熱田護の「500GP-Plus」
第16回:2018年に活躍したドライバーの表情
2021年6月1日 07:00
連載16回目となる今回はいつもとは少し趣向を変えて、F1マシンではなく、ドライバーやメカニックの表情にスポットを当ててみたいと思います。
F1という競技はマシンの性能もさることながら、世界最高峰のドライビングテクニックを競う戦いでもあります。僕はもちろん迫力あるマシンを写すことも好きですが、それと同じぐらいに個性的なドライバーたちも魅力ある被写体だと思っています。そこにはドライバーたちの人間味溢れる表情を垣間見ることができます。
しかし、ドライバーの表情を狙えるチャンスはそう多くはありません。開幕戦のオーストラリアでは、日曜日のスタート前にドライバー全員で集合写真を撮影するのですが、トップに選んだこの写真は、その直前の集合場所から写した1枚。メルセデスのボッタス選手です。優しい表情にも、眼光鋭い表情にも見えます。レース前の選手の緊張感が写っているように感じました。
F1関連の雑誌でもよく見かける、ドライバーがマシンに座った状況写真です。実際には乗り込んだ直後、走り出す直前、走行が終わった時のごくわずかしかシャッターチャンスがないため、簡単そうに見えて、なかなか撮影することができないカットです。
大部分の時間は大きなモニターがドライバーの前に置かれているので、その表情はうかがい知ることすらできません。それでもヨンニッパの開放を使って、その瞳にフォーカスすることで、選手の思いに寄り添うような意図を狙いました。
しかし、去年からわれわれカメラマンは、ピットレーンからの撮影が禁止になってしまったので、「この頃は良かったなぁ」としみじみ感じます。
レース後のパルクフェルメで喜ぶ、セバスチャン・ベッテル選手。どのドライバーも、そのレースでベストを尽くし、その結果が優勝となれば最高!
そんなパルクフェルメも、今では近づくことができない場所となってしまっています。そういう意味でも、早くこのコロナ騒動が収まって欲しいと強く願います。
レースを勝ち抜いて、記念撮影に向かう前の瞬間。エンジニアとの固い握手に込めた力が喜びを表しています。F1という競技が選手だけの実力ではなく、エンジニアを含むチームとして戦っていることを改めて感じさせてくれる1枚です。
上の写真の続き。このレースを制覇したのは、オーストラリア人のダニエル・リカルド選手。
彼は表彰台に上がると、自分が履いていたレーシングシューズを脱いでそこにシャンパンを入れて飲むという約束事があります。ですから、チームでの記念撮影の時は履いてないわけです。
テレビのインタビューに応じている時に、その足元を狙っていた僕に対して、その足を上げて僕の35mmレンズに近づけてくれたカットです。その時のいたずらっこのような顔が忘れられません(笑)。そういうお茶目なところがいいですよね、ダニエル!
地元フランスグランプリの予選アタックに失敗してがっくりしている、ロマン・グロージャン選手。自国開催のレースはいつも以上に気合が入ってしまうものです。その気持ちをクラッシュという形で終えてしまって、本人もファンも残念無念。
上の写真と同じくフランスGPから1枚。フランス人のピエール・ガスリー選手のグリッドに行ったら、乗り込む前にお祈りをしているではありませんか!
今ではすっかり有名になった、ガスリー選手のおまじない。この当時は誰も知らなかったんじゃないかと思います。このシーンを最終戦のアブダビのキレイな光の中で取ろうと決めたのは、このレースの後でした。そのアブダビでの写真は、写真集と写真展に使いました。気になる人は写真集「500GP」を買ってみてください(笑)。
セッション前にヘルメットを被るシーン。そのまま撮っても面白くないので、手前にいるメカニックさんを大きな前ボケにしてみました。
ドイツGPで3位を獲得したキミ・ライコネン選手。パルクフェルメでヘルメットを脱いだところ。いい仕事をしたという表情なのかな。
表彰式が始まる直前の大雨。大きな粒の雨、土砂降りが30分以上も続きました。
急な雨だったので、ジャケットに用意していたカッパを付ける時間ないまま表彰式がスタート。その激しい雨の中でとても印象的な写真が撮れました。カメラも自分自身もパンツも何もかもびしょ濡れです。
表彰式が終わった後も、強い雨はそのまま降っていたので、僕もそのまま置いてあるマシンや雰囲気を撮影して、まさにずぶ濡れのままフォトグラファーズルームに帰りました。
カメラも心配だったので(心配ならカッパをつけなさいという事なんですが……)電池を外したら中から水がじゃ〜っと出た時は「これはヤバイ」と思いました。
それでも僕はカッパを付ける時間を割くことはしたくなかった、その最高な状況の中の大切なシーンを撮り逃がしたくなかったんです、わずか1秒でも、その最高な状況の中で好きな場面を見つけてシャッターを押すことを躊躇することなく選びました。
その想いに、過酷極まる状況の中で100%応えてくれた僕の愛機に本当に感謝です。さすがキヤノンのフラッグシップ、EOS-1Dシリーズです!
蒸し暑い中、ハンガリーのガレージで作業するメカニックさん。文字どおり汗水を垂らして作業に取り組んでいます。
この写真はフロントサスペンションのアームをアップで写したものです。カーボンの繊維質とその成形技術が素晴らしく美しいフォルムを見せてくれます。正に芸術品ですね。
モータースポーツの最高峰に位置するF1。いつの時代も、その最先端の技術を駆使してF1マシンは造られます。現在は10のチームがあり、それぞれがオリジナルの車体を毎年規則に合わせて作り上げます。
そのコストは、数多あるどんなカテゴリーのマシンと比べても圧倒的にハイレベルであり、それを生み出すコストは莫大なものとなります。
F1マシンの造形は、空力パーツで構成されています、前に進む事で、空気を使って車体を地面に押し付けるためにダウンフォースを生み出して、コーナリング時に速いスピードで通過できるようになります。
そのダウンフォースをいかに大きく効率的につくれるかということで、そのマシンの速さが決定します。この写真はフロントウイングの裏側を後ろから撮ったものです。この複雑怪奇な造形を、カーボンで、たった2台のマシンを走らせるために作ります。
その形の意味は僕には理解できませんが、果てしなく美しいということだけはわかります。
こういう写真を撮る時は、絞りが開放ですからピント合わせを慎重にし、ブレにも注意しながら、目の表情がベストなタイミングでシャッターボタンを押すということだけでなく、実は周りの雰囲気にも配慮をしなければなりません。
あまりにファインダーの中に集中してしまい、チームの作業の邪魔になってはいけないからです。そのため、両目を開けてなるべく多くを感じ取れるようにはしているつもりです……が、正直申しますと時々邪魔をしてしまうことも皆無ではありません。まだまだ、努力が足りないということなのかもしれませんね(笑)。