ミニレポート

新しくなったズミクロン35mmをチェック

(ライカM)

2016年1月、ライカカメラ社からライカMレンズ3本のリニューアルが発表された。「SUMMICRON-M F2/35mm ASPH.」、「SUMMICRON-M F2/28mm ASPH.」、「ELMARIT-M F2.8/28mm ASPH.」だ。どれも名前は変わっていないが、旧モデルと比べて描写性能が向上しているとのこと。さらにレンズフードは、これまですべてプラスチック製のスプリング固定式だったが、新モデルはすべて金属のねじ込み式に変わっている。

レンズ構成は、すべて旧モデルから変わっていない。唯一、SUMMICRON-M F2/35mm ASPH.は見てわかる変更点が多く、絞り羽根の枚数が9枚から11枚に増えていたり、旧モデルでは真鍮製だったシルバーカラーの鏡筒も、ブラックカラーの鏡筒と同様にアルミのアルマイト仕上げになり軽量化されている。その新型SUMMICORN-M F2/35mm ASPH.が、縁があって私のところにやってきた。

レンズ構成は旧ASPH.と同じ5群7枚。フィルター径も39mmで変わりない。

SUMMICRON 35mmはライカの35mmレンズの中で最も歴史が長く、SUMMICRON 50mmと共にライカMシステムの定番レンズとして多くの写真家に愛用されてきた。F1.4の明るさを持つSUMMILUX 35mmは非球面レンズを採用するまで絞り開放において柔らかな写りで、好みの分かれるレンズだった。だがSUMMICRON 35mmは絞りを開けても絞っても安定した描写を持つのが特徴。特に報道やスナップ派に高い人気を得ていた。

初代が登場したのは1958年。いわゆる「8枚玉」と呼ばれる6群8枚構成のモデルで人気が高く、現在も中古市場では高値で取り引きされている。2代目は1969年に登場した4群6枚構成の通称「6枚玉」だ。当初は絞り値をレバーで設定していたが、使いづらいという声から一般的なリング式にモデルチェンジされている。レンズフードは先端がすぼまったライカらしい形を持つ12504や、50mmレンズと共通の12585を使用する。

左は筆者がこれまで使ってきた第2世代のSUMMICRON 35mm。6枚玉と呼ばれるモデルで、1970年代の製造だ。小型だが6bitコード改造ができず、操作がやや面倒なのが気になっていた。またデジタルに向いた写りも欲しいと思い、今回の新型購入に至った。

3代目の登場は1980年。レンズ構成は5群7枚の「7枚玉」。ここからレンズフードがプラスチックの角型になる。そして1997年に登場した4代目が、非球面レンズを採用したSUMMICRON-M F2/35mm ASPH.。2006年にデジタルのライカM8が登場したことで、マウント部分に6bitコードが追加されたが、それ以外はこれまで20年近く変わらないでいた。

新しくなった外観、絞り羽根の違いをチェック

新型SUMMICRON-M F2/35mm ASPH.は、レンズケースを開けるとすでにフードとフードキャップが装着された状態で入っている。レンズを取り出して、ケース底のクッションをひとつ外すとレンズキャップが、さらにもうひとつクッションを外すと保護リングが現れる。

新SUMMICRON-M F2/35mmを購入して箱を開けると、レンズケース、レンズ本体、レンズフード、フードキャップ、レンズキャップ、保護リング、説明書、保証書、品質証明書が入っている。

最近のM用の広角レンズは、多くがねじ込み式の角型メタルフードを採用している。この新型ASPH.も、それに沿った形だ。7枚玉や旧ASPH.のプラスチックフードに見慣れた目には新鮮に感じる。

レンズ構成は旧ASPH.と同じ5群7枚。絞り羽根の枚数が増えて、写りはどう変わったのだろうか、最も気になるところだ。実は担当編集S氏が旧ASPH.を所有しているので、借りて新ASPH.と比べてみた。

編集S氏の旧ASPH.はシルバー。真鍮製の鏡筒は手にするとずっしり重い。アルミ鏡筒のブラックが255gなのに対し、シルバーは340gもある。そして新ASPH.はシルバーもアルミ製になり、重さも257gで共通だ(フード除く)。フォーカスレバーや絞りリングの位置は新旧同じなので、重さやフード以外の使用感は変わらない。

向かって左が編集S氏私物の旧ASPH.。右が筆者が購入した新ASPH.。基本的なデザインは同じだが、先端部は新ASPH.の方が少し長い。また手にすると、旧ASPH.のシルバーは重い。新ASPH.はシルバーもアルミ製になったので、旧ASPH.の真鍮製鏡筒は貴重な存在になった。
どちらもF2.8に絞った状態。左の旧ASPH.の絞り羽根は9枚。右の新ASPH.は11枚。新ASPH.の方が丸に近いことがわかる。

絞り開放から最小絞りまで、1段ずつ変えながら撮り比べてみた。解像力をはじめとする描写の傾向は、旧モデルも新モデルもほとんど同じ。画面周辺部の写りもほぼ同じ。しかし、やはりボケは異なり、旧ASPH.がF2.8~F8では丸いボケにならず、角があるボケだ。新ASPH.は真円にはならないものの、かなり丸に近い。やはり新型の方が自然なボケ味だ。

ボケの違いをチェック

ピントは最短70cmに固定。絞り開放では、旧ASPH.も新ASPH.も見分けがつかないほど似た写りだ。F2.8から背景のボケの形に差が出てくる。特にF4からF8までは、新ASPH.の方がボケが丸に近い。旧ASPH.のボケは硬い印象で、新ASPH.は柔らかさを感じるボケだ。F11以降はボケが小さくなるため、ほぼ同じ印象になる。かつてはボケ味を意識するのは日本人だけといわれていて、「ボケ」は「bokeh」として世界共通語だ。しかし新ASPH.の写りを見ると、現在はドイツ人もボケ味を意識しているように感じる。

旧ASPH.

F2
F2.8
F4
F5.6
F8
F11
F16

新ASPH.

F2
F2.8
F4
F5.6
F8
F11
F16

新型は旧ASPH.の基本性能を踏襲しながら、ブラックとシルバーの仕様共通化と、レンズフードの変更、そして絞り羽根の変更によるボケ味の向上が図られたレンズ、といえるだろう。

ソリッドになったレンズフード

描写以外の注目点が新しいレンズフードだ。独ライカカメラAGのレンズ担当者によると、スプリング式のプラスチック製フードから、ねじ込み式のメタルフードへの変更が、今回のモデルチェンジの大きな狙いだったようである。ある販売店で聞いた話しによると、旧ASPH.のスプリング式角形フードはストラップなどを引っかけて外れてしまいやすいという声もあり、紛失したユーザーは同じスプリング式でも丸型メタル製の12504を買い直す人が多かったとのこと。そこで取り付けをねじ込み式に変更して外れにくくすると共に、他の広角系レンズと素材やデザインを共通化したようだ。

最も大きな変更点、レンズフード。これまでフードの左右に設けられた突起をつまみ、フード内側の爪で固定するスプリング式だったが、ねじ込み式に変わった。フードをねじ込むと、止まる直前に回転が重くなり、ギュッと締め込む。確実に固定され、撮影中に回転してしまうこともない。ねじ込みの感触が変化する精度の高さと操作感の良さは、さすがライカ、さすがドイツ製と思わせる。
フードには装着部分にストッパーがあり、ねじ込み過ぎるのを防いでいる。フードの向きがズレないことも、ねじ込み式を選んだ理由だと聞く。
フード先端のファインダー側には穴が開いていて、フードによる視野のケラレを防いでいる。レンジファインダー機らしい部分だ。
レンズフードを使用しない場合は、ねじ部分に保護リングを取り付ける。
新ASPH.を装着したライカM(Typ240)。保護リングが装着された姿は、旧ASPH.よりスッキリした印象を受ける。
ねじ込み式になった角型メタルフードを装着。SUPER-ELMAR-M f3.4/21mm ASPH.やELMAR-M 3.8/24mm ASPH.に似た雰囲気になり、デジタル時代のライカらしいスタイルだ。旧ASPH.までのレンズフードは装着できなくなった。
参考:フードなしの旧ASPH.をライカM(Typ240)に装着した姿。
プラスチック製のフードを装着した姿。このフードは1980年の7枚玉から採用されていて、ライカファンにはお馴染みのスタイルだ。
1969年の6枚玉から登場した、丸型フードの12504を装着した旧ASPH.。先端がすぼまって、スリットが空いたデザインは、他社も真似したほど定番の形になった。いかにもレンジファインダー機らしいスタイルだ。しかも現在も新品で購入できる。

作品集

神社の入り口に設置された屋台。屋台の赤や黄色、オレンジと、空の青が目に入ってレンズを向けた。F1.4のSUMMILUXよりコンパクトなF2のSUMMICRONは、軽快なスナップが楽しめる。

ライカM(Typ240) / ISO200 / F8 / 1/360秒

赤いトタンの壁に電柱の影が映る。35mmの画角は、光景を見たときの印象をそのまま写すのに向いている。SUMMICRON-M F2/35mm ASPH.は、基本レンズ構成が20年近く続いているとは思えないほどシャープな描写をする。

ライカM(Typ240) / ISO200 / F11 / 1/180秒

ライカのレンズは逆光でもフレアやゴーストが出にくい。これも木製の壁に光が反射しているが、クリアでコントラストが高い描写だ。また絞りをF4にして背景をボカしている。ボケ味は自然だ。

ライカM(Typ240) / ISO200 / F4 / 1/1,500秒

最短70cmまで寄った。植物が素直にボケているため、違和感のない写真に仕上がった。

ライカM(Typ240) / ISO200 / F2.8 / 1/1,000秒

ピントを合わせた葉の質感の高さと、背景のボケ味に注目。ボケがほぼ丸になっているのは、絞り羽根が増えた新型の証だ。

ライカM(Typ240) / ISO200 / F2.8 / 1/180秒

夕暮れに階段を降りる二人の影。とっさにカメラを構えたが、SUMMICON-M F2/35mm ASPH.の機動力の高さでしっかり撮ることができた。

ライカM(Typ240) / ISO200 / F8 / 1/180秒

SUMMILUXのF1.4にはかなわないものの、F2でも暗い場所には強く、ボケも楽しめる。SUMMICRONは明るさと大きさ、重さのバランスに優れたレンズだ。

ライカM(Typ240) / ISO200 / F2 / 1/90秒

木目を見ると、解像力の高さがわかる。歴代SUMMICRON 35mmは、絞りを開けても絞っても安定した写りで高い人気を誇ってきた。新SUMMICRON-M F2/35mmの写りも、SUMMICRON 35mmの伝統を受け継ぎ、しかもボケ味が向上している。

ライカM(Typ240) / ISO200 / F5.6 / 1/90秒

藤井智弘

(ふじいともひろ)1968年、東京生まれ。東京工芸大学短期大学部写真技術科卒業。1996年、コニカプラザで写真展「PEOPLE」を開催後フリー写真家になる。現在はカメラ雑誌での撮影、執筆を中心に、国内や海外の街のスナップを撮影。公益社団法人日本写真家協会会員。