匠の道具 -PRO SELECTION-

中藤毅彦さんに聞く エプソン「SC-PX1V」×パナソニック「LEICA DG VARIO-SUMMILUX 10-25mm / F1.7 ASPH.」

ギャラリー展示も難なくこなすSC-PX1Vのプリントクオリティー

ギャラリー・ニエプスにて。取材用に一時的にプリントを展示していただいたが、高品質なプリントゆえ、そのまま個展を開催できそうな雰囲気だった

ストリートスナップの旗手として都市での人物や風景を撮り続ける中藤毅彦さん。締まった黒や粗粒子が印象的な中藤さんの写真だが、パナソニックの「LEICA DG VARIO-SUMMILUX 10-25mm / F1.7 ASPH.」は、中藤さんの表現の幅をどう広げたのか。そして、エプソンの「SC-PX1V」はその表現にどう応えうるのか。中藤さんの写真表現に欠かせない機材やプリントについて語っていただいた。

中藤毅彦(なかふじたけひこ)

1970年東京生まれ。 早稲田大学大一文学部中退。東京ビジュアルアーツ写真学科卒業。 都市のスナップショットを中心に作品を発表し続けている。 国内の他、東欧、ロシア、キューバ、パリ、ニューヨークなど世界各地を取材。 また、裸のラリーズ、ゆらゆら帝国、恒松正敏などのロックミュージシャンのオフィシャルカメラマンを担当するなどアーチストの撮影も行う。作家活動と共に、東京四谷三丁目にてギャラリー・二エプスを運営、展示の他、ワークショップ等多数開催。写真集に『Enter the Mirror』,『Winterlicht』,『Night Crawler』,『Sakuan,Matapaan-Hokkaido』,『Paris』,『STREET RAMBLER』がある。第29回東川賞特別作家賞受賞。第24回林忠彦賞受賞。

写真を物質として残すことがプリントの最大の意義

僕は仲間とギャラリーを自主運営しています。ギャラリーの名前ですが、世界で初めて写真作成に成功したと言われるフランスの発明家ニセフォール・ニエプスの名前を拝借しました。四谷にある現在のギャラリーは2003年からで二代目です。2001年に始めた一代目のギャラリーは代官山にありましたが、残念ながら建物が火事にあい焼失しました。この四谷のギャラリーですが、ニエプスの前はPlace Mという別のギャラリーでした。代官山のギャラリーが火事にあったタイミングでPlace Mが引越しするというので、そのあとを居抜きで借りています。実は30年ほど前に初めて個展をしたのが、この四谷のギャラリーでした。不思議な縁を感じます。

ギャラリー・ニエプスでは、運営メンバーの個展やグループ展をしたり、ギャラリーの貸し出しなども行なっています。四谷から新宿にかけては大小の写真ギャラリーが点在するので、ギャラリー巡りで立ち寄られる方もいらっしゃいます。

ギャラリーを運営しているという立場上、また写真家という立場上、プリントはとても身近な存在です。いろんな作家の方のプリントを預かることも多いですし、自身でももちろん銀塩とデジタルの両方でプリントをします。また、大判プリントをする時などは外部のプリンターの手を借りることもあります。

その身近なプリントですが、プリントは写真の最終形態の一つであると考えています。SNSが普及したおかげで大量の写真が飛び交っていますが、いつの間にか消費されて消えてしまうように感じませんか。また、デジタルの写真データを保管するメディアやハードディスクなども壊れる可能性があるし、将来は規格が変わって使えなくなるかもしれません。デジタルの写真データは手軽ですが、そんな脆さも併せ持っています。逆に最も確実に写真を後世に残す方法は、やはりプリントだと思います。物質として確固としてあるということは、本来の写真の在り方だと思います。

実は一代目のギャラリーの建物は全焼だったのですが、焼け跡から焼け焦げてはいたもののフィルムやプリントや写真集が出てきたのです。焼けて欠片となった写真でも、そこから写真家の思いを汲み取ることはできます。また、僕はストリートスナップを撮っているので表現だけでなく記録という意味も写真にはあると思っていますが、そんな思いも込めて、写真を物質として残すということが、プリントの最大の意義だと考えています。

地下鉄駅でジミ・ヘンドリックスばりにギターを弾くストリートミュージシャンの少年
LUMIX G9PROII/LEICA DG VARIO-SUMMILUX 10-25mm / F1.7 ASPH./25mm(51mm相当)/絞り優先AE(1/2,000秒、F1.8、−2EV)/ISO 6400

遜色がないギャラリー品質のプリント

僕の作品は、ほぼ9割がモノクロです。ですので、プリンターに求めるのは黒が締まっていることと、色転びがしないこと、ですね。黒が締まっていなかったり色転びしたりしていると、気持ちが悪い(笑)。エプソン「SC-PX1V」は、2020年の発売後、しばらくして購入しました。以来、自分で作品制作をする際のメインのプリンターです。銀塩プリントと比べても、見分けがつきにくいほど高品質です。写真家の目で見比べると、インクジェットのプリントは少し反射が強いのと、黒の深みや締まりが銀塩プリントに及ばない部分もありますが、SC-PX1Vのプリントは銀塩の黒に肉薄していて、このレベルに達しているのかと驚きを覚えます。ギャラリー・ニエプスでもSC-PX1Vでプリントした作品を展示していますが、ギャラリー展示に耐えるプリントクオリティーだと断言できます。

A3ノビ対応のインクジェットプリンターSC-PX1V

この記事に合わせて、シール、ピクトラン、ハーネミューレなどの各バライタやその他の用紙、純正紙などを試したのですが、気に入ったのはハーネミューレの「フォトグロスバライタ」ですね。バライタは全般に良かったのですが、フォトグロスバライタはテクスチャーが主張しすぎず、また純黒の艶のある黒が乗ると銀塩バライタのような雰囲気に仕上がって自分の好みに合いました。他のバライタですが、シールの「サテンバライタペーパー295」は冷黒調の黒が出る用紙で、都市風景や建築物、金属系の被写体をクールに表現するのに向いていそうです。ピクトランの「ピクトランバライタ」は華やかな印象でした。写真らしい雰囲気を醸すバライタ系の用紙はギャラリー展示にも向いていると思います。

さまざまな用紙にプリントしていただき、その品質や仕上がり具合を確認してもらった。今回試した中でのお気に入りはハーネミューレの「フォトグロスバライタ」

ピクトランの「局紙」やピクトリコの「GEKKO シラバーラベル プラス」も試しました。局紙は紙自体がウォームトーンのクラシカルな感じで、ポートレートなどに合いそうです。GEKKOシルバーラベルプラスは紙自体が厚く重く存在感があります。GEKKOの由来となった銀塩の「月光VR4号」などは冷黒調の強い黒が出る紙でしたが、こちらのGEKKOは温黒調のノーマルな印象で使いやすい紙だと感じました。

さまざまな用紙があってどれを選ぶか悩みどころですが、ひとつ付け加えておきたいのは、エプソン純正の「写真用紙<絹目調>」の素性の良さです。銀塩のRCペーパーに似ていてクセがないので、まずはこのプリントを基準にして他の用紙を試してみるといいと思います。

左から「エプソン 写真用紙<絹目調>」「ハーネミューレ フォトグロスバライタ」

別格のモンスターレンズ LEICA DG VARIO-SUMMILUX 10-25mm / F1.7 ASPH.

父や兄がカメラ好きで一眼レフカメラが家に何台かあり、小学生の頃から写真を撮っていました。最初は難しかったのですが、ちゃんと撮れるようになったのは小学校の修学旅行の頃からでしょうか。東京で生まれ育ったせいか都市風景が当たり前の光景で、レンズを向けるのも自然と街の中でしたね。それが今に続いています。人物を含めた都市風景を主な被写体として撮っていますが「ストリートスナップ」などと呼ばれます。

世界の都市も撮影しますが、日常的に撮っているのは東京です。特にここ何年かは渋谷を撮っています。季節、天気、時間帯、行き交う人、いろんな要素が絡み合って違う光景が生まれます。渋谷をはじめとした都市はまるで劇場のようです。そして、その偶然に出会した瞬間が写真という表現になる。それがストリートスナップを撮るモチベーションですね。撮り溜めた東京の写真は来年(2025年)くらいに個展で発表できればと考えています。

鉄道の引き込み線をまたぐ高架の上から俯瞰撮影。アメリカらしい無骨なランドスケープ
LUMIX G9PROII/LEICA DG VARIO-SUMMILUX 10-25mm / F1.7 ASPH./11mm(22mm相当)/絞り優先AE(1/1,200秒、F11、±0.0EV)/ISO 800

ところで、レンズの焦点距離ですが、ワイドすぎる広角や圧縮効果が出すぎる超望遠などはあまり使いません。標準域を中心に、ちょっとした広角やちょっとした望遠を使うくらいですね。ズームレンズも抵抗ありません。ズームレンズでありながら、開放F値がF1.7と明るく高画質なパナソニック「LEICA DG VARIO-SUMMILUX 10-25mm / F1.7 ASPH.(以下10-25mm F1.7)」は、よく使うレンズです。

パナソニック「LEICA DG VARIO-SUMMILUX 10-25mm / F1.7 ASPH.」

マイクロフォーサーズ用のレンズなので35mm判に換算すると20〜50mmの焦点距離になります。焦点距離の可動域は狭いのですが、これくらいの方がズームに惑わされずにすみますし、その不自由さが逆に楽しい。また、高倍率ズームではないので設計に無理がなく、贅沢なレンズ構成で画質も抜群です。その上、開放絞りがF1.7ですから、絞りを開けた時のふわっとした描写と絞った時の緻密な描写、二面性のあるレンズで撮影時に表現を選べるところがいい。ズームレンズとしては別格のモンスターレンズですね。マイクロフォーサーズ用としてはちょっと大きいですけどね(笑)。

バーの前に雰囲気のある男が佇んでいた。声をかけてフォトセッションになった
LUMIX G9PROII/LEICA DG VARIO-SUMMILUX 10-25mm / F1.7 ASPH./23mm(47mm相当)/絞り優先AE(1/1,600秒、F1.7、−1.3EV)/ISO 12800

レンズの二面性を見事に描写するSC-PX1V

10-20mm F1.7の二面性の魅力がよく出ている写真を選んでSC-PX1Vでプリントしました。用紙はハーネミューレのフォトグロスバライタです。

まずは絞り開放で撮った人物写真。シカゴで行われたロックフェスで芝生に座っていた観客の女性です。

シカゴ郊外の公園墓地で開催された野外ロックフェスティバルに来ていた観客の女性
LUMIX G9PROII/LEICA DG VARIO-SUMMILUX 10-25mm / F1.7 ASPH./25mm(51mm相当)/絞り優先AE(1/3,200秒、F1.7、+0.3EV)/ISO 200

僕はもともとロックのステージ写真やミュージシャンを撮っていたので、ロックの雰囲気が好きですが、そんなロックフェスの場で、独特の個性や存在感を放っていたので声をかけて撮らせてもらいました。ピントを合わせた瞳とそこから誇張なく自然にやわらかく滲んでいくボケ。SC-PX1Vはピント面のしっかりした描写から豊かなグラデーションを備えたボケまでを立体的に表現してくれています。プリントからも女性の魅力が伝わってきます。

もうひとつはシカゴの「ループ」という環状の高架鉄道を撮った写真です。すごい音を立てて走っていくループに惹かれ、そのループが引き立つ場所を探しました。

ループと言う愛称で呼ばれるシカゴ名物の高架鉄道。車両が通り過ぎるタイミングを待って撮影
LUMIX G9PROII/LEICA DG VARIO-SUMMILUX 10-25mm / F1.7 ASPH./16mm(33mm相当)/絞り優先AE(1/1,600秒、F9.0、±0.0EV)/ISO 1600

ここはビルが重層的に重なり画面構成も複雑に見える場所です。ループに差し込む光の状態がいい時間帯を狙い、ループのガタガタと近づく音に期待しながらシャッターを切っています。街を隅々まで描写したいので絞りを絞って撮り、強いイメージに仕上げました。SC-PX1Vでプリントしてみると、ループの反射やビルの壁面、窓の質感がダイナミックかつ精細に描写され、僕の捉えた「シカゴの街を走るループ」というイメージを見事に再現してくれています。

この2つの写真は、レンズの絞りを開けた時と絞った時の違い、そして有機的な人物と無機的で人工的な都市という被写体の違いが対照的に表現されて、個人的にも気に入っています。同じレンズで撮ったとは思えないような2つの写真ですが、SC-PX1Vはそのレンズの良さを余すことなくプリントで伝えてくれています。

中藤さんの背景に飾られた3枚の写真のうち絞り開放で撮ったのが中央の女性ポートレート写真。そして絞りを絞ってシャープに撮ったのが右の都市風景写真。LEICA DG VARIO-SUMMILUX 10-25mm / F1.7 ASPH.の二面性をよく表しているとして、本記事の代表作として中藤さんに選んでもらった

モノクロ写真の仕上げ方

30年以上写真家を名乗っていますが、もちろんはじめは銀塩写真です。ずっと好きなフィルムがあってそれは富士フイルムの「ネオパン 1600 Super PRESTO」。それが2011年に発売中止になったときは本当にショックでしたね。写真家を辞めようかと思ったほどでした。ちょうどその前後から、デジタルでの写真表現の模索が始まります。初代のGRデジタルなど、モノクロモードを備えたデジタルカメラを試したりしましたが、画期的というより革命的と言っていいと思いますが、当時のオリンパスから発売されたミラーレスカメラのE-P1は衝撃でした。そのE-P1に搭載された「ラフモノクローム」という撮影モードは、まるで自分の表現スタイルが搭載されているようで(笑)、デジタルも捨てたもんじゃないと感じたことを覚えています。

最近はデジタルでの撮影が多くなっていますが、ほとんどがモノクロモードで撮っています。モノクロモードも進化してきてLUMIXのDC-G9M2には従来の「L.モノクローム」シリーズのほかに「LEICAモノクローム」が搭載され、とてもいい感じ。撮影時に粒状感やコントラストは強めに設定し、レタッチも微調整するくらいで自分好みの写真に仕上がります。

彼の職業はタトゥーの彫り師。迫力あるルックスに気圧されたが気さくな人物だった
LUMIX G9PROII/LEICA DG VARIO-SUMMILUX 10-25mm / F1.7 ASPH./19mm(39mm相当)/絞り優先AE(1/640秒、F1.7、−1.3EV)/ISO 6400

モノクロモードで撮っていますが、RAWとJPEGの同時撮影なので、必要に応じてRAW現像も行います。手順としてはRAWをRGBに現像したのちにモノクロ化します。銀塩の暗室作業をデジタルに置き換えるためにいろいろと試行錯誤を繰り返しました。そしてたどり着いたのが「Nik Silver Efex」です。これはアドビPhotoshopやLightroomのプラグインソフトで、以前は単体で発売されていましたが、現在は8つのプラグインソフトを収めた「NIC COLLECTION」の1つとして手に入れることができます(発売元はDxO)。

Nik Silver Efexの良いところはなんといっても大好きだったネオパン 1600 Super PRESTOをシミュレーションできること! それを当てがうと銀塩と見紛うような粒子が出てきます。違和感はほとんど覚えません。あとは調子を整えたり、覆い焼きや焼き込みを行って仕上げます。Nik Silver Efexがなかったら、デジタルでの自分なりの写真表現はもっと困難だったでしょう。デジタルでモノクロ写真を仕上げる人は試してみる価値があると思います。

シカゴは運河の街だ。高層ビル群の中を縦横に流れる運河でカヌーを漕ぐ集団
LUMIX G9PROII/LEICA DG VARIO-SUMMILUX 10-25mm / F1.7 ASPH./21mm(43mm相当)/絞り優先AE(1/6,400秒、F6.3、−0.3EV)/ISO 800

デザインや操作性に使う人への配慮が伺えるSC-PX1V

SC-PX1Vは、モノクロにも力を入れているプリンターということで購入し、もう3年以上使っていますが、故障もなく快適に動いています。ギャラリーに展示する写真をSC-PX1Vでプリントすることも多いのですが、ずっと同じ高品質でプリントしてくれるので、長く使えるプリンターというのは大事です。

プリンターですが普段はギャラリーではなく自宅に置いています。直線で構成された余計なものがないミニマムでシンプルなデザインは、自宅に置いても部屋の調和を崩しません。給紙と排紙の格子状のトレイもすっきりとした印象です。右側上面のディスプレイも見やすく、インク切れのアラートなどもわかりやすい。

実は、プリントが出てくるのを待つ時間があまり好きではないのですが、SC-PX1Vはカバーを閉じた状態でも、機内照明で照らされて内部の動作状況を確認できるため、そのストレスはずいぶんと軽減されました。音も静かですが、それでもちゃんと動作しているかどうかがわかるメリハリのある動作音です。随所に使う人への配慮があってデザインや設計された方の苦労が偲ばれます。

ギャラリー・ニエプスはコンパクトなギャラリーなので、SC-PX1VのA3ノビプリントがちょうどいいサイズなのですが、大きなギャラリーで個展をするような時は、さらに大判のプリントでも展示したい。SC-PX1Vと同じ高品質でA2ノビまでプリントできるSC-PX1VLも気になっています。写真家にとって大判プリントは、いつになっても憧れですから。

左がA3ノビ対応の「SC-PX1V」、右がA2ノビ対応の「SC-PX1VL」
吉田浩章