交換レンズレビュー
ライカ ノクティルックス M F1.25/75mm ASPH.
極浅の被写界深度をポートレートで試す!
2018年3月12日 07:00
ライカカメラ社から、ライカMシステムの超大口径レンズ、ノクティルックスのニューモデル、ノクティルックスM F1.25/75mm ASPH.が登場した。ノクティルックスとしては初めて50mm以外の焦点距離になる。
ノクティルックスの初代は1966年に登場したノクティルックスF1.2/50mmだ。写真用レンズでは世界で初めて非球面レンズを使用している。木村伊兵衛が大きな前玉を持つこのレンズを見て「古井戸を覗き込むようだ」と語った話は有名だ。
ただ当時の非球面レンズは手磨きのため安定して製造するのが難しく、1975年の製造終了まで、わずか2,400本程度しか造られなかった。希少価値が高く、中古市場では極めて高値で取り引きされている。
2代目は1976年に登場したノクティルックスM F1/50mm。初代と異なり非球面レンズは使用せず、それでいて明るさはF1を実現した。当初はフード外付けだったが、後に組み込み式の3代目にモデルチェンジ。そして現行はF1を切ったノクティルックスM F0.95/50mm ASPH.になる。
またライカは、75mmという他ではあまり見られない焦点距離に力を入れているのも特徴だ。75mmが登場したのは1980年のズミルックスM F1.4/75mmが初。
それまでライカMシステムボディ(M型ライカ)の望遠側のブライトフレームは90mm、もしくは90mmと135mmだったが、ライカM4-Pから75mmのブライトフレームが加わった。50mmと一緒に表示され、それは最新のライカM10でも同じだ。
ズミルックスM F1.4/75mmもフード外付けから組み込みになり、現行のアポ・ズミクロンM F2/75mm ASPH.にモデルチェンジしている。さらに35mmフルサイズミラーレス機、ライカSL用のレンズにも、アポ・ズミクロンSL F2/75mm ASPH.が新登場したばかり。75mmは現代のライカらしさが感じられる焦点距離なのだ。
それでは今回のノクティルックスM F1.25/75mm ASPH.を見てみよう。
まずはノクティルックス初の75mmという焦点距離だけでなく、明るさF1.25という数字が独特だ。性能と大きさのバランスで決まったのだろうか。ハンパな気もするが、50mmがF0.95なのでF1.25でも違和感がなかったのかもしれない。
とはいえ、さすが75mm F1.25は大柄だ。重さも1kgを超えていて、とてもレンジファインダー用の中望遠レンズとは思えない。まさに金属とガラスの塊といった印象だ。
発売日:2018年3月
希望小売価格:税込162万円
マウント:ライカM
最短撮影距離:0.85m
フィルター径:67mm
外形寸法:約74×91mm
重量:約1,055g
デザイン
ここではライカM(Typ240)に装着して使用した。このカメラはトップカバーとベースプレートは真鍮削り出しのため、ボディ単体でもずっしりした重さがある。そのせいかズミルックスM F1.25/75mm ASPH.を装着しても極端なフロントヘビーにはならず、意外と安定して構えられる。
さらにしっかり握るなら、ライカMにホールディンググリップなどを使用するのがおすすめだ。フードは組み込み式。フード部分を反時計方向に回すと伸びてくる。この仕組みはアポ・ズミクロンM F2/50mm ASPH.と同じだ。
75mmという中望遠レンズながら、なんと三脚座が付属する。1kgを超える重量級レンズだからマウントに負担をかけないため、というのもあるだろうが、鏡筒が太いため、そのままでは雲台にぶつかってしまう理由が大きい。
しかも装着しなければ三脚座があることを意識しないデザイン。装着すれば三脚座と一体感のあるデザインになる。さり気ないことだが、そうしたデザインセンスの良さが所有する喜びに繋がる。
操作性
レンジファインダー機のレンズというと、指掛け(ピントレバー)が付いたピントリングを想像する人も多いかもしれない。しかし、さすがに超大口径の中望遠レンズではピントレバーはない。
ちなみに50mmのノクティルックスもピントレバーはなく、リングでピントを合わせる。他のライカMレンズと同様に、スムーズでまったりした使い心地。最短撮影距離は0.85mだ。ノクティルックスM F0.95/50mm ASPH.の最短撮影距離は1mなので、クローズアップは強くなっている。
また絞りリングは1/2ステップのクリックを持つ。動きはやや軽め。しかもF1.25とF1.4は接近しているため、開放で撮るつもりがうっかり絞りリングに触れて、F1.4に動いていたことがあった。撮影時には絞り値を意識的に確認するクセをつけるとミスが起こりにくい。
ピント合わせ
このレンズの最大の特徴が、極端に浅い被写界深度だ。当然ながらピント合わせもシビアになってくる。M型ライカのレンジファインダーは高精度で知られているが、さすがに75mmでF1.25を二重合致で正確に合わせるのは難しい。
おすすめはライカM10やライカMなど、EVFが装着できるライブビュー機能を持ったボディで使用することだ。EVFやライブビューなら画面を拡大してピントが合わせられる。
また、EVFやライブビューをおすすめするもう1つの理由がある。それがフレーミングだ。鏡筒が太いため、レンジファインダーではブライトフレームの右下が大きくケラレてしまう。
また50mmのフレームのすぐ内側に75mmのフレームがあるため、やや紛らわしいのだ。60年を超える伝統を誇り、レンジファインダー機の代名詞ともいえるライカMシステムだが、このレンズではミラーレス機のようにして使うのが撮りやすい。
作品
大口径中望遠レンズといえば、やはりポートレートに使ってみたい。しかも標準レンズに近い焦点距離のおかげで、肉眼に近い遠近感もある。そのため極端に浅い被写界深度でも自然な雰囲気にしあがる。しかしピントはとてもシビア。右目に合わせたら、左目はボケている。
大口径レンズは、暗い室内でも速いシャッター速度が得られる。薄暗いカフェの店内でも1/90秒で撮れた。なお、レンズ構成は6群9枚。2枚の非球面レンズとフローティング機構を搭載する。
超大口径レンズで絞り開放というと、甘い描写になりやすいと思いがちだが、このレンズはそれがない。見事にシャープだ。しかも背景は窓で明るい外光が入る逆光状態だがフレアも出ていない。描写性能の高さがわかる。
75mmでもF1.25というF値は、全身のポートレートでも背景が綺麗にボケる。さらに、ただ大きくボケているのではなく、街の雰囲気もわかるボケだ。
人物が浮き上がるような写真が撮れた。このレンズを設計したピーター・カルベ氏は、ライカレンズの立体感を「3Dエフェクト」と表現していた。それを感じる仕上がりだ。
画面の中に線が多く、ボケ味の悪いレンズではうるさく感じやすい条件。しかし二線ボケもなく、スムーズにボケているのがわかる。
F2に絞った。絞り羽根は11枚だが、点光源のボケはわずかにカクカクしている。ただ意識しなければ気にならない程度だ。鮮鋭度は開放からさらに増し、ピントを合わせた左目のシャープさは驚くほど高い。
75mmはポートレートだけでなく、スナップにも使いやすい焦点距離だ。F1.25の浅い被写界深度を活かした独特の表現ができる。自転車の存在感が伝わる写真になった。
階段の手すりをクローズアップ。絞りはF4に設定した。手すり部分は画面隅々までシャープで高い解像力を実感する。また質感の再現性も高く、手すりの感触が想像できるほど。
建物全体が被写界深度に収まるようF8に絞り込んだ。キリッと引き締まった描写で深みもある。絞りを開けても絞っても高い解像力持つレンズだ。
ピーター・カルベ氏が「ライカのレンズは絞り開放から優れた描写性能を発揮する。そのため描写力を上げるために絞り込む必要がない。絞り値の選択は被写界深度の調節だ」と語っていたのを思い出した。
ほぼ最短撮影距離でスイーツを撮影した。ピントはグラスに入ったアイスクリーム。最短撮影距離は0.85mで倍率は1:8.8になる。決してクローズアップが得意なレンズではないが、テーブルフォトでも巨大なボケを活用した独特の世界が表現できる。
なお、近距離ではレンジファインダーだと視差が大きくなるため、正確なフレーミングは難しい。ライブビューやEVFがおすすめだ。
これを撮影した日は、まだ真冬で日中でも斜めからの光が直線的に差し込む時期。逆光での撮影ではレンズにとって非常に厳しい条件だ。しかしノクティルックスM F1.25/75mm ASPH.はクリアな描写でコントラストも高い。
日影の裏通り。空間を大きく作って、奥行き感と空気感を狙った。超大口径レンズの絞り開放による大きなボケながら、その場の雰囲気が感じられる写真になった。
夕暮れの歩道橋から車のヘッドライトやテールライトを背景に撮影。印象深くなるように、あえて風で髪が乱れた瞬間をとらえた。
絞り開放ではさすがに丸ボケはレモンの形になってしまうが、丸ボケ内に非球面レンズ特有の輪線ボケ(オニオンリング)も見られず、ボケの世界を存分に堪能できる。ノクティルックスM F1.25/75mm ASPH.ならではの表現ができた。
まとめ
F1.25という大口径ながら絞り開放から解像力がとても高く、ボケ味も綺麗。発表当初はノクティルックスで75mmの焦点距離、明るさはF1.25なのが不思議な気持ちになったが、実際に使ってみると、その性能の高さに驚いた。162万円という価格にも驚くが、このレンズだからこその世界があるのを感じた。
とはいえ、経済力があるからと気軽に手を出すと痛い目に遭うレンズでもある。レンジファインダーでピントを合わせるのは極めて難しく、EVFやライブビューは必須といえるだろう。
極端に浅い被写界深度のため、ポートレートではわずかにモデルが動いただけでピントが外れてしまう。だからといって絞ってしまうと、せっかくの超大口径が活きない。また背景や前景がどのようにボケるかも意識する必要もあるので、使いこなすのがとても難しいのだ。
使っていて感じたのが、実はマウントアダプター経由でミラーレスカメラのライカSLに組み合わせるのも向くのでは、ということだ。
ライカSLの大型で高精細のEVFは、超大口径レンズでもピントが合わせやすい。またデジタルのライカMボディのシャッター速度は1/4,000秒まで(ライカM8は1/8,000秒)なので、明るい日中では絞り開放が難しい。だがライカSLなら、1/16,000秒の電子シャッターを装備しているため、日中でも絞り開放で撮れるのだ。
価格も描写も他と比較するレンズではないが、本気でこの浅い被写界深度と格闘する覚悟があるなら、このレンズだからこその世界が広がるだろう。
モデル:いのうえのぞみ
撮影協力:HIROMAN'S COFFEE