交換レンズレビュー
ZEISS Otus ML 1.4/85
ミラーレス時代に復活した「至高のポートレートレンズ」
2025年8月6日 08:00
コシナが発売する「ZEISS Otus 1.4/85」は、35mmフルサイズセンサーに対応したミラーレスカメラ用(ML = Mirror Less)の大口径中望遠レンズです。今回試用したソニーEマウント用の他に、キヤノンRFマウント用、ニコンZマウント用もラインナップされています。
かつて一眼レフカメラ用として、その圧倒的な描写性能で話題を呼んだ“ZEISS Otus”。そのミラーレスカメラ専用バージョンとして、一切の妥協なく設計された本レンズの描写性能に注目が集まります。
5月に発売された「ZEISS Otus 1.4/50」に続く第2弾となる本レンズの実力を、じっくりと見ていきましょう。
サイズ感
外形寸法は約φ88×127mm。85mm F1.4の単焦点レンズとして許容範囲内のサイズといえますが、質量は1,033gということで、カメラにつけて持ってみると圧倒的な重さを感じます。これでもミラーレス用に小型軽量化された結果ではありますが、相対的に重量級であることに変わりはありません。
MF(マニュアルフォーカス)の単焦点レンズですので、小型・軽量化が進む昨今のミラーレスカメラ用レンズと比べ、本レンズの重量感に驚かされるのも無理はないでしょう。
しかし、サイズや重量を度外視してでも描写性能を最優先するのは、ツァイスレンズにおける伝統的な設計思想です。ツァイスレンズのファンならば、むしろこの重量感に頼もしささえ感じるかもしれません。最高の描写性能を目指すレンズ構成と、金属を主体とした高品質・高品位な鏡筒だからこその重みなのです。
また、かつての流線形を基調としたOtusのデザインから、現代のミラーレスカメラに合わせたオーソドックスなデザインへとシフトしている点にも、進化を感じます。
ちなみにインナーフォーカスを採用しているため、フォーカスリングを操作してもレンズの全長は変化しません。大きく重いレンズですが、ピント合わせで重量バランスがほとんど変わらない点は、現代的な仕様と言えるでしょう。
操作性
リング類の構成は、レンズ先端側から「フォーカスリング」「絞りリング」という一般的なもの。フォーカスリングのトルク感は絶妙で、大口径レンズならではの浅い被写界深度でも、繊細なピント合わせが可能です。
一方で、絞りリングはやや軽めに感じられるかもしれませんが、付属のツールでバヨネット面のネジを操作することで、クリックの有無を切り替えられる機構が用意されています。これにより、操作感の好みにも対応可能です。クラシックな高性能レンズの風格をまとう本レンズですが、動画撮影時にスムーズな露出変更を可能にするこの機構は、ミラーレスカメラ専用設計ならではの特徴といえるでしょう。
鏡筒にスイッチやレバー類は一切装備されていません。AF機構や手ブレ補正機構を持たないため、これは当然の仕様です。しかし、電子接点はしっかりと備えており、レンズとカメラ間で必要な情報通信は行われます。この点も現代的な点になります。
専用の丸型フードが付属します。こちらも金属製の重厚な造りで、内面には効果の高そうな植毛処理が施されており、有害光を効率的に除去してくれます。実際に、レンズフードを装着した際の本レンズの逆光耐性は非常に高いものでした。
解像性能
あえて開放絞りF1.4で建築物を撮影したのが下の画像です。
結果として、F1.4の絞り開放から素晴らしい解像感が得られるレンズであることが確認できました。画面中央はもちろん、左上のビル群を見ると、画面の隅々まで高い解像感が維持されていることが分かります。手前の街路樹や左側の建物に若干の像の乱れが見られますが、これは被写界深度から外れているからと思われます。
F5.6に絞ると、画面中央はもちろん、周辺部までさらに解像力が増し、目の覚めるような鮮明さを楽しめます。被写界深度も深くなるため、絞り開放では不鮮明だった手前の樹木や左側の建物も驚くほどシャープに写し出されます。
重量増を厭わず、非球面レンズや異常部分分散ガラスを多数採用した11群15枚の贅沢なレンズ構成は、伊達ではありません。
個人的には、最新の光学設計によって絞り開放時の描写性能を底上げしつつも、「開いて柔らかく、絞ってシャープに」という大口径レンズ本来の特性を維持している点に、写真の伝統を守る“古典的かつ本物のツァイスらしさ”を感じ、大いに魅了されました。
近接撮影性能
最短撮影距離は0.8m、最大撮影倍率は約0.12倍です。 近接撮影性能が高いとはいえませんが、大口径85mm単焦点レンズとしては標準的なスペックです。
下の画像は最短撮影距離0.8mで撮影したものです。
本レンズはインナーフォーカスを採用していますが、フローティング機構も搭載しているためか、最短撮影距離でも無限遠での撮影と変わらないほど高い解像感が維持されています。作例の猫の左目を拡大すると、その驚くほどシャープなディテール描写に息を呑むほどでした。
こちらも同じく最短撮影距離0.8mで人物を撮影したものです。ポートレートのアップとして適度な撮影距離を保ちながら、高い描写性能が維持されていることを実感しました。
いたずらに最短撮影距離を追求せず、馴染み深い画角で最高の描写性能を引き出すという、ツァイス「Otus」の設計思想に共感を覚えます。
作例
絞り開放F1.4で撮影。ピント面の繊細かつ高い解像感と、そこから自然につながる優美なボケ味は、本レンズで最初に感動を覚えた点です。ヌケの良さも素晴らしく非常にクリアで、逆光で滲むように始まるボケ描写は、えもいわれぬ美しさです。ミラーレス専用の最新光学設計で生まれ変わったOtusの実力に、思わず惚れ惚れとさせられました。
絞り開放付近で正確にピントを合わせるのは非常に難しいですが、ミラーレスカメラのピント拡大機能を使えば、MFでも高い確率でジャストピントを得ることができました。この点でも、ミラーレスカメラ専用である本レンズの実用性は高いと言えるでしょう。
絞りをF2.8にすると、ピント拡大機能を使わなくても、かなりの確率で正確にピントを合わせられるようになります。被写界深度は相応に深くなりますが、本レンズは質感描写の能力も大変優秀なため、むしろリアルな立体感を表現できたように思います。
遠景へと続くボケ味も見たくなり、再び絞り開放のF1.4で撮影しました。どの距離においてもボケ味は柔らかく自然で、素直に奥へとつながっていきます。ボケ味に不得手な距離がほとんどない点は、特筆に値します。おかげでモデルを美しく際立たせることができました。
人物の背景まで克明に写し止めたいと考え、絞り値をF5.6にして撮影しました。期待通り、画面の隅々まで解像感が行き渡り、人工物や雑草といった無機質な被写体の中に、女性の表情をリアルに描き出すことができたように思います。 絞り値の変化で多彩な表現を創出できるのは、本レンズならではの醍醐味だと感じました。
まとめ
AF機構も手ブレ補正機構も搭載しない本レンズですが、そうした制約から解き放たれたことで実現した独自の描写性能は、類まれなレベルに達しています。これこそが、ツァイスならではの美学なのかもしれません。
AFや手ブレ補正がない分、撮影はおのずと慎重になります。しかし、コンティニュアスAFや瞳AFに頼らず、シャッタースピードに注意を払いながら丁寧に撮った一枚には、「自分の意思が反映された作品」という実感がこもり、撮影後には何とも言えない充実感に満たされます。
MFレンズでありながら、本レンズは電子接点を備えており、最新のミラーレスカメラと必要な情報通信を行います。最先端の性能を備えながらもオーソドックスな撮影スタイルを楽しめる贅沢な体験を、本レンズなら存分に味わえることでしょう。
モデル:透子