匠の道具 -PRO SELECTION-

Koichiさんに聞く エプソン「SC-PX1V」×ニコン「NIKKOR Z 135mm f/1.8 S Plena」

インクジェットプリントの奥深さと可能性を体感

SC-PX1Vでプリントされた作品にご満悦のKoichiさん

子どもの頃に読んだ絵本のワンシーン。そんな記憶が思い起こされるKoichiさんの写真。お話しを伺うと、まさに昔話や童話に登場する人物をイメージして写真を撮ることが多いのだそうだ。それゆえか、1枚の写真からたくさんのストーリーやエピソードがこぼれ落ちてくるようにさえ感じる。ロマン溢れる写真が持ち味のKoichiさんに、カメラや写真、そしてプリントについて思うままに語っていただいた。

Koichi(こういち)

1995年5月12日生まれ。岐阜県高山市出身のフォトグラファー。東京を中心に活動。主に風景の中に人物を入れた情景写真やPhotoshopを使ったアート作品を得意とし、「心に響く写真」をコンセプトに日常を切り取る。最近はフィルムカメラを通して写真の楽しさを伝える活動にも取り組んでいる。自治体や企業の公式カメラマンやアンバサダー、書籍の表紙写真や広告写真、CM(動画)などでも活躍。受賞歴として、東京カメラ部10選2020 、アメリカンエキスプレス×東京カメラ部フォトコンテスト 準グランプリ、住友住宅フォトコンテスト 銅賞、足立区フォトコンテスト グランプリなど。

聞き比べたシャッター音

初めて手にした自分の一眼レフカメラは大学2年生の時に買ったニコンD5200でした。同じタイミングでニコンのAF-S NIKKOR 50mm f/1.8GとタムロンのSP150-600mm F/5-6.3 Di VC USDも購入しています。写真をやるならまずは単焦点だろうと。そして、大きなレンズは存在感があって見栄えがいいという、そんな理由でした。

ニコンにしたのは、カメラ屋さんで一番シャッター音が気に入ったから。並んでいたカメラを片端からシャッターを切って聞き比べたんです。学生だったのでハイエンドの機種は買えませんでしたが、それでもニコンのシャッター音に惹かれました。それ以来35mm判カメラはずっとニコンで、今はZ 7 IIをメインに使っています。

今、取り組んでいるのは、あえて言えば「日本の四季」でしょうか。着物姿や和服姿と一緒に風景を撮っています。それらはポートレート写真なのかな? 風景も絡んでくるので純粋なポートレートとも違う。最初の頃は人物を撮る機会はほとんどありませんでしたが、いろんなジャンルの写真を撮っているうちに今の作風にたどり着きました。

秋の湖。水面に強い太陽の光が反射してキラキラと光る逆光のシーン。水面のキラキラがきれいな丸ボケの背景となって人物が立体的に浮かび上がった。モデルが手にしているのはリアルな造花
Z 9/NIKKOR Z 135mm f/1.8 S Plena/マニュアル露出(1/4,000秒、F1.8)/ISO 160

生粋の写真好き、カメラ好き

昔から写真に囲まれた生活だったんです。私が生まれた瞬間から小学校に入学する頃まで、祖父がことあるごとに写真を撮ってくれ、アルバムにしてくれていました。そのアルバムには、一枚一枚の写真に、私が感じたであろう気持ちが綴られていたり、訪れた施設のチケットなどが貼り付けられていたりして、それは祖父からのメッセージですね。二人いる弟の分もです。その影響を受けて母も、毎日のように子どもたちや家族の写真を撮り、友達が家に遊びに来ればその集合写真を撮ってくれていましたね。撮った写真は焼き増しして祖父母や友達に送っていました。

増えていく写真はアルバムに収まらず壁一面に貼られ、それまでの自分の人生を辿ることができるほどです。飾り言葉としてではなく、本当に、物理的に、写真に囲まれた生活だったんです。

だから、大学生の時に一眼レフカメラを買ったのは自然の流れ、としか言いようがありません。祖父の代から続く「写真好き」「カメラ好き」はもはや遺伝子に組み込まれている、と自分ではそう信じています(笑)。

とにかくカメラが好き、というKoichiさんの元に集まったたくさんのカメラ達。本人曰く「カメラを触っているときの自分が好き」とのことで、実に楽しそう
135mm F1.8はポートレートレンズとしてもおすすめ。サイド光で開放F値1.8での撮影だったが、髪の毛や肌の質感描写とそれを浮き立たせる空気感が素晴らしい。また、SC-PX1Vでのイメージ通りのプリントに驚いた
Z 9/NIKKOR Z 135mm f/1.8 S Plena/マニュアル露出(1/2,500秒、F1.8)/ISO 160

フォトグラファーとして、写真家として

写真はデジタルもアナログも独学です。はじめは風景や、望遠レンズがあったので野鳥、猫なんかを撮っていました。ひたすらトライ&エラーを繰り返して操作や技術や表現を学びました。D5200からスタートしていますが、やがて銀塩の中判カメラ、そして8×10(エイトバイテン)の大判カメラでも撮るようになりました。機械好きというせいもあるのでしょうが、カメラによって異なる作法を覚えることが楽しい。その分、愛着もわきます。

銀塩写真を撮るようになって、その歴史も勉強したのですが、ガラス乾板やガラス湿板などで撮っていた時代にまで思いを馳せると、銀塩写真の歴史と技術を後世に引き継がなければならない、という思いが強くなりました。今あるデジタルカメラやNIKKOR Z 135mm f/1.8 S Plenaなどの高性能なレンズも、この歴史の延長線上にあるわけです。銀塩写真を継承するのは微力ながらも自分の役割だと考えています。

私自身は大判カメラで撮る写真が特に好きです。レンタル暗室を借り、現像・プリントも自分で行いますが、ネガから画が浮かび上がってくる時のゾクゾク感、ワクワク感は何ものにも代え難いです。その思いを共有してほしくて、手伝いも兼ねてですが、友人知人に現像を手伝ってもらうことがあります。布教(笑!)が成功して中判カメラを始めた人もいます。さすがに大判カメラに手を出す人はいないのですが……。

同じ写真というくくりですが、デジタルと銀塩は違うものとして捉えています。デジタルではクリエイティブな「今の表現」「今だからできる表現」を心がけていますが、銀塩では必然的に「オーソドックスな表現」になります。肩書きも使い分けていて、デジタルでは「フォトグラファー・Koichi」、銀塩では「写真家・岩松晃一」を名乗っています。

やがて銀塩のフィルムや感材が生産されなくなってしまうかもしれない。特に大判は新しいカメラすらない。「そうなる前に、今やれることをやっておきたい、やれることは全部やりたい」と。
真逆光のポートレート。強い光にも耐えられるコーティングで、隅々まで美しく描写されている。透けたコスモスと光の当たった着物の柄に注目してほしい
Z 9/NIKKOR Z 135mm f/1.8 S Plena/マニュアル露出(1/8,000秒、F1.8)/ISO 64

Plenaだからこそ撮れた花火の写真

デジタルを含む35mm判カメラでは単焦点のレンズを使うことが多く、ワイドは11mm、標準は50mm、望遠は135mmか150mmを主に使います。NIKKOR Z 135mm f/1.8 S Plena(以降Plena)の作例写真撮影のお話しがあったとき、夏前だったんですが、真っ先に浮かんだのが長岡の花火でした。もともとエンナ ミュンヘンの135mmで長岡の花火を撮っていたんです。Plenaは焦点距離が同じだし、この季節に135mmで撮るなら長岡の花火しかないと、すぐに撮影イメージがわきました。

ただ、実際に撮ってみると難しかったのが、PlenaのF1.8という明るさでした。エンナ ミュンヘンは開放絞りがF2.8ですが描写をよくするためにF4.0〜F5.6で撮っていたんです。少し絞り込むので長秒露光になり花火は光跡を描きます。言ってみればふつうの花火写真ですよね。しかしPlenaではせっかくのF1.8の開放絞りでの表現にこだわりたい。そこで光跡を描かない「玉ボケの花火写真」を狙いました。カメラのシャッターはバルブで、花火が打ち上がるのに合わせて、トントントトン…といった調子で何枚も写真をシャッターを切った。これはそのうちの一枚です。シャッタースピードで言うと、光跡を描かずモデルも動かない、それが1/4秒でした。

Plenaをカメラに付けてファインダーを覗いた瞬間に、これは次元の異なる写真が撮れると直感しましたが、撮った写真を見直してみると「ええぇっ!」としか声が出ませんでした。ピント面のモデルのまつ毛までクッキリしている輪郭のシャープさ、花火の玉ボケの圧倒的なナチュラルさ、さらに、いろんな方向から逆光で入ってくる花火の光に対してもゴーストやフレアが生じないクリアさ……。ものすごい描写力だと思います。Plenaでしか撮れない写真です。

ちなみに、改めて自分の写真を見直すと、人物を中央に配置する構図が多いですが、そうした構図を意識したことってないんです。風景写真を撮っていた頃からシンメトリーやリフレクション、対角線構図が好きでした。花火の写真もそうですが、軸として真ん中に重心や構図上の線があるのがしっくりときます。

シャッタースピードが1/4秒で、風もなく花火の上がる位置と上がった花火の種類がタイミングよく重なり、背景のボケが美しく散らばっている。それぞれ少しずつ違うボケの輝度差が美しい
Z 7 II/NIKKOR Z 135mm f/1.8 S Plena/マニュアル露出(1/4秒、F1.8)/ISO 64
Koichiさんに言わせると、Plenaの一番の推しは、やはりF1.8という開放絞りが生み出す自然なボケだそう。そのボケを引き立たせるのがピントの合った面のシャープさ、さらにメソアモルファスコートとアルネオコートによる逆光耐性の強さが、秀逸な描写を支えている

(ほぼ)初めてのインクジェットプリントに驚嘆

プリントですが、これまでデジタルではあまりプリントをしてきませんでした。なので、逆にエプソン「SC-PX1V」というハイエンドのインクジェットプリンターといろんな用紙でどのようなプリントができあがるのかが、とても興味がありました。

A3ノビ対応のインクジェットプリンターSC-PX1V

銀塩では大判写真のプリントをよく行います。理想のプリントが得られるように気を遣っているのは、コントラストを引き出しつつ、潰さず、飛ばさず、そして階調がきれいにつながるようにすること。焼き込みや覆い焼きもかなり細かく行います。これはデジタルでも同じで、アドビPhotoshopで人物の髪の毛のハイライトのような細かな部分をよくなぞっています。

デジタルのプリントでも、見たままに近い自然なコントラストと階調の滑らかさを重視したいです。モニター上で仕上げた色味やコントラストが、そのままプリントされるのが望み、というか、そうでなければ困ります。

そして結論から言うと、SC-PX1Vから出てきたプリントは、期待した以上のものでした。色味や階調がイメージ通り。私は、デジタルでははっきりしたコントラストで締まった黒が好みなんですが、モニター上で調整したその黒がプリントでもしっかりと再現されていて、さらにその黒の中にも黒が見えます。モニターなどの透過光では黒の中の黒は比較的わかりやすいのですが、インクジェットのプリントでここまで黒の階調が出るものかと。さらにディテール描写もしっかりしているし、ボケのふんわり感も表現されるし、色かぶりもなくクリアだし、Plenaのいいところが、ちゃんとプリントにも出ていて、めちゃくちゃ、すごいです! ほんと!!

宇宙の星のように煌めく花火と、平和への祈りを意味する折り鶴。美しく大きくボケつつも背景のディテールが残り、その場の空気感ごと捉えてくれた
Z 7 II/NIKKOR Z 135mm f/1.8 S Plena/マニュアル露出(0.4秒、F1.8)/ISO 250

写真表現に適したバライタ紙、興味深く可能性を感じる和紙

今回プリントした用紙は、エプソンの「写真用紙<絹目調>」「フォトマット紙/顔料専用」「Velvet Fine Art Paper」、それからシールの「サテンバライタペーパー295」、キャンソンの「バライタ・フォトグラフィックII」、和紙はアワガミファクトリーの「楮 (厚口)白」と伊勢和紙の「雪色 300μm」など。いろいろプリントしてみました。

左から「エプソン 写真用紙<絹目調>」と「アワガミファクトリー 楮 (厚口)白」

絹目調やバライタ系の用紙は、普段使っている銀塩用のバライタ紙に雰囲気が似ていて馴染みがあるので、写真表現には向いていると感じました。花火の写真では、黒のしまりや階調、花火のボケのふわっと感、モデルのまつ毛の繊細かつしかりとした描写、着物の繊維の質感、提灯の和紙の質感などがすばらしいです。コスモスの写真ではレタッチで乗せた粒子感がわかるし、空のグラデーションも滑らか、そしてモデルが目の前にいるようなリアルさ。楽しくて仕方がありません。沼に入りそう(笑)。

もうひとつ、興味深かったのが和紙です。花火の写真でモデルが持っている提灯が和紙でできていますが、和紙×和紙なので相性ぴったりですね。和紙のプリントは初めてですが可能性を感じます。ただ、コントラストが低くなるのとディテールがボヤけるので、和紙の質感を活かせる作品を選んだり、作品づくりでの工夫は必要かと思います。

プリントの様子を興味深く楽しげに覗き込むKoichiさん。プリントが終わるまで飽きずに見続けていた。性能の面だけでなく四角くてスタイリッシュでトレーが格子で、部屋のインテリアにもなるとデザインも絶賛

ところで、今回は大判フィルムをいつものバライタ紙にプリントしたものと、そのフィルムをスキャンしてSC-PX1Vでプリントしたものを比べてみました。SC-PX1Vで使った用紙は純正の「絹目調」やバライタ系の用紙です。銀塩のプリントと比べてもSC-PX1Vでプリントしたものはどれも美しく、目を近づけてじっくり見ていると、まるでネガフィルムをルーペで見ているような錯覚さえ覚えるほどでした。

さらに細かく見ていくと「絹目調」は黒に艶があり、またネガの粒状感と絹目調の相性が良く、大判の解像度の高さをより引き立ててくれるように感じます。一方、バライタ系の用紙はマットな質感と粒状感が銀塩のバライタ紙に印象が近く、とても美しく感じました。

SC-PX1Vでプリントをして発見したことがあります。それは「印刷品質」の違いです。最初は印刷品質を「標準」でプリントしたのですが、若干コントラストが低く感じました。そこで「超高精細」に変えたところ、見違えるような美しさでプリントされました。元が大判フィルムをスキャンしたデータということもあるかもしれませんが、いろいろな写真で試してみる価値がありそうです。

横並びに打ち上がる尺玉。強い破裂光にも関わらずフレアが出ず隅々まで美しく描写している。明暗差のあるシーンでシャドウとハイライトがバランス良く共存してくれた
Z 7 II/NIKKOR Z 135mm f/1.8 S Plena/マニュアル露出(1/4秒、F1.8)/ISO 64

プリントの存在意義

私はSNSで写真を発表していますが、一方でアナログの銀塩も大事にしています。そして、自分の魂を吹きこめるのはやっぱり手に取れるプリント。物理的な存在であること、そこにプリントの意義があると考えます。大判カメラで撮影し、それをプリントするのは、写真文化・カメラ文化への最大のリスペクトです。

日本の風景と和服などの日本文化の組み合わせを撮り始めて3年ほどが経ちます。これからはもう少し視野を広げ、「海外の国の景色と和服」のような組み合わせでも撮ってみたい。それだけではなく「その海外の景色とその国の衣装」も併せて撮ることで、自分が写真を撮ることの意味や意義を深掘りしたい。そんな写真をアナログにしろデジタルにしろ、きちんとプリントとして残しておきたいと思っています。

吉田浩章