ミラーレスZEISSレンズの写真力

第3回:ZEISS Touit(トゥイート)——ミラーレスAPS-C用AFレンズとしてのZEISSからの回答

左からTouit 2.8/12、Touit 1.8/32、Touit 2.8/50

連載「ミラーレス用ZEISSレンズの“写真力”」の3回目として、今回は「Touit(トゥイート)」をとりあげます。Loxia、Batisに続き、解説を高橋拡三さんにお願いしています。(編集部)

Touitとは

APS-Cサイズの撮影素子にマッチした設計のAFレンズ

前回の記事では、ZEISSがラインナップするミラーレスカメラ用AFレンズ、Batisシリーズを紹介しました。第3回目の今回は、APS-Cサイズ用AFレンズ、Touitシリーズについて、実際に使ったインプレッションをお話ししたいと思います。

Touitシリーズには、ソニーEマウント用と富士フイルムXマウント用があり、それぞれに12mm F2.8(Touit 2.8/12)、32mm F1.8(Touit 1.8/32)、50mm F2.8マクロ(Touit 2.8/50M)の3本がラインナップされています。

35mmフルサイズに換算すると、それぞれ18mm、50mm、75mmの画角となります。

APS-Cサイズの撮影素子に必要なイメージサークルに合わせて設計されているので、3本ともとてもコンパクトで軽量です。

今となっては見慣れた、Batisシリーズ同様のフラットで引っ掛かりのない流麗なデザインの外観ですが、初めてTouitを見た時はそのデザインに結構驚いた記憶があります。Batisシリーズとの違いは、有機ELディスプレイがないことくらいでしょうか。なお、今回使用した富士フイルムXマウント用には、Eマウント用のBatisシリーズとは異なり、絞りリングがついています。

一見ただのラバーのようで不安を覚えるフォーカスリングも、実際に操作すると非常によくできていることがわかります。指をかけた時の吸いつくようなタッチの良さ、回すときのフィーリングは、新感覚の気持ちの良さを感じます。

フォーカスリングの感触とMF時のリニア感も、Batis同様にAFレンズとしては満点に近いです。

AF性能など

写真撮影におけるAFについては、富士フイルムのカメラとのアルゴリズム的な協調がきちんと取れている印象で、純正と比べて遜色ない性能だと感じます。精度には全く問題を感じませんでした。AFのスピードも大きな問題はありませんが、比較的新しく発表された富士フイルム純正レンズに、優位性を感じる部分はあるかもしれません。

ただし、動画撮影でAFを使う場合には、気をつけるべき点があります。通常のピントを合わせるだけのシングルAFでは問題ないのですが、コンティニュアスAFのフォーカス制御は、動画撮影はあまり考慮されていないように感じます。その点は動画対応に力を入れ始める前の富士フイルム純正レンズと同様なので、Touitで動画を撮る際はコンティニュアスAFを事前にテストしたほうが良いでしょう。

画質傾向など

撮影するにあたり、カメラはFUJIFILM X-T4(以下X-T4)、フィルムシミュレーションは筆者の個人的好みで「クラッシッククローム」を選択しました。

これが結果的に、Touitの色に対するレンダリングの特性をよく示してくれました。彩度が浅いのにコントラストがはっきりとした、やや冷調なクラッシッククロームに、色の深みやシャドウ部のトーンが柔らかさを加えてくれる感じです。艶と温かみが増し、とても相性がいいと感じました。

また、ピントのキレや解像感には感心しました。X-T4の有効約2,610万画素を余すことなく受け止めていると思います。そしてさらに素晴らしいのは、3本とも高い解像感を維持しつつ、それでいて解像度に頼ったカリカリした硬さにはならず、繊細で穏やかな解像感があるところです。

フィルムシミュレーションによらずベースの色の再現性について言えば、Touitは、自然光で撮影した時の色のレンダリングの仕方が絶妙で、撮影者が感じた光を知っていたかのような、自然で雰囲気のあるトーンで再現します。

富士フイルムのカメラの色の良さは、多くのカメラマンが認めるところですが、Touitはそれを邪魔することなく、プラスアルファの何かを加えてくれる良い相棒となるでしょう。

今回ソニー用のTouitは使用しませんでしたが、もしAPS-Cサイズのαシリーズカメラを使用しているのであれば、同じく良いレンズの選択となると思われます。

Touit 2.8/12

Touit 2.8/12(X-T4に装着)

焦点距離12mmは、35mmフルサイズ換算で18mmに相当します。他社ではあまり見かけない焦点距離です。

フルサイズで18mmという画角に慣れていないと、最初は戸惑うかもしれません。実は筆者自身も、フルサイズで馴染みのある24mm以下の単焦点レンズは、14mm・21mm・24mmくらいです。あとは超広角ズームレンズの広角端12mmとか16mmだったりします。

それゆえ実際の撮影では、特にパースの付き方に戸惑うことがありました。被写体までの距離や位置など安易に決めてしまうと、被写体がただ画角内に入って写っている、広いだけの写真になってしまいます。広角レンズは焦点距離が1mm違うだけで、写真が大きく変わります。その面白さも難しさも教えてくれるレンズでした。

さて、画角に由来する課題はここでは一旦脇へ置いて、Touit 2.8/12の描写の印象に話を進めます。

まず、「真っ直ぐなものが真っ直ぐ写る」点が素晴らしいと感じました。実質のディストーションはゼロに近いです。ですがそこに罠があって、ファインダーを覗いた時にあまりに素直な画で歪みを感じないので、パースの感覚を見落としてしまうことがあります。それくらい、歪曲収差については優秀なのだと思います。

色味やボケ味も変なアクや主張がなくて、どちらかというとスッキリとした印象です。そこにZEISSらしい色の深みやトーンの穏やかさが伴われ、非常に上品な描写です。

技術な性能としては、フローティング設計が施されていますので、近距離から遠景までの描写は安定しています。レンズ自体が小型軽量ということもあり、風景からスナップ撮影など、様々なシーンで活躍するレンズだと思います。Touit の12mmの画角を使いこなせれば、超広角域での新しい表現に辿り着けそうな気がします。


◇   ◇   ◇

住宅に囲まれた参道に立つ珍しい鳥居。この先にある神社に至るまでの参道は国道と鉄道に横切られています。ごちゃごちゃとした要素の多い写真ですが、不思議とスッキリした印象になりました。ディストーションが感じられないことと、ハイライトからシャドウまでのトーンの繋がりがいいからなのでしょう。

X-T4 / Touit 2.8/12 / マニュアル露出(1/1,000秒・F13) / ISO 400


◇   ◇   ◇

人物の前にある大きな窓からは曇り空のダルな光が入り、天井からはタングステンの光。ふたつの異なる光が混じる、難しい状態です。でもTouitは自然な色とトーンを再現してくれました。あえての人物撮影でしたが、パースで人物がなるべくデフォルメされないよう、構図を決めるのに苦労しました。まだ課題は残ったままですが、Touitの極めて優れたディストーション制御のおかげで、パースの暴れ感も抑えられ、落ち着いた写真になったかと思います。こういった写真での12mmの使いこなしは、練習が必要ですね。

X-T4 / Touit 2.8/12 / マニュアル露出(1/1,250秒・F5.6) / ISO 1250

Touit 1.8/32

Touit 1.8/32(X-T4に装着)

いきなりこんな問いから始めますが、富士フイルムの純正レンズに近似したスペックの標準レンズ3本がある中で、Touit 1.8/32を選ぶ理由はどこにあるのでしょうか。

筆者がこれまでに使ったことのある富士フイルムの標準レンズは、どれも素晴らしかったので、答えに窮するところです。動画撮影でのコンティニュアスAF、AFスピードなどの機能面を第一とするのであれば、今年9月に発売されたXF33mmF1.4R LM WRがその中で頭ひとつ抜けていますし、色収差や絶対的な解像度などの面でも優位だと思います。そういったスペック上の性能を除けば、Touit 1.8/32と他の純正標準レンズ2本にもそれぞれの良さがあり、単純に優劣をつけることは難しいです。

Touit 1.8/32には、数値化できるスペックの比較だけでは語れない魅力が、たくさんあります。多分に個人の「好み」や「情緒を感じるポイント」に関わる部分でもあります。そこでここでは、他レンズとのスペックの比較ではなく、筆者が感じた「レンズの味」を解説いたします。

Touit 1.8/32の一番の魅力は、ZEISSならではの、自然光下における色のレンダリングの良さです。光の色や被写体の色を、撮影者が感じた光のまま、自然な形でうまく増幅して再現してくれる感じがします。それは色だけでなく、ピントのキレ方やコントラストとトーンの再現にもおよび、写真としてとても魅力的に表現されます。使い古された表現ですが、空気感の再現が絶妙です。

レンズの外観は、そのコンパクトさとデザインから可愛らしさを感じます。「写真を撮るぞ!」という気迫を煽るような感じではなく、リラックスして気軽に撮影に臨めそうです。日常使うレンズとして自分自身にも被写体(人物)にも、いい空気感を生んでくれる気がします。このようなポイントも、レンズ選びにはぜひ考慮したいところです。

そのほか重箱の隅をつつくような、画質チェックのような評価基準においても、このレンズの価値が揺るぐことはなく、安定したレベルの画質を有していると思います。

こういった標準単焦点レンズは可能なら優劣をつけずに、1本に絞らず用途やテイストに合わせて複数本を楽しめたらいいと思います。その中にこのTouit 1.8/32があれば、幸せになれること間違いないでしょう。


◇   ◇   ◇

朝のコーヒーに注ぐ光が綺麗で、カメラを取り出してさっと撮影しました。標準レンズは、使い慣れていることもあり距離感がしっくりくるので、つい撮りたくなるシーンです。コントラストがきつい条件ですが、光が当たった真っ白なカップとテーブルのシャドウ部のどちらも失うことなく、その時の場の空気感を捉えてくれました。実際に目で見た光景以上の気分を感じさせてくれる写真です。

X-T4 / Touit 1.8/32 / マニュアル露出(1/125秒・F1.8) / ISO 320


◇   ◇   ◇

参道を横切る列車に反応して咄嗟にシャッターを切りましたが、標準レンズの距離感にあった良い構図になりました。シャッタースピードは遅い方が良かったかもしれません。逆光気味の中で、様々な要素を画面の中に写し止めてくれました。気合を入れて撮らなくても、味のある雰囲気を自然な立体感とトーンで再現してくれたと思います。

X-T4 / Touit 1.8/32 / マニュアル露出(1/4,000秒・F2.8) / ISO 160


◇   ◇   ◇

遠景という距離ではありませんが、あえての絞り開放で解像感を確かめてみました。瓦の1枚1枚の質感と微妙な色の違いを、まるでマクロレンズのように描写しきっています。絞り開放から積極的に使いたい性能です。

X-T4 / Touit 1.8/32 / マニュアル露出(1/4,000秒・F1.8) / ISO 160


◇   ◇   ◇

時折降る小雨の合間に、ヨーロッパっぽい外観のチョコレートショップでスナップ的に撮った1枚。こういうダルな光の状態で、特にZEISSらしい描写を見せてくれます。目で感じる僅かな光と色を、そのまま掬い取ってくれるようです。

X-T4 / Touit 1.8/32 / マニュアル露出(1/2,000秒・F2.8) / ISO 800


◇   ◇   ◇

あえて大きな窓を背景にして撮影し、暗くなるシャドウ側は壁からの光の回りだけに任せて撮影しました。自然な光の状況をそのままに、女性の表情を柔らかく描写しています。黒のコート全体のディテールを出すのであれば、レフ板を使用して補助光が必要となりますが、首周りのファーの質感の再現が美しかったので、自然光のみで撮影しました。

X-T4 / Touit 1.8/32 / マニュアル露出(1/125秒・F1.8) / ISO 400

Touit 2.8/50M

Touit 2.8/50M(X-T4に装着)

本格的な等倍撮影が可能なマクロレンズですが、35mmフルサイズ換算で75mmほどの中望遠レンズとしての使用も楽しい1本です。フローティング機構を持っているため、マクロ域から無限域まで安定した描写で、オールマイティ的な性格も持ち合わせています。そして製品名の末尾の「M」、これは「マクロプラナー」の「M」なのです。ご存知の方はその名称にドキドキするのではないでしょうか。

他のマクロレンズ同様に、マクロ域でのAFにはもどかしさを感じますが、感触の良いフォーカスリングを回してピントをマニュアルで追い込んでいくのは心地良いものです。通常の撮影距離であれば、AFに頼ってしまっても全く問題なく快適に撮影ができました。

気軽に持ち出せる大きさと重さを活かして、中望遠レンズとしての用途を前提に撮影に使用してみました。等倍マクロ域の性能よりも、マクロ域に入るあたりの(1/2倍程度までの)万能性や描写の変化が気になったので、その領域の撮影に挑戦しました。

特に興味があったのが人物のアップでの描写でしたが、想像以上に素敵な描写です。焦点距離的に適度なディスタンスで顔のアップが撮れて、AFももたつくことなく正確に動作、表情を追いかけながら快適にシャッターを切れました。産毛まで写る解像感を持ちながらも硬い描写にならず、肌の質感も柔らかく再現しているのに感心しました。

中望遠域での描写も、マクロレンズらしからぬ、プラナーらしい優しい描写とキレを両立していると思います。

色味についついては先の2つのレンズやZEISS全般の傾向と同じですが、Touit 2.8/50Mはマクロレンズの解像度のせいでしょうか、若干コントラストが高めに出るようです。


◇   ◇   ◇

歴史を感じる散髪屋さんの中に猫を発見し、咄嗟に写してみました。スナップに十分なAFスピードです。外の明るさに引っ張られて店内の露出はかなりアンダーになってしまったので、ポスト処理で明るくしています。にも関わらず、シャドウ部はしっかりトーンのある写りです。

X-T4 / Touit 2.8/50M / マニュアル露出(1/2,000秒・F2.8) / ISO 320


◇   ◇   ◇

スナップ撮影中に、花を見かけるとついつい撮ってしまいます。50mm(75mm相当)の画角は画面を整理しやすく、視点が変わるのが面白かったです。大きなボケで主役を引き立てる感じではなくて、なだらかなボケの中に穏やかな立体感で主役を描く感じでしょうか。ケレン味のない描写です。

X-T4 / Touit 2.8/50M / マニュアル露出(1/2,000秒・F2.8) / ISO 320


◇   ◇   ◇

このディスタンスは、通常のレンズの最短距離の限度をちょっと超えて入った領域ですが、Touit 2.8/50Mにとっては、まだまだ余裕のディスタンスと倍率です。撮られる女性にとってはあまり嬉しくない寄り具合なのは許していただき、レンズの描写を確かめさせてもらいました。

X-T4 / Touit 2.8/50M / マニュアル露出(1/250秒・F4) / ISO 1600

ピントが合っているところは恐ろしいほどの解像感がありますが、幸いこの女性の肌が綺麗なのと、Touit 2.8/50Mの柔らかな質感描写のおかげで、レタッチの必要性は最小限で済みそうです。

全体の描写にかなりの余裕があると感じます。なだらかなボケ足にもそれが現れています。現像処理ではあえて明るくしたりしませんでしたが、黒いコートのファーの暗部の質感もしっかり再現できていました。


◇   ◇   ◇

明るいトーンのイメージに振って仕上げると、肌の感じが違って見えました。描写に余裕があるのでしょうか。レンズだけでなくカメラ側の性能も大事な部分です。

X-T4 / Touit 2.8/50M / マニュアル露出(1/250秒・F4) / ISO 800


◇   ◇   ◇

コルクに残ったロウの質感が、立体感を伴って再現されています。ロウの色褪せ具合とコルクの乾燥した質感が、緻密に写しとめられています。

X-T4 / Touit 2.8/50M / マニュアル露出(1/250秒・F4) / ISO 800

まとめ

ちょうど需要が高まり始めた時のミラーレス(APS-C)用AFレンズについて、ZEISSが込めた回答をTouitシリーズにしっかりと感じました。

APS-Cサイズのミラーレスカメラの特性に合わせ、軽量かつコンパクトな設計をしつつ、その描写に妥協をしないギリギリのラインを突き詰めた、という印象です。

単なるスペック的な優劣ではなく、あくまでZEISSの基準に基づいて設計された、APS-C用AFレンズシリーズになっています。それゆえ純正レンズと似たスペックであっても、どちらも共存できると感じました。単に好みの問題とも言えますが、良いレンズの基準は様々であることを、改めて教えてくれたレンズです。

ミラーレス(APS-C)用AFレンズだからできる利点は取り入れつつ、その描写にはZEISSが考えるレンズというものへの理念を、一貫して感じるシリーズでした。一見派手さも強い個性や主張も無いように見えて、それでいてしっかりレンズとはこういうものだという、ZEISSの確かなフィロソフィーを改めて感じさせてくれます。

機材協力:富士フイルム株式会社
制作協力:カールツァイス株式会社

高橋拡三

(たかはしこうぞう)写真撮影だけでなく映像の撮影編集までをこなすフリーランスフォト&ムービーカメラマン。ニュージーランドに住みフライフィッシングのガイドをしていたが、帰国後にフォトグラファーに転身。その人らしさを引き出す人物撮影を得意としながら風景や料理撮影など幅広く撮影をおこなう。近年は特に写真と映像を同時にこなすハイブリット撮影のスタイルに力を入れている。