熱田護の「500GP-Plus」

第14回:1997年、片山右京選手はティレルからミナルディへ

EOS-1N HS EF200mm F1.8L USM(F2・1/200秒) コダクローム64(以下KR)

前回に続いて、今回も1997年シーズンについて書いてみたいと思います。

このシーズンで記憶に残っていることは、日本人ドライバーとして活躍していた片山右京選手が古巣のティレルからミナルディに移籍したことです。

ミナルディの本拠地はイタリアで、非常にアットホームな雰囲気で良いチームでした。しかし、成績は上位に食い込むことは相当に難しく、右京選手も悩みながらの参戦となりました。今年、角田選手がデビューしたのは、このミナルディというチームのオーナーが変わって、現在の名前がアルファタウリ。そういう意味では何か縁を感じてしまいます。

EOS-1N HS EF200mm F1.8L USM+EF1.4×(F4・1/1,000秒) KR

このカットは、現在のレッドブル・リンクのピット出口の上り坂を背景に、右京選手に立ってもらった1枚です。

この写真を撮った経緯を少しだけ話すと、夕方、僕と一緒にピットで撮影をしていた金子博カメラマンが、キラキラと路面が反射していることに同時に気付いて、二人で顔を見合わせて、「ここに右京選手を呼んできて立ってもらって撮ろうよ!」と意気投合。ミナルディのホスピタリティーに行って、右京選手を探してお願いして、撮影をしたものです。「ヘルメットくらい持っていく?」と右京選手からの提案がありました。

僕たちの思いつきに、喜んで応えてくれるところが右京選手の優しさですよね。逆光に背にしたシルエット表現になることを察知したのか、ヘルメットを右手に持つことまで提案してくれたのに感動したことを、今でもはっきりと覚えています。

多くのファンやグランプリ関係者から人気者になった理由は、そんな彼の人柄だと思います。

EOS-1N HS EF200mm F1.8L USM+接写リング(F2・1/250秒) KR

右京選手のシートは革張りでした。滑らないので操作性は良かったそうですが、現在は重量が重くなるので革は使われていません。皆さんもご存じのように、残念ながらこの年で右京選手はF1から引退しました。

6年間のF1ドライバーとしての戦績は1994年の5ポイントだけとなりました。表彰台には届きませんでしたが、全力で戦う姿を見ていると、誰もが応援したくなるし、僕も彼のそうした姿勢に心を動かされました。

EOS-1N HS EF200mm F1.8L USM(F22・1/30秒) KR

1997年、この年は右京選手ともう1人、日本人ドライバーが参戦していました。中野信治選手です。無限ホンダの支援を受けて、イケメンドライバーなので女性からの人気も絶大でした。

チームは4度のドライバーズチャンピオンを獲得した名ドライバー、アラン・プロストさんがオーナーを務めるフランスのチーム(プロスト・グランプリ)。もう1人のドライバーはフランス人のオリビエ・パニス選手です。チーム内も圧倒的にフランス人が多くて、その中で孤軍奮闘する日本人の中野選手は、結構辛い思いをしたそうです……。

翌1998年、中野選手は右京選手のミナルディに加入することになります。

EOS-1N HS EF600mm F4L USM(F4・1/400秒) KR

中野選手がコクピットから降りる時、ステアリングを外したところを狙った1枚。こういう写真はたまたま撮れたのではなく、「前回このポジションで撮影した時、手がこの位置に来たから、次回はこう撮ってみよう」という反省の上に成り立っていることが多いような気がします。

EOS-1N HS EF600mm F4L USM(F4・1/320秒) KR

この写真はどのグランプリで撮ったのか、まったく記憶にないのですが、レースを終えたマシンのリアウイングです。

この当時のエンジンは、このようにオイルを大気中に放出しながら走っていたわけです。
2時間弱のレースを走り切ったマシンは、どれもこのようにオイルがベッタリと張り付いていました。

だから、当時のサーキットにはNAエンジンからの素晴らしい音と、オイルの匂いがあったんです。昔は良かったというおじさんのタワゴトは、昔を知るおじさんにとっては、強烈な音と匂いによって、深く記憶に残っているからなんですよね。確かに、素晴らしい思い出です。残念なのは、写真に音も匂いも表現できないことですね。

EOS-1N HS EF600mm F4L USM(F22・1/60秒) KR

バルセロナのテスト走行で、ジョーダンホンダに乗るデイモン・ヒル選手。冬に行われるテストの撮影の一番の楽しみは、夕陽を使った斜光で走行シーンを撮れることです。真っ赤に染まったコースを切り裂くように疾走します。

EOS-1N HS EF600mm F4L USM(F11・1/500秒) KR

これはイギリス、シルバーストンのテスト。最終コーナーの観客席から狙いました。コース上のマーキングはスターティンググリッド。僕は、ハッキネン選手が大好きでした。

EOS-1N HS EF600mm F4L USM(F4・1/400秒) KR

同じく、シルバーストンのテスト走行。雨上がりで、路面に濡れたところが残っていて、そこに夕日が差したおかげで水煙が印象的に撮れた1枚です。

EOS-1N HS EF600mm F4L USM +EF1.4×(F11・1/500秒) KR

バルセロナのテスト走行の場面。背景の黒いところは観客席です。太陽を正面に置いて、反射がマシンを照らし出してくれるのを期待してシャッターを切りました。

このように、ハイライトとシャドウのコントラストを利用して撮ることが楽しいです。

EOS-1N HS EF600mm F4L USM(F4・1/400秒) KR

スペインのヘレス・サーキットでの1枚。こちらはテスト走行ではなくて、最終戦の朝陽が昇る直前です。日の出の時間が遅かったのか、あまり記憶にありませんが、とても美しかったことを覚えています。

上の5枚は斜光で撮った写真を並べてみました。どんなジャンルの写真でも、光が斜めから差している状況は、撮影者の立場からすると使わない手はないという時間帯です。

その光と自分の立ち位置、撮りたい被写体にどう当てるのか……。太陽は予想以上に速いスピードで落ちていきます。その瞬間で判断しなければなりません。その時の空の色も、雲や湿度などで同じような色にはなりません。

美味しい時間はごくわずか。それをいかに自分のものとして作品にできるか、その緊張感と隣り合わせの撮影が僕は大好きなんです。

熱田護

(あつた まもる)1963年、三重県鈴鹿市生まれ。東京工芸大学短期大学部写真技術科卒業。85年ヴェガ インターナショナルに入社。坪内隆直氏に師事し、2輪世界GPを転戦。92年よりフリーランスとしてF1をはじめとするモータースポーツや市販車の撮影を行う。 広告のほか、雑誌「カーグラフィック」(カーグラフィック社)、「Number」(文藝春秋)、「デジタルカメラマガジン」(インプレス)などに作品を発表している。2019年にF1取材500戦をまとめた写真集『500GP』(インプレス)を発行。日本レース写真家協会(JRPA)会員、日本スポーツ写真協会(JSPA)会員。