新製品レビュー
最新ペンタックスレンズを奥多摩でフィールドテスト(前編)
HD PENTAX-D FA 70-210mmF4ED SDM WR
2020年3月12日 11:45
リコーイメージングより、35mm判フルサイズ対応のズームレンズ「HD PENTAX-D FA 70-210mmF4ED SDM WR」が2月14日に発売された。HDコーティングの採用や防滴構造を備えながらも、軽量設計が採られた本レンズ。今回は写真家の瀬尾拓慶さんに、ふだんの作品づくりのスタイルで、本レンズのフィールドテストをレポートしてもらった。撮影は奥多摩の山中で実施。あわせてAPS-C用の広角ズームレンズ「HD PENTAX-DA★11-18mmF2.8ED DC AW」も同時携行してもらい、APS-Cシステムでの使い勝手についても検証している。(編集部)
レビュー製品について
写真家の瀬尾拓慶です。今回ペンタックスの最新レンズ2本のレンズレビューを担当させて頂くこととなりました。担当したレンズは「HD PENTAX-D FA 70-210mmF4ED SDM WR」と、新世代のAPS-C用スターレンズ「HD PENTAX-DA★11-18mmF2.8ED DC AW」の2本です。
ふだんの撮影スタイルで機材に求めるもの
私の専門は、奥深い森の光。決して劇的な光景や、衝撃的な瞬間ではなく、どこにでも落ちているような些細な光。そこで重要視されるのは圧倒的なフォーカス速度ではない。いかに繊細な光を切り取ることが出来るか、その一点に尽きる。
私はPENTAXのカメラのみを普段から使用しており、なるべく現場で作品を完成させる事を信条としている。しかし、これは必ずしも撮って出しでなければ駄目とか、レタッチ反対というものではない。ただ単に、PENTAXは使い方さえ熟知すればカメラ内で理想の形まで追い込めるからだ。
現場での感覚や感情をその場で作品に落とし込む、それを大切にしたいと思っている。
70-210mm F4は取り回しの良さがポイント
さて、前置きが長くなってしまったが、レンズの使用感について述べさせて頂く。まずは「HD PENTAX-D FA 70-210mmF4ED SDM WR」。機動性に優れた小型軽量・防滴構造のフルサイズ対応望遠ズームレンズだ。
普段私がメインで使用しているレンズの一本である、F2.8の望遠ズームレンズ「HD PENTAX-D FA★70-200mmF2.8ED DC AW」と、この「HD PENTAX-D FA 70-210mmF4ED SDM WR」を比べた際に最も違う点は、その軽さだろう。
いかんせんF2.8の70-200mmの写りは格別に良いものの、重量がある(フードと三脚座を取り付けた状態で、約2,030g)。
森の中を歩き回り、時には沢を、時には崖を、そして木々の間を縫って移動するには大きくて重いレンズは少々堪えるのだ。
慣れてしまえばなんということもないが、それでも疲れるものは疲れる。特に私はホルスターに1台、そして手持ちで長物付きを1台というスタイルで撮っているため、ダイレクトでその重さを感じ続けることになる。
だからこの「HD PENTAX-D FA 70-210mmF4ED SDM WR」は軽くて取り回しもよいため、長時間撮影にはとても有用だ。レンズ自体の長さはF2.8の70-200mmと感覚的にはさほど変わらないが、F4の本レンズは細身で手の中での収まりがよく、瞬発的に動く事が出来るので、森の中での細かい動きにもついてきてくれる。
さて、写りの面に関してだが、これは細かい光を切り取る事が出来るかどうかで判断した。結論が先になってしまうが、私にとってこのレンズが使えるか使えないかで言うと、このレンズは「使える」だ。
私は本来そこまでレンズにこだわらない。というのも、PENTAX純正のレンズはクリアで描写が美しい製品が多いため、そこまで気にする必要がなかったのだ。だからこのレビューも、実はとても難しい。
兎にも角にも今回は私の作品を見て頂きたい。撮影地は奥多摩近郊。掲載した写真はすべてパソコンでのレタッチを一切無しとしている。レンズの描写や、カメラの性能を引き出せるかが分かって頂けることと思う。
撮影場所は敢えて暗い林道の手持ち撮影を選択した。今回はレンズレビューではあるが、PENTAXで撮影する楽しさ、森の美しさにも興味を持っていただきたい。
作品:HD PENTAX-D FA 70-210mmF4ED SDM WR
夜明けの森、月をバックに杉の葉。しっかりとホールドすることが出来るため、上を向く体勢でも問題なく軽く扱う事が出来る。
奥多摩の冷える夜に浮かぶ月はどこか寂しげではあるものの、淡い光が神秘的であった。少しずつ明るくなる空に輝く月、そこに被る枝も飛びきることなく残っている。フリンジも気にならない。月光に照らされた木の幹が印象的だ。
美しい光景というものはどこにでも存在している。こちらは一部だけ木が伐採された杉林の斜面だ。
濃密な霧と、ふわりと落ちる光。一見ただ地面を写しているだけのように見えるが、微かな光と緻密な枝葉により、多くのディティールが隠れている。その緻密な線と繊細な起伏と描き出すことが出来、大変満足だ。
濃霧のためピント合わせが難しいが、そこもしっかりと合わせてくれた。ぞっとするような階調、そしてシャドウからほのかなハイライトまでのつながりに惚れ惚れする。いつまでも撮っていたくなる、そう感じた。
遠目に何かが動いた。あれはカモシカだ……。毛が白く美しい個体の。
白い個体は暗い森でも光を反射してくれるため、光の塊として扱いやすい。
実はこの個体には何度か遭遇している。カモシカはあまり長距離移動せず、ある程度の範囲をテリトリーにしているため、一度見つけてしまえばその後も出会いやすい。
とはいうものの運が良い。ホルスターに装着していたカメラを静かにはずし、なるべく警戒させないようにゆっくりと近づく。こういった際にもこのレンズのサイズ感は有難い。重さを気にせず、スムーズな立ち回りを与えてくれる。
あまり深追いはせず、移動に合わせて少しだけ撮らせてもらった。しっかりと合ったピントは毛の質感や空気感を切り取ってくれている。最初は心配していたが、慣れてくるとかなり使いやすいレンズだ。動作音も静かなため、野生の動物を撮影するのにも適していると感じた。
逆光について少し触れたいと思う。HDコーティングのおかげなのか、いつものPENTAXのレンズを扱うのと同じように全く逆光に負けず描写してくれている。さらに、カメラ内のカスタムイメージを使い調整する事で、たとえ逆光だったとしてもシャドウ部のディテールを潰さずに階調を描き出すことができる。
フリンジを心配したが、こちらも気になる程ではない。逆光や抜けている空間の撮影につきもののフリンジは、大いに作品の邪魔をしてくれるが、今回はその様子はあまり見られない。美しい枝葉の線がしっかり出ており、表に出す事が出来る光の作品として完成している。
私の大好きなサルオガセ(霧藻)が沢山ぶら下がっている場所を見つけた。せっかくなので引き、長距離からの抜き、そして95cmまで近づいた際のマクロ風を撮影。
このサルオガセは霧が発生する場所でよく見かけられる、樹皮に付着して懸垂する糸状の地衣(藻類を発生させる菌)だ。単体ではさほど美しくもないが、一帯をサルオガセが覆うことにより、まるで物語の一部のような幻想的な世界を演出してくれる。
このサルオガセを発見したら、そこは霧が出やすい場所だということが分かる。光を受け、しっとりと、そしてキラキラと輝いているサルオガセ。霧が漂う森に浮かぶ細かい線が美しい。冷える空気の中、その様子に見入ってしまった。
ここで難しいのは、サルオガセの独特の透明感と、藻としての水を含んだ湿気感の演出だ。
このレンズがしっかりと細かいディテールを出してくれる事は認識済みのため、安心して撮影する事が出来る。ちなみにこういった細かい線が沢山含まれているシーンでは、カスタムイメージのシャープネスをファインシャープネスに設定すると良い。そうする事で、より細かいラインを際立たせる事が可能だ。
色温度を寒色寄りに設定し、その上で、パラメータで少しだけグリーンを入れる事により、寒々しさの中の湿度感を出していった。
暗い森で手持ちのマクロ風撮影はなかなか難しい。もともとマクロをあまり撮らない私はもう少し練習が必要だが、もう少し慣れさえすれば、このレンズ一本で更に作品の幅が広がる可能性を見ることが出来た。
少し似た光のイメージの、異なる素材の掛け合わせ。まず以下の2カットは、はっきりとした太い木と乾いた地面だ。この場合は全体的に色が似通ってしまっているため、光の調整で倒れた木の中の陰影をはっきりと出す事により、作品にメリハリが出る。
引きの写真では木の幹のはっきりとした太い線、所々見え隠れする岩の硬質な線、葉の細々とした線。それぞれをしっかりと一枚の写真の中で表現することが出来ている。
アップの写真では、特に木の幹の詳細を意識。動物の皮のような不思議なしわの付き方、枝の色の変化、そして根の細かな線をしっかりと映し出している。こういった細かい線は、しっかりとホールドしないと暗い森の中の撮影では後で落胆することになる。
続けて、細い木としぶきを上げて流れる川のカット。
引きの写真は全体の光のバランスと、川のハイライト部分のディティールを意識。上の方から段階的に下へ向かって光を階段状に配置することにより動きを出している。
アップのほうでは、背景の川と木の質感の差を出す構図にした。木の直線的でハッキリとした光の線に主なピントを持ってきている。そうすることで全体を引き締め、張り詰めたような緊張感を持たせた。そして水の動きをしぶきの光をしっかりと捉えることで、時間の経過と躍動を演出している。真ん中辺りから自然と右上に視線を誘導させる光の構成だ。
少し標高を上げ、雪の中を久しぶりに歩く事が出来た。
雪は一見平坦のように見えるが、小さな起伏の繰り返し。光と影が顕著に表れる世界だ。特に森の中だと、光がハッキリと見て取れるため撮影がとても楽しい。
しかし、雪も白飛びとの戦いだ。白飛びを押さえようとすると暗すぎ、明るくしようとすると飛び始める。そのため、カスタムイメージのキー(中間光量)の調整をしっかりと行い対処する。少しでもハイライトを押さえたい場合は、些細ではあるが、コントラストのハイライトのパラメーターを-4に設定。そうした調整の下、雪のディテールが出てきた。
雪の細かい粒がきらきらと光っている。この写真のポイントは、手前から奥までの光のつながりだ。右上のうっすらとした光を入れることにより、暗くても閉塞感の無い写真となる。
竹の葉が生い茂っていた。私は竹が好きで、見かけるとついつい見入ってしまう。竹林は一日で姿を変えてくれるので、見ていてあきないのだ。細い葉が密集して、遠目から見ると大きな塊となっている様子は美しくも面白い。笹の少しくすんだ緑と、所々にある茶色の葉が良いコントラストとなっている。右手前と奥の枯れ木を入れることで、光の流れにアクセントを加えた。
前編まとめ
以上「HD PENTAX-D FA 70-210mmF4ED SDM WR」を使用して、ふだんの撮影スタイルで使用してきた作品をご覧頂いた。
繊細なディティールや微かな光の描写は美しく、逆光にも強い。曇りの日でもしっかりと光を広い、ボディーの性能を引き出してくれた。優れた防滴構造のため、雨の中での撮影も安心して使用することが出来る。F4通しの為少々暗さはあるものの、その軽さから来る撮影時の快適さは素晴らしい。旅先や登山等に持って行くレンズとしてもおすすめだ。