熱田護の「500GP-Plus」
第13回:1997年のジャック・ビルヌーブとミハエル・シューマッハ
2021年3月1日 09:00
はじめてのオンライン開催となったCP+2021。僕も「モータースポーツを描く視点」というテーマで田村翔さんとトークセッションを行いました。見逃した方はアーカイブにてご覧いただければ嬉しいです。
さて、連載の13回目は、1997年シーズンを振り返りたいと思います。この年は、このジャック・ビルヌーブ選手とミハエル・シューマッハ選手とのチャンピオン争いが熾烈で、最終戦までもつれた記憶に残るシーズンでした。
ビルヌーブ選手のチームメイトは、写真の後方にいるフレンツェン選手でした。2年目のビルヌーブ選手の速さはどんどん輝きを増すばかりです。
モナコのガレージでプラクティスに向けての準備時間。ビルヌーブ選手がハサミでバラクラバの糸を切っているところに遭遇しました。利き目は右目であることが分かりますね。
僕が大好きなモナコで、僕が大好きな雨のレース。毎年、出かけているモナコGPですが、このようにしっかりとした雨というのは、あまり多くないように思います。
雨の撮影というのは、レンズとカメラと自分にもレインウェアを装着することになるので、やっぱり色々と面倒ですよね。
どんなに気を付けていても濡れた手でカメラを操作すればカメラは濡れていきますし、レインウェアの隙間からも水は入ってきます。レンズの前玉にも水滴はつくし、メガネにも付く。気温が低くなればより寒いし、暑けりゃ蒸れる……。
デジタルカメラになってからはかなり改善されたけれど、フィルム時代のカメラはすごく注意していても動かなくなったり、リークしてシャッターが切れっぱなしになったりしたことが良くありました。だから、撮れなくなることはどうしても避けたい僕としては、雨で動かなくことがものすごく恐怖でした。本当、良い事なんて1つもないのです。
だけど、そうした数々の面倒も、簡単にぶっ飛ばすほどにF1の水煙はカッコいい! だからこそ、止められないし。雨が降るとワクワク、ドキドキしてくるんです。
地元のドイツグランプリで優勝したシューマッハ選手。満員の観客席からは割れんばかりの大歓声が上がります! ただでさえ大盛り上がりとなるドイツGPで、地元出身の選手が勝つのだから気分は最高潮!
しかし、チャンピオン争いの最終戦のヘレスで、ビルヌーブ選手にマシンを当ててしまってポイント剥奪という非常に重い裁定が下されることになってしまいます。これは、ショックな出来事でした。
前年のチャンピオン争いでは、デイモン・ヒル選手にぶつかったことなど、引退するまでどうも僕の中ではどちらかと言うと、ヒール役といいますかマイナスの印象になってしまう出来事でした。
勝ちたい、チャンピオンになりたいという気持ちが、僕のような凡人には分からないレベルで日々、自分を追い込み、毎戦、毎ラップ、速さを追求し不断の努力をする。その結果として7度ものワールドタイトルを得たシューマッハ選手。
そんな、偉大な才能を持っているにも関わらず、いざという瞬間には、間違った行為だとは分かっていても、相手にぶつかってまでもタイトルを獲りたいという気持ちが勝ってしまう、そのような心理になってしまうものなのか……。ある意味、とても人間的なドラマを感じました。
最高の技術を結集したマシンに乗って争うモータースポーツ、でもやっぱり、そこにはドライバーという人間が中心にいる競技なのだと、改めて感じる出来事でした。
前年ウイリアムズでチャンピオンを獲得したデイモン・ヒル選手は、ウイリアムズでのシートを失い、アロウズ・ヤマハという、なかなかな勝てないチームで走ることとなりました。この年から参戦を始めたブリヂストンタイヤと共に戦います。
この写真はイタリアの最終コーナーにあるカメラマン用のスタンドから撮影したものです。曇っていたのでバイザーの色が薄く、うまくいくとヘルメットの中の目線が見えることもあります。
ヒル選手のお父さんは、F1チャンピオンとして名高いグラハム・ヒル。親子でワールドチャンピオンという偉業を成し遂げることになりました。
アロウズでのハイライトは、ハンガリーグランプリの最終周までトップを走っていて、残念ながらヤマハエンジンのトラブルで2位となってしまったレースでしょう。ヤマハとブリヂストンという日本企業によるタッグが初優勝するかということで、ドキドキしながら撮影していたのを今でもはっきりと覚えています。
この年、スポンサーがマルボロからウエストというタバコになり、赤白のカラーリングを変更したマクラーレン。鈍く光るシルバーがとても絵になります。
フィンランド出身の長身ドライバーのミカ・ハッキネン選手。この年の最終戦で初優勝をします。その後、シューマッハ選手と唯一戦えるドライバーとして大いに活躍することになりました。
僕は、ハッキネン選手が大好きでした。この写真は、モナコの橋の上からの撮影。このときの600mmレンズは、超重い。6kgもあったんです(ちなみに現在のIII型は約半分の3,050gです)。橋の欄干から身を乗り出さないと、下を走るマシンを撮れません。もちろん一脚は使えませんから手持ちです。万が一、レンズを落としてしまっては大変なことになるので、ストラップを腕にぐるぐる巻きにして撮影をしました。
本当であればシケインに向けてステアリングを左に切っていく様を撮りたいんですが、撮影はとても無理のある体勢です。腕も腰も少し撮っていると悲鳴をあげます。当時は僕も若かったから出来たんでしょうか……。いずれにしても、この撮影ポイント、今はありません。
雲の切れ間で背景が暗く落ちるというシチュエーション。撮影している時も、今だ!と思ってシャッターを切るのですが、大抵の場合、妙な気合いが入ることでブレてしまったりすることが多いです。
現代の複雑な造形をしているマシンに比べると、この頃のマシンはスッキリしていて、横からのフォルムもカッコいいですね。
エディ・アーバイン選手をイモラ・サーキットで写した1枚。撮影していた近くでマシントラブルによって止まってしまい、回収のレッカー車を待っているシーンです。
コースに出ていてマシンが止まった時は、ドライバーの表情が狙える数少ないチャンスでもあります。
フランスGP、マニクール・サーキット。
遠くに雨雲があって雨柱が見えていたので、ワクワクして土砂降りを期待していたのだけれど、その柱はこちらには来なかったのをよく覚えています。思うような天候には、なかなかに巡り会えません。
でも、そこに行かなければ、その可能性も0(ゼロ)になるわけですから、撮りたければ行くしかないという繰り返し。レタッチソフトやカメラアプリで作り込まれた空などではなく、その空、その雲、その光が写真に力を与えてくれる瞬間は必ず現れます。
それを、正しい時間に正しい場所に自らを立たせるように行動し、シャッターを押すことだけに精神を集中し、没入できる時間を得た時ほど幸せなことはないと断言できます。
いったいどれほどの労力と時間を費やせばいいのか、と考えるのも無駄と思えるほどのことかもしれません。
やるしかありません!
楽しいから、やり続ける努力をする。何事もそういうことなのかもしれません。