表。2011年日本写真協会新人賞受賞。著書に『prism』(2007年/青幻舎)、『写真を紡ぐキーワード123』(2018年/インプレス)、『五百羅漢』(2020年/天恩山五百羅漢寺)、『宣言下日誌』(2021年/kesa publishing)等。東京工芸大学芸術学部非常勤講師。最新刊に『写真制作者のための写真技術の基礎と実践』(2022年/インプレス)。