写真を巡る、今日の読書
第90回:時間と記憶を紡ぐ写真集3冊―孤島、家族、そして復刊された名作
2025年7月23日 07:00
写真家 大和田良が、写真にまつわる書籍を紹介する本連載。写真集、小説、エッセイ、写真論から、一見写真と関係が無さそうな雑学系まで、隔週で3冊ずつピックアップします。
偶然の出会いと稀覯本の魅力
先日、久しぶりに神保町の古本屋を巡りました。仕事の都合で仙台から上京していた父と歩いたのですが、やはり実際の本屋で棚を眺める時間というのは楽しいものです。忘れかけていた写真集や写真家にも出会えますし、未読だった本と目が合うこともあります。
Web上では基本的に情報を主体的に選びますし、何かおすすめされたとしても、私の購入履歴や趣味嗜好から判断されているため、まったく思いもしない提案をされることは少ないように思います。インターネット上の情報には、まだ多くの「穴」があるということなのかもしれません。
いずれにしても、驚かされるのは稀覯本の値段です。特に写真集は、まるで手が届かないような値付けがされているものも多く、「あの時買っておけば……」という思いが強くなります。写真集は、買えるうちに買っておくのが基本なのでしょう。そんなわけで、今日は最近刊行されたものの中から、いくつかピックアップしてみたいと思います。
『The Horses of Yururi Island ユルリ島の馬 』岡田敦 (著)(青幻舎/2025年)
1冊目は『The Horses of Yururi Island ユルリ島の馬』。10年以上をかけて岡田のライフワークとなっていた、根室半島沖合の無人島・ユルリに関する制作の集大成となる1冊です。かつて昆布漁の干場として使われ、その労働の一端を担った馬たちが残されたことで、馬だけが住む島となったユルリ島の風景と馬たちの姿が捉えられています。
現代社会の孤独や社会の周縁、あるいは死と生命といった大きなテーマに向き合ってきた岡田の眼差しによって捉えられた馬たちの姿には、凛とした美しさとともに、命のサイクルや無常が感じられるのではないでしょうか。表紙にも掲載されているまだらの毛を持つ白馬は、少しずつ数が減っていく馬たちの中で、特に象徴的に写し出されており、鑑賞者はその1頭の馬の視点から、流れゆく時間と壮大な景色を眺めているような気持ちになると思います。
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『Moon Rainbow』守田衣利 (著)(ふげん社/2025年)
2冊目は『Moon Rainbow』です。本作は、2005年から2023年まで、作者自らの娘が誕生し、大学に進学するまでの18年間を記録した写真集となっています。ニューヨークや熊本、マウイ島、東京、サンディエゴなど、各地を転々としながら紡がれる家族の暮らしは、風景そのものの移り変わりや印象的な場面を含みつつも、どこか淡々と描かれています。
18年という歳月のなかで、少し引いた視点を保ち続ける写真家の目が感じられ、それによって単なるプライベートな家族の記録ではなく、「写真」として物語が成立しているのだと思います。私の娘も2006年生まれで、ほとんど同じ時間を過ごしてきましたが、守田の捉え方とはまた違うように思います。本作を通して、自分や家族が見てきた風景の違いにも、意識的になるのではないでしょうか。
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『消滅した時間 Where Time Has Vanished』 奈良原一高 (著)(復刊ドットコム/2025年)
最後は『消滅した時間 Where Time Has Vanished』。奈良原一高の写真集の復刊プロジェクトは、以前から『王国』や『静止した時間』などにも注目して紹介してきましたが、本作の復刊を待ち望んでいた方は、私だけではないでしょう。
1975年刊行のオリジナルは、古書市場でも常に高額で取引されています。また、私個人としては、どれか1冊奈良原作品を選べと言われたら、真っ先に選ぶのがこの『消滅した時間』です。学生時代、その写真表現に憧れて、何度も図書館へ通って見返したことを思い出します。
今も、この写真集で見たような風景に出会うと、頭の中で本作の鮮烈なモノクローム映像を重ねてしまいます。本記事執筆時点では予約注文受付中で、刊行は8月末となっているようです。初版限定で再販予定はないとのことですので、私のように確実に入手したいという方は、予約をおすすめします。