オールド&ニュー「名機のアルバム」
シグマDP1&dp1 Quattro
“元祖APS-Cコンパクト”の進化を辿る
Reported by 吉森信哉(2015/12/29 12:00)
デジタルカメラの歴史を振り返ってみると、レンズ交換式の一眼レフに先駆けて、まずレンズ一体型のコンパクトデジカメ(以降、コンデジと表記)が世間に浸透(普及)していった。小型軽量化、センサーの画素数競争、搭載ズームレンズの高倍率化…と、各社のコンデジがいろんな競争を繰り広げていた。
近年は“センサーの大型化”という競争、というか流れが、コンデジの世界で目立つようになっている。ちなみに、コンデジの定義は「レンズが固定式」という点なのだが、かつてのコンデジだと「一眼レフよりもセンサーサイズの小さいカメラ」という認識を持っていた人も多いだろう。まあ、以前のコンデジのセンサーは、大きいモノでも2/3型(8.8×6.6mm。面積はAPS-Cサイズの約15%)くらいだったからねぇ。
その認識(常識)を打ち破ったコンデジというのが、2005年発売のソニー サイバーショットDSC-R1だったり、今回紹介する2008年発売の「シグマDP1」である。
サイバーショットDSC-R1のセンサーは、21.5×14.4mm(2/3型の約5倍の面積)とAPS-Cサイズに迫る大きさだったが、ボディの方も大型だった。幅139.4×高さ97.7×奥行156.0mm・本体重量約926g…って、まるでコンパクトじゃない(笑)。むしろ、APS-C一眼レフ+標準ズームよりビッグ!!
その点、シグマ DP1は20.7×13.8mmのセンサーを採用しながら、ボディは幅113.3×高さ59.5×奥行き50.3mm・本体重量約250gと、非常にコンパクトな設計。それだけに、登場時のインパクトは大きかった。
DP1の概要
シグマDP1は、コンパクトなボディにAPS-Cサイズ(少し小さめだが)のFoveon X3センサーを採用した、約1,400万画素の高画質デジタルカメラである。レンズには、35mm判換算で28mmの単焦点広角レンズを採用し、画質モードはJPEG以外にRAWでの記録も可能になっている。
このカメラは、まず2006年のフォトキナで参考出品され、翌年のPMAでは改良を加えた試作機が発表されている。画期的な仕様や性能を持つコンデジになるため、かなり注目を集めて早期の発売が期待されたが、技術的な問題などからいくつかの仕様変更がおこなわれた。発売までは少し時間を要し、さらに翌年の2008年の3月、ようやく発売された。現在発売されているdp Quattroへと繋がる“DPシリーズ”が誕生したのである。
いっぽう最新の現行モデル「dp1 Quattro」は、新開発のFoveon X3ダイレクトイメージセンサーを搭載し、約3,900万画素相当の高解像度を実現する高画質デジタルカメラである。DP1と同様に、35mm判換算で28mmの単焦点広角レンズを採用しているが、センサーサイズがわずかにDP1より大きいため、実焦点距離も少し長めになっている。また、DP1レンズの開放F値がF4なのに対して、dp1 Quattroのレンズは1段明るい開放F2.8になっている。そして、現在のモデルとしては当然の機能だが、画質モードでRAWとJPEGの同時記録も可能である。
新旧仕様比較
機種名 | DP1 | dp1 Quattro |
---|---|---|
発売年月 | 2008年3月 | 2014年10月 |
撮像素子 | Foveon X3(20.7×13.8mm) | Foveon X3(23.5×15.7mm) |
有効画素数 | 約1,406万画素(2,652×1,767×3層) | 約3,900万画素(トップ:5,424×3,616/ミドル:2,712×1,808/ボトム:2,712×1,808) |
レンズ | 5群6枚 16.6mm F4 | 8群9枚 19mm F2.8 |
撮影距離 | 0.3m~∞ | 0.2m~∞ |
シャッター速度 | 1/2,000秒~15秒(※最高速度は絞り値で変動) | 1/2,000秒~30秒(※最高速度は絞り値で変動) |
ISO感度 | AUTO、50~800(50はファームアップで可能) | AUTO、100~6400 |
記録方式(静止画) | JPEG、RAW | JPEG、RAW |
記録方式(動画) | AVI | - |
露出補正 | ±3EV(1/3EVステップ) | ±3EV(1/3EVステップ) |
モニター | 2.5型 TFTカラー液晶(約23万ドット) | 3.0型 TFTカラー液晶(約92万ドット) |
記録媒体 | SDHC/SDメモリーカード、マルチメディアカード | SDXC/SDHC/SDメモリーカード |
サイズ(幅×高×奥行) | 113.3×59.5×50.3mm | 161.4×67×87.1mm |
重さ | 250g(本体のみ) | 425g(本体のみ) |
電源 | Li-ionバッテリーBP-31 | Li-ionバッテリーBP-51 |
電源寿命 | 約250枚 | 約200枚 |
DPシリーズの進化過程
前述のとおり、紆余曲折ありながら、2008年3月に初のDPシリーズ「DP1」が発売される。だが、このDPシリーズは搭載されるレンズの違い(いずれも単焦点レンズ)によっても分類することができる。DP1は広角レンズ、DP2は標準レンズ、DP3はマクロ撮影が可能な中望遠レンズ、DP0は超広角レンズ。…という違いがあるのだ(DP3はMerrillから、DP0はQuattroから)。
DP1の発売から約1年後、41mm相当の標準レンズを搭載する「DP2」が発売される(2009年4月)。画像処理エンジンがDP1のTRUEからTRUE IIに進化し、QS(クイックセット)ボタンが新設されるなど、操作面での向上も図られている。
同年の秋(2009年10月)には、DP1の後継モデル「DP1s」が発売される。DP1で見られた逆光撮影時の現象(画面が赤くなる)の改善や、DP2などに搭載されるQS(クイックセット)ボタンの機能をズームボタンに持たせる、といった改良や仕様変更がおこなわれている。ちなみに、メーカーはこのDP1sを“DP1のスペシャルバージョン”という捉え方をしていた。
その後のDPシリーズの展開は…。処理速度とAFスピードの高速化などを図ったDP2s(2010年3月発売)、DP2シリーズと同様に処理速度やAFの高速化やQS(クイックセット)ボタンの搭載を果たしたDP1x(2010年9月発売)、高感度性能の向上などを図ったDP2x(2011年5月発売)。このように、DP1とDP2のモデルが、交互に少しずつ進化を続けていった。
2012年には、Foveon X3ダイレクトセンサーの“第2世代”となる4,600万画素(4,800×3,200×3層)のセンサーを採用する「DP2 Merrill」が7月に発売され、少し遅れて9月には「DP1 Merrill」が発売された。ちなみに、これまでのDP2モデルには41mm相当の標準レンズが搭載されていたが、DP2 Merrillには45mm相当の標準レンズが搭載された。
そして、2013年2月には、これまでのDPシリーズにはなかった75mm相当の中望遠レンズを搭載する「DP3 Merrill」も発売される。従来の3倍以上に高画素化されたFoveon X3ダイレクトセンサー。それを搭載するMerrillモデルの、凄まじいまでの高精細な描写力に度肝を抜かれたカメラファンは多いだろう(このボクも含めて)。
2014年6月には、これまでとは異なる3層構造の新開発Foveon X3ダイレクトイメージセンサーを搭載し、斬新なボディフォルムも印象的な「dp2 Quattro」が発売される。そして、同年の10月に今回取り上げる「dp1 Quattro」。今年2015年の3月には「dp1 Quattro」、7月には「dp0 Quattro」と、立て続けにQuattroモデルが発売され、現在に至る。
変わったところ・変わらないところ
すでに述べたとおり、これまでのDPシリーズの「1」は、28mm相当の広角レンズを搭載するモデルになっている。だが、初代のDP1と現行のdp1 Quattroとでは、ボディシェイプがまるで変わっている。そう、とても同じシリーズとは思えないくらいに…。
DP1は、手の平に収まるようなコンパクトなボディで、オーソドックスなフォルムの“コンデジらしい”フォルムのカメラである。
一方、dp1 Quattroのボディは、非常にインパクトの強い斬新なモノ。だが、別に斬新さを狙った訳ではなく、よりハイレベルな描写を得るための必然的なフォルムであり(高画質化や高性能化を実現するための内部構造を考慮)、後ろ側に張り出したグリップ部などはホールド時の安定度を高めるためのフォルムでもある。
あと、DP1は「320×240/30fps」の動画撮影機能が搭載されているが、dp1 Quattroは非搭載になっている。
変わらないところは、センサーサイズが“コンデジとしては大きいAPS-Cサイズ”…という点だけではなく、一般のイメージセンサーとは基本構造が異なる「Foveon X3ダイレクトイメージセンサー」であるという点だ。これは初代モデルのDP1も現在のdp1 Quattroも共通している。
一般的なイメージセンサーは、光の3原色であるRGB(赤、緑、青)の各色を、総画素を分配して色情報を取り込んでいる。つまり、1画素で取り込める色情報は1色のみ。それを色補間処理によって、最終的な写真に仕上げている。
だが、Foveonダイレクトイメージセンサーは、1画素でRGB全色の色情報を取り込める(垂直方向に3層で)ため、光と色の情報をフルに取り込むことができる。そして、原理的に偽色が発生しないため、一般のカメラのような偽色やモアレを軽減するローパスフィルターも不要。この“光や色を間引いたり足したりしない”理想的なセンサーにより、他とは違うリアルな色再現や解像感が実現できるのである。
DP1とdp1 Quattroの描写傾向を比較
撮って出しの(カメラ内で生成される)JPEG画像で、両者の描写を比較してみた。前述のとおり、採用しているイメージセンサーの基本構造は同じだが、DP1とdp1 Quattroとでは画素数が大きく異なる。そのため、両者の画像をPC画面上に100%で表示させて比較しても、いまいちピンとこない(像の大きさが違うため)。
ただし、どちらのカメラも、画面周辺部まで乱れの少ない優秀な描写である。絞り開放で撮影しても“画面中央はイイけど、周辺部だと乱れが目立つ”…といった事がないのである。この安定感の高さも感心した。
色再現に関しては、両者の差は意外と大きかった。どちらのカメラも「スタンダード・WB:晴れ」の設定で撮影しているが、DP1の色は“あっさり”風味、dp1 Quattroの色は“こってり”風味なのである。また、画面右上の青空あたりを見比べてみると、彩度だけでなく色傾向の差も大きいようだ。DP1はマゼンタ寄り、dp1 Quattroはアンバー寄り…。そんな印象を受けた。
マクロ性能(近接能力)を比較
DP1の最短撮影距離は30cmで、dp1 Quattroの最短撮影距離は20cm。広角レンズでの“10cmの差”はかなり大きい。実際に撮り比べてみても、狙った被写体のアップ度は大きく違うし、背景のボケ具合も違ってくる。さらに、dp1 Quattroは開放F値も1段明るいし。
また、この“10cmの差”は、近くの被写体に対する“踏み込みの差”にもつながってくる。「寄って撮れ!」は広角撮影の基本だが、DP1の場合は「ああ、この位置だともうピント合わないや」と、諦めるケースがdp1 Quattroよりも多くなる。
ただし、DP1には専用の「クローズアップレンズ AML-1」が別売で用意されていた。これをフードアダプターHA-11と併用してDP1に装着すれば「20~33cm」の範囲のクローズアップ撮影が可能になる。ちなみに、このクローズアップレンズ AML-1、価格は税別8,500円と結構高価なモノ。だが、1群2枚のレンズ構成でスーパーマルチレイヤーコートを採用する、高画質設計のモノである。
ISO感度について
古めのデジタルカメラだと、高感度側のISO感度域が狭い。DP1の最高感度も「ISO800」までとなっている。一方、dp1 Quattroの最高感度は「ISO6400」。まあ、これも現在のカメラの水準では低い方になるが、それでもDP1の最高値と見比べると“隔世の感”がある。
低感度側に注目すると、最低感度はDP1もdp1 Quattroも「ISO100」である。だが、DP1はファームアップによって、もう1段低い「ISO50」での撮影が可能になる。このISO50で撮影すると、低ノイズで高解像度な描写が得られるようになる。…が、その反面、高輝度域が飽和しやすい(白飛びしやすい)というデメリットも併せ持っている。実際に、DP1のISO50とISO100の描写を見比べてみると、たしかにISO50の方が白飛び部分が目立ってくる。
正直なところ、シグマは高感度画質に定評のあるメーカーではない。だが、さほど期待していなかったDP1の高感度は、意外にも良好だった。最高感度のISO800だと色乗りの浅さが気になってくるが、心配されたノイズはさほど目立たない。被写体や撮影状況にもよるだろうが、ISO400くらいなら十分実用になりそうな画質だ。
dp1 Quattroの方は、同一感度で比較すると、さすがにDP1よりも低ノイズで高画質な印象を受ける。しかし、最高感度ISO6400あたりの描写は「これは…ちょっと…」と、思わず口ごもってしまう(苦笑)。
RAW現像とJPEG記録
これは他のカメラにも言える事だが、カメラ撮って出しのJPEG画像よりも高品位な描写を得ようと思ったら、RAWデータを現像ソフトを使って現像するのがベストだろう(dp1 Quattroにはカメラ内のRAW現像機能も搭載されているけどね)。
特に、Foveon X3ダイレクトセンサーを採用するDPシリーズの描写能力を発揮させるなら、ぜひともRAWデータを活用すべき! ということで、今回はシグマの純正ソフト「SIGMA Photo Pro 6.3」を使って、DP1とdp1 QuattroのRAWデータを現像してみました(ストレート現像の「X3F」モードを使用)。ちなみに、ここでの比較作例では、DP1は画質モードを「FINE」と「RAW」に設定して別々に撮影。dp1 Quattroは「RAW+JPEG」の同時記録で撮影している。
あ~、カメラ撮って出しのJPEG画像と見比べると、RAW現像で新規作成した画像は、細部やエッジ部分の“キレ味”が微妙に違うねぇ。あと、部分切り出しを比較すると、木の茂みの日陰部分の描写も違うし、dp1 Quattroは輪郭部の“色づき”も改善されている。
総括
DPシリーズの初代モデル「DP1」が登場した時には、普通のコンデジと変わらない小型ボディにAPS-Cサイズのセンサーが搭載されたことに驚いた。その後も、いろんな改良や新機能を加えた多くのDPシリーズが登場している。
だが、近年では他のメーカーからも、同様のAPS-Cサイズや、より大きな35mmフルサイズセンサーを搭載するコンデジも発売されるようになった。
そんな時流の中で、新たな3層構造のFoveon X3ダイレクトイメージセンサーを搭載したdp Quattroが登場。さらなる高画質を追求して、ボディフォルムも初代DPのような“小型でシンプル”な路線ではなくなってきた。結果的には、その他に類を見ない斬新なスタイリングが、他社製品との差別化につながっているように感じる。
…とまあ、dp Quattroが“高画質追求”の過程で、現在のデザインに落ち着いた理由もよくわかる。だけど、その一方で「外観は普通のコンデジだけど、写りはめちゃスゴイ!」と感心する初代DP1の“隠し玉”的なワクワク感も捨てがたいんだよねぇ。