特別企画
ニッコールのふるさと探訪:秋田県湯沢市「光ガラス」編
光学ガラスができるまで
2016年9月20日 12:00
ニコンのニッコールレンズが、2016年6月に累計生産1億本を達成した。8,000万本の記念でニッコールレンズキャンペーンの夜景空撮ツアーをレポートしたのが2年前。「この調子で9,000万本、1億本と数を伸ばしていただきたい」と結んだが、その時は意外と早くやってきたような気がする。
というわけで、今回はニッコールレンズの"ふるさと探訪"を企画。その初回として、ニッコールレンズに使われている光学ガラスを製造する、秋田県湯沢市にある「光ガラス株式会社」の工場をレポートする。
いざ、秋田。
秋田新幹線の大曲駅から、ワンマン運転・2両編成の奥羽本線に乗り換えて湯沢駅。東京駅を出発してから片道約4時間の旅だ。
光ガラスは1962年に千葉県四街道市で創業。ニコンをはじめとする光学関連メーカーにガラスを供給しており、2004年に株式会社ニコンの100%子会社となった。現在、本社と工場が秋田県湯沢市に、東京事業所が東京都港区のニコン本社内にある。
従業員数は258名で、ニコンからの出向者もいる。工場の近くに住んでいる従業員が多く、昼食を一旦自宅に帰ってとる人も少なくないそうだ。
最新レンズは、最新の光学ガラスで実現
カメラのレンズに使われている光学ガラスは、その形状だけでなく種類もたくさんある。光の屈折率や分散特性が異なる複数のガラスを組み合わせることで、効率よく収差を抑えて画質を高めたり、レンズを小型化して機能性を高められる。
例えばニコンの光学設計者から「新しいニッコールレンズを実現するために、こういう特性のガラスが欲しい」とオーダーがあれば、その開発に取り組むのも光ガラスの仕事。現在、光ガラスでは120種類の光学ガラスを製造している。
光学ガラスができるまで
さて、光ガラスの工場は「熔解工程」と「加工工程」の大きく2つに分けられる。原料を熔解・成型して光学ガラスにし、加工工程でレンズの原型を作って出荷する。
熔解工程
- 原料調合…原料となる粉末を混ぜ合わせる
- 前熔解…粉末から粒状の中間材料にする
- 混合・配合…中間材料を均一に混合し、ガラスの性質に応じて配合する
- 本熔解〜成型〜冷却…融液となったガラスを成型する
- 検査・測定…内部の脈理・泡・異物を検査し、屈折率・透過率を測定
- 半製品…ストリップ材(板材)として販売するか、加工工程に進む
加工工程
- ストリップ材の切断…板材から完成品に近いサイズに切り出す
- 重量調整…切り出したサイコロ状のガラスを削って重量を揃える
- プレス成形…四角いガラスを加熱軟化し、金属の型で挟んで成形する
- 精密アニール…再度熱を加え、内部の歪みを抜き、屈折率も整える
- 製品…レンズ部品として完成・出荷
原料調合〜前熔解
最初の原料調合工程では、ガラスの原料となる粉末を計量・調合する。ひとつのガラスに対し、10種類程度の成分を入れるという。全体で数百キロになった原料をV型のブレンダーに投入し、混合する。
この粉末原料は「前熔解」を行い、粒状の中間原料とする。このとき扱っていた原料は1,150度で熔解していた。
混合・配合〜本熔解(連続熔解)
こうして前熔解したものを、次はミキサーで均一に「混合」し、規定のガラス特性に合わせるための「配合」が行われる。1〜2トンという比較的少ない規模で作るので、このようにしてごくわずかなバラつき抑え、要求されるスペックに仕上げられる。
配合された前熔解品は白金のルツボで本熔解し、屈折率の不均質(脈理)を消して流出させ、成型される。成型されたガラスは長い徐冷炉で板状になっていく。この手法を「連続熔解」と呼ぶ。
長い徐冷炉を通って出てくる頃には、熔けたガラスも手で触れられる熱さの板になり、作業者の手で規定のサイズに切断される。
同じ熔解でも、灼熱の炉から粘土ルツボを引きずり出して割り、岩のようなガラスがゴロンと出てくる「粘土ルツボ熔解」という手法もある。光ガラスでは1963年から行っていたが、連続熔解のような技術革新もあって今では行われていない。
厳密な検査部門。ニコン光学設計者の要望もここに
次に検査工程が待つ。ガラスに光を通し、内部の脈理や泡・異物を検査する。
屈折率や透過率の測定は、工場内の恒温室で厳密に行われる。製造段階で粒状の前熔解品からサイコロ状のテストピースを作って測定したり、加工工程に進んでからも、仕上げに行われる精密アニール(焼き鈍し)の後で測定する。
品川にいるニコンの光学設計者から、希望の新硝材が作れるかの問い合わせを受けるのは、こうした検査を行っている品質保証部門。過去の例を見ながら、希望の新硝材が実現可能かを判断する。
加工工程:切断〜プレス成形
こうして晴れて"光学ガラス"となったニッコールレンズの素は、加工工程へと進む。板状の光学ガラスを、いよいよレンズらしい形状に加工していく。
板状のガラスをカットピースにする際に重量(体積)がばらつくため、このままでは後工程でプレスした際の厚さが変わってしまう。そのため、サイコロ状になったガラスは一つずつ重さを測って振り分けておく。
続けて振動バレルに入れて砂と水で角を丸めるが、その際に重さのあるカットピースから順に投入することで、処理時間の違いでサイズを調整する。
次はお待ちかね、写真レンズ誕生のハイライトのひとつと言える「プレス成形」に移る。加熱が伴うだけに作業場は高温で、熔解炉のある建物より断然暑かった。秋田の豪雪地帯にあって、この建物だけは冬でも屋根に雪が積もらないという噂もある。作業者はダクトで頭や顔に冷風を浴びながら働いていた。
粉付けされたカットピースは、数メートルの炉を通って加熱軟化した状態で出てくる。そしてプレス機を扱う作業者が受け取り、金型で上下から挟んで一気に成形する。
精密アニール〜検査〜完成
かくして、ほぼレンズの形になった光学ガラス。仕上げの「精密アニール」という工程が待っている。ここで再び加熱してからゆっくり冷ますことで、内部の応力(歪み)を取ったり、最終的な屈折率の調節を行う。
ガラスの屈折率は一旦加熱されると変化するため、熔解時の屈折率を踏まえて、それをアニール炉でどう冷ませば狙い通りの屈折率に落とし込めるかを計算する。精密アニール中の炉には、それぞれのアニールスケジュールが記号で書かれていた。
こうして基準通りの屈折率を満たした光学ガラスは、晴れて製品として出荷される。ガラス自体にもこれほど作る難しさがあり、それを組み合わせる光学設計者との両輪でレンズエレメントが出来上がっていることを思い知った。
また、各工程に細かく全数検査が行われており、性能・外観など"ニコン基準"を全て満たした厳選のガラスだけが、私達の手にするニッコールレンズを構成している。そう思いを巡らすと、手元の機材により敬意を払うし、使うのも誇らしい。
以上が光ガラスにおける、ニッコールレンズの素となる光学ガラスの製造・加工現場だ。後編は、この出荷品を追いかけて栃木県大田原市の「栃木ニコン」を訪れる。いよいよ、交換レンズの姿となったニッコールレンズが登場だ。
デジタルカメラマガジン2016年10月号には、写真家 河野英喜さんが愛用のニッコールレンズで撮った「光ガラス」で働く人々のポートレートと、イラストライターのゆきぴゅーさんによる光ガラス見学記(4コマ漫画つき)が載っています。デジカメ Watchのこの記事と併せて、ニッコール愛をさらに深めてください。