新製品レビュー

TAMRON SP 35mm F/1.4 Di USD

SPシリーズ40周年 高い光学性能の中で“味”を“デザイン”

フルサイズの時、50mmを標準レンズとするのが一般的だが、それは対角線画角がおよそ50度であり、人間の視覚で色と形が明瞭に判別できる範囲と重なるからだ。対して、35mmは準広角あるいは準標準とも呼ばれる。本レンズの対角線画角はタムロンのホームページによれば63度26分であり、50mmより一回り広い画角となる。

ここで2対3のアスペクト比を考えた時、フレームに内接する円を考えるとそれは短辺方向の画角であり、およそ40度となる。もとより、人間の視覚にはばらつきがあり、色と形が判別できる範囲も40度から60度と考えられていることから、35mmの方が自然な画角であると感じるユーザーも多いだろう。その点から言えば、準標準という方が的を得ていると思う。それは自然さ、使いやすさという点につながるのだ。

このように、使いやすく自然な画角で、究極の描写を目指したのが本レンズである。非球面レンズに始まり、防汚コートや防滴構造、ファームアップのためのデバイスなど、現代のレンズにおける“ハイスペック”を投入した上で、シャープな合焦面、そしてそれにつながる美しいボケを実現している。「SP 35mmF/1.4 Di USD」(Model F045)はTAMRONのSPシリーズ40年の歴史を形にした、究極の写りを目指す一本である。

外観デザイン

レンズ外観はシンプルな直線と穏やかな局面で構成された、高級感のある仕上がりだ。機能部品や飾りも少ないものだが、特徴的なのはマウント基部にあしらわれた飾りリングである。黄色味を帯びた白色アルマイト仕上げで本レンズのデザイン的特徴となっている。機能部品ではないが、同仕上げの「SP」銘板とともに、このレンズに気品を与える重要な要素となっている。

写真はニコンFマウント版(以下同)

AF、MF切り替えボタンは大きくシンプルなもの。もはや珍しい装備ではないが、切り替えボタンの大きさにはそのレンズの使い方の想定があらわれる。もちろん、AFは快適なものだが、明るく被写界深度の狭い本レンズでは、精密にマニュアルでピントを合わせたい局面もある。そうした用途を積極的に考えているということだ。

レンズコーティング

レンズにはゴーストがつきものであるが、それを極限まで抑えるため、従来より反射防止効果の高い、BBAR-G2(Broad-Band Anti-Reflection Generation 2)コーティングが採用されている。

Broad-Bandとは、光の波長の領域が広いことを表している。数値は定かではないが、従来より、広い波長域に渡り、かつ反射防止効果の高いコーティングという意味合いだ。また、レンズ第一面には防汚コートが施されており、実用面において大変にありがたい装備だ。こうしたコーティングの採用はもはや高画質を目指すレンズの必須装備となってきている。

ダイナミックローリングカム機構

合焦にはダイナミックローリングカム機構というものが採用されている。カムとベアリングによってレンズユニットを支持するものだが、ズームレンズが得意なTAMRONの技術が生きているところだ。大口径レンズでありながら、迅速でスムーズなオートフォーカスを実現している。

写真は無限遠の状態だが、近距離になるに従って、レンズは内部に入ってゆく動きとなる。ダイナミックローリングカム機構によって支持されるレンズユニットはレンズ後群となるので、種類としてはリアフォーカスと言えるだろう。

サイズバランス

ボディに取り付けてみると、マウント基部の飾りリングが、一眼レフと大口径レンズの組み合わせであることを穏やかに主張する。シンプルなラインの中に穏やかな主張があり、気品さえ感じる部分だ。

ミラーレス用のレンズと比べれば、大きく重いことは否めないが、ニコンD850との組み合わせでは、バランスよく扱える大きさ・重さであり、実用上の不満を感じなかった。

以下、実写によるテスト結果を見てゆくが、撮影はNIKON D850、RAWデータのみで行った。RAWデータはAdobe PhotoshopのCamera RAW Pluginで現像したものである。現像の際のプロファイルはAdobeカラーとし、レンズ補正に関わる項目は全てオフにした。

色とトーンに関わる部分でも、レンズ描写に影響が出ることもあるので、調整項目はWB(ホワイトバランス)の微調整と露光量、彩度の調整を基本とし、それらも最低限の範囲とした。しかし、空を含む写真では露光レンジが広いカットもあるので、それらに関しては、露光量を下げてから、できる限りシャドウのみを調整することとし、レンズ描写に影響がないことを慎重に確認した。

ゴースト

作例は強い光源が画面隅にかかるように配置し、ゴーストの出やすい条件とした。写真では伝わりにくいかも知れないが、光源はライトアップ用のもので、目が痛くなるほど強いものであり、現実には、作品を撮るような環境ではないことを明記しておく。

結果、F5.6以上に絞った時にゴーストを確認できた。ゴーストは絞るほど現れやすくなる。逆に言えば、ありえないほどの環境においても、F4より絞りを開ければ、ゴーストを感じることはないということだ。昨今の高性能レンズではゴーストを出すこと自体が難しくなってきているのだ。

Nikon D850 / TAMRON SP 35mm F/1.4 Di USD / 絞り優先AE(F5.6、13秒、-1.7EV) / ISO 100

光源と対称の位置、画面左下の少し明るくなった部分がゴーストである。他にF2.8およびF11で撮影した例を掲げるが、F2.8では全くわからない。一方、F11ではゴーストがはっきりする。繰り返しになるが、この条件で作品を撮ることは考えにくい。

F2.8
F11

ボケ

本レンズのボケは、大きいものだが自然で美しい。作例は絞り開放であるが(スライダーの操作でF2.8に変化)ピントを合わせたのは4mほど先である。

スライダーの操作でF1.4(左)とF2.8(右)に変化。
Nikon D850 / TAMRON SP 35mm F/1.4 Di USD / 絞り優先AE(1/2,000秒、±0EV) / ISO 100

特徴的なのはボケの立ち上がりが早いことで、ピント面から後ろですぐにボケはじめる印象だ。しかし、二線ボケ傾向のない自然なボケ感で、中望遠レンズの描写のようにさえ見える。

前ボケもざわつくことなく、落ち着いた描写だ。そして本レンズで面白いのは絞った時の描写である。F2.8程度まで絞るとボケの立ち上がりが穏やかな印象となる。合焦面から緩やかにボケにつながってゆく感じだ。どちらにあっても高い解像力を持ち、ボケという感性の部分が変化する好ましい特性である。

絞り開放からF2くらいまではボケの立ち上がりが早く、強い立体感を得られる。一方、F2.8程度以上に絞ると、ボケの立ち上がりが穏やかな印象で、自然な距離感が得られる。

ボケの形

光源のボケは写野全面に渡って丸ボケであることが望ましい。しかしながら、レンズが円筒状である限りボケに欠けがあるのは当然である。開口率などで表されるが、本レンズも例外ではない。開放、周辺部のボケはレモン型であり、写野の一番端まで円形になるのはF5.6である。しかしながら、開口率はマウント口径の制約を受けるので、ニコンマウントをベースとしている本製品では、ミラーレス用のレンズのような高い開口率とはならない。これは本製品の問題ではなく、マウントの仕様によるものといえる。一方、ボケの質は素直なものだ。ほぼ円盤状であり、本レンズの後ろボケの美しさを証明している。

開放での周辺部のボケはレモン型である。ことに作例では、ピント位置が1m弱と近いことで、レンズが鏡筒側に繰り込まれ、鏡筒後端でよりケラレを生んでしまった可能性がある。ボケは素直であると同時に、色収差による色づきも極めて少ない。このこともボケの美しさにつながるものだ。画面右下に向かって、灯篭がボケながらつながってゆく様子は美しい描写である。

Nikon D850 / TAMRON SP 35mm F/1.4 Di USD / 絞り優先AE(F1.4、0.8秒、-1.0EV) / ISO 100
F1.4
F5.6

周辺光量

周辺光量落ちも描写において、重要なポイントだ。本レンズの周辺光量落ちの度合いは、一眼レフカメラ用レンズとして標準的なものである。ミラーレスカメラ用のレンズから比較すると、光量は落ちている点は否めない。しかし、その落ち方は素直であり、どこかから急激に落ちてしまうこともない。何よりも、他も合わせて作例を見てもらう通り、周辺が暗くなることにより、画像中心への視線誘導効果を生むとともに、情感を与えていることも見逃せない事実だ。

Nikon D850 / TAMRON SP 35mm F/1.4 Di USD / 絞り優先AE(F1.4、1/8,000秒、±0EV) / ISO 50

周辺光量落ちは絞るほどに減少する。本レンズでは、F8まで絞ると最周辺においても、光量落ちはなくなる。各絞りごとのサムネイルで確認してほしい。

F1.4
F2
F2.8
F4
F5.6
F8
F11
F16

質感の表現

時に解像力の高いレンズの描写は硬いものと思われがちだが、十分な解像力のボディとの組み合わせであれば、そのような心配はいらない。高い解像力は、硬いものと柔らかいものの質感の違いを精緻に描写してくれるからだ。

本レンズは、硬いものと柔らかいものの対比をしっかりと描写し、かつ滑らかにつながるボケが立体感を作り出してくれる。

悠然と座る猫の目にピントを合わせた。ボケの繋がりが穏やかになるよう、絞りはF5.6とした。虹彩と毛並みの質感の違いがよく描写されている。また、木の硬さも毛の柔らかさとよく対比している。

Nikon D850 / TAMRON SP 35mm F/1.4 Di USD / 絞り優先AE(F5.6、1/80秒、-0.7EV) / ISO 450

近接撮影

かつて大口径レンズは近接撮影に弱いものであったが、現代のレンズにはそのような弱点はない。中でも本レンズはズバ抜けた解像力を示している。マクロレンズの得意なTAMRONらしいこだわりである。また近接撮影においても、絞りを開けると立ち上がりの早いボケ、絞れば穏やかなボケという特徴も維持されており、絞りによって作画を選べることは好ましい。

作例は開放であるため、ボケの立ち上がりが早く、大きなボケで色合いを楽しむような描写だ。しかし、F1.4でもピント面の解像感は格別で、質感の描写も素晴らしい。前ボケに少しリング傾向があるが、ボケ量自体が大きいので、気になることはない。F5.6では、ピント面近傍でのボケ量の変化が穏やかになるので、より花弁の柔らかさを感じることができる。

Nikon D850 / TAMRON SP 35mm F/1.4 Di USD / 絞り優先AE(F1.4、1/1,250秒、-0.7EV) / ISO 100
F1.4
F5.6

解像力

高性能という立ち位置のレンズには、ボケの美しさとともに、高い解像力が期待される。解像力を高く設計すると、一般にボケは二線ボケ傾向になり、ボケの美しさと両立しない。ボケの美しさを求めると解像力が上がらないのだ。そこで複数の非球面レンズや異常分散ガラス、リアフォーカシングなどを使う。さらには、実用的な大きさにまとめることが、設計者の腕の見せ所となるのだろう。

メーカーHPのMTFによれば、高周波に周辺のたれはあるものの、F1.4開放で中心から最周辺まで、大変高いコントラストを維持している。実写でもMTFの通り、周辺まで高い解像力を見せ、美しいボケと両立したレンズであることを納得させてくれた。

作例では、ピントをおよそ7m先の花に合わせた。開放でも、中心部と周辺部の均質感もよく、像の流れなどはない。F2.8の中心部では、細かなディテールが見え、最良に近い解像感を得られる。周辺部でも引き締まる印象だ。F5.6で中心部、周辺部とも最良の解像感となるが、開放から解像感が高いので、実際の撮影にあたって、解像力の変化を気にすることはないだろう。

Nikon D850 / TAMRON SP 35mm F/1.4 Di USD / 絞り優先AE(F1.4、1/2,000秒、-0.7EV) / ISO 80
F1.4
F2.8
F5.6
F1.4
F2.8
F5.6

点像

点が点に写ることはいくつかの高性能レンズで謳われているが、本レンズも点が点に写ることを目指したとしている。言葉にすると当たり前のことのように聞こえるが、レンズにとっては大変なことなのだ。収差の状態として、中心部から周辺部まで様々な収差がバランスよく、かつ小さく補正されていなければならない。その状態を確認するのは星空を撮ってみるのが最も確実である。

少しレンズの話と離れるが、梅雨時の撮影であるため、作例には薄雲がかかり、作品としての見栄えはないが、夏の大三角と天の川だ。一見して星が少なく見えるのは、昨今のレンズは高性能であり、星の像が収束して小さいこと、そしてフイルムにはあったイラジェーション(フイルムのベース面で光が反射して、像が肥大化する現象)がデジタルでは発生しないからだ。

点である星の像の状態を見るが、中心部は、語るまでもなく開放から点像であるので、画面左上の最周辺部を拡大してみた。F1.4では、わずかにコマ収差によって、像が放射方向に流れている。しかし、その量は大判プリントをしたとしても気づかない程度のものだ。F4まで絞ると、素晴らしく点像となる。

これほど周辺まで点像となるレンズは他になく、星景写真にインパクトを与える一本だ。

Nikon D850 / TAMRON SP 35mm F/1.4 Di USD / マニュアル露出(F1.4、4秒) / ISO 800
F1.4
F4

その他作例

F1.4の開放では、ボケの立ち上がりが早く強い立体感が味わえる。明るい中望遠レンズのような描写だ。

Nikon D850 / TAMRON SP 35mm F/1.4 Di USD / 絞り優先AE(F1.4、1/2,000秒、-0.7EV) / ISO 80

開放のスナップも、素早いAFのおかげで浅い被写界深度でもピンボケの不安はない。

Nikon D850 / TAMRON SP 35mm F/1.4 Di USD / 絞り優先AE(F1.4、1/8,000秒、-0.7EV) / ISO 72

広めの画角から自ずと前景の入る構成が多くなる。前ボケも柔らかく良い描写だ。

Nikon D850 / TAMRON SP 35mm F/1.4 Di USD / 絞り優先AE(F4、1/1,250秒、-0.3EV) / ISO 80

絞るとボケの推移が穏やかになり、自然な距離感へと変化する。どこまでを見せるのかを意識する。

Nikon D850 / TAMRON SP 35mm F/1.4 Di USD / 絞り優先AE(F2.8、1/1,000秒、-0.7EV) / ISO 80

近接の撮影でもF1.4を常用したくなる解像感だ。周辺光量が落ちることで情緒も引き出すことができる。

Nikon D850 / TAMRON SP 35mm F/1.4 Di USD / 絞り優先AE(F1.4、1/2,500秒、-0.7EV) / ISO 80

遠景においても、やはり開放が多くなった。前ボケを作ることで、距離の遠さを演出できるからだ。

Nikon D850 / TAMRON SP 35mm F/1.4 Di USD / 絞り優先AE(F1.4、1/3,200秒、-0.3EV) / ISO 80

まとめ

点が点に写るということや、最高の結像性能を求めると、自ずとレンズは無収差に近づいてゆく。するとどのレンズも高性能化すると同じような描写になってしまうのではないかと考えていたのであるが、本レンズの実写を見るにあたり、その思いは良い意味で覆された。すでに述べた通り、本レンズの特徴はボケの立ち上がり方である。穏やかなボケの推移で自然な距離感のある描写をする高性能レンズが多い中で、鋭く立ち上がるボケは明確な個性だ。

この個性は使う側の好き嫌いで最終的な判断が下されるが、それ以前に高い解像力、美しいボケの形と推移、点が点に写るという光学的特徴において、紛れもなく高性能である。そしてそれは数少ない、一級の性能を備えたものである。さらには、何度も聞き返したくなるようなプライスタグが付いている。得てしてこうした製品はコストパフォーマンスが高いと言われがちだが、筆者はこれに同意しない。コストパフォーマンスが高いことと性能が高いことは別の評価であるからだ。

本レンズにおいては、他を凌駕するような高い性能と高いコストパフォーマンスを併せ持った製品であると断言する。一方で誰にでもおすすめできるなど甘言は弄しない。それはこのレンズの個性をしっかりと知った上で手にしてほしいからだ。そもそもレンズの味とは収差が複合した描写のことであるが、それを極めて高い光学性能の中で味を見せてきたことは深い意味を持つ。いよいよ、描写というものをデザインする時代に入ってきたのだと考えさせられるのだ。SP 35mmF/1.4 Di USDは、それほどガツンと効く一本であった。

茂手木秀行

茂手木秀行(もてぎひでゆき):1962年東京生まれ。日本大学芸術学部卒業後、マガジンハウス入社。24年間フォトグラファーとして雑誌「クロワッサン」「ターザン」「ポパイ」「ブルータス」を経て2010年フリーランス。