熱田護の「500GP-Plus」

第11回:2020年最終戦アブダビGP(前編)

EOS-1D X Mark III EF11-24mm F4L USM(F10・1/1,250秒)ISO 800

今回は、昨シーズン2020年の最終戦が行われたアブダビGPと、その直後に行われたテスト走行について、書いていこうと思います。

サーキット名はヤス・マリーナ・サーキット。マリーナと名が付くとおり、クルーザーが停泊しているそばを通るレイアウトになっています。しかし、コロナの影響で停泊している船はごくわずかですし、基本的に無観客で開催されました。

このサーキットのアイコンとしても有名なWアブダビ ヤス アイランドホテルは、写真のように各部屋のバルコニーから眼下に走るF1を見られる特等席にもなっているのです。しかし、宿泊をしているのはチーム関係者しかいなくて、お客さんのいないホテル内は閑散としていました。本当に寂しい限りです。

このホテルには特徴的な屋根が備わっていて、夜にはライトアップされて光り輝きます。太陽に照らされれば路面に特徴的な模様を描くなど、このサーキットを代表するランドマークになっています。お金のある裕福な国のサーキットといった感じですね。

EOS-1D X Mark III EF11-24mm F4L USM(F8・1/125秒)ISO 500

まずはこの写真の撮影場所から説明したいと思います。

プレスルームからホテルに取材申請をして、バルコニーからの撮影が可能になりました。この写真は画面右下の角から撮ったものです(ちょっと見切れていますけど……)。メインカットは渡り廊下の上のバルコニーから撮影しました。アブダビは2009年からF1を開催していますので、よく見ると潮風の影響かサビも出ていたりしますが、僕が宿泊するわけでもないし(当たり前のように、とっても高額な宿泊料金です……)、写真を撮る立場からすると、むしろありがたい造形と光を放ってくれる存在となります。

EOS-1D X Mark III EF11-24mm F4L USM(F14・1/4秒)ISO 100

昼間の走行時間、建物の陰の中を1/4秒というスローシャッターで狙いました。11mmという広い画角であっても、ホテルの全景を入れる事はできません。そこに走ってくるマシンを入れるわけですが、超広角レンズのため画面の四隅にいけばいくほど被写体は歪んでしまいます。その歪みを計算しながら、なるべく中央付近にフレーミングするといった具合です。

EOS-1D X Mark III EF11-24mm F4L USM(F14・1/4秒)ISO 100

こちらもさきほどとまったく同じ位置から、まったく同じ1/4秒のシャッタースピードです。マシンが近くに来ると相対的に移動スピードが速くなるので、背景が流れる量もそれに比例して多くなります。1/4秒というシャッタースピードを選択した時点で、ピントの当たる確率はそう多くは望めません。

シャッタースピードと被写体のスピードと距離、レンズの焦点距離、その場所の光などによって表現できるものが変わってきます。しかし、流し撮りというのは、時に予想していなかったような写真が撮れてしまうことがあります。偶然かもしれませんし、困った時の超スローシャッターという、ある意味では逃げの要素もあるかもしれません。

でも、その独特な世界観を知ってしまうと、もう止められませんよね。

EOS-1D X Mark III EF11-24mm F4L USM(F13・1/2.5秒)ISO 50

さきほど紹介したホテルのバルコニーからの撮影。日没直後、まだ空に明るさが残っている時間。眼下を走るマシンまで距離があり、特徴ある屋根の造形を流して表現したい時、シャッタースピードの設定に悩みます。

EOS-1D X Mark III EF11-24mm F4L USM(F9・1/8秒)ISO 100

屋根の色が赤くなったのは、レース後のテストの時。これも、日没直後の時間です。どんどん光量が落ちていく中、屋根の赤い照明と空の露出を両方表現できる時間は5分もないと思います。その少ない時間を、どの場所からどう狙うのか、多くの失敗と少ない成功を繰り返して自分なりに積み重ねた経験を元に、その刹那に全集中してシャッターを切るときの充実感は、何ものにも代えがたい貴重な時間です。

EOS-1D X Mark III EF35mm F1.4L USM (F10・1/8秒)ISO 200

さきほどの写真と同じ場所で、空が暗くなってからレンズを11-24mmから35mmの単焦点に交換して、赤い照明の部分を大きくフレーミングしてみました。この時、すでに残り走行時間は少なくなっていて、大きく場所を変更することはできないので、移動は最小限にとどめ、レンズを変えてみるなどしてバリエーションを稼ぐようにします。

EOS-1D X Mark III EF70-200mm F2.8L III USM(F16・1/20秒)ISO 500

ホテルから少し離れた位置から、70-200mmの望遠ズームで狙ってみた1枚。

被写体と背景の組み合わせ、自分の立ち位置、レンズのセレクト、さらには露出やシャッタースピードによる表現など、その組み合わせはほぼ無限大。だからこそ、写真は面白いと思うのです。

EOS-1D X Mark III EF70-200mm F2.8L III USM(F7.1・1/1,000秒)ISO 500

ラストを飾る1枚は、ホテルのバルコニーから、路面に映る屋根のテクスチャーを活かしたカットです。この三角形の模様も時間とともに小さくなり、20分後には1つの影になってしまいます。これも、毎年来ている中で最初のセッションしか撮れないということを忘れずにいたからこそ撮れたわけです。

今回はホテル周辺で昨年撮影したバリエーションをいろいろと出してみました。走行時間が限られているため、その光をうまく使ってなるべく多くバリエーションを稼ぎつつ、自分が撮りたい絵の完成度を高めるために、事前のシミュレーションとその場で思い付いたフレーミングなどを大切にして撮影に挑んでいます。

実はまだまだ、アブダビGPでお見せしたい写真がありますので、それらについては次回にまとめたいと思います。

熱田護

(あつた まもる)1963年、三重県鈴鹿市生まれ。東京工芸大学短期大学部写真技術科卒業。85年ヴェガ インターナショナルに入社。坪内隆直氏に師事し、2輪世界GPを転戦。92年よりフリーランスとしてF1をはじめとするモータースポーツや市販車の撮影を行う。 広告のほか、雑誌「カーグラフィック」(カーグラフィック社)、「Number」(文藝春秋)、「デジタルカメラマガジン」(インプレス)などに作品を発表している。2019年にF1取材500戦をまとめた写真集『500GP』(インプレス)を発行。日本レース写真家協会(JRPA)会員、日本スポーツ写真協会(JSPA)会員。